54話 約束を果たすために
動かない水竜に、冒険者たちの勝利の雄叫び。戦いが終わったという実感が、遅れて俺の五感を支配する。同時に、今までの疲労がツケを払えと言わんばかりに、全身の筋肉に訴えかけてきた。
俺はどさっと崩れ落ちて砂浜に座り込む。火照った体と同じくらいに、さらさらとした砂は熱を持っている。
戦場を冷やすように波風が吹き寄せると、伸びすぎた前髪が頬を隠すように流れた。こんなに風が心地よいと感じたのは久しぶりだった。
「フレン! こっちに来てくれ、怪我してる奴がいる」
勝利の余韻に浸ることなく、アシュードは厳しい剣幕で呼びかける。戦闘に集中して気付かなかったが、お互いを称え合う冒険者の中に、手足を抑えてうずくまる者が数名いた。意識を失っているほどの重症者はいないようだが、まだ戦いは完全に終わったわけではなさそうだ。
「すぐ行きます」
フレンは杖を手に怪我人の下へ向かう。アシュードは負傷した冒険者に肩を貸し、足場のしっかりした地面へと移動させている。
何か手伝わないと。
すぐ横を駆けていくフレンを目で追いながら、俺はゆっくりと立ち上がった。
「俺が前に立っていながらすまねぇな」
「そんなことないです。アシュードはとても立派でした」
丁寧に地面へ置かれた冒険者に、フレンが治癒魔術を施す。その隣で、アシュードは悔いるように呟きながら次の負傷者を運んでいた。
集団での戦闘、しかも相手は水竜だ。死者が出てもおかしくなかっただろう。これだけの被害で済んだのは、攻撃を引き受けてくれていたアシュードのおかげだ。
本人は自分を責めているのかもしれないが、この場の誰一人として、アシュードを悪く言う奴はいないだろう。
「ダレス、ちょっといいかな」
フレンとアシュードの方へ一歩踏み出した俺を、キサラが呼び止める。
「どうしたキサラ?」
「まだ周りに魔物がいないか心配でね。確認するのに付き合ってほしいんだよ」
キサラの眼差しは真剣そのもので。水竜が倒れた時には一番に喜びの声を上げていたが、緊張の糸はまだ切れていないようだ。
「アシュードとフレンの手伝いはいいのか?」
「他にも動ける冒険者はいるし、それに岩壁の上から攻撃してた冒険者もこっちに向かってる。人手は足りてるよ。わたしは、この状態で魔物に襲われることの方が心配」
「それもそうか」
ここで治癒魔術が使えるのはフレンだけだし、俺に出来ることは思っているより少なそうだ。だったら、キサラについていくのが正解だろう。
アシュードたちの方を向くと、トージも率先して救護に加わっていた。どうやら彼も無事だったらしい。
「わ…… わたしも行きます……」
後ろから今にも力尽きてしまいそうな細い声。振り向くと、杖に体をぐったりと預けたメロが、よろよろとこちらへ近づいてくる。
「大丈夫だよ。メロは休んどきなって」
「そうだぞ。俺とキサラが周りの様子を見に行ったって、後でアシュードとフレンに伝えといてくれ」
「そんなー。置いてかないでくださいー」
メロは目を潤ませながら片手を伸ばす。俺とキサラが苦々しく笑いながら手を振ると、メロはがっくしと頭を下げた。自分も何かしたいという気持ちはよく分かる。けど、魔力を使い果たしたメロに今必要なのは休養だ。
俺はサリーを呼んでキサラと共に、茂みの中へと入っていく。
「ありがとね、ダレス。わたしについてきてくれて」
「当たり前だろ。急に魔物が出てくるかもしれないし」
「ううん、そうじゃなくて」
同じ歩幅で隣を歩きながら、キサラは頬をかいて照れくさそうにしている。さっきも通った森の中は、変わらず日差しが地面まで届いていなかった。
