18話
家族を探しに行きたいけれど、私の身がシャッセの手に陥ちたら全てがおじゃんになる。せめて革命が成るまでは、砦から出ることもできない。
焦燥感に苛まれる日々が続いた。
そんな毎日でも、日は昇る。
私は焦る気持ちを冷ますように、井戸水で顔を洗った。
今日もみんなのために玉ねぎを切らないと。涙がたくさんあればある分だけ、人々の血が流れなくて済むんだから。
「聖女様〜! おはようございますっす!」
「あ、レオくんおはよう。今日の当番はレオくんなんだ」
「そうっす! この砦では玉ねぎ料理にかけては俺、二番手っすからねぇ。楽しみにしてください!」
「あはは、一番手はユリアンさんだもんね」
「流石に隊長には敵わないっすよ」
この砦には玉ねぎ料理が上手な人が多い。聖女が玉ねぎを刻むから、その素材を使ってせめて美味しいものを食べてもらおうという心意気なんだそうだ。本当に、この国では聖女が大切にされている。
正直、涙の供給源として蔑ろにされた挙句、涙の供給が不足したからといって逆恨みされるようなシャッセには戻りたくない。
ロゲンブロートの人は知らなかったとはいえ、涙製造機のように私のことを思っていたこと自体には変わりないのだから。
たとえ痛めつけることによって無理やり涙を採取されるんじゃなくても、シャッセに戻るよりはここにいたいと思ってしまう。どうせ玉ねぎを刻むなら、この場所で、と。
いずれは砦を出て、シャッセに渡らないといけないのだけど。
「聖女様、お悩み事っすか?」
「え、そんな顔してた」
「眉間にこーんな皺、寄ってたすよ」
こーんな、と言いながら、レオくんは私の顔真似をする。その様子があまりにも可笑しくて、私は吹き出してしまった。
「もう、そんな顔してないよっ。ただ、みんなとずっと一緒にいたいなぁって思ってただけ」
「うお。良いっすねそれ! そしたら俺、毎日めちゃくちゃ美味しい玉ねぎ料理作るっすよ! ……それに、聖女様がいたらユリアン隊長も喜ぶっす」
「そうかな?」
「絶対そうっす! ユリアン隊長を10年見続けた俺が言うんだから間違いないっす!」
「10年見続けた?」
ええと、レオくんはもしかしてユリアンさんに恋しているとかなの?
私が勘違いしていることを察したのか、レオくんは慌てて両手を振ってきた。
「違うっす! そういう意味じゃないっす! ……俺、ユリアン隊長に小さい頃命を救われたんす。両親は魔物に襲われて、孤児になっちゃったけど。その時助けてくれたユリアン隊長に弟子入りしたいってお願いして、当時はまだ子供だったから、この砦で雑用係として雇ってもらったんす」
「そうだったんだ」
「だから俺、ユリアン隊長には人一倍幸せになってもらいたいっす! 絶対絶対ユリアン隊長は聖女様のことす……」
「おい、何を無駄話しているんだ?」
いつの間にか背後にいたユリアンさんが、レオくんの首根っこを摘んで持ち上げている。なんだか、レオくんは母猫に咥えられた子猫みたいだ。
「たいちょぉ〜。離してくださいっす! 俺は今大事な話を」
「余計なことは言うな」
「でも隊長の牛歩ぶりじゃ誰かに横から掻っ攫われちゃうっすよ!」
「やかましい!」
なんの話をしているのかはよくわからないけど、ユリアンさんは怒り心頭だ。
雷を落とされたレオくんはしょんぼりしている。
「おいレオ、こういうのは当人同士に任せるもんだぜ。お前もまだガキだな」
副隊長のアルムさんが落ち込むレオくんの方をぽんぽんと叩いた。
「副隊長も応援してくださいっすよ〜」
「もちろん、応援はしているとも」
「? 何か行事ごとでもあるんですか?」
そう聞く私に、レオくんとアルムさんは二人揃って天を仰いだ。
「先は長いなぁ……」




