83話 嘘つきの二人2
「……すみませんダレス、話の意図が見えないです」
沈黙を破ったフレンは、強張った笑みを浮かべながら首を傾げる。俺はフレンに、彼女の生まれ故郷である聖王国アストロイアに行きたいと頼んだ。
「フレンは言ってたよな。ネクロマンサーであるナターシャが戦争の火種で、あいつが死ねば戦争は起こらないって」
フレンは何も言わず、こくりと頷く。
「だけど俺もネクロマンサーだ。協力すれば俺と妹を匿ってくれるなんて約束を、素直に信じられなくなった」
「それがどうして、聖王国アストロイアに行きたいということに……?」
「一度自分の目で、フレンの故郷が安全に過ごせる場所なのか見てみたいんだ」
純粋さを装った眼差しを向けると、フレンは悩ましげに「うーん」と漏らす。
予想通りの反応だ。フレンが俺を騙していると知った今、フレンの故郷が安全かどうかなんて問題ではない。本気で自分と妹のことを思って交渉するなら、どこにいても絶対に狙わないという保証を得るべきなのだ。
俺が的外れな提案をしていることにフレンは気づいているだろう。だが無下にすることも、代案を出すこともできないはずだ。断ってしまえばナターシャの居所は掴めない、かといって自分が不利になる別の条件を出すメリットがない。
何の解決にもならないはずの俺の望みを、フレンは拒むことができないのだ。
多くを語らず反応を探っていると、フレンは初めて俺から目をそらした。
「ダレスの気持ちはわかります。ですが、もう時間に余裕はありません。戦争が始まってしまえば、ネクロマンサーのあなたをかばうことはできなくなります」
こちらを焦らせて優位に事を運びたいようだが、その考えは見え見えだ。このままフレンの思い通りにされるわけにはいかない。俺はわざとらしく言葉に嫌味を滲ませる。
「そもそも、フレンのやろうとしていることは戦争への介入だよな? 冒険者ギルドの掟に反するんじゃないか?」
フレンの片眉がぴくっと跳ねる。それを隠すように、彼女は微かに両目を細めた。
「私を脅しているんですか?」
「そんなことはない。ただ…… 俺にも譲れないものがあるんだ」
力強く言うと、フレンは出かかった言葉を抑えるように唇を引き結んだ。俺に戻した瞳は、何かを諦めたように儚げなものだった。
「……わかりました。ダレスの立場からすれば、今後住む場所がどのような所か考えるのは普通ですね」
フレンはテーブルに肘を置き、両手の指を口元の前で絡める。軽く息を吐くと、冷たさを感じる口調で続けた。
「ここから私の故郷までは、首都のストラムで馬車を乗り継いで十日以上かかります。いつ戦争が始まってもおかしくない状況ですので、『やっぱりナターシャの居場所を教えない』なんてことはやめてくださいね」
「わかってるさ。ありがとう、わがままを聞いてくれて」
前髪と指の間からジロリと睨みを利かす目に、俺は溜まった唾を飲み込む。そこには、普段の穏和なフレンの面影など一切ない。生温かったはずの店の空気が一変したようだった。
「ではすぐにここを出発しましょう」
フレンは勢いよく立ち上がると、片手でジュースを一気に飲み干す。
「もう行くのか?」
「当たり前です。何度も時間がないと言っていますよ」
フードを被り直しながら、フレンは視線だけを俺に向ける。
「宿屋に戻って荷物を取ってきます。ダレスも最低限の準備だけして正門で待っていてください」
それだけ言うと、フレンは数枚の硬貨を机に置いた。俺が返事をする前に、白いローブは薄暗い廊下へと吸い込まれていく。そのまま急いで吹き抜け階段を下るフレンをサリーと見送ると、俺は深く息を吐きだし肩の力を抜いた。
とりあえずの目標は達成できた。
椅子の背もたれに深く体を預け、乾いた口を水で潤す。
「ここの水は美味いな」
机に戻したグラスの表面には、ぽつぽつと水滴がついていた。
俺がナターシャから求められたのは、ナターシャの師匠にして最悪のネクロマンサーと呼ばれたレスティーの捜索だ。捜索といっても、既に聖王国アストロイアで処刑されているので、その死体を見つけることなのだが。
レスティーが死んだと聞いて、すぐにナターシャは死体を探し回ったらしいが発見には至らなかった。ナターシャとはいえ、敵国を自由に動き回るのは容易ではなかったのだろう。
そこで俺の出番だ。
フレンの提案した、俺と妹たちを故郷で匿うという話。そこにつけ込み、聖王国アストロイアへ潜入する。守りは堅いであろう首都ストラムを経由してくれるのは嬉しい誤算だ。
何としてでもレスティーを見つける。もちろんナターシャのためなどではない。あいつの悲願、レスティーの復活さえ成し遂げれば、俺たちを解放してくれるかもしれないから。
自分の無力さに押しつぶされそうになるけれど、ナターシャの願いを叶える以外にあいつから逃れる方法が思いつかないのだ。
俺はそのまま顔を上げ、劣化した木材の重なった暗い天井を見上げる。目を閉じて一度深呼吸した後、俺は席を立った。テーブルに積まれた硬貨を握りしめ、反対の手でサリーの手を引く。
もう後戻りはできない。




