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第13話 ネレウスの海①

「あそこか……」


 リルタが手元に持っている紙を見ながら『ネレウスの海』のアジトの入口を眺める。


 俺たちは今、小高い丘の上から岩場を見下ろしている。

 その岩場にある、何ら変哲もない一つの岩が入口の扉となっているらしい。


 侵入経路はこの一箇所。

 つまり俺たちは真正面からアジトに潜入しなければいけない。


 正直気が重い。待ち構えられていたらどうしようもないし、逃げ道も一つしかないということになるからだ。

 でも、やると決めた以上。なるようにしかならない。覚悟を決めるしかないのだ。


「私が先行するね。その後皆も着いてきて」

「ああ、頼んだぞリルタ」


 金級のシーフ職のリルタ。

 俺の家の鍵も簡単に開けた彼女なら、危険察知能力も高いだろうし、いきなりやばいことにはならないだろう。


 丘の下へと降り、岩の扉をずらすと、中には洞窟のような空間が広がっていた。

 明かりは特になく、マリアンが光魔法で作りだした光球で中を照らし、少しずつ下へと向かって進んでいった。


「トラップがないね。うーん。普通なら何かありそうなものだけど……」

「そういうもんなのか?」

「そうだよ。しかも今回は既に行方不明者が出ている案件。となれば、トラップの一つや二つありそうなものだけど……」


 罠がないとすれば、どうなんだろう。

 罠すら必要がないという意味になるのだろうか。これは危険な匂いがしてきたぞ。


「……あ。あそこに扉があるね」


 岩場の中の作ったアジトだけあってか、現代的なオートロック装置などはないらしい。

 でも、鍵すらないとか、ここの管理は大丈夫だろうか。誰でも入れちゃうじゃないか。


 そうして先行したリルタがそっと扉を3センチほど開ける。

 すると隙間から光がこちらへ漏れてくる。


「————っ!?」


 すると中を覗いたリルタの表情が一変。

 一旦扉を閉めてこちらへと戻る。


「…………なんかヤバい研究してる! 絶対ヤバい!」


 小さな声で中の様子を伝えてきたリルタ。しかし何が言いたいのかわからなかったので、俺たちは扉へと近づいて中を覗いて見ることにした。


「——ほうほう。あーね」


 それぞれ数秒中を覗くと、一旦扉を閉めて話し合う。


「人や魔物を筒の中に入れて、何かをしている……?」

「ああ、キメラってところだろうな」

「キメラ?」


 イレーナの疑問に俺が答える。

 キメラは前世での知識だ。複数の生き物が体を融合させている化け物。俺にはこのアジトの中にあるカプセルに入っていたのはキメラに見えた。


「簡単に言えば生き物と生き物を合体させて別の生き物を作る実験だな」

「ということはまさか……」

「人が、人ならざるものへと変えられている可能性がある」

「外道が……っ」


 誠実なイレーナが拳を握り、怒りを露わにする。

 知り合いでもない相手のために怒ることができるなんて優しいやつだな。


「んで、どうするんだ? 黒いローブ着た怪しいやつがたくさんいたけど、あれを全部仕留めるのか?」

「うーむ。できれば、もう少し先を見てみたいが……」


 やつらがいる限りは先へは進めない。そう考えて良いだろう。

 一度戦闘を起こしてしまえば、奥からどんどん敵が溢れてきてもおかしくない。


「なら私が隠密で仕留めていくよ。それなら、大丈夫でしょ?」

「相手は十人以上いるけどやれる?」

「正直に言えば、この人数だと最後の方はバレると思う。床に倒れちゃったらそれで気づかれるからね」


 リルタの提案にユルファが心配をする。

 しかし、完璧にとはいかないようだ。


「最悪声を出される前にイレーナの魔剣で風の斬撃を飛ばすのはどうなんだ?」

「威力の調整は可能だが、相手を倒すほどの威力ともなれば、結構が音が出るかもしれん。あの筒だって破壊してしまうかもしれないからな」

「なら〜、リルタちゃんが先行してあとの皆で残りはフォローしましょう〜?」


 最後のマリアンの提案が一番現実的だろうか。

 バレる前提の潜入などしたくはないが、もうやるしかない。



 ◇ ◇ ◇



『ネレウスの海』のアジト。その地下の奥にある小部屋の扉がガチャリと開く。


 何かの気配を感じとった大柄の男——ボルダー・へボイが、酒臭をさせながらも感覚は鋭敏に働いていた。

 のそりと立ち上がり腰に携えた剛剣に一度触れたあと扉を開けると、その先にいた邪教団『ネレウスの海』の主導者である導師ドロミスの背を見つける。


「先生——どうされましたか?」


 黒いローブにフードを被った老人——ドロミスが振り返り、先生と呼んだ相手であるボルダーへと視線を向けた。ドロミスは薄暗い部屋でいつものようにコーヒーを嗜んでおり、リラックスしている途中だった。


