10話
街道をトコトコ進んで行き、ついにリヒトの王都が見えてきた。
王都は立派な石塀で囲われている。
入場門のところで止められるが、名誉ある国境魔物討伐隊ということであっさりと通過できた。
元々、王城へは早馬で知らせを出しているとのことだった。
とは言っても、シャッセに万が一にでも情報が漏れないように、詳細は伏せて、「とある要人の護送」とだけ伝えてあるらしいけどね。私は要人という柄でもないけれど。
王都の大通りを馬車で進んでいく。このまま王城に向かい、旅の汚れを落として着替えたらそのまま謁見をするということだった。王様への謁見なんて、私はもう今の時点で胃がひっくり返ってしまいそうだ。三年前までただのパン屋の娘だったのに、どうにも数奇な人生だなぁ。
たどり着いた王城を前に、口がぽかんと開いてしまう。こんな大きなお城は初めて見た。
聖女として祝福を授かった時は、王城じゃなくて街の神殿で、そのまま魔の大森林を臨む尖塔に連れて行かれて閉じ込められてしまったので、こんな都会に来るのは初めてだ。
どうもあの聖女の尖塔というのは、魔物が大暴走を起こして森から溢れ出した時にすぐさま対処できるようにとのことで建てられたみたいなんだけど、実態はただの聖女の監禁場所にしかなっていなかった。
自由に動けるって素晴らしいなぁと、豪勢な意匠が凝らされた宮殿に感動する。
「なかなか綺麗なものでしょう? 聖女様」
「ええ、こんなに大きなお城は初めてみました。でも、本当にこんなところに私のようなものが入ってしまっていいのでしょうか?」
「聖女様、この国では聖女様は何よりも尊ばれる存在です。どうかご遠慮なく」
「カルラさんとは違って元々庶民の出ですから、なんだかやっぱり気が引けてしまいます」
「俺がついていますから大丈夫ですよ」
勇気づけるようにユリアンさんが言ってくれる。他意はないことはわかっているのだけれど、なんだかその発言に照れてしまった。
でも、確かにそうだ。旅の間ずっと一緒に過ごした国境魔物討伐隊の面々と一緒なのだから、怖気付く必要はない。
よし、と私は気合を入れる。
しかし、その気合いは拉致するようにお城の女官の方々に連れて行かれてあっという間に砕け散った。
「ひゃああ、体くらい自分で洗えます!」
「いいえ、聖女様。聖女様ともあろう方であれば、もちろん洗髪から身支度まで全て我々がお世話させていただきますとも」
「きゃあ、このドレスどうなっているんですか? あっちの紐がこっちでこっちがあっちで」
「わたくし共が着付けますから聖女様は何もなさらず!」
身を飾り立てたり、お貴族様のような服を着るなんて初めてで、困惑してしまう。
砦で暮らしている間は、カルラさんが用意してくださった服を着ていたのだけど、それは動きやすい町娘の装束で、その辺りも配慮してくださっていたのだとわかった。
なんだか訳のわからない骨がたくさん入った下着でぎゅーぎゅー体を締め付けられて、内臓が飛び出てしまいそうだ。
なんとかかんとか戦場を乗り切り、未だかつて着たことのないような豪華なドレス姿で謁見の控え室まで案内された。歩くのもいっぱいいっぱいの様子に、女官さんたちが両脇から支えてくれる。
「フィオラ様! ……だ、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないですユリアン様! 貴婦人の方ってなんでこんな格好で歩けるんですかぁ! 生まれたての子鹿になった気分ですよ!」
「まあ、そのうち慣れますよ。あるいは聖女としての祈りの装束であればもう少し動きやすいと思うので、次はそちらをご用意するように掛け合っておきましょうか。今回は俺がエスコートしますから、なんとか乗り切りましょう」
「本当にこんなんで王様に謁見できるのか不安です〜!」
心の準備ができないままに、謁見の用意が整ったとの知らせが入る。
ユリアンさんに腕を支えてもらいながら、何とかえっちらおっちら謁見の間に入室した。
玉座には、思ったよりも優しそうなおじいさんが座っている。
ユリアンさんから教わった挨拶を何とかこなして、跪いていると、国王陛下が口火を切った。
「さて、ユリアン・フォークナスよ。此度異国の要人を保護したとのことであるが、そちらのご婦人はどのような立場かな? わしの目がおかしいのでなければ、瞳が空色のように見えるのだが」
「こちらは、フィオラ・アキレギア様。お察しの通り、聖女様にございます」
「まったく、とんでもないことだな。一体どうなっている?」
「隣国シャッセでは、亡国ナールと同等のことを行なっていた、とのことです。我々はフィオラ様が魔の大森林で遭難しているところをお助けいたしました。どうも、神の御業によって、監禁されていたところから転移してきたようです」
「なんと、シャッセはそれほど愚かであったか。上層部の腐敗は風に聞こえてはくるが、亡国ナールの歴史に学ばないほどとは」
「斯様な事態とあれば、遭難した聖女様を祖国へお返しするわけにも行きません。そこで我々が保護をし、こちらへ馳せ参じた次第にございます」
「なるほどのう。聖女殿は今後どのようにしたいとお考えかな? 我々は聖女殿の御意志を蔑ろにするような真似はいたしませぬ。聖女殿のお望みがあれば、叶うことであればご協力いたしましょうぞ」
国王陛下から丁寧に話しかけられて、慌てる。諸々のことはユリアンさんに任せてしまえと思っていたけれど、陛下は私の言葉を尊重したいみたい。
本当にこの国では聖女が大切にされているんだ。
「わ、私は、シャッセの腐敗を正したいと思っています。私の涙が王侯貴族の若返りのために無駄遣いされていたがために、シャッセでは瘴気の浄化や魔物の討伐が疎かになり、魔物の襲撃により私の故郷は滅びました。ユリアンさんから、このままだと魔の大森林から魔物の大暴走が起こりかねないと聞きました。なので、シャッセに革命を起こして腐敗した上層部を変えたい、と思っているのですが……」
説明しているうちに、だんだん自信がなくなってくる。だって、他国の王様相手に、私の祖国の革命に協力しろ、一緒に戦争してくれ、だなんて、あまりに大それた望みだ。
私の尻すぼみになった言葉に、補足するようにユリアンさんが口を開いた。
「我が国にはシャッセの第三王子殿下が遊学に参っていると伺っております。聡明で公明正大な方だとの噂も。その方を旗印に擁立し、シャッセの聖女と第三王子殿下による革命を我々リヒト国が支援する、というのが無理ない筋かと考えました」
「うむ。魔物の大暴走の危険があるとなれば、我が国の存亡にも関わる話。魔の大森林を挟んだ向こう側が浄化を疎かにしているとあらば、我が国の負担は増える一方。放置はできぬな。だが、そうなれば聖女殿の祖国と我が国が戦争となりうる。聖女殿はそれも覚悟の上の話であるのか?」
「はい。覚悟の上です。旗印となって立つことについても、です。このままでは、本当に祖国が滅びかねませんし、何より、故郷の街ロゲンブロートが滅ぶ原因となった国の上層を赦す気にはなれません」
「そうか……、聖女殿の故郷はすでに滅んでおったか……」
「はい、だからこそ、このまま放置はできないのです」
「よかろう。我が国は全力を持って聖女殿に協力しよう」
無事に国王陛下の了承が得られて、ほっと一安心する。これからが大変ではあるのだけれど、まずは一山越えた感じだ。
あとはただ、なるべく犠牲が少なく革命が成るように頑張るしかない。