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独り事

作者: 孤白 菫

小説の書き方は、勉強中です。

拙い文ですが、よろしくお願いします。

希死念慮(きしねんりょ)】という言葉がある。

 意味は《具体的な理由は無いが漠然と死を願うこと》だそうだ。

 悲しい話だが、私はそれに当てはまる人間だ。


(運が悪い・・・・・・

 ちょっと期待したんだけどな)


 冷たい雨の中、深いため息をついた。


 ****


 朝の光が窓から差し込み、会社の廊下に長い影を落としていた。

 外は、忌々しい晴天。

 眠気の残る頭で歩いていると、不意に名前を呼ばれた。


「おはよう、透くん。

 髪型変えたんだね。

 でも、長いまま・・・・・・」


 振り向くと、女性の先輩が、手を振りながら立っていた。


「おはようございます。

 髪が長い方が落ち着くので・・・・・・」


「常にマスクもしてるから、傍から見たら女性と間違われそう・・・・・・」


「大丈夫です。

 外に出ないので、ナンパはされません」


 他愛のない話をし、その場を後にした。


 ****


 私の髪は、肩にかかるくらいに長い。

 風呂上がりには乾かすのが面倒だし、朝起きた時には寝癖が着いていて、直すのに時間がかかる。

 短くした方が、楽だと思いながらも、美容室に行っても、肩よりも短くすることは無い。


 理由は、人の視線が苦手だからだ。

 誰かにじっと見られると、無意識に俯いてしまう。

 特に理由のない視線でも、自分の何かを評価されているような気がして落ち着かない。


 長めの髪は、そんなときの隠れ場所だった。

 顔の横に落ちる髪が、ちょうどいい壁になってくれる。

 視線を感じても、少しうつむけば守られているような気がした。


 *****


「お先に、失礼します。」


 椅子から立ち上がり、上司に声をかけた。


「おう、おつかれ。」


 上司は軽く欠伸をしながら、返事をする。


 仕事が終わった。

 今日も、無色透明な1日を、また1つ積み重ねる。

 数少ないの趣味は、ゲームやアニメ鑑賞程度。

 名前に恥じない人生。

 つけられた名前が、皮肉に感じる。


 そんな毎日を変えたくて、1年くらい前から筋トレを始めた。

 はじめは、家で自重トレーニングだけだったが、最近は、仕事帰りにジムに行くようになった。

 それも、1年も続けていれば日常で、色のない毎日のひとつになってしまった。


(今日は、胸のトレーニングだから、ベンチプレスからだな。)


 ジムの扉を開けると、機械音と軽快なBGMが耳に流れ込んでくる。

 トレッドミルのモーター音、ダンベルを置く低い音、人の呼吸音。

 その全てが混ざり合い、独特な雰囲気を作り出している。


 私は、カバンからイヤホンを取り出し、片耳だけ装着した。

 ベンチに座り、タオルで顔を覆いながら、メニューを考えていた、その瞬間


 ガクンッ!


 体が一瞬浮き、次の瞬間、腰から地面に落ちた。


(痛っ!!)


 周りを見渡すと、視界いっぱいに広がるのは深い緑だった。

 木々が鬱蒼と生い茂り、頭上には太い枝と無数の葉が絡み合うように覆いかぶさっている。

 差し込む光はわずかで、昼間なのか、それとも夕暮れなのかもわからない。


(はぁ?ここは?)


 あまりの出来事に眉をひそめる。

 立ち上がろうと手を地面につけると、柔らかい土の感触が伝わってきた。

 落ち葉が敷き詰められた地面はしっとりとしていて、わずかに湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。

 周りを見渡しても、人の気配はない。

 遠くで鳥の鳴き声が響き、時折、風に揺れる枝葉がかすかな音を立てるだけ。


 声が出ない。

 喉が張り付いたように固まり、ただ唇がわずかに開閉するだけ。

 鼓動が強くなっていく。

 時間の流れが遅くなったように感じる。

 驚きが脳を支配し、思考が停止する。


 ただ、数秒。

 いや、もっと短いかもしれない。

 その場に立ち尽くしていた。

 そして、ふっと息を吸い込むと、ようやく思考が戻ってきた。


(ジムじゃない?

 誘拐?

 転生?

 20kgそこそこの棒を落として顔面をつぶして死んだ?

 始める前だったはずだが?)


 心の中でそう呟き、おもむろにポケットからコインを取り出す。

 指の間を滑らせるようにして、コインロールを始めた。

 金属の冷たい感触と、かすかに指先に伝わる模様の凹凸。

 それが思考を落ち着かせてくれる。


 この癖がついたのはいつからだったか。

 何かを考える時、ペンのノックを何度も押すよりも、コインの方が都合がよかった。

 音がしないし、小さく、無駄に視線を引くこともない。

 それに、コインを弾く音が、心地よかった。


 ちなみに、このコインは【ゴルフマーカー】出身だ。


 指の間を滑るコインの感触を確かめながら、もう一度目の前の状況を整理する。

 耳元で、音楽が騒がしくなり続けていた。


 ****


 音楽がなり終えた頃、状況の整理を終えた。

 気づけば、冷たい雨が降っていた。


(ここは、ジムじゃないどこか。

 超常現象のようなもので別の場所に来た。

 持ち物は、タオル、圏外のスマートホン、片耳につけていたワイヤレスイヤホン、コイン1枚。)


 ふと足元に何かが目に入った。

 最初はただの汚れか、落ち葉の影だと思った。

 しかし、よく見るとそれは明確に何かが書かれた線だった。

 白く細い線で、綺麗な曲線に、文字らしきもの、人為的に描かれたように思える。


(ゲーム的に考えれば、魔法陣なんだろうけど・・・・・・)


 コインを高く弾いた。

 銀色の軌道を描き、舞い上がるそれを、ただ見つめる。

 心地よい金属音が響く。


(今ここでわかることなど、何もないな。)


 それだけがが確かなことだった。

 何が起こったのか、何をすべきなのか、どうしてこんな場所にいるのか。

 今は、その答えを出すことはできない。


 それならば、先のことを考えなければならない。


 次に進むべき道はどこだろう。

 どんな選択をすれば、状況が良くなるのだろう。


 しかし、それも無意味だと気づいた。

 先のことを考えようとしても、そのための情報が一切ない。


(今の自分では、どうすることもできない)


 考えることができても、何一つとして、できることはない。

 その無力感に、少しだけ息が詰まる。


 落ちてくるコインをキャッチし、指の中で転がす。

 そして、不安をしまうように、コインをポケットへ滑り込ませた。


(寒い時はどうだとか、食べられる山菜やキノコがどうとか勉強してれば良かったが、それも分からないしな・・・・・・)


 冷たい風が吹く。

 体も心も悴む。


(・・・・・・友好的な人と会えますように。)


 天を仰ぎ、心の中で、ただその一言を祈るように呟いた。


(運が悪い・・・・・・

 ちょっと期待したんだけどな)


 冷たい雨の中、深いため息をついた。


 足元を確かめながら、慎重に一歩踏み出す。

 枝が軽く折れる音が、やけに大きく感じられた。


 ****


 すでに数時間、森の中を歩き続けていた。

 最初は軽い足取りで、緑の間を縫うように進んでいたが、時間が経つにつれ、森の厳しさが肌で感じられるようになった。

 木々の間を進むたび、足元の苔や根っこに足を取られ、足元を見ないと進むことすら難しい。


(なんて言ったか?

 リングワンダリングだったか?

