第6話 目を付けられる
私がデッドの家に向かう日の前日。
ギルドに顔を出すと、レノアさんに声をかけられた。
「シャルちゃん、ちょっといい?」
「あ、はい。どうしました?」
レノアさんとはよく喋る。
大人の女性としか話せない話だってある。
ただ、今日はハンネとメイリスも一緒に来ていた。
目的は新しい依頼の確認だ。ここは商業都市、魔物討伐以外にも素材採取から護衛依頼、子供への訓練依頼なんてものまであるのだ。
一日もすれば、ドバッと依頼が追加されていることもザラ。冒険者にとって食いっぱぐれることのないギルドである。
ただ、デッドだけは違う。もっと上に行ける実力を秘めているはずなのに、今のランクに居座り続けているため、安い報酬の依頼しか受けられない。
銀級に上がるだけで、報酬額も一段階変わるというのに、本当に訳のわからないやつ。
というのに、いつもお金はないだの、奢ってくれだの……そんなことを言うなら早くランクを上げればいいのに。……いつの間にかあんたより上のランクになっちゃったじゃない。
「依頼の話ではあるんだけど、デッドって今日は来てないわよね?」
「デッドですか? しばらくはスパイス——調味料作りのために家にこもってると思います」
「何それ、スパイス? 意味がわからないわね」
「ふふ、ですよね。私も意味がわかりません」
レノアさんも私と同じ意見のようだ。
自ら調味料を作るなど、冒険者がやることではない。
「それでね。その依頼というのが……デッドを指名した依頼なの」
「へ?」
次にレノアさんから言われた言葉に少し驚いてしまった。
指名依頼とは、そのままの意味で依頼者が冒険者を指名して出す依頼だ。
ただ、デッドは銅級なのに指名依頼を受けたことはある。まあ、歳のいったお爺さんの介護のようなものや家庭教師だ。なぜかデッドは歴史や地理には詳しく、それは人に教えられるくらいのものらしい。まあ、冒険者がやる仕事ではないんだけどね。
「しかも、直接の依頼者が依頼したんじゃなくて、その依頼された人が指名したのよ」
「えーと、はい? 依頼者が依頼して依頼が依頼して指名が依頼?」
「シャル、混乱してるわよ」
レノアさんの言葉がわからず混乱しているとハンネに指摘される。
「どういうことなんですか!?」
「簡単に言えば、冒険者がデッドを指名したのよ」
「はえっ!?」
素っ頓狂な声を上げた。今までに一度もない展開だった。冒険者にデッドが指名されるなんて。
そもそも冒険者が他の冒険者に依頼を出すパターンなど、ほとんど聞いたことがなかった。
なぜなら普通は依頼などせずとも直接話して誘うものだから。実際私も依頼などしないでデッドを誘った事は何度もある。
「それでね、大きい声で言えないからこっちに来てくれる?」
レノアさんがこの話を他の人に聞かせたくないのか、私たち三人をギルドの隅へと移動させた。
そうして彼女から聞かされた内容は、私の想像の範疇を超えたものだった。
「デッドを指名した冒険者というのが——あの『豊穣の剣』なのよ」
「でええええええっ!?」
大声を上げてしまった。
レノアさんが人差し指を立てて「しー」と言う。
「す、すみません。でも、なんであいつが……」
「……シャル。やはり考えられることは一つ。デッドが見初められたのかもしれない」
「メイリス!? な、何を言うの!? あのボンクラ変態スケベ童貞野郎が……まさかっ!?」
「流石に言い過ぎじゃない?」
メイリスの言葉に動揺した私がそう口走るとハンネが指摘する。
確かに言い過ぎかもしれない。変態もスケベも似た意味だし。でもそれだけ私は混乱したということだ。
「あ……そういえば昨日、カフェで『豊穣の剣』と出くわしてはいます……」
「え、そうなの?」
「はい……でも、少しだけ言葉を交しただけで、デッドが目を付けられることはなかったと思うんですけど……」
どこをどう見れば、デッドに声がかかるのか。
それだったら私にも声がかかってもいいはずなのに。
「シャルちゃん。よく思い出してみて。もっと何かあったはずよ」
レノアさんに言われ、私は昨日の事を思い出す。
「うーん。店員さんが運んできたハンバーガーとかをぶちまけそうになって、それをテッドがナイスキャッチしたあと、デッドの言葉遣いが悪いからテーブルに顔を叩きつけたらハンバーガーごと潰れて、それを見たイレーナさんがポテトをくれて……」
「…………それね。それで決まりよ」
レノアさんが手を叩き、確信したような表情をした。
「ま、まさか私がデッドの顔を叩きつけたのを見て、その様子が見ていられないと思った!? 依頼に誘い出して、デッドに手を差し伸べて、そのあとはくんずほぐれつ……うあああああっ!?」
「ちがーーーう!!」
「へ?」
嫌な妄想を展開してしまった。
しかし、レノアさんは違うと言う。
「ナイスキャッチの方よ。というかシャルちゃん。さすがにテーブルに顔を叩きつけるのは酷くない?」
「あはは……普段はそんなことしないんですけど、なぜかデッドにはしちゃうんですよね……」
だってあいつ、『豊穣の剣』相手に態度が悪すぎたでしょ。
「ともかく、そのナイスキャッチを見た『豊穣の剣』のイレーナ……デッドに感激したんだわ」
「やっぱりそっちなの!?」
先程、くんずほぐれつはないと安心したのだが、結局はそっちの方らしい。
大人のレノアさんの意見だ。多分、そうなんだろう。
「高ランク冒険者と低ランク冒険者の身分違いの恋……ご飯三倍はイケる……」
「ん〜〜、私はそういうんじゃないと思うんだけどなぁ……」
メイリスが私以上に妄想を繰り広げるなか、ハンネだけは眉を顰めていた。
「ともかく、依頼はされちゃったから。申し訳ないけど、デッドの家まで言って、この話をしてもらっていい? ちなみに依頼内容は直接じゃないと言えないらしいの」
「そ、それじゃあ、依頼を受ける受けないの判断はすぐにはできないってことか……」
「とりあえず興味があるかないかだけ聞いてもらえる? まだ猶予はあるから」
「わ、わかりました! 明日行ってみますね!」
こうして、私はデッドに『豊穣の剣』から依頼が入ったことを伝えにいったのだ。
◇ ◇ ◇
「受けるわけねーだろ」
確信して言える。絶対に面倒くさい依頼だ。
しかもバルドアが言っていた表には出ていない依頼のことだろう。と、いうことはだ。彼女たち金級のランクに見合った依頼ということになる。
依頼内容を聞かなくてもわかる。俺如きが関わっていい依頼ではない。
「なあ……俺が指名された理由てわかるか?」
「ううん。レノアさんに指名が入ったってだけ聞いただけだから」
うーん。見破られたか? いや、それでも何がどうなっているのかは誰にも理解できないはずだ。
でも、違和感を覚えた——そうかもしれない。
そうだとしても普通依頼に誘うか?
マジでめんどくせえ。
「そうか。今は調味料の方が大事だ。ともかくレノアには断るって言っておいてくれ」
「……まあデッドの性格ならそうだとは思ってたんだけどさ。わかったよ、そう伝えておくね」
「ああ、頼むよ」
このあと、だるい展開にならないと良いが……それにそろそろ教会に行く日も近い。
依頼なんて受けてる暇は今の俺にはないのだ。