54話 打ち上げ2
「あんたらかい? ダンジョンのボスを倒してくれたっていうのは」
ようやく俺の胃の調子が戻ってきたところで、中年の男がそわそわしながらテーブルに近づいてきた。何とも間が悪い。何かトラブルを持ってきたような気配は無さそうだが。
俺は口の中に残ったものを水で流し込み、男の様子をうかがう。
「そうれすよ。主にわ・た・し・の活躍れすけどね」
メロはコクコクと偉そうにうなずきながら語る。口元には赤茶色のソースが付着していた。
「やっぱりそうなのか。いやー、私はダンジョンが見つかった森の近くで農業を営んでいてね。魔物が出てこないかとずっとヒヤヒヤしていたんだ」
そういえばキサラが言っていたか。ダンジョンとは魔物の巣みたいなところで、放っておくと中から魔物が出てくると。最悪、村や街が襲われることもあるらしい。
「ギルドにダンジョン攻略を依頼していたんだが、冒険者たちは北にあるルナール湖を目指すばかりで困っていたんだ」
中年の男は深々と頭を下げる。
「本当にありがとう」
「そ、そんな。気にしないでください……」
俺は思わず立ち上がるも、ぼそぼそとしか言葉が出てこなかった。
冒険者になったのも、クエストをこなしているのも自分のためでしかない。妹たちと幸せに暮らすという自分の理想に、お金が必要だからだ。誰かにお礼を言われるなんて考えたこともなかった。
だけど、この男の薄い頭頂部を見せつける行為は、間違いなく感謝のそれだ。ただ、煮えきらない返事をしてしまったのは、男の気持ちを受け取るのは申し訳ないというか、筋違いに思えたのだ。
「そんな顔しないの、これがわたしたちの仕事よ」
キサラが俺の尻をパンと叩く。ハッとしてテーブルを見回すと、アシュード、メロ、フレンは俺を見て笑顔を作り、優しくうなずいた。みんなから胸を張れと言われているような気がした。
「どういたしまして……」
「何照れてんだよ、ダレス」
「う、うるさいな」
アシュードの茶化すような視線。自分の感情を隠すように発した声は裏返ってしまう。
「そうだ! あんた達に一杯奢らせてくれ。なぁ? いいだろ?」
「いいの、おっちゃん!?」
キサラがパァッと目を輝かせる。
「もちろんだとも」
中年の男の手を握りしめるキサラ。その距離の詰め方に、男は若干鼻の下を伸ばしている。誰にでもこんな感じなのかキサラは。
「おい! 抜け駆けするんじゃねぇぞ、俺にも一杯奢らせろ」
奥で座っていた若い男性が立ち上がって声を張り上げた。
「俺達からも奢らせてくれ、たんまり飲んでくれよ」「私からもお願い! まさか、飲めないなんて言わないよね?」
中年の男を口火に、他の席の客も続々と名乗りを上げる。奢らせろという声で、酒場がどっと沸いた。
皆一様に眩しいほどの笑顔で、俺たちに感謝を伝えようとしてくれている。
「抜け駆けする気なんてなかったんだが」
中年の男は頭をかきながら、強張った笑みで周囲を見回す。そして、真っ直ぐに俺を見つめる。
「ここにいる奴だけじゃない、村の全員が感謝してるさ。あんたらは、それだけの事をやったんだ」
「はい…… ありがとうございます」
「それはこっちのセリフだっての」
中年の男は愉快そうに笑いながら俺の肩を叩く。
心の中がすーっと満たされていくような、不思議な気持ち。慣れないこの感情に違和感を覚えつつも、決して悪くはないものだなと、俺の胸は少しだけ高鳴っていた。
「はーい! お待たせしました!」
両手にジョッキの花を咲かせ、ウェイトレスがいそいそとこちらに向かってくる。あの細腕で、なぜ軽々と十杯以上を持てるのか不思議でならない。何かスキルを使っているのだろうか。
テーブルのわずかなスペースを見つけると、ウェイトレスは片手分のジョッキを置く。それを土台に、反対の手で持つジョッキを上に重ねた。絶妙なバランス感覚だ。
「なかなかの量だね……」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのやら。キサラは眉をひそめ、積み上げられたジョッキを凝視している。
「どうしたキサラ? まさか村人たちの気持ちを無下にすることはないよな?」
「当然だよ、わたしたちは冒険者なんだから。まだまだ余裕よ」
アシュードはニヤリと微笑みながらキサラを見る。キサラは勇ましく胸に手を当て、強がっていたのだが――
「すみません、一度にこれだけしか運べなくて。残り、持ってきます!」
白いエプロンで手を拭い、足早に厨房へと向かうウェイトレス。息つく暇もなく、またジョッキの花を両手に咲かせて戻ってきた。その様子を、キサラとアシュードは口をあんぐり開けて見ている。
「これがさっきの残りで、こっちが店からの奢りです」
二段重ねで置かれたジョッキが、三段、四段と高さを上げていく。もうここまでいけば曲芸の域だ。ウェイトレスが額の汗を払うと、周囲の席から拍手が巻き起こった。俺の隣でサリーも立ち上がり、かわいらしく手を叩いている。
「村を救ってくれてありがとうございます。冒険者さん!」
「まぁ…… そのなんだ、当たり前のことしただけさ。なぁ? キサラ」
「そうそう、その通りだよアシュード……」
ウェイトレスは感極まったようで、ほんのり目を赤くしながらも満面の笑みを浮かべる。キサラとアシュードは、目の前に出来たジョッキの壁からひょっこり顔を出し、苦々しい笑みで向き合った。
「もうこうなったら勝負しよう! 一番飲んだ人が一番冒険者ってことで、今日の支払いで出たお釣りを総取りね」
「待ってくれ、俺は酒飲めないんだけど」
「ダレスはちょっと黙っといて」
「お、おう」
キサラは眉間にしわを寄せて俺を睨みつける。普通に怖い。
「のぞむところれすよー」
「メロ、あなたも静かにしといて」
「へっ? ヒック……」
キサラは額に指を当て、ため息混じりに言う。
ジョッキ一杯で声も目も完全にとろけてしまったメロ。ついには体までとろけ出して、背もたれに身を預け出した。威勢よく拳を天に向けてはいるが、これ以上飲めばどうなるかは言うまでもない。メロよ、戦力外同士おとなしくしておこう。
「その勝負乗ったぜキサラ。後で後悔するなよ」
「そうこなくっちゃ。っていうより、このぐらい発破かけないと飲めないでしょ」
キサラとアシュードの視線がバチバチと交わる。これ本当に全部飲むのか? 他人事で申し訳ない気もするが、どうなるのか興味がわいてきたぞ。
「あのー」
「あっ、ごめんね、フレンには強制しないから。ちゃんとフレンの分のお釣りは返すし」
小さく手を挙げるフレンに、キサラは軽く目を伏せながら両手を顔の前で合わせる。
「いえいえ、参加させていただきます。私もパーティーメンバーですし」
「ほんと! あっ、でも無理はしないでいいからね」
「はい」
首を傾げながらフレンはにっこりと微笑む。断るものと思っていたのだが、フレンにも仲間意識が芽生えているようだ。さっそく立ち上がってジョッキを手にとっている。
キサラとアシュードは息を大きく吐き出して立ち上がり、ジョッキの山の最上段に手を伸ばす。
「みなさーん! ありがとうございます。それじゃあ、わたしたちとみなさんの幸せを願って乾杯!」
元気ハツラツ。本日二度目のキサラの音頭に、酒場の客やウェイトレス、この場の全員が声を張り上げて続いた。