 なにか目印をつけるとかしとけばよかった。)


 そんな後悔の言葉が頭をよぎった。

 振り返ると、どこから来たのかもわからない。

 景色が同じように続いているだけで、どの道を辿ったのかすら見失っていた。


 寒さが骨身にしみ、体力は着実に削られていく。

 歩けば歩くほど、足が重く感じられ、胸の中で諦めが芽生え始めていた。

 深い息を吐き、体力を無駄に使いたくなくて、木にもたれかかるように、座り込んだ。


(仕方がない。

 諦めるか・・・・・・)


 疲れ切った体は、動く気力すら失いかけていた。


 目を閉じ、静かな森の音だけを聞いていると、遠くから微かな音が聞こえた。

 それは風の音でもなく、鳥の鳴き声でもなく、どこか人の気配が感じられるような音だった。


 私は立ち上がり、その音がする方向へ向かって歩き出した。


 そして、ついに、街道のような場所に出た。

 街道は、私が立っている場所からかなり窪んだ位置にあった。

 森の中よりも低く、濡れた土と石が滑りやすく見える。


(やっと…)


 誰かが立っているのが見えた。

 そして、私は天を仰いだ。


 どんよりとした空が広がり、どこまでも灰色に染まっていた。

 重い空気が胸に圧し掛かるような感覚に襲われ、思わず目を閉じ、つぶやいた。


「こっち・・・こなきゃ良かった・・・」


 その街道では、五人の男たちが、世紀末的な格好をした盗賊が立ちふさがっている。

 その風貌は、荒れた世界を生き抜くための戦闘的な姿勢を感じさせた。

 汚れた皮のジャケットにスカーフ、血に染まった武器、尖った肩パッドが、彼らの粗暴さを物語っていた。

 目を凝らすと、その中心に二人の女性が倒れていた。

 メイドのような緑髪の女性と、上品なドレスをまとった檸檬色の髪をした少女。

 彼女たちは、必死に抵抗していたが、盗賊たちの力にはかなわず押さえ込まれている。

 周囲には、幾つもの鎧が散乱し、赤黒い液体が地面に滴り落ちていた。


「いやっ、離して!!」


「お嬢様!! お嬢様!!」


 泥にまみれた女性二人の叫び声が響く。

 私は、彼女たちの方へ視線を向け、そして ― 森へと引き返す。


 背後で、荒々しい叫び声が上がる。


「待て!!

 仕事増やしやがって!!

 ぶっ殺してやる!!」


 振り返ると、盗賊の一人が血走った目で、追ってきていた。


 踏みしめた土が跳ねる。

 息が乱れる。


(やばい・・・・・・)


 恐怖に駆られて、私はさらに足を速めたが、疲労と、体が冷えて硬直しているせいか、思うように動かない。

 突然、木の根に足を取られ、地面に倒れ込んでしまった。


 転んだ衝撃で、手に小さな石が食い込み、体は泥で汚れる。

 冷たい土の感触が肌にしみ込んだ。


 振り返ると、盗賊が近づいてきているのが見えた。


(怪我自体は大したことないけど、きつい・・・・・・

 どう考えても、ジリ貧だな。)


 痛みと驚きで一瞬動けなかったが、すぐに体を起こし、四つん這いになって、近くにあった大きな木の後ろに隠れ、うずくまった


(死ぬのは別に構わないし、やっとだとさえ思う。

 けれど、苦しまない殺し方をして欲しいものだ・・・・・・)


 周囲は静寂に包まれ、ただ私の荒い息だけが響いている。

 戦うことも、逃げることもできない。

 諦める、それしかできないと悟った。


(色のない人生だった。

 物心ついた時から、世界や親に何かを強制されて、自分で望むということをしてこなかった。

 それに慣れて、自分が何を望んでいたのかわからなくなってしまったから、仮面をつけて他人が望みそうなことをする。

 停滞どころか、初めから前に進めてなどいなかった。

 ・・・・・・進みたい前なんてどこにもなかった。)


 少しづつ、盗賊の足音が近づいてくるのを感じながら、天を仰ぎ、物思いにふける。

 木々の隙間から見える空は、私の全てが無価値だったと言っているような、枯れた色をしていた。


(この世界は、地獄だったのかな。

 どんな生き方、どんな死に方でも、苦痛は決定しているのに、幸福は努力をしなければ得られない。

 人は肉体という牢獄からは出られず、思考や感情・自由という罰を受ける。

 人間関係は極端な行動ができない鎖になる。)


 私の横で足音が止まる。

 私は俯いて、わずかな笑みを浮かべた。


(我ながら、こんなことを考えるなんて余裕があるものだ・・・・・・

 本当に死ぬ瞬間は何を思うだろうか?

 死ぬのは怖いと思うだろうか?

 やっと終わると思うだろうか?

 出来れば、惨めに醜く、恐ろしいくらいみっともなく「もっと生きていたかった」と、泣き叫べたらいいな。)


 再び、足音が鳴り始めた。

 顔を上げると、そこには追いかけてきていた盗賊が立っていた。


 その顔は、人間のものとは思えない何か、邪悪で恐ろしいものに見えた。

 目は暗い闇を反射し、無慈悲な光を放っているように感じられる。


(僕が仮面をつけた道化なら、彼は仮面を脱ぎ去った悪魔だな。)


 盗賊は足を上げ、私を踏みつけるためにその力をためているかのように、ゆっくりと動きを止めた。


 歯を食いしばった。

 小さな音が歯と歯の間から漏れ、唇を強く閉じる。

 その感覚だけが私に〈まだ生きている〉と伝えてくれているようだった。


 私は、盗賊が踏みつけてくるのを待っていた。

 だが、足が来る気配は一向に感じられない。

 焦りが胸を締めつけ、私はふと顔を上げた。


 目の前には、盗賊が何か叫びながら、何度も何かを蹴っている姿が映る。

 盗賊の不自然な行動に私は眉をひそめ、踏みつけられる場所に目を向けた。


 私はその光景に目を疑う。

 男が踏みつけいる足は、私の肩を、貫通し直接、木を蹴っていた。


 周囲を見渡し、風景が奇妙に変わっていることに気がついた。

 自分以外が、まるで古い写真のようにセピア色に染まっていた。

 耳に届く音も、水の中にいるような、こもった音が遠くから響いてくる。


 全てが現実でないような感覚。

 自分がどこにいるのかも分からない。

 別の世界に、閉じ込められたかのように感じた。

 何が起こっているのかわからない。

 ただ、全てが変わり、私はその変化に取り残されているだけだった。


 盗賊は、こちらに背を向け、森の奥に歩いていった。


(理由はともかく、無事。

 そしてこれは唯一の好機・・・・・・

 逃げ・・・・・・あんなところに手頃な木の棒が)


 少し離れた場所に、殴りつけるにはちょうど良さそうな木の棒が落ちていた。


(逃げるか、殴るか・・・・・・

 今なら、逃げ切れるかもしれないが、他の人が見つかる保証もなければ、また、この男たちと鉢合わせる可能性もある。

 殴れば、気絶くらいにはできるかもしれない。

 あの襲われてた女性たちを助けられるか可能性も出てくる。

 恩を売れるかもしれない。

 当てのないこの状況、それがいいかもしれない。)


 湿った空気の中に、荒い息遣いが混じる。

 私のものか、それとも追ってきた男のものか。


 私はゆっくりとしゃがみ、棒を拾い上げ、男に近づいた

 息を整え、指に力を込める。


 気づけば、世界の色は元に戻っていた。


 心臓の鼓動が、静かに、確かに鳴る。

 全身の力を腕に集め、振りかぶる。


 そして、全力で盗賊の頭を殴った。


 鈍い音が響く。

 手に伝わる衝撃。

 人生で初めて、人を殴りつけた。


(嫌な感触だったが、案外、何も感じないな。

 緊急事態だからか、私がおかしいのか…)


