第7話 依頼内容と報酬
「たのもう!」
おいおい、ここは古き良き日本かよ。道場破りでもしにきたのか? まだ朝っぱらだというのに……だるい。
俺は力を振り絞りベッドから体を起こし、玄関へと向かう。眠たい目を擦りながらのそのそと歩いた。
「へいへい」
玄関のドアに手をかけ開けると朝陽が差し込むと共に、綺羅びやかな女性たちが目に入った。
「——やあ。三日振りだね——デッド」
「は?」
そこにいたのは金級冒険者パーティ『豊穣の剣』の四人だった。
まじかよ。これ、絶対めんどくさいことになってるじゃん。
俺はドアをすぐに閉じて鍵を閉めた。
「ちょ、ちょっと! 話をしたいんだ。開けてくれ!」
外からゴンゴンとドアを叩く音と共に『豊穣の剣』のイレーナの声が聞こえる。
「…………」
俺は部屋の奥——ベッドがある場所と戻り、ノック音と声が静まるのを待った。
そのあと、十五秒ほど経過した時だ。
玄関の方でガチャリと音が鳴った。
おい嘘だろ。
「デッド、入るぞ」
勝手に鍵を開けて侵入してきやがった。
「変態! 不法侵入罪! 勝手に人の家に入ったら泥棒だ!」
「ひ、人聞きが悪いな。私たちはそんなこと……」
このイレーナというやつ。なかなかイッちまってるかもしれない。でも、だからこそ金級なのかもしれないが……。
「いや、普通に私の盗賊スキルで鍵開けたじゃん」
と、リルタと呼ばれていた赤髪ショートが呟く。
てことはやっぱ不法侵入じゃねえか。
「ん、なんだこの匂いは……うっ……臭い……」
勝手に俺の家に足を踏み入れてきたイレーナが鼻を摘みながら眉を顰めた。
「これは猛毒のガスの匂いだ。マジで嗅いでたら死んじまうぞ」
「君はまだ生きているようだが?」
「俺は生まれた時からずっと訓練されててね。あー、酷い訓練だった」
「『ピュリファイ』」
「は?」
俺が適当な話をしていると、突然魔法を唱えたやつがいた。
青髪ロングの魔法使い、マリアンだった。
「ごめんなさいね〜。ちょっと空気を綺麗にさせてもらったの〜」
「いや……はい」
こいつらマジでイカれている。今までもこんな感じで強引な行動をしてきたのだろうか。
ああ、だるいったらありゃしねぇ。
「ちっ。適当にそのテーブルに座れ」
「ああ、失礼するよ」
こちらは終始苛ついているというのに、それを気にもせず四人とも着席しやがった。
俺はキッチンへ向かい、低級の火魔法を使ってお湯を温め、人数分のコーヒーを用意した。
「まさかコーヒーを出されるとは思わなかったよ。律儀なんだな」
「うっせえ、それ飲んだら早く帰れ」
「ふふ。私たちにそんな言葉遣いをしてくるのは、ギルドマスターか君くらいだろうな」
「はいはい、態度が悪くてさーせんね」
精神的にも強いらしい。
何を言っても揺らがない。
「わかっていると思うが、とある依頼について、デッド——君にも参加してもらいたいと思ってね」
「もう断った」
「知ってる。だからここまで来たんだ」
それもわかってる。だからもう帰って欲しい。
いかにこいつらが見た目が綺麗で可愛くても、嫌なものは嫌なのだ。
「ねぇ、イレーナ。本当に誘うの? 大丈夫?」
「ユルファ。すぐにわかる。もうちょっと待っててくれ」
今の会話から、俺を誘ったのはイレーナらしい。
恐らく他の三名は誘ってはいないのだろう。個人プレーもありなのかよ。
「それでだ。今この場には私たちしかいない。だから依頼内容を話そうと思う」
「はあ……」
自分もズズズとホットコーヒーを飲みながら、イレーナの話をとりあえず聞く。
「依頼内容は闇の組織の討伐だ」
「は?」
なんだよそれ厨二病か?
