第8話 教会
「——え、デッド……依頼受けることになったんですか!?」
デッドに金級冒険者のパーティ『豊穣の剣』からの指名依頼を話した翌日。ギルドに行くとレノアさんから声をかけられた。
そこでデッドが『豊穣の剣』からの依頼を受けたと聞いた。
依頼は断ると言っていたはずなのに、どうして急に。
「今日の早朝にね、デッドの家に『豊穣の剣』が直接向かったみたいなのよ。そこで話し合いが行われて、依頼を受けることになったそうよ」
「やっぱり……やっぱり……スケベ心が……っ!」
「それはわからないけどね。でも、『豊穣の剣』のイレーナが、怒りを覚えたような顔をしていたわよ。多分デッドに何か言われたのね」
「あいつ……何話したのよ……」
デッドは強い……と思う。けど、金級が直接依頼されるような内容だ。デッドだとしても厳しいことになるのではないだろうか。最悪死ぬことだって……。それは自分だってわかっているはず。
「……ごめん! デッドに会って聞いてくる!」
「ちょっとシャル!? ……もう」
「面白くなってきた」
私はハンネとメイリスをギルドに置いて、直接デッドになぜ受けることにしたのか聞きに行くことにした。
◇ ◇ ◇
「ちょっとデッド! 開けなさい!」
今日は来訪者が多い。早朝にめんどい客が来たと思えばまたか。
あの後、俺は二度寝をし、昼前に起きるつもりだった。しかし、その前にロッティのやつが来たらしい。
多分、『豊穣の剣』の依頼を受ける事を聞きつけたのだろう。
「早く開けないとぶち壊すわよ!」
「わーったよ! 少し待て!」
このピンクゴリラめ。
なんで女性冒険者というのはこうも気が強いやつが多いんだ。まあ魔物や人とも戦うから気が強くないとやれないのかもしれないが。優しくて慎ましやかな女性冒険者などほぼ見た事はない。
俺はベッドから体を起こして、玄関へと向かった。
そして、鍵を開けて扉を開くと、そこには鬼面のロッティがいた。
「ちょっとどういことなのよ! 依頼は受けないって言ってたじゃない!」
「あー、おっきな声で話すな。鼓膜が破れる」
「悪かったわね、ビッグボイスで」
「とりあえず入れ」
「うん……」
眉を吊り上げたままのロッティを招き入れると、テーブル前の椅子に座らせ、コーヒーを淹れてやった。
「砂糖は勝手に入れろ」
「ありがとう」
ロッティにコーヒーを渡すと、それを受け取り、角砂糖を一つ入れてスプーンでかき混ぜてから、カップを両手で持ち口に含んだ。
頭に血が昇ってるやつにはとりあえず、落ち着くものを飲ませりゃいい。
少し落ち着いたのか、眉の角度が九十度から四十五度くらいになった。
「それで、なんで受けたのよ。絶対やばい依頼じゃん」
「依頼料が一撃で五十万ギールだった」
「はあ!? 高すぎでしょ! どこの白金ランクよ!」
「国からの直接依頼らしくてな、あいつらもがっぽりもらえるらしい」
おそらく一人百万近くもらうことになるんだろう。破格の依頼料だ。
白金ランクとロッティが言ったのは、金級ですら高い報酬額ということだ。
「そ、それでも! 命が危険になるかもしれないのよ!」
「まあな……でもあいつ、しつこくてな。お前といい勝負だよ」
「な、なによそれ! 私がしつこいって言うの!」
「しつこいだろ」
「このバカ!」
イレーナはあの見た目からは想像もできない脳筋だった。俺を試し斬りで殺そうとするし、何を言っても言い返してくるし。本当にめんどいやつだった。
だからあいつのクールな顔を歪ませてやろうともう一つの条件を出したのだ。でも、その条件をロッティに話すとややこしいことになりそうだ。これは言わないでおこう。
「…………依頼はいつからなのよ」
「三日後らしい」
あの後『豊穣の剣』から聞いた話だと、闇の組織とやらのアジトに向かうのは三日後。そして約一日半かけて、アジトのある場所の近くまで移動する。
馬車だと目立つので、途中からは徒歩で近づいて潜入だ。
「……お前、来るつもりじゃないだろうな」
なんとなく、そんな雰囲気を感じた。
「なんでよ」
そうは言うが、顔に出ている。
「やめとけ。あっちには凄腕のシーフがいる。俺の家の鍵だって軽く開けやがった。誰かが着いてきてるならすぐにバレる」
赤髪ショートのリルタ。盗賊職は感覚が鋭敏だ。そして金級ともなれば、後をつけられていることなどすぐにわかるはず。
「だって……デッドが心配なんだもん」
ツンが多いこいつも、たまには真面目に心配をする。
「心配は嬉しいが、お前が来られるとリスクが増えるだろ。今回の依頼は少数精鋭らしいからな」
「なら、なんでデッドなのよ……」
「んー、あいつの目がおかしいんだろう。俺を捨て駒にでもするつもりかもしれないな。でも、死ぬつもりはない。あいつらを盾にしてでも生き残ってやる。
「女の子を盾にするだなんて、デッドしか言わないよ」
冒険者こそ男女平等だろ。
使えない俺は後ろに隠れてるくらいがちょうどいい。
ともかくあと三日はある。それまでにやれることはやっておこう。
「さてと。出かけるか」
「は、どこに行くのよ……って、今日はあの日か」
「ああ、準備したら出るから、ゆっくりコーヒーでも飲んどけ」
「うん……」
そうして俺とロッティが家を出て、やってきたのは、この商業都市オランジールの中にある大きな教会だ。
俺は定期的に教会は来ては祈りを捧げているのだ。
と、言っても、この国の民のように女神を信仰しているわけではない。ちゃんと理由があってここに来ている。
「ほんとにこれだけは律儀よね。確かに当たり前のことではあるんだけどさ、デッドが来ると似合わなあというか」
「大きなお世話だい」
「何その言い方」
「ガキ大将」
「意味わかんない」
そんな会話をしつつ、教会の扉を開くと、太陽の光が差し込むことで美しく輝くステンドグラスが出迎えだ。落ち着いた色のカーペットが入り口からステンドグラスの下まで続いている。
奥に歩いていくとそこには小階段があり、登ると目の前に鎮座していたのは、女神ディオネの白い石像だ。
この国の民は何か悩み事があった時や願いを聞いて欲しい時、様々な時に女神に祈り話を聞いてもらう。
そうして身の回りのことを解決してもらうのだ。もちろん誰もここに存在しない女神から天啓を受けて言葉をもらっているわけではない。ただ、祈るだけで救われると信じて皆そうしている。
俺とロッティは並び立ち、ディオネの石像の前で、目を閉じて両手を合わせる。
「女神ディオネよ。我の願いを、我の言葉を、聞きたまえ」
その瞬間。俺の意識は視界を埋め尽くすほどの白の光に飲み込まれる。
それは深い闇に沈むような、海に突き落とされて溺れていくような、燃え盛る炎の中に飛び込むような、そんな頭が掻き回されるような不思議な感覚。
ただ、それも一瞬。
今の今まで教会にいたはずなのに、目を開けると一面、白の世界に立っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げて前を見ると——、
「——ふふ。二ヶ月振りでしょうか」
そこにはネグリジェのように薄く透けている白い法衣を纏った美しい女性が立っていた。その出立ちは神々しくまさに女神のようだった。
その女性は艶めく白金の髪を揺らし慈母のような微笑みでこちらを見つめる。
そして——、
「待ってましたよ、デッドさん——いいえ、倫也さん」
俺の名前を優しく呼んだ。