 気がつけば、言葉が口から溢れていた。


「わるいな、君では僕を殺せないみたいだ・・・・・・」


 盗賊の身体が泥に沈む。

 微かに痙攣したが、すぐに動かなくなった。


 私は無言で盗賊の身ぐるみを剥いだ。

 服を脱がせ、持っていた武器、ナイフ四本を腰に収める。


 肩パットだけは、そのままつけておいておいた。


(トレーニングウェアのままじゃ目立つ。

 この男の服なら勘違いをしてくれるかもしれない。)


 元々来ていた服は、後で回収できるように、適当な木の上に隠し、幹にマークをつけた。


(とりあえず、さっきの透けたのはなんだったのか。

 この男を使って、実験だな。

 実験してから着替えるんだったな・・・・・・)


 実験の結果、《透けた》と言うよりは、《別世界に移動した》ような状態だった。

 別世界への移動は任意で、それぞれの世界は互いに干渉できず、自分が持ち上げた状態であれば、人や物は別世界持っていくことができる。

 別世界で、手を離せば、離れた物は元の世界に戻る。

 そして、裏世界では重量が存在せず、空中も歩ける。

 木などに手を入れ、重なったまま能力を解除すると質量が軽い方が弾かれ、混ざるようなことはない。

 この能力は、自分の世界に引きこもるかのようなものだった。


(この力は、相手を倒せはしないが、逃げることにおいては、強力かもしれない。

 女性二人も手遅れでなければ助けられるかもしれない。)


 能力の確認をそこそこに、女性二人がいた場所へ歩き出した。


 ****


 街道につき、状況を確認した。

 盗賊たちは横一列に並び、立ったままじっと私が逃げた方向を見ている。

 その足元には女性たちが転がっていた。

 女性達は、辱められるまでの猶予の代わりに、口には布を噛まされ、手は背中で縛られている。


 驚くべきことに、手遅れにはなっていなかった。


「あいつ、まだ戻って来ないぞぉ?

 なんかあったのかぁ?」


「思ったより逃げた男が、足早かったんだろ。」


「なら、先に始めようぜぇ?

 なぁ、アニキィ」


「いや、あいつが戻って来てからだ。

 こんな森にいた人間が普通とは思えない。

 殺してきたならそれでいいが、何かあったら面倒だ。」


「流石、アニキ、賢いっすね!!」


 盗賊たちはアニキ以外、余裕の表情で立っていた。


 私は、能力で、静かに草むらへと身を滑り込ませていた。

 野盗たちのすぐ後ろ、草の間に身を潜め、じっと様子を伺っていた。


 彼らの目は前方を向いたまま、こちらに気を払う気配はない。

 私がいるのは、逃げた方向とは真逆の位置だ。

 まさか背後に誰かが潜んでいるとは思いもしないのだろう。


(能力を解除しないと、声を聞けないのは不便だな。

 んっ?

 なんかあのメイドらしき人とすごい目があってる気がする・・・・・・)


 叫ぶようなことはしないが、一切、目を逸らさずこちらを見ている。


(ここまで、じっと見られると怖いのだけど・・・・・・

 とりあえず、気にしないように・・・・・・)


 この能力で、できることは限られる。

 暗殺者のような真似が出来ればいいが、そんなノウハウは無い。

 選択肢は、女性二人を抱えて逃げる1択だ。


 作戦を考えた。


 わざわざまた危険の中へ飛び込もうというのだ。

 鼓動は否応なく高鳴る。

 胸の奥で暴れるように、理性をかき乱す。


 私は静かに息を吐いた。

 自分には能力がある。

 最悪の場合、自分だけは助かる―そう言い聞かせた。


 雨足がさっきよりも強くなっていた。

 大地を叩く音が響く。

 濡れた草が肌に貼りつき、冷たさが骨まで染みる。


 私はゆっくりと身を起こし、精一杯の余裕の顔を作り、盗賊たちに喋りかけた。


「やぁ、こんばんは・・・・・・と言うには早いですかね。」


 盗賊たちは驚愕に目を見開きながらも、すぐに武器を構えた。


「何んで、テメェが後ろにいんだぁ!?」


 ざわめく声を制するように、一人の男が前に出る。

 屈強な体つきのその男は、他の盗賊たちから「アニキ」と呼ばれていた男だ。


「テメーら、全員であの男を追いかけろ!!」


 アニキの怒号が響く。


(作戦通り・・・・・・)


 私は内心で頷く。

 しかし、ここでふと気づく。


(・・・・・・これなら、わざわざあの男の服を着る必要なかったな。)


 アニキの指示を受け、盗賊のうち三人が走り出した。

 私はそれを横目で確認すると、迷わず踵を返し、森の奥へと駆け出した。

 背後では、追っ手たちの足音が、雨音に紛れながらも響いてくる。


(次の一手・・・・・・)


 少し走ったところで、私は素早く木の後ろに身を潜めた。

 呼吸を整え、能力を発動する。


 次の瞬間、盗賊たちが駆け抜けていった。


「どこ行った!? 探せ!」


「確かにこっちへ走ったはずっす!」


 案の定、彼らは私を通り過ぎ、森の奥へと消えていく。

 私がすぐ近くに隠れていることなど、露ほども疑っていない。


 私は盗賊たちの背中が見えなくなるまで待ち、慎重に周囲を確認した。

 私は静かに木の影から抜け出し、再び街道へと走り出した。


 ****


 街道に戻れば女性達が、この機会に逃げようとしたものの、アニキに武器を突きつけられて逃げることができず向かい合っていた。


「……いい度胸してるな。

 だが、アイツらが、戻って来るまで動くな。」


 アニキの低い声が雨の中に響く。


 女性たちは顔を強張らせながらも、じりじりと後ずさる。

 しかし、それ以上は動けずにいた。


 私は、アニキの背後へと回り込んだ。

 そして、能力を解除し、左右の太ももにそれぞれナイフを突き立てた。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」


 アニキの絶叫が雨音を裂いた。

 膝が崩れ、地面に両手をつく。


 女性たちは驚きに目を見開きながらも、わずかな希望を感じ取ったようだった。


 盗賊のアニキは地面に倒れ込んだまま、鬼のような形相で叫んだ。


「て、てめぇぇぇ!! 殺してやるぞッ!!」


 血が流れる太ももを押さえながら、激しく身をよじる。

 その怒気は雷鳴のように荒々しく、雨に打たれながらもなお燃え盛っていた。


 だが、こちらも悠長に構えている暇はない。

 私は素早く女性たちのもとへ駆け寄ると、二人を抱え上げるべく、勢いよく踏み込んだ。

 そして、闘牛が角を突き上げるような動作で身体を沈め、一気に突っ込む。

 二人の腰のあたりを肩にかけるように、持ち上げた。


 女性二人は、肩に乗せられた衝撃に耐えきれず、えずいたような声を上げた。


「うっ・・・・・・!」


「げほっ・・・・・・!」


 だが、気にしている余裕はない。

 私はそのまま能力を発動し全力で駆け出した。

 背後では、アニキの怒号が雨にかき消されるように響いた気がした。


 担がれている女性たちは、それは静かなものだった。

 メイドは完全にグロッキーで、顔色は悪く、意識が朦朧としているようだ。

 そして、少女は、その目は閉じ、気を失っている。


(・・・・・・肩パット付けなくて良かった。)