盗賊団とかならまだわかるけど、闇の組織ってなんだよ。
「その闇の組織が、何やら危険な実験をしているそうなんだ。王国の調査隊がその情報を元に調査をしに行ったあと、王都のギルドに依頼が出され、そして組織のアジトが近いこの街のギルドへと依頼が渡ったのだ」
王国って……マジでヤバイ依頼じゃん。
騎士団にでも任せておけばいいのに……とは思うが、この世界では冒険者の数が圧倒的に多いので、騎士団よりも冒険者のほうが強いとされている。
「ただ、相手の人数や何を実験しているのかまでは正確にはわからないんだ」
「ほう……」
「そこで、私たちに直接依頼がきた。つまり、もっと奥まで行って調べてこいというわけだ。可能なら討伐まで」
「王国の調査隊だけでは難しいってことなのか」
「そうだ——未だに帰ってこない調査隊がいるらしい」
「まじかよ……」
絶対危ないやつじゃん。俺死にたくないんだけど。
「調査を含む依頼だ。少数精鋭で行かなければ見つかるのも早いだろう。だから他の冒険者は今回関わっていない」
「俺、銅級ですけど」
「ああ、知ってる」
「行ったら絶対死にますけど」
「君は死なないよ」
「いやいや死ぬ——っぶね!?」
イレーナがいつの間にか椅子から立っていて、素早く腰の剣を抜いた。そして俺の首を刈り取らんばかりにテーブル越しに剣を凪いだ。
「死ななかったではないか」
「てめぇコラ……っ」
さすがにピキンときた。
ギリギリ躱したがいいが、避けられなかったら確実に死んでいた。
つまり、このイレーナというクソ女は人殺しも同然なのだ。
「わっ、すごい。本当に躱してる。私でも躱すの大変なのに」
「これは、認めざるを得ないね」
「あららあ、素敵ねえ〜」
今の様子を見て、他の三人がそれぞれ呟く。
「すまない。君を試すつもりで斬ったのだが、躱してくれると信じていた」
「いやいやいや。俺今一回死んだけど? どうしてくれんの?」
「その力を見込んで、私たちの依頼についてきてほしい」
こいつ……俺がキレていることに対してスルーしやがった。
「少数精鋭じゃないのかよ」
「ああ、少数精鋭だ。でも、君も入れたら完璧だと思ってね」
「俺は銅級だ」
「銅級に私の斬撃は躱せない」
「たまたまだろ」
「もう一度やろうか?」
ナチュラルに挑発してきやがる。強者にしかできないやり方だ。その自信満々な顔を歪ませてやりたい。
「もう……イレーナったら、言い方が怖いって。ちゃんと報酬とか提示しないと」
「ああ、忘れていたよ」
ユルファが指摘するとイレーナは剣を鞘に戻して座り直す。
「君への依頼料は五十万ギールだ」
「はあっ!?」
俺はその金額を聞いて驚いた。こいつ、イカれてやがる。
五十万といえば、一般的な宿に一年は軽く住めるレベル。つまり多すぎる報酬ということだ。
まあ、やばい依頼らしいので、自分の命との天秤にかけると安いとも言えるかもしれないが。
「顔色が変わったな。一応国からの依頼だからな。私たちも十分にもらえるんだ。その中から、私が君に個人的に支払う予定だ」
「俺にそんな価値はないよ」
「ほう、これでもまだイエスはもらえないのか」
揺れた。五十万ギールあれば、俺の買いたいものがだいたいは買える。
けど、今の暮らしだって十分に満足している。わざわざ危険に飛び込むことなんて、冒険者になってからここ二年はしてこなかった。
「悪いな。俺は自分が大事だからよ、勝手に首を突っ込んで勝手に死んでくれ」
ロッティたちには情はあるが、こいつらにはない。まだ会って二回目だからな。