「出番のようだ」

「ん、どうしてですかな……?」

「感じるんだよ。ビリビリと肌がひりつく感覚がな」

「ふむ——では警戒をしておきましょう。部下たちには万全の体制で待ち構えるように言っておきます」


 ボルダーの話を聞き、ドロミスは警戒を強める。

 この岩場の地下に掘られた洞窟は各地に点在する研究施設の一つとはいえ、多額の金を投入してきたことには変わりない。

 だからこうして冒険者を用心棒として雇い、邪魔してくる輩を排除してもらいながら研究を続けているのだ。


「ああ、それが良い。でも獲物はちゃんと残しておけ。今までの相手は手応えがなかったからな」

「であれば最初から出張ってもらえればと。あなたがいればこの研究施設は安全です——白金ランクであり『風雷絶鬼(ふうらいぜっき)』と呼ばれるあなたなら……」


 ボルダー・へボイはブルジール帝国の冒険者だ。

 そして、その腕は誰もが認める白金ランク——9である。


 世界的にも名が轟いている有名冒険者。それもそのはず。白金級の冒険者と認められているのは世界でもたった五人。そしてさらにその上である黒級ランクは世界には三人しか存在しないとされている。

 つまり、ボルダーは世界でも上位八人に数えられる超級の冒険者なのだ。


 そんな彼にドロミスは裏ルートを通じて接触。交渉の結果、多額の報酬を渡すことによって、用心棒として雇うことができた。

 ボルダーは怪しい組織に与するとあっても気にしないタイプの人間。お金をもらえればそれで良かった。ただ、それが公になることは良しとしていない。今までの功績がなかったこととなり冒険者ギルドから除名、挙げ句に指名手配されてしまう。


 つまり、組織の用心棒をしていると知られてはいけない。

 だからこのアジトに入ってきた連中は一人残らず仕留め、逃さない。ドロミスに言われた数人だけを牢屋に閉じ込めて生かしている。



 ◇ ◇ ◇



「——よし! 突入するっ——『隠密』」


 リルタが意を決して扉を開けてアジトの中に突入。

 シーフ職特有のスキルである『隠密』を発動。


 この世界には魔法の他にスキルと呼ばれる特殊能力が存在する。

 ただ、それも超常的な能力を発揮するものではなく限界は存在する。


 今、リルタが使った『隠密』は、自らの足音を消し、気配を察知されにくくするスキル。

 シーフというより暗殺特化のスキルではあるが、リルタがスキルを使った瞬間、目の前から彼女の気配が消えた。


「イレーナ、もし俺が何かの指示をした時、その通りに動いてくれるか」

「……ああ。そのために君を連れてきたのだからな。短い間の関係ではあるが、君のことは信用している」


 それはそれは、どこでどう信頼されたのかわからないが、過剰評価なことで。

 でも、指示に従ってくれるなら何よりだ。


「ねえねえ、私には何かないのっ?」


 弓使いのユルファが俺に詰め寄るようにして聞いてくる。

 顔が近いと美人が目立つが、それくらいでは俺は動揺しない。


「そりゃお前のジョブがそのままやることだろう。——後方支援だ。仕留め損なったやつを仕留めろ」

「はいはーい」


 こいつはリルタ同様に少し軽くて明るい性格。

 ただ、こんな口調ではあるが、頭が回るほうだと思っている。だから細かく指示しなくとも、自分で判断して動けるだろう。


「私はどうでしょ〜?」


 魔法使いのマリアンが湯豆腐のようにふやけた表情で俺に聞く。


「いつでも防御魔法を展開できるように準備しておけ。一歩遅れるだけでパーティが終わる可能性がある」

「はあ〜い」


 わかったのかわかっていないのか、どちらとも受け取れない返事。

 でもこいつの性格はこれまででおおよそ理解している。ほわほわしているが、頭ではちゃんと理解しているはずだ。


「俺たちも行くぞっ!」


 先行したリルタから少し遅れて、俺たちも扉を開け、『ネレウスの海』のアジトへと突入した。


「——ナンバー36を起動させよ!」


 しかしその時、俺たちの侵入を見計らっていたかのように、中から大きな声が轟いた。


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