 ****


 そこから数十分、ひたすら歩き続けた。


 能力を解除すると、さっきまでの緊張感と焦燥感が嘘のように消え、周りは静まり返った。

 風に揺れる木々、降り続く雨の音だけが響く。


 冷たい空気に包まれた瞬間、私はようやく全身の力が抜けるのを感じた。

 足が震え、体を支えられなくなった足はその場に膝をつき、担いでいた女性達を地面に落とした。

 身体の震えは止まらず、深く息をつくと、ようやく心の中で安堵が広がり始めた。


 落ち着いた後、女性たちの縄を静かに解いた。

 手元が震えていたが、確実に、丁寧にほどいていく。

 数分後、ようやく解放されたメイドは、目を開けて周りを見渡した。

 しかし、少女は、気絶したままだった。


 しばらく沈黙が続いたが、ようやくメイドが口を開く。


「・・・・・・先程は、助けて頂いてありがとうございました。」


 メイドは申し訳なさそうな表情で、静かに頭を下げた。


「いえ、お気になさらず。

 それより、そちらの方は、起きそうですか?」


 マスクはつけているが、できる限り笑顔で返した。


 メイドは顔を上げ、微かに顔を曇らせた。

 その瞳には、隠しきれない恐れと、わずかな安堵が混じっていた。


「いえ・・・・・・

 まだ、起きそうにありません。」


 私の言葉に、メイドは静かに首を横に振りながら、膝にのせた少女を見た。

 メイドの手が、少女の髪をそっと撫でる。


「申し訳ありません。

 私のせいですね・・・・・・」


 一呼吸し立ち上がりながら、続ける


「色々、話をしたいところですが、いつまでもここにはいられません。

 どこか、逃げられる場所はありませんか?」


「この道の先に街があります。

 そこまで、行きましょう。

 お嬢様は、私が運びます。」


 メイドは覚悟を決めたような目をしていた。

 しかし、お嬢様を背負うと、しゃがんだ状態から立ち上がれなくなっていた。


「・・・・・・私が運びますね。」


「・・・・・・お願いします。」


 ****


 街に向かい歩きながら話を聞いた。

 メイドは【グリム】、少女は【ロエ】というらしい。

 ロエは、小さな貴族の娘で、とある貴族主催の夜会の帰りに、野盗に襲われた。

 待ち伏せと疑うほど見事な奇襲に殿を残し少数で逃亡など、逃げる努力はしたものの、結果、護衛二十名がやられ、戦えない二人が残ったそうだ。


 グリムは、こちらを見て口を開く。


「不躾な質問で恐縮ですが、あんな森になぜいられたのでしょうか?

 もしや、転生者様でしょうか?」


 私は、その質問に驚きを隠せず目を見開く。


「転生者・・・・・・ですか?

 いるんですか?

 この世界に?」


「ええ、実際に会ったことは無いですが、活躍を耳にします。」


「そうですか・・・・・・

 なら、私も転生者ですね。

 名前は、トオルと言いまっ!!」


 名前を名乗りながら、歩みを進めていた。

 だが、道に転がっていた小石に足を取られ、軽くつまづいた。


「ううっん・・・・・・」


 つまづいた振動で、ロエは目をさました。


「あっ!!

 お嬢様、大丈夫ですか?」


 グリムが、安堵した表情で少女に近づいた。


「ええ、グリム、私は大丈・・・・・・

 きゃっ、この人は誰!!?」


 ロエが、驚きのあまり、暴れ出す

 雨で手が滑りやすくなっていたのだろう、その動きの勢いに耐えられず、少女を落としてしまった。


「きゃっ、いったー。」


 ロエは尻から落ち、泥をあたりに跳ねさせる。


「お嬢様!!」


 グリムは汚れることも厭わず、膝をつき、少女を支える。


「申し訳ありません。

 手が滑りました。」


「グッ グリム!!

 この方は!?」


 ロエは、怯えながら、グリムの腕にしがみつく。

 それは小動物が怯えているかのように見えた。


「お嬢様、安心してください。

 彼は私たちを助けてくれた、味方です。」


 メイドは宥めるように、優しく言う。


 私は少し息を呑み、そして、目を覚ましたばかりの彼女に向けて柔らかい声で提案をする。


「トオルと言います。

 目覚めた直後で、恐縮ですが、歩けますか?」


 その言葉に、ロエの目が少し驚いたように見開かれるが、すぐにふわりと微笑んで、ゆっくりと体を起こした。


「はっはい、歩けますわッ!」


 ロエが、立ち上がろうとしたが、落ちた時に手を怪我をしてしまったようだ。

 その手は血が滲んでいて、彼女の顔には痛みと驚きが浮かんでいた。

 すぐに、グリムが、傷口に手を当てて、緑色の光を出す。

 その光は、とても優しい色だった。


「グリム様、それは、回復魔法というものですか?」


「メイドである私に敬称は不要です。

 そうです。

 これは回復魔法です。」


 グリムは、笑顔で応える。

 しかし、目を細めたその表情には、遊び心のようなものが感じられた。


「切り傷や、打撲などは、程度にもよりますが治せます。

 ただ、吐き気や気絶などは治せません。」


(自分で聞いといてなんだが、これは皮肉か?

 流石に違うか・・・・・・)


 彼女の笑顔に裏を感じつつ、また歩き出した。

 雨はいまだに降り止まない。


 ****


「しかし、トオル様が、転生者だとは・・・・・・

 驚きですわ。」


 経緯を聞いたロエは、驚いた様子で、口元に手を当てる。


「転生者は珍しいのでしょうか?」


 空を見上げて、少し悩んだ後に、ロエはこちらを見る。


「そこそこ、珍しいと思いますわ。

 私は、あったことがありませんが、噂はよく耳にします。」


「グリムもそんな事を仰っていましたね。

 どんな活躍をされてるんでしょうか?」


「魔物討伐ですわ。

 転生者の誰もが強い訳では無いそうですが、特別な力を持っている方が多いそうです。」


「魔物?

 魔物もいるんですか?」


 突然、背後の草むらがざわめき、何かが飛び出してきた。


「ええ、ちょうど、後ろに出てきた生き物ですわ。」


 振り向くと、白い毛に覆われた小さな体。

 耳は垂れていて、その目は鮮やかな赤。

 草むらからひょっこりと顔を出し、私達をじっと見つめている。

 もし、これが違う世界であったなら、間違いなく「ゲット」したくなるような存在だ。

 どこまでも愛らしく、ゲームの中から飛び出してきたような生き物だった。


「あれが、魔物ですか?

 すごく可愛い・・・・・・

 こんな時でもなければ、触りたい・・・・・・」


 私は思わず近づこうとする。

 その動物の可愛さに、どうしても手を伸ばさずにはいられなかった。


 そんな私とは対照的に、グリムは、明らかに怯えた様子を見せていた。


「あ、あ、あれは、確か、キラーラビットです。

 踵に小さなナイフが着いていて、的確に首を切りつけてきます。」


 時が止まったかのような沈黙の後、私たちは一斉に顔を合わた。

 そして、息を呑み、何も言わずに走り出した。


 後ろを振り返ると、キラーラビットが追ってきていた。


「あのうさぎ、追いかけてきますよ!!

 しかも、早い!!

 あんなに可愛いのに!!」


 私は必死に振り返りながら、走る。


「可愛いは関係ないでしょ!!

 別の何かに攻撃されて、気がたっているのかも知れません!!

 お嬢様!!

