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第5話 違和感

 私たちはとある依頼のために、この商業都市オランジールへとやってきた。

 いつもは王都周辺で活動しているため、オランジールへやってきたのは数ヶ月振りだ。


 到着は昨日。宿で過ごし一夜明けてから向かったのは、宿の店主からお勧めされたカフェ風のお店。


 入ると、ふと目に入った二人の冒険者。

 どこにでもいる何ら変哲もなく、目立つこともない雰囲気。だから私は特に気にせずにいた。


 その二人の傍のテーブルに腰を下ろしたのはたまたまだった。

 名物だというハンバーガーセットを注文し、仲間と談笑しながら運ばれてくるのを待った。


 その時だった。

 料理を運んできた店員がトレーごと落としそうになり、ハンバーガーが宙を舞った。


 今の冒険者ランクとなった私たちの実力なら、それを躱すことは容易だった。

 だからできるだけ料理を落とさないようにと、動こうと思った。恐らく仲間たちも同様だったろう。


 が、しかしだ。

 私が動く前にその男は、動いていた。


 ——否、()()()()()()()、と言った方が正しいだろうか。


 結果から言えば、私が動く前より早く彼は動いていたのだ。


 その後、銅級の4だと聞き驚いた。

 驚いたというのは、もちろんランクの低さではあるが、私が感じたのは、()()()()()()()()()と思ったのだ。


 私よりも早く動けて、しかも綺麗にキャッチし、トレーに収めた。

 そんな動きが銅級にできるだろうか。私にはとてもじゃないができるように思えないし、自分が銅級だった時代にはできない芸当だった。


 仲間の顔を見た。

 その違和感に気づいたのは私だけだったようだった。


 ただそのあとロッティと呼ばれた女性に頭を叩きつけられていたことは気になった。あれは躱せないのだな、と。


 ポテトを渡したことについては、本当にダイエットをしているからなのだが、彼が少し気になった……という理由もあった。


 もしかすると、私たちに直接話が来た依頼。

 その依頼を達成する上で、彼の力が必要になるかもしれない。


 デッド——幸せや祝福。

 見た目や態度はとてもじゃないが祝福という意味の名前を想起させるような男ではなかった。

 ただ、内に秘められた底しれないモノ。それは彼自身に何か祝福を与えているのかもしれない。



 ◇ ◇ ◇



 さてと、だ。


 買い込んだ材料を基にカレー風味のスパイス——調味料を作る。

 まずはニンニクを切って干さなきゃならないが、結構時間がかかりそうだ。


 簡単にできるものから取り掛かろう。木の実はすり潰して粉末にして乾燥。

 そしてローズマリーやバジルなどのハーブも同様に細切れにする。


 素材が揃ったら香ばしい香りをつけるために炒る。ただ、やりすぎると焦げてしまい使い物にならなくなる。俺も何度か失敗したからな。



「おっじゃまーっ!」


 二日後。調味料作りの最中、元気よく俺の家の扉をノックもせず開けてきたのはロッティだ。


「失礼しま……って、くさぁ!?」

「ここ、入って良い部屋なの? シャル、本当に大丈夫?」


 ロッティの後ろにはもう二人の女性が来ていた。

 

「臭いけど大丈夫! 臭いけど」

「おい、勝手に入ってくんなよ」

「いいじゃーん! 調味料作り順調かなって。最近こもりっきりでしょ?」


 こうやって、よく俺の家に勝手に上がり込んでくるのがピンクゴリラである。

 抵抗してドアでもぶっ壊されたら困るので、一応は家に入れているが、少しは一人にしてほしい。


 ちなみに俺の家は相当古い一軒家。冒険者は世界でも一番多い職業だ。そのため冒険者専用の寮なんてものも、ほとんどの街に存在する。もちろん男子寮と女子寮は分かれているため、許可を得ないと入ることはできない。

 かくいうロッティたちも冒険者寮に住んでいる。部屋も色々大きさがあり、三人一緒に住める部屋もあるのだとか。つまり彼女たちは同じ部屋で共同生活をしているということになる。


 ロッティが連れてきた二人の女性は、彼女が作ったパーティー『風の灯火(ヴィントーチ)』のメンバーだ。


 最初に臭いと言ったのは薄青の髪をポニーテールにしているハンネ。彼女は武道家で硬いグローブを装着し、打撃攻撃を行う。俺はそんなリーチの少ない武器なしの職業など怖すぎてできない。……つまり、ハンネは攻撃力が高いというわけだ。

