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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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30話 冒険者たち


「なかなかに色々あったようですね……」


「ははっ…… そうなんだ」


 何か考え込むように、テーブルに広げられた地図に視線を落とすフレン。彼女から、病に伏せるサリーのために治癒のポーションを受け取ってからのことを話したのだが、真実を伝えることなどできるはずもなく――

 俺は、ほぼ全て嘘で固めた作り話を披露したのだ。


「私の言った通りに妹さんを看取ったことは、ダレスにとって英断だったと思います。辛かったことでしょうが、妹さんにとってはこれが一番良かったはずです」


「ああ……」


 フレンの儚げな表情。なんともいえぬ罪悪感が俺を襲う。


「その後は嘘みたいな話ですね。 突然現れた人形師がダレスの才能を見抜いて、数日のうちに人形師として開花させた。力を得たあなたは、デザートウルフの群れを倒し、飛び級でシルバーランクの冒険者になったと……」


「その通りだ」


 フレンは頬杖をつき、懐疑的な視線を俺に向ける。

 

「あの時はそんなふうに見えなかったんですけどね」


「そうだよな、未だに俺も夢を見ているような気分だよ」


 以前の俺を知っている人からしてみれば、この変化を信じろというのが無理な話だろう。俺がネクロマンサーという真実の方がもっと信用できない話かもしれないが……


「まぁ、実際にあなたがサリーちゃんを操っているところを目にしているので、信じるしかないんですけどね。身なりもかなり良くなっていますし」


 足下からなぞるように、ローブを着た俺の体を見るフレン。俺は誤魔化すように笑ってみせる。


「ぜひ、あなたを導いた()()に会ってみたいものです」


「それはまぁ、クエストが一段落したらな……」


 作り話とはいえ、ナターシャのことを師匠と説明するのは不愉快極まりなかったが、当の本人の耳に入ることはないので良しとしよう。もし、師匠呼びしたことがバレたら、あの女は愉快そうにニヤリと笑って俺の事をからかうだろう。


「二人ともこっちへ来ないと思ったら、なにいちゃついているんですか。パーティに入って早々、色恋沙汰はやめてくださいよ」


 数枚の色あせた紙を抱えたメロが、不機嫌を全面に出して戻ってくる。


「すまない、少し話してて。メロが言うようなことは一切ないから」


「どうでしょうか? 結局、付き合ったのなんだのあってパーティの仲をかき乱す人達は少なくないですからね」


 釘を差すような物言いをしながら、メロは地図の上へ重ねるように、赤字で討伐依頼と書かれた紙を並べる。


「もちろん、私もそのあたりは心得ていますよ」


 フレンの余裕のある対応に、メロはへそを曲げたように目を横にそむけた。


「はいはい、喧嘩しないの」


 遅れて戻ってきたキサラが、メロの両肩に手を置いてなだめるように言う。それでも納得いかないというように腕を組むメロ。

 キサラに続いてアシュードが「メロは子供だな」と笑いながら席に着いた。


「はーい! みんな聞いてね。私たちは北を目指します!」


 キサラは地図の上の方をビシッと指差す。王都グルーケルの北、水色で塗られた(いびつ)な楕円形。


「ルナール湖ですね。どうしてここに? 結構距離もありますけど……」


「さっすが、フレンは良く知ってるわね」


 なぜか得意気に胸を張るキサラ。


「この間の大雨のせいで、湖の魔物が活性化しているらしいの。おかげで、周りの住民や漁業関係の被害が大きいらしくて」


 口の横から覆うように手を当て、内緒話をするようにキサラは続ける。


「まっ、そういう緊急性のあるクエストは報酬がいいんだけどね」


 これには一同ニヤリとしたたかに笑う。困っているのは同情したくもなるが、こちらも慈善事業ではないのだ。

 キサラは王都から湖までの道筋を指でなぞる。


「確かに距離はあるけど、その道中で他のクエストをこなせば時間効率は悪くないわ。長旅にはなるだろうけどね」


 なるほど。これなら多くの魔物と戦って経験を積めそうだ。ナターシャの言うことを信じるなら、これで俺の魔力を底上げすることが出来るだろう。


「みんな異論はない?」


 視線を交わし合い、パーティーメンバーは賛同の声を上げる。

 