 まだ、走れますか!!」


 メイドが私の言葉に突っ込みながら、必死に少女に声をかける。


「はぁ、はぁ…、ちょっと無理…ですわ。」


 少女は息が上がり、足元がふらついている。

 その目は限界を訴えていた。


 キラーラビットが、ロエの首、めがけて飛びかかる。

 ロエに後ろを気にするは余裕はなく、それに気づけていないようだった。


 私はロエに左足を引っ掛けた。


(サッカーやらされて周りを見るのに慣れといて良かった。

 ロエが遅くて余裕があったおかげでもあるが・・・・・・)


 私の足につまずいたロエが、地面に落ちる前に襟首を左手でつかんで止める。

 しかし、止めるのが早く、少しロエの髪がキラーラビットのナイフで切られてしまった。


(切れ味いいな、うさぎのナイフ・・・・・・)


 後ろから飛んできたキラーラビットに対し、盗賊から奪ったナイフを返す刀で切りつけた。

 その刃が空を裂く音が聞こえたが、ナイフをしっかりと当てることができなかった。

 不安定な体勢で振ったためか、私のナイフはキラーラビットの足を掠め、踵についているナイフに当たり、お互いのナイフを刃こぼれさせる。

 そして、ロエの髪をかなり切り落とした。


(やば・・・・・・)


 ロエの髪を切り焦ったのも束の間、キラーラビットは、体勢を立て直し、私の首に飛びかかってくる。


(首しか狙って来ないなら、やりようはある。)


 ロエの襟首を掴んでいた手を離す。

 そして、左腕で首を守りキラーラビットのナイフを受けた。


 キラーラビットのナイフは、二の腕に刺さった。

 すかさず、キラーラビットの首、目掛けてナイフを突き刺す。


 ロエは、地面に落ち「う"っ」と呻いていた。


「ロエ様、グリム、怪我はありませんか?」


「私は大丈夫です。

 お嬢様は?」


「ええ…大丈…夫…です…わ。」


 泥で顔を汚したロエは、虫の息で返事をした。

 その声はかすれ、まるで最後の力を振り絞るようだった。


「お嬢様、お疲れかと思いますが、急いで、街へ向かいましょう。

 盗賊の追手も危険ですが、魔物も危険です。」


 グリムがロエの顔を拭いながら、手を取る


 その言葉に、ロエは虚な目をして頷いた。

 グリムは優しく肩を貸し、力強くお嬢様を立たせた。


「ええ・・・・・・わかったわ。

 トオル様も、まだ歩けますか?」


「歩けます。

 では、急いで、向かいましょう。」


 ****


 そうして、一時間程度歩き、街に到着した。

 街に着く頃には、日は落ち、雨が上がっていた。

 歩いている間、魔物にも盗賊にも合わなかった。


 問題があるとすれば、キラーラビットが私の左腕についていることだろう。

 お互いのナイフを刃こぼれさせた時、キラーラビットのナイフが返しのような形状になり、力を入れて引っ張らなければ抜けない状態で刺さった。

 あまりにも、二人が必死な形相なので言い出せず、スカーフで腕に縛って固定し、ここまできた。

 幸い、キラーラビットのナイフは小さくあまり痛くないため、無理に抜くよりもそのままの方が安全だと判断した。

 傍から見たら、可愛いうさぎのぬいぐるみを腕に着けた、メルヘンな青年に見えるだろうか。


「ここが、街ですか・・・・・・」


「【ソライロ】という街で、私の屋敷がありますわ。

 そこまで行きましょう。」


 聞いていた通り、魔法によって発展を遂げている。

 中世のような街並みの中に、少しだけ未来を感じさせる。

 スチームパンクならぬ、マジックパンクと言いたくなる風景だ。


 店の看板板が、街のあちこちで煌々と輝いている。

 温かみのあるオレンジ色の光は、どこか物悲しさを感じさせる。


 街灯は確かに立っているものの、建物が密集しているため、道の中央でも影の部分が多く、どこか不安を感じる場所もあった。

 その影の中で、人々が忙しく歩いているのが、幻想的に見える。

 そして、猫耳などが生えた獣人らしき人間もいる。


 ただ、街を歩いた短い時間でも気づけるほど、貧富の差が大きい。

 盗賊も原因の1つかもしれないがが、魔物のせいで使える資源に限りがあるのだろうか。


「着きましたわ・・・・・・」


 ロエの声には、長い間耐えてきた疲れと、ようやく目的地に辿り着いた安堵が入り混じっていた。

 彼女の肩は上下に大きく動き、息を整えるように深く息を吐いた。


「ここが、御屋敷・・・・・・」


 目の前にそびえる屋敷は街の建物の中でも大きく荘厳さを感じさせる。

 屋敷の前には広い石畳の庭が広がり、壁面には精緻な装飾が施されている


 大きな門を跨ぐと、声が聞こえた


「ロエ!!

 怪我はないか!!?」


 男性が息を切らしながら駆け寄り、少女の名前を口にする。

 その声には焦りと心配が混じっていた。


「お父様。

 大丈夫です。

 彼のおかげで無事ですわ。」


 どうやら、ロエの父らしい。

 その後を追って、母らしき人、そして、四人のメイドのような人達がでてきた。


 ロエの父は、とても困惑した顔で口を開く。


「そうか、君が助けてくれたのか。

 礼を言う・・・・・・が、その腕に付けている物は?」


「これは、キラーラビットですね。」


 私は、巻いてあったスカーフを取り、見せる。


「「えっ!!」」


 ロエとグリムが、こちらを見て驚く。

 その表情は、先ほどまでの緊張など微塵も感じさせない、とても間の抜けた顔だった。


「びっくりするじゃないですか!!

 なんで持って来てるんですか!!?」


 グリムが、間を詰めてくる。


「いや、ナイフが返しみたいになってて抜けなかったので・・・・・・」


 近づいてくるグリムの気迫に負けた私は、後退りながら顔を横に向ける。


「言ってくださいよ!!

 直したのに!!」


 グリムは怒りを隠さず、問い詰めてくる。

 その目は優しさに満ちているはずなのに、鋭く、まるで私を責めるように見えた。


「いや、あまりにお二人が必死だったので言い出せず・・・・・・」


 門の柱まで追い詰められ、これ以上後退できない。

 グリムの顔がとても近くにあった。


「だからって!!」


 ロエの父が静かに口を開いた。


「落ち着けグリム。

 みんな疲れているだろう。

 治療をしてとりあえず休憩しよう。」


 そして、屋敷を指差した。


 ****


 屋敷の内部に足を踏み入れると、すぐに目を引いたのはその照明だった。

 電気が通っているらしく、燭台ではなく、明るい照明が灯っている。

 その光が、周囲の木材や石壁に温かみを与えている。


 デザインは中世風で、重厚感のある家具や装飾が施されている。

 けれど、ところどころに技術を感じさせるものが置かれていて、まるでその時代が進化したような様相だった。


 治療や着替えを済ませた後、応接室に案内された。

 今回のことの顛末を聞きたいそうだ。


 応接室に入り、部屋の隅にあるテーブルに目を向けた。

 その上には、PCのような機械が置いてあった。


 そのテーブルの椅子に座る銀髪のメイドは、無駄なく素早い手つきでその機械を操作していた。

 キーを打つ音が静かな部屋の中で響き、彼女は画面を眺めながら、今回の経緯を事細かに書き留めていく。


「そうか。

 それは大変だっただろう。

 改めて、ロエとグリムを救ってくれて感謝する。」


 ロエの父は頭を下げる。


「恐れ入ります。

 とはいえ、たまたま出くわしてしまっただけですし、何より、能力に目覚めなければ、助けることはできませんでした。」


「別世界に移動する能力か・・・・・・

 それは、【オリジンマジック】というやつだろう。」


「オリジンマジックですか。」


「そうだ。

 確固たる自分を持った人間が覚醒する魔法、と言われている。

 使える人間はとても希少だ。」


(確固たる自分・・・・・・

 そんな大層な自分は知らないな。

 変われない自分は知ってるが・・・・・・)


「お礼をしなくてはならないな。

 どうだろう、君は転生者ということだったな。

 行く当てもないなら、この屋敷でメイドとして働いてみないか?