 攻撃力が高い人がパーティーに二人もいるとか、正直恐ろしい。彼女は俺とロッティが仲良くしていることが気に食わないらしく、いつも監視しているような目線を送ってくる。


 そしてもう一人、心配そうに入ってきたのはメイリス。このパーティーの攻撃魔法と回復魔法の両方を使う万能魔法使いである。元々は僧侶職をしていたそうだが、自分も攻撃に加わりたいと言い、途中で魔法使いへと転職したそうだ。

 彼女は俺と同じ黒髪をロングにしている。黒髪はこの世界では希少種らしい。いないことはないが、かなり数が少ないので黒髪は目立つ。だからメイリスとはどこか親近感を抱いているのだが、ハンネ同様に嫌われていると思われる。


「最近って、まだ二日目だ。あと一週間はこもるぞ」

「ええっ! じゃあお買い物行けないじゃない!」

「は? なんで俺がお前と買い物なんざ行かねぇといけないんだ。買い物を楽しむなんて女性だけだろ」

「に・も・つ・も・ち」

「激辛スパイスを口に突っ込まれたいか、コラ」


 こいつは俺を何だと思ってるのだろうか。

 絡まれるのはまだ良いとして、ガキに下に見られるのは我慢ならない。俺は前世を合わせると通算四十六歳だからな。


「うそうそ。男の人で一緒にお買い物行ける人なんてデッドしかいないもん」

「バドルアいるだろ。それにあの……なんてったっけ。キ、キ、キ……キーマ!」

「キーファよ。カレーの名前じゃないんだから。キーファは、ちょっとね……なんかしつこいというか、ね」


 思い出しかかもしれない。

 いつもロッティに言い寄ってくる冒険者。確かロッティたちよりもランクは上だったはずだ。


「あ〜、キーファはね。女性たちの間じゃチャラ男で通ってるもんね。だからといってこいつが安全とは限らないけど」

「一度彼の部屋に入ってしまったら、一週間後にはトロトロにされちゃうとかいう噂が……」


 ハンネとメイリスがキーファについて語る。性欲で動いている男というわけか。

 まあ冒険者ともなれば、そういった欲望にも忠実なやつが多い。そして冒険者ランクが上ともなれば、自信がつき、モテだす。その勢いで色々な女性に声をかけるやつだって出てくるのだ。


「まあ、俺なら一日でトロトロにしてやるけどな」

「うっわぁ……気持ち悪い」

「はいはい、気持ち悪い男の人の部屋だぞ。さっさと出てけ」

「本当はそんなことできないくせに、私たちをだそうとわざと言ってるでしょ」


 ロッティは俺が童貞だと思っている。なぜなら、この街に来て冒険者登録をしてから二年。

 俺はどの女性とも寝たことはなく、過ごしていることはロッティも知っているからだ。


 ただ、俺には前世がある。この体では童貞だが、前世の体では童貞ではなかった。

 教師という忙しい仕事ではあったが、まあ、禁断の恋というものは存在する。もちろん学生に手を出したわけじゃないから安心してくれ。


「三十年前には結構ヤることはヤッてたんだぜ」

「あんたね、三十年前って生まれてもいないでしょ!」

「ああ、そうだっけ? お前が知らない俺がどこかで存在していたのかもな」

「何言ってるのかわかんない」


 俺はたまに前世のことを話題にだす。

 その理由は俺がちゃんと前世で生きていたことを確認する作業でもある。


 日本人などどこにも存在していないだろうが、俺はどこかに吐き出すことで日本に戻りたいという寂しさを紛らわせている。ま、今は戻る気はないがな。


「ともかくだ。トロトロにすることくらいわけないということだ。わかったか?」

「き、気持ち悪い! よく女性の前でそんなこと言えるわね!」

「シャル。もう行こうよ。こんなやつと一緒にいてもしょうがないって」

「そ、そうだよ。私の体がおかしくなりそう……」


 メイリスの発言だけはちょっと違和感があるが、この子は昔からそうだった。

 俺は彼女に少し変態性を感じている。なぜなら、魔法使いのローブを着てはいるが、その中に着ているインナーはめちゃめちゃ布地面積が少ない。俺はその服装にいつも驚いてはいるが、この世界ではその程度の露出は何も言われないらしい。


「だめよ。私たちが来た理由、ちゃんとあるでしょ」

「あ? 調味料作りの様子を見に来たんじゃないのかよ」


 最初に家に入ってきた時、そんなことを言っていたはずだが。


「あー、ちょっとね。……驚かないで聞いてほしいんだけど」

「なんだよ、さっさと言ってくれ」

「デッド——あなた『豊穣の剣』から指名が入ったの。依頼を一緒に受けてほしいって」


 一瞬、ロッティが何を言ったのかわからなかった。



「……………はぁ!?」



 俺は調味料作りをする手を止めて、ロッティの複雑そうにしている顔を見つめた。



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