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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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43話 打ち上げ3


 キサラとアシュードは腰に手を当て、勢いよく酒を煽る。ジョッキが傾きを増す度に、大きく上下する喉。二人が空にしたジョッキを高々と掲げると、酒場は揺れるように沸いた。酒は飲んだことも飲みたいと思ったこともないけれど、キサラとアシュードのたまらないといった表情を見ると、そそられるものがある。


「喜んでいただけたようで良かったです」


 ウェイトレスがそっとサラダをテーブルの上に置く。またフレンが頼んでいたのだろうか。

 お盆をお腹の前で抱え、ウェイトレスは笑顔で首をかしげる。


「このまま倒れなければいいんですけど」


 威勢よくジョッキの山に手を伸ばすキサラとアシュードを見ながら俺は苦笑い。ウェイトレスも「結構な量になりましたもんね」といたずらっぽく笑った。


「次はどちらに向かわれるんですか?」


「ここから北にあるルナール湖です。なんでも、この間の豪雨の影響で魔物が活性化しているらしくて」


「みなさんもそうなんですね」


 そういえば、さっき中年の男が冒険者の多くがルナール湖に向かったと言っていたな。キサラによると報酬もなかなかのものらしいし。考えることは皆同じというわけだ。


「……あっ、でも……」


 少し間を置き、何かを思い出したかのようにウェイトレスの表情が曇る。この変化を見逃さなかったフレンが口を開いた。


「あの、何かあったんでしょうか? それとダレス。サラダを取ってもらってもよろしいですか?」


 フレンの問いに、ウェイトレスは申し訳なさそうに眉尻を垂らす。俺は色鮮やかなサラダの入った器をフレンの前に置いた。やはりこれはフレンの頼んだものだった。


「この村からルナール湖に向かうには、レムロン峠を越える必要があるんです。難所というわけでもないので一日もあれば大丈夫なんですが、今朝、そこでミラーデーモンが現れたって聞いて……」


「ミラーデーモンが!?」


 フレンは声を微かに荒げ、サラダをつまもうとしたフォークをそっとテーブルに置いた。フレンが取り乱すのも珍しい。


「ミラーデーモンってたぶん魔物の名前だよな? けっこう強いのか?」


「冒険者ギルドが特別警戒個体として扱っている魔物です。純粋な魔力やパワーも、並の魔物とは桁が違います。でも、何より厄介なのが……」


 フレンはジョッキの縁を指先でそっとなぞる。長い睫毛が大きな瞳を薄く覆った。


「対峙した相手の深層心理に潜り込んで、自分の姿を相手が大切に想う人に変えれるんです。それはもう、肉親でも見分けがつかないほどだそうです」


 つまり、ミラーデーモンが自分の親や子ども、恋人なんかに変身するってことか。俺がもし出くわしたら、サリーかリゼに姿を変えるんだろうな。確かに戦いにくいだろうけど、でもそれって。


「そっくりに変身されても、相手がミラーデーモンって分かってるなら、気持ちの持ちようでなんとかなるんじゃないのか?」


「そんな簡単な話じゃないんです、これが」


 フレンは小さくため息を付き、両手で優しく包んだジョッキを持ち上げる。


「姿を変えるのは能力の一部分で、その相手にデバフを付与するんです。こっちが本筋。強力な攻撃抑制のデバフで、かけられてしまえばどうすることもできません」


「えっと、変身した相手がミラーデーモンって頭では分かっていても、動けないってことなのか?」


「そういうことですね。一対一で戦うことなんてあれば、どんな冒険者でも勝つことはできないでしょう」


 フレンは神妙な顔つきでジョッキを覗き、ゆっくりと中身を飲み干した。次のジョッキに手を伸ばすと、それを見たキサラが「フレンも飲めるね」と楽しげに話しかける。フレンは「普通ですよ」と作ったような笑顔で返した。


「じゃあどうするんだ? ここまで来たのに諦めるしかないのか?」


「レムロン峠を通らずに迂回するのが現実的ですかね」


「それも難しいと思います」


 ウェイトレスは重たい表情のまま、フレンに重ねるように言う。俺とフレンが視線を向けると、ウェイトレスは後ろめたそうに肩をすくめた。


「難しいというのは……?」


「迂回路はある事にはあるんです。けど、レムロン峠を避けるようにぐるっと周って進まないと行けないので、ここからだと十日はかかるかと」


「それは厳しいですね。迂回してルナール湖に辿り着いても、他の冒険者が魔物を全て片付けてしまってるでしょう」


 フレンは顎に指を添え、うーんと少し考え込む。一つ呼吸を置くとジョッキの中身を空にして、また次へと手を伸ばした。かなり酒が進んでいるが、フードから覗く白い肌に紅潮する気配はみえない。