 それなりの給料を約束できる。

 1人で外に出て仕事を探すより安定するし、この世界のことを教えてあげられる。」


(・・・・・・この流れを願って助けたのだが、上手く行きすぎても不安になるな)


 私は、とびきりの笑顔で返事をする。


「ぜひ、お願いします。」


 ****


「制服は結構自由なんですね。」


 メイドとして働き出し、早三日目がすぎた。

 制服が届くまで適当な服で仕事をしていたが、今日、制服が届いた。

 制服は、メイドという名前の職業ではあるが、フォーマルスーツのような形状が基本のようだ。


 メイドの仕事は、雇い主の世話係兼、警護をする仕事だった。

 この世界は、魔法がある事で、個人の破壊力が高くなる傾向にある。

 そこで、警護係をそばにおいて置くことで、守りやすくしているそうだ、

 しかし、休む暇もなく襲ってくるのではないため、家事もついでに、ということらしい。


「そうね。

 制服は個人の武器や戦い方、あと、趣味でかなり自由にしていい。

 極端な言い方をすれば、どこかに家紋が着いていれば許されるけど・・・・・・」


 彼女は、【ブルース】。

 私の教育係、家事も戦闘も教えてくれている。

 そして、【シャチ】の獣人だ。

 黒い髪で、スカートの中からシャチのおひれがのぞいている。


 彼女の他に、盗賊から助けた【グリム】、執事の【レンジ】、メイドの【シロン】、【シルヴィア】、そして、メイドだがメイドの仕事をしない引きこもりの【クロエ】。

 どうやら引きこもりは、オリジンマジックを持っているようで、そこをかわれ雇われているそうだ。


 彼女は言葉を続けた。

 その表情はどこか呆れているように見えた。


「許されるけど、マスクはつけたままなの?」


「つけてると落ち着くんです。」


 私の制服は届いたばかりのためアレンジはされていないが、右側半分に家紋の入ったマスクだけは用意してもらった。


「まぁ、自由だからいいけど・・・・・・

 あとは、武器、今から買いに行くよ。

 トオルは、こっち来てから、仕事か読書で外でてないでしょ。

 案内してあげる。」


 彼女はそう言い、笑顔で私の手を引いて買い物に連れ出した。


 ****


 夕暮れ時、空は紫と橙のグラデーションに染まり、街灯がぼんやりと灯り始める時間帯。

 石畳の路地に、煌々とした灯りが並ぶ。

 どの店もそれぞれ個性を放ち、派手な装飾が目を引いた。


 その中のひとつ、小さめの店へと案内された。

 扉の上には剣と斧のマークを中心に、細工の施された歯車が回っており、看板には【クロム武具店】と刻まれている。


「ここが、武器屋ですか?」


「そうよ。」


 扉を開けると、カウンターの奥から「いらっしゃい」という声が聞こえた。

 店内は所狭しと陳列棚が並び、迷宮のようだった。


「好きな武器を選んで。

 流石に、お金に限度はあるから、なんでもとはいかないけど・・・・・・

 戦闘訓練の時は、短剣を使ってたわよね。」


「ええ、そうです。

 長いものは距離感が掴めないんですよ。

 拳とかで戦ってもいいのですが、流石に、常套手段ではないと思いますので・・・・・・」


 私はポケットからコインを取り出し、無意識にコインロールをしながら店内を見回す。


 壁一面に、武器が並べられている。

 大きな斧、大きな剣、大きな槌・・・・・・目に付くのは、どれもこれも一振りが重そうで、使いこなすには相当な腕力が必要そうなものばかりだ。


 私は目を細めながらブルースを見る。


「・・・・・・このお店、大きい武器多くないですか?」


 その言葉に、隣で立っていたブルースがすかさず反応する。


「当然よ!

 大きいは正義で、ロマンよ!!」


 彼女は一瞬にして手を腰に当て、胸を張ってドヤ顔をした。


(脳筋・・・・・・)


 この数日間、ブルースに教えて貰って何となくわかってきた。

 彼女は、何かと力任せだ。

 その結果、洗濯や食器洗いはやらせて貰っていないようだ。

 そして、そんな彼女の武器は、期待を裏切らない先端がやけに大きいメイスだ。

 槌と間違えても、おかしくないような形状をしている。


「獣人は、動物にもよりますが、基本パワーがあるそうですからね。

 私には扱えません。

 なので、こいつにします。」


 手に取ったのは、【ソードブレイカー】。

 装飾が他のものより少なく、刃の部分に模様が書いてある程度だ。

 ただ、何故か、刃の色が紫だ。


「それは、魔鉱石出できたものらしいよ。」


「魔鉱石は、たしか・・・・・・魔力を持った特殊な鉱石で、その石から魔力を取り出せる訳でもなく、なにか特殊な力を持つ訳でもない。

 ただただ、やけに硬いだけの鉱石で、純度次第では大して希少でもない物でしたね。」


「そうよ。

 解説ありがとう。

 でも、紫はそれなりに純度が高いから大抵の武器よりは硬いと思う。」


「では、これと、そこのガントレット、レッグガードと・・・・・・」


 そう言い、ソードブレイカー四本、ガントレット、レッグガードを購入した。

 ガントレットとレッグガードは、同じ紫の魔鉱石で出来ている。

 魔力を送ると形状が変わり、太めのリングになるように、魔力回路と呼ばれるものが組み込まれているようだ。


 そして、同じ魔鉱石で出来たコインも買った。

 どうやら素材があまり作ったものらしい。

 店主曰く「売れるとは思ってなかった」とのことだった。


 早速、新しい装備をつけ、武器屋の外に出た。


 ブルースはとびきりな笑顔で、振り向く


「これで、戦闘訓練にも、力が入るね!!」


「そうで・・・・・・」


 ふと、店の外に目を向ける。

 向かいの店と店の間の路地裏、街灯がなんとか届く場所で、奇妙な動きがあった。

 目を凝らすと、何者かが子供を無理やり袋に詰め込んでいるのが見えた。


 一瞬、息をのむ。

 この世界は、元の世界と比べ治安が悪いとはいえ、目の前で誘拐が行われるとは思わなかった。


「あそこを見てください。

 ほら、あの男二人。」


「そうね・・・・・・

 急いで、警備隊の所へ行きましょう。」


 彼女は、どこか冷めた口調だった。


「なんでそんなに焦ってないんですか。

 心どこに置いてきたんですか?」


「まゆひとつ表情を動かさない、あなたも大概よ。

 いい、この世界では、人さらいは結構いるわ。

 確かに可哀想だけど、私たちはメイド。

 首を突っ込んで、盗賊に目をつけられたら、雇い主が困るの。

 何より相手が多かったら、二人じゃ足りない。」


(確かにその通りだ。

 でも、育って来た環境の違いなんだろうな。

 理解はしても納得はできない。

 良くも悪くも、今は力がある。

 こちらに来たばかりで増長していたとしても、これは無視できない。

 ・・・・・・現代の道徳に洗脳されてるのかな。)


 私は、手足に買ったばかりの鎧を纏い、感触を確かめるように、拳を握る。


「私には無理です。

 追いかけるので、ブルースは警備隊に行ってください。」


「ちょっと!

