13話
ついに第三王子殿下との謁見の日が来た。国王陛下には全面的な協力の約束を取り付けることができたけれど、そもそも第三王子殿下が首を縦に振ってくれなければ、革命の前提条件が崩れてしまう。
殿下はそれほど前に出たがらない方だと聞いたけれど、どうだろうか。
「殿下におかれましては、お初にお目にかかります。シャッセの聖女、フィオラ・アキレギアと申します」
「第三王子のギルベルトだ。聖女殿、大まかなことは聞いているが、あの話は真か?」
「はい、ギルベルト殿下。確かに私は魔の大森林を望む尖塔に囚われ、無理やり涙を採取されていました」
「なんと愚かな。私は若返りのために涙を用いるなど、そのような話は聞かされていなかったが、何者かがそのような愚かな話に引っかかりそうな者をを選んで行っていた可能性もある……厄介な……」
殿下はうんざりしたようにぶつぶつと呟きながら、眉間に皺を寄せていた。
「だが、そなたの空色の瞳も、シャッセで魔物被害が増大していることも紛れもない事実。全く、これほど我が父と兄弟が愚かとはな。先が思いやられる」
「つきましては、殿下。このような不正を放置しては魔物の大暴走を招きます。告発の上、シャッセに革命を起こすべきかと」
ユリアンさんがそう発言すると、ギルベルト殿下はそちらへ鋭い視線を向けた。
「私に内乱を起こせと申すか。他国が随分と差し出口を言う」
「リヒトもシャッセも関係なく、無辜の民のためにございます」
臆することなくユリアンさんは進言した。実際、このままシャッセに魔物が溢れれば、隣接するリヒトも無傷ではいられないのだ。
「確かに、このままでは魔の大森林から魔物の大暴走が起こるであろうな。そうなればリヒトもシャッセも滅びる」
「その通りにございます」
「だがな、私の母は身分の低い側室だ。旗印とするにはちと弱いぞ」
「そのようなことは……」
ギルベルト殿下が皮肉げに笑う。
「民の納得が得られなければ、余計な血が流れることとなる。聖女よ、民のために立つ覚悟はあるか?」
「はい、もちろん。私もシャッセの聖女として協力します」
事前にユリアンさんから聞いていた通り、私も御旗となる覚悟はある。
「そうか。ならば私と政略結婚をしてもらおうか」
「……えっ?」
「血筋に劣るを挽回するには、聖女との婚姻が最も手っ取り早い。新たなる王妃が聖女であり、増大する魔物被害を抑え込める目算が高いとなれば、さほど血を流さずとも革命は成ろう」
「そ、それは……」
確かにギルベルト殿下の言っていることは理解はできる。非の打ちどころのない正論だ。でも、どうしても心の奥底で納得できない思いがあった。
民のために政略結婚だなんて、私はそんな風に上に立つものとしての教育なんて受けてきていないし。いや、そんなのはとってつけた言い訳だ。そんな理由じゃなくて、それでも私はギルベルト殿下と政略結婚なんて嫌なんだ。
だって……。だってこれまでの旅で一緒に過ごしてきたユリアンさんの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
「まさか、シャッセの聖女ともあろうものが、他国のものとすでに恋仲になったわけではあるまいな?」
「そんなことは……」
私が答えに窮していると、ユリアンさんが口を開いた。
「それはギルベルト殿下には関係ないことのはずではありませんか? シャッセの聖女と申しますが、今まで聖女を聖女として尊ばず、フィオラ様を散々に痛めつけたシャッセに彼女を縛る権利はないはずだ!」
「ふ、随分とムキになるな、ユリアン・フォークナス。そなたこそ関係のないはずではないか?」
「私は……私はこれまでフィオラ様をお守りしてきました! シャッセから逃れて尚怯えるフィオラ様を見てきたんです! 彼女を痛めつけた連中を、俺は許すつもりはありません」
ユリアンさんがそう言って庇ってくれる。ありがたくて、胸の奥がじんと熱くなった。
「シャッセの所業を許すつもりはない、か。私も同感だ。政略結婚が成らずとも、革命には協力しよう。だが、民の血を流すは私の本望ではない。意に沿わない婚姻を強要して亡国ナールの二の舞になるつもりはないが、政略結婚も聖女が快諾すれば問題はないだろう? 何が一番民のためとなるか考えた上で、答えを出すがよい」
そうギルベルト殿下は締めくくって、謁見は終わった。