「せっかくダンジョンのボスを倒してくださったのに、お役に立てずすみません」


「そんな事ないですよ。有益な情報をありがとうございました」


 しょぼんと肩を落とし、どんどん小さくなっていくウェイトレス。フレンはにっこりと慈愛に満ち溢れた微笑みを返した。

 確かに、俺たちがこのままミラーデーモンの存在を知らずにルナール湖を目指していれば、大きな被害を受けていただろう。


「でも、実際問題どうしようもないってわけか」


 俺は両手を頭の後ろに回して、ドサッと椅子の背もたれに体重を預ける。立ち上がっていたサリーも、俺を見て合わせるように席へ座った。キサラとアシュードが、肩を組みながら酒を飲むのを眺めていたようだが、もう飽きたのだろうか。ちなみに、メロは溶けたようにテーブルに突っ伏していて、もう夢の中だ。


「あっ!」


 ウェイトレスは片手で口元を抑えながらも、驚いたように声を上げる。サリーに向けられた大きな瞳には光が戻っていた。


「それ、人形さんですよね!」


「そうですけど……」


「じゃあ冒険者さんは人形師…… 戦闘も可能ですか?」


「多少はね」


「だったら解決じゃないですか!」


 ウェイトレスは満足したようにうんうんと頷き、笑顔を見せる。明るくなったのは良いことだが、勢いに押され俺は少したじろいでしまう。一体何が解決したのだろうか?


「つまり、どういうことなんでしょう?」


 フレンはサラダを口に運びながら言う。


「人形さんでミラーデーモンを倒すんです!」


 ん? どういう事だ? 俺とフレンは首を傾げると、ウェイトレスは、はわわと少し慌てて再び口を開く。


「すみません、勝手に舞い上がってました。つまりですね、ミラーデーモンは人の心の中をよんで姿を変えるんで、人形さん相手には能力は使えないんです」


 いまいち俺は理解できていないのだが、フレンは何か思い出したように、「ああ」と声を漏らした。まぁ人形に心は無いってのは分かる。サリーは死者なんだけど。


「聞いた話なんですが、変身する前のミラーデーモンは鏡のように脆いんだそうです。人形さんの心をよんでいる隙に、攻撃してしまえば倒せるんじゃないですか?」


「そうですね…… 確かにサリーちゃんは人と見間違えてもおかしくないほど精巧ですけど、本当にうまくいくのでしょうか?」


 フレンは不安そうに眉を寄せる。冒険者として経験の長いフレンが言うのだ、かなり危険が伴う攻略法なのだろう。


「きっと大丈夫ですって! しかも、早朝のレムロン峠は霧が出やすいんです。霧の中ならミラーデーモンの目を誤魔化せる確率も上がるんじゃないですか!?」


「ええーっと。そうかもしれませんね……」


 グイグイくるウェイトレスに、さすがのフレンも降参するように両手を上げて苦笑いだ。


「まぁ、まぁ、落ち着いてください。俺たちだけじゃ決められないので、パーティメンバー全員で話すことにします。貴重な情報ありがとうございます」


「はい! お役に立てたのならなによりです」


 ウェイトレスはお盆で口元を隠しながら、にっこりと両目を細める。少し間を置いて厨房から太い声が響た。ウェイトレスはビクッと体を震わせ、慌ただしく俺たちにお辞儀、そして厨房へと戻っていく。恐らく声の主が店長だろう。


「なんか嵐みたいな人だったな」


「私たちにどうしても何か恩返しがしたかったのでしょう。かわいらしいじゃないですか」


 フレンはうっとりしたように頬に手を当てた。

 落ち着きを取り戻したテーブルを見て、俺は小さく息を吐き出し、残ったスープに手をつける。少し時間が経ったからか、熱々だった具材はぬるくなっていた。


「明日の事だし、今からでも話しをした方がいいよな? とりあえずルナール湖に向かうかどうかだけでも」


「そうなんですけど……」


 フレンは含みを持たせながら、床の方をちょんちょんと指差す。

 流れるように視線を移すと、そこには―― 酔いつぶれて床にべったりと寝転ぶキサラとアシュードがいた。


「おいおい勘弁してくれよ」


「明日話すしかないですね」


 頭を抱える俺を見ながら、フレンは楽しそうに酒を煽る。サラダを肴に、積み上げたジョッキの山をフレンは次々に処理していった。まるで中身が水なのかと思わせるほどのペースで飲み進めていく。


「……フレン。大丈夫か? そんなに飲んで?」


「何言ってるんですかダレス。この程度の量が飲めないなんて冒険者失格ですよ」


「そ…… そうだよな……」


 あざとく笑うフレンに、俺は引きつった笑みで応える。どうやら彼女は酒が入ると、毒舌に磨きがかかるようだ。そして、パーティメンバーで一番酒が強いということになる。まさかの大番狂わせだ。


 ウェイトレスが心配そうに、床にへばりついたキサラとアシュードの下へ向かっていく。メロも変わらず、すんすんと眠ったままだ。その様子を眺めていると、俺はふとあることに気づく。


 あれ? こいつら誰が宿まで連れて帰るんだ?


 もしかしなくても俺か? えっ? アシュードもいるよ。えっ?


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