 トオルじゃ、死んじゃうでしょ!」


「そんときはどの時です。

 新しい武器も試したいので。」


「まったく・・・・・・

 夕飯までには帰ってくるのよ!!」


「お母さんか。

 見送ってないで、ちゃんと報告してきてください。」


 人攫いたちは暗い路地を曲がり、奥へと消えていく。

 私はその後を追った。

 やがて、男たちは古びた民家に入り、その姿が見えなくなった。


 私は走りながら、能力を発動し民家に足を踏み入れた。

 しかし、中には誰の姿もない。

 息を潜めながら周囲を見渡していると、床に不自然な四角い切れ目を見つけた。


(これは・・・・・・隠し扉?)


 試しに持ち上げてみると、そこには、地下へと続く暗い通路が口を開けていた。


 地下に足を踏み入れ、進む。

 しばらくすると、通路は開け、森の中へと繋がっていた。


 前方には、男たちの姿があった。

 彼らは逃げ切ったと思い込んでいるのか、気を緩め、談笑している。


 その姿を顔に、どうしようもなく怒りが込み上げてくる。


(相手は二人。

 真正面からは当然無理として、前の盗賊みたいに一人は後ろから足を、もう一人は、頑張るしかないか。)


 後ろから、能力を発動した状態でナイフを投げ、両足を攻撃し、一人を動けなくした


「ぐぅう!!

 足が!!」


 ナイフが刺さった男は足を押さえて倒れ込んだ。

 もう1人は仲間の心配をするでもなく、人質を取った。


「おい!!

 どこにいる!!

 この娘がどうなってもいいのか!!」


 人攫いは、袋越しに娘の首にナイフを突きつけ、荒く息を切らしながら叫んだ。


「抵抗がなさすぎないか?

 人質をとることに・・・・・・」


 私は姿を現し、相手を睨みつけながら言う。


「動くなよ!!

 この娘を殺すぞ!!」


「その娘を殺したら、すぐにお前の首を切る・・・・・・」


「ふざけんな!!

 殺されてたまるか!!」


 向かい合い、お互い目をそらさない。

 風が静かに木々を揺らしている。


「その娘を離せ。

 いちいち、他人を巻き込んで不幸にするな。」


 盗賊はニヤついた顔をして口を開く。


「はっ、他人何てどうでもいいんだよ!!

 どうせ、こいつらは、1人2人いなくても変わらねぇ!!

 どうせ警備隊もちょっと調べて終わりだ!

 まともに探しゃしねぇよ!!」


 確かに、仮に私がここにこなければそうなっていたのかも知れない。


 その男の表情に、疑問を持ってしまった。


「・・・・・・一つ聞きたい。

 君はなぜ、こんなことをする?」


 人攫いは、鼻で笑う。


「あぁ!?

 決まってるだろ。

 金がなきゃ楽しめないからだ!!」


 私は、人攫いの言葉に驚きのあまり、虚空を見る。


(こいつらですらそうなのか。

 生きていることが当然で疑問に思わない。

 生きる、それ以外の選択肢がない。

 だから、僕は・・・・・・)


 私は、歯が欠けてしまいそうなほど歯を食いしばる。


「そうか・・・・・・

 お前はさっき言ったな・・・・・・

 その娘は、いてもいなくても変わらないと・・・・・・

 なら、君がいなくなっても結果は変わらなさそうだな!!」


「だから、動くとこいつを殺すぞ!!」


 人攫いは少女を見せつけるように、持ち直す。


「いいか!!

 お前は武器を置いてさっさと街に戻れ!!

 でなきゃ・・・・・・」


 そして、少女の首からナイフを離し、左手を何かを呼び寄せるかのように前に出す。

 その掌から、水の球が膨れ上がり始めた。

 最初は小さな泡のように見えたそれは、次第に大きくなり、ついには人攫いの姿が完全に隠れてしまうほどの大きさに達する。


 だが、そのことを気にも留めず、私は声を震わせながら叫んだ。


「お前らみたいな、罪人まで!!

 この地獄にすがって明日を願うから!!

 今を称えて進むから!!

 僕みたいなやつまで前向いて生きなきゃ行けなくなるんだ!!

 明日を笑わなきゃならなくなるんだろうが!!」


「さっさと死ね!!」


 人攫いは唾を飛ばすように怒鳴り、その言葉と同時に、手のひらから水球を放つ。

 だが、私は能力を発動し、水球を避ける。


 そのまま水球は地面に到達し、爆音と共に大きな土煙を上げた。

 土煙が空に舞い上がり、視界が一瞬にして視界は覆われる。


(一度きりの生、数億分の1の奇跡、そう呼び、ただそれだけのことで、生きていることを押し付け、それが正しいものとして疑わない・・・・・・

 もしそれを普通というのなら・・・・・・

 僕は・・・・・・)


 人攫いが、煙幕から離れようと、後退しようとするその瞬間、煙幕から飛び出し、盗賊が左手に持っていたナイフをソードブレイカーで折る。

 金属音と共にナイフが二つに割れ、その破片が空中に舞う。


 人攫いは、驚きの表情を浮かべていたが、私はその隙を逃さなかった。

 すぐに左手を伸ばし、少女の肩を強く掴むと、無理矢理引き剥がした。

 そして、一切のためらいなく足を踏み込んで、人攫いの身体を強く蹴り飛ばした。


「さっさと死ねだと!?

 それが出来たら苦労してねぇんだよ!!

 死ねないんだよ!!

 死んでまで後ろ指刺されたくねぇんだよ!!

 笑われたくねぇんだよ!!」


 人攫いが、こちらを見て怒りを露わにする。


「クソが!!」


 その目は怒りの色とともに、いつか見た、当たり前のように「自殺をやめろ」と言う幸せそうな人の目に見えた。


「その目を向けるな!!

 僕が選んだんだ!!

 選んで死ぬだけだろうが!!

 口だけの外野がうるせぇよ!!

 人間が!!」


 怒りが私を支配していた。

 少女を抱え、そのまま人攫いに飛びかかる。


 盗賊はすぐに反応し、再び水球を左手から放った。

 その球は、先ほどのものよりも小さい。

 数秒間隔で放たれるその攻撃を、私は右手でナイフをしまいながら、能力を使い回避する。


 そのまま盗賊の背後に回り込み、ポケットからコインを取り出し、それを指先で弾いた。

 人攫いは、音のした背後に、反射的に向き水球を放つ。

 しかし、私は、能力を解除しつつ、盗賊と背中合わせになりながら回転し、盗賊の背後を維持した。


 私を見失った盗賊は、一瞬混乱している様子で、動きが止まる。

 その瞬間を逃すまいと、私は左足を軸にしてその場で回転をしながら、一気に右足を振り抜いた。

 右足が人攫いの頭を狙い、勢いよく振り下ろされる。

 盗賊は右手をかざしガードしたが、彼は数メートル吹き飛ばされて地面に転がる。


 私は空中に飛んだコインをキャッチし、ナイフを構え直す。

 私がトドメを刺そうと、飛びかかった次の瞬間、横から何かが飛んできて体が飛ばされた。


 何か柔らかいものが当たったと認識したと同時に、何かがが割れる乾いた音がした。


(なんだ!!

 少女落とした!!)


 私は数メートル地面を転がり、木にぶつかる。

 痛みで体が硬直する前に、武器をかまえ前を見る。


 そこには、ブルースが、悲しそうな表情で少女を抱えて立っていた。


「やりすぎ。」


 いつもの元気な彼女らしからぬ、憂いを帯びた声だった。


「ブルースなっ!!」


 脇腹が痛み言葉が遮られる。

 どうやら、ブルースが飛びついたその衝撃で肋骨が折れたようだ。


 人攫いは警備隊が取り押さえてる。


 私は、呼吸を整え冷静になる。


「すいません。

 少し熱くなりました。」


 武器をしまいながらゆっくり立ち上がる。


 立ち上がった瞬間、自分の中に、違和感を感じた。

 歯車が止まってしまったような違和感。


(また、これか・・・・・・)


 いつものブルースらしく、ふふんと鼻を鳴らす。


「落ち着いたなら良かったわ。

 感謝してくれてもいいよ!!」


「・・・・・・ありがとうございます。

 勝手に追って言ってこういうのもなんですが、どうして私の居場所がわかったんですか?