「ほら、ルナードさんたちを呼びに行ったこと。わたしだけだったら、きっと上手くいかなかったと思う」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないって。わたし喋ってる時、心臓バックバクいってたもん」
両手で左胸を押さえながら、おどけたようにキサラは笑う。
「ダレスがいたから頑張れた。上手くいった」
キサラは言い切ると、俺の返事を待たずに走り出す。少し進んで振り向いた彼女は、満面の笑顔で俺を見た。ちょうど立ち止まった場所には、木々の隙間から光が届いていて。キサラの大きな瞳を煌めかせていた。
「だから、ありがとう」
純粋で真っ直ぐな感謝の言葉を受け取って、俺は強く胸を打たれた。一瞬時が止まったような不思議な感覚。
「――あぁー恥ずかし。顔あっつー」
キサラは直ぐに顔を背け、手のひらでパタパタと顔を仰ぐ。明るい調子のキサラに、俺はクスッと笑みをこぼした。
「もう、人が真剣に話してたのになんで笑うかな」
「ごめん、ごめん。いつものキサラだなと思って」
ふくれっ面で怪訝な目を向けるキサラ。俺は軽い感じで言葉を返す。俺とキサラの視線が交わると、お互いに吹き出すようにして笑った。
ふと俺は、パーティーを組んでからの日々を思い返す。貧民街にいて、こんなに笑うことなんてあっただろうか。
お金を稼ぐため、自分の魔力を高めるために冒険者になった。それはただ、自分の目的を達成するための手段でしかない。
けど、キサラやみんな、水竜討伐に協力してくれた冒険者たちだって、心の根っこの部分は冒険者としての誇りをもっている。助けを必要としている人の役に立ちたいという気持ち。
申し訳ないが、俺にはそんな大それたものは持ち合わせていない。
けど、冒険者としての日々を送る中で気づいたこと。キサラにアシュードにメロ、きっとフレンだってこの世界が素晴らしいものだと思えている。だからこそ、仲間のために、顔も知らない誰かのために戦えるのだ。
俺にはまだ、そこまでの気持ちはないけれど。こうして仲間たちと笑いあえる日々は、かけがえのないものになっている。
当初の目的だったルナール湖のクエストを終えた今、このパーティーは解散するのだろうか。
俺としては妹のサリーとリゼと暮らしながら、時折キサラたちとクエストをこなす生活ができれば、なんて考えてしまっている。
家族以外の人間と自分から関わりを持ちたいなんて、前の俺には想像できないことだろうな。
「キサラ」
だからこそ俺から伝えるべきだと思った。幸せは外の世界にもある。今の俺にも、薄っすらだけど見えるようになっている。
「このクエストが終わっても、俺をパーティーに置いてほしい」
胸が焼けるように熱い。心なしか目が潤んできたようだ。キサラはぽかーんと間の抜けた顔をしているが、俺は身構えながら返事を待つ。
「何言ってんの、そんなの当たり前じゃん」
「へっ……?」
「えっ!? もしかしてこのまま抜ける気でいたの?」
「いや…… だって初めはその約束で誘ってくれたんじゃ?」
「そうかもだけど、わたしたちもうその程度の仲じゃないでしょ。――てか逃さないよ」
「なんか怖いな」
キサラは腕を組んで唇を尖らせる。俺は内心ホッとしながら大きく息を吐きだすと、キサラは眩しいほどの笑顔を見せた。
「これからもよろしくね、ダレス」
「あぁ。よろしく、キサラ」
俺はキサラに向かって大きく足を上げる。今まで俺のことを包んでいた闇から抜け出すように。輝く外の世界への扉を開くために。
だけど――
「危ないキサラ!」
「えっ……?」
俺が叫ぶよりも速く、茂みの中から砲弾のような影が一つ。猛烈な速度で木々の間を抜け、無防備なキサラを襲った。
キサラは俺の声に反応できたが、まともに回避行動を取る時間などなく。
わずかに半身をずらしたキサラの左肩を、大きな水の塊が無慈悲にえぐり取っていった。