「——なら、追加して。一つだけ私ができることをなんでもしよう。稽古相手でもいいし、高級料理店に連れていってもいい。他には……何かあるか?」
ははん? 言ったな。何でもって言ったなこいつ。
なら、やってやろうじゃねーか。こいつの顔が歪む姿を見れるなら、クソみてーな依頼だって受けてやる。
依頼が終わったあと、覚悟しとけよイレーナ。
「——おっぱいだ」
「…………おっぱ……なんて?」
イレーナが素っ頓狂な声を上げた。
同時に他の三人も目が点になっていた。
「依頼が終わったあと、お前のメロンみてえな胸を揉ませろってことだよ!」
「は、はあああああっ!? き、君は何を言ってるんだ!」
イレーナが俺の要求を理解し、自分の胸元を両手で隠しながら顔を赤くした。
彼女の胸はなかなかにでかい。恐らく俺よりも年齢が上だし、発育も良く成長しきっている。
食べどきの果実がそこにはあるのだ。
「あはははっ。君、面白いねー! いいじゃん、イレーナ揉ませてあげなよ。自分で言ったんだからね? なんでもって」
「リルタ! だって、胸だぞ? そ、そんなの誰にも触らせたことがないのに……」
つまりそういうことか。
イレーナはずっと純血を守ってきたわけだ。
「ふっ、処女か。まだガキじゃねーか」
「ガキっ!? 言わせておけば……君こそガキじゃないかっ!!」
「はあん? さっきまでの落ち着きはどうした?」
鼻で笑う俺を見て、イレーナが取り乱す。
これだ。これが見たかったんだよ。
「う、うるさいっ! 冒険者というのはだな、強くなってしまうと異性からなかなか近づかれないんだ! しょうがないだろう!」
「そんなの関係ないだろ。さっきみたいな強引さを見せれば、すぐに男なんて堕ちるだろ。お前みたいな良い体のメスなんて、誰でもヤリたいと思ってるはずだぜ」
「メス……ヤリ……っ!?」
俺のゲスすぎる発言についていけないようで、イレーナの端正な顔立ちが崩れ、あたふたしだす。
「イレーナの負けね。あなたの体を差し出せば、彼は手伝ってくれるのよ。いいじゃない」
「ユルファ!? 体を差し出すなど……そんな娼婦のようなこと、私には……っ」
「うふふ。早めに処女を捨てて置かないと、どんどんこじらせちゃうかもしれないわよ〜」
「マリアンまで……っ!」
イレーナ以外は既に処女を捨てたのだろうか。
それはわからないが、話の感じからして楽しんでいるようにも思える。彼女たちもイレーナが取り乱す姿は新鮮で面白いのかもしれない。
「はんっ。別に俺はヤろうなんて思ってない。お前の胸だけで十分だ」
「だけって……大事な私の胸なんだぞ!?」
「俺は命をかけて依頼に参加するんだ。銅級なのに」
「クッ……」
「決まりだな。……せいぜい俺に揉まれる姿を想像しながら、これから毎日寝るんだな」
「デッド……君というやつは……っ!」
結局、乗せられたのは俺のほうかもしれない。
いくらイレーナの胸が揉めると言っても、死んでしまっては元も子もない。
ちゃんと互いに生還してからでないと揉むことすらできないのだ。
ちなみに高ランクの依頼は、ランクが低くても一応は受けることができる。
その場合、自分のランク分の報酬しかもらえないので、高いランクを受けたからと言って、高い報酬をもらえるわけではない。
だから通常、自分より上のランクの依頼を受けるやつなどいない。
ただ、このような指名依頼だけは別。
本人同士が良しとするなら、そこで交わされる報酬額は依頼者が決めた金額をそのままを渡すことができるのだ。
「じゃあ早く教えてくれ。いつ行くんだ? ——その闇の組織のアジトって場所によ」
俺は下衆な笑顔をイレーナに見せつけながら、そう言った。