 追えるようになんて気が回せていませんでしたが・・・・・・」


 なんとか言葉を返す。

 肋骨が痛むせいか、さっきの盗賊とのやりとりのせいか、頭が一切回らない。


「うちにそういう能力を持ってる子がいてね。」


「・・・・・・例の私以上に引きこもりという子ですか?」


 返事が遅れていく。

 言葉を選べない。

 目を合わせられない。


「そうよ・・・・・・?」


「・・・・・・感謝・・・・・・しなきゃですね。

 ・・・・・・なにかお礼をしないと。」


 人攫いに感じていた怒りが嘘のように、感情がなくなった。

 自分が、今、ブルースに何を言ってるかわからない。


「彼女は本が好きよ・・・・・・」


「気が・・・・・・合いそうです

 おすすめの本でも買って行きましょうかね・・・・・・」


 彼女の言葉がわからない。

 風の音のように、ただ耳を通り過ぎていく。

 見えているはずなのに、何も見えない。


「とりあえず、人攫いは警備隊に任せて子供を親の元へ届けましょう。」


 私は、自分の中の何かが、完全に停止してしまう時がある。

 自分が何を思っているのか、人の話す言葉、目の前で起こっていること、全ての情報を、何一つ処理できなくなる、そんな瞬間。


 だが、ブルースのその言葉で我に帰った。


「親?

 親がいるんですか?」


 攫われた路地裏にいた貧しい子供。

 勝手に、路頭に迷う孤児だと思っていたから、驚きを隠せなかった。


「えぇ。

 さらわれた現場に戻ったら母親が焦った顔で探してた。」


 彼女の顔は、どこか心配そうにしてるように見えた。


 *****


 攫われた少女の、母親の家に着くころには、あたりはすっかり暗くなっていた。


 母親の元にたどりつくと、少女は、母親の顔を見るなり泣きながら抱きついていた。

 母親も泣きながら少女を抱きしめている。


「貧しいとはいえ、ああやって家族と会えるなら幸せかもね。」


 彼女は、いつも通りの声で、しかし、どこか神妙な顔で少女と親を見ていた。


 私は皮肉にも聞こえるその言葉に、また虚空を見つめた。


(もしかして聞いていた?)


 しかし、私は何も感じていないかのように普通に返す。


「そうかもしれませんね。」


「まったく、無事だったから良かったものを・・・・・・

 こっちの身にもなってよ。」


 彼女は、その場の空気を変えようとしたのか、茶化すように呆れた顔をした。


「肋骨で勘弁してください。

 初めて折りましたけど、想像以上に痛いですよ、これ・・・・・・」


 私は申し訳なさそうに肩をすくめ、ブルースを見る。


「そういえば、そうだったわね。

 突っ込んだら、いい音が聞こえたもの!

 仕方ないから、今回は、それで許してあげる。」


 彼女はいたずら心を感じさせる声で、コロコロと笑う。


「ありがとうございます。

 では、事後処理を押し付けて申し訳ないですが、私は先に戻りますね。

 肋骨、直してもらいに・・・・・・」


 そう言い、能力を使用して、屋敷へ向かった。

 後で、助けた少女が何か言っていた気がした。


 ****


 次の日、昼下がりの街に、食料品を買いに来ていた。

 この街にはじめて来た時も武器を買いに来た時も夕暮れか夜で、さらに基本引きこもりの私は、太陽がちゃんと昇っている時間帯に街を始めて歩いた。


 人が行き交い、笑い声が聞こえる。

 それは、昨日、誰かが攫われそうになったことなど嘘だったように感じるほど、平和な風景に見えた。


「今日は、食料を買いに来たわけだけど、また値上がってたわ。

 特に、肉関係が・・・・・・」


 ブルースが困った表情で、袋に入っている肉を見る。


「何かあったんですかね?」


「噂だと、魔物が凶暴化して、冒険者が魔物を狩れず、肉が出回りずらくなっているそうよ。」


「凶暴化ですか。

 ・・・・・・物騒ですね。」


 路地裏をふと見たら、獣のような目で街ゆく人を見ている少年が目に入った。

 その手にはナイフを持っている。


 ブルースは呆れた中に優しさを感じさせるようなため息をついた。


「物騒ってそっち?

 また、なにかするの?」


「申し訳ありません。

 でも、やっぱ見捨てられませんので。」


 少年に近ずきながら、目線に合わせるようにしゃがみ、できる限り優しい声で、首を傾げながら話しかける。


「ねぇ、何をしてるの?」


 少年は何も言わず、こちらにナイフを向ける。

 その瞳は私なんぞよりよっぽど辛い目に遭って来たということを悟らせる、黒い感情で満たされた目だった。


(はぁ、こういう子もいるから・・・・・・)


 こんなどうしようもない感情を微塵も悟らせないように笑顔で、買ったばかりのパンを差し出す。


「そうか。

 じゃあ、そのナイフを下ろしてもらうことと、このパンを交換だ。」


 少年は、私の目とパンを交互に見る。

 そして、ナイフを構えたまま手からパンを奪い、何も言わず薄暗い路地裏に消えた。


 私は、少年を見送り、彼女の元に戻った。

 ニヤニヤした顔で彼女は、手を口元に当てていた。


「なに?

 優しいわね。

 子供が好きなの?」


「いえ、むしろ子供は苦手です。

 これは、自己満足で、子供を助けるのは・・・・・・

 分かりやすく善行?・・・・・・だから・・・・・・ですかね?

 実際、これ以上彼の面倒を見ることは無いですし、今日助けたからって彼の人生がなにか変わるわけじゃありませんから。」


「そう・・・・・・」


 彼女は先ほどから打って変わって神妙な顔つきになる。


 少年がいた今は誰もいない路地裏を見て、私はなぜか言葉を続けてしまう。


「人はどんな人であれ、人の行動原理は、突き詰めれば利己的な物だとおもいます。

 傷つけることに快楽を見い出す人もいれば、誰かの笑顔が見たい人もいる。

 後悔しないためという人もいれば、善である自分に酔っている人、安寧を求めて変化を嫌う人もいる。

 けれど、どれも同じです。

 たまたま自分の性質が、そういう物だっただけ。

 さっきの私も自己中心的で利己的な行動が、たまたまよく写っていただけです。」


「はぁ、そんな事ばっかり考えてるの?

 君は、真面目すぎるわ。

 もっと気楽に生きればいいのに。」


 彼女は同情を含めた目で私を見ながらため息をつく。


(その目もやめて欲しいんだけどな・・・・・・)


 私はとびきりの笑顔を、見せた。

 しかし、自分でも押し殺せなかった感情があったのだろう。


「確かにそうかもしれません。

 明日、死んでもいいくらいに、のんびり生きますかね!」


 そう返してしまった。


(分かってる。

 違うんでしょ。

 そういうことじゃない。

 でもね・・・・・・

 僕はこういう人間なんだ。

 変われなかったんだよ・・・・・・)


「そこまではいってないけど、まぁいいか。

 吹っ切れたなら。」


 彼女も、笑顔で返す。


 僕はまた仮面をつける。


 死んでも仕方がないと、自分ではどうすることも出来ない。

 そんなでき事が起きるようにと願って・・・・・・


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