「じゃあ受付に提出してくるから。クエストが受理されて正午の鐘が鳴ったら正門前に集合ね。それまでに各々準備を済ませること。それじゃあ解散!」


 高々と腕を突き上げた後、キサラは受付に向かっていく。あっちは確か…… チャコさんの受付だな。

 積み上げられていく書類に慌てふためくチャコさんを見て、俺は改めて椅子に座り直す。


 出発までまだまだ時間はかかりそうだ。



◇◇


 予定より遅れて王都を出発した俺たちは、少し離れた森に潜む魔物を相手に、パーティーの連携を確かめていた。


「すごいじゃない、サリーちゃん! アサルトボアをこんなにあっさり倒すなんて、やっぱり私の目に狂いはなかったね」


 刃こぼれのある粗悪な大剣を振り回すサリー。キサラはその勇姿に見惚れながら感嘆の声を漏らす。

 サリーは自分の体ほどの大きな剣で、自分より大きな猪の魔物をなぎ倒していく。だが、見た目通りの斬れ味の悪さで、剣でありながら敵を斬るというより、その重量を活かして相手を叩き潰すように一体、また一体と数を減らす。


「もっと良い武器を見繕(みつくろ)えればと思っていましたが、問題なさそう―― うわぁ!? こっちみないでください!!」


 メロは紺色のローブをなびかせながら、一目散にワイルドボアから逃げる。目的地はアシュードの背後だ。


「なんだメロ。新入りの前で情けない」


「だ、だって…… しょうがないじゃ…… ないですか」


 メロは息を切らしながら涙目になって大きな背に隠れる。その様子をアシュードは鼻で笑った。アシュードは木目の粗い大きな木の盾を背負っている。あれではまるで亀だな。


 ズドン。メロに睨みを利かせていたワイルドボアの頭部に、サリーは飛びかかって強烈な一撃を放つ。


「ダレス。しっかり武器代分は働いてくれそうだな」


「あぁ、ま、任せてくれ」


 胸をチクリと刺すアシュードの言葉に、俺は顔を強張らせながらも、パーティメンバー全員に見えるように親指を立てる。


 王都を出発する前。フレンの「サリーちゃんの武器はどこにあるんですか?」という質問に俺は返事を濁してしまった。そんな俺を見兼ねて、パーティーメンバー全員の資金を持ち寄り、サリーの武器を購入することになったのだ。

 共同墓地でサリーをネクロマンスした時には、同時に本人に合った武器も具現化することには成功している。だから、厳密に言えばフレンの問いに対して「武器はいつでも出せる」というのが嘘偽りない答えなのだが、ネクロマンサーとしての片鱗を見せる訳にもいかず。

 このパーティでは『人形』として、唯一の攻撃担当としてサリーは認識されているので、素手で戦って体を壊してしまったら、俺たちは全滅の恐れもある。それを周知のみんなは、嫌がることなくサリーのため、もとい、自分の身を守るためにお金を出してくれた。

 ちなみに俺は、これっぽっちも手持ちがなかったので――


「ダレスー、もっとキビキビやってよ。サリーちゃんを見習って」


「わかったよ」


 パーティ内での俺の立場は底辺になった。

 それとキサラ。サリーは人形の設定なんだから、サリーを動かしてる俺にその言葉はおかしくないか。


「確かに素晴らしい攻撃ですけど…… これじゃあパーティーの連携を確かめられませんね」


 フレンは苦笑いしながら、抱くように杖を握りしめる。杖先に結びつけられた装飾品が、風に煽られ神秘的な音を鳴らした。


「いっけない、そうだった」


 敵わないことを悟ったのか、一頭情けなくお尻を揺らし、森の奥へと逃げていくアサルトボアをキサラは指差す。


「アシュード! あれ! あれ!」


「よしきた!」


 アシュードは不敵に笑い、担いでいた木の盾を構える。筋骨隆々の大きな体が、すっぽりと盾に隠れてしまった。


「おいおい、あいつを追いかけるのか? さすがにそれは無茶だろ」


「まぁ、見ときなさいって」


 キサラは俺を制止させるように手のひらを突き出した。この間にも、アサルトボアは土煙を上げながら戦場からの離脱を図る。小さくなる巨体をじっと見つめるアシュード。


「俺を見ろ!!」


 アシュードの咆哮とも言える叫びが森一帯に広がる。

 逃げるように小鳥が飛び立ったかと思うと、アサルトボアは急ブレーキをかけて反転した。


「まじかよ……」


「ダレス、びっくりしたでしょ。あれが敵の注意を引くアシュードのスキルだよ」


 キサラが解説する中、規格外の頭部と二対の牙を揺らし、アサルトボアが向かってくる。一度、戦闘を諦めた目には野生の火が戻り、ただ一点、アシュードだけを捉えていた。


「さぁ! かかってこい!」


 アシュードの声をかき消すように、耳を覆いたくなるほどの衝突音が辺りの木々を揺らす。盾を構えるアシュードとアサルトボアの力比べが始まった。


「そんなに勢いよく突っ込んだら、綺麗な顔に傷がついちまうぜ」


 余裕を見せつけるような発言だが、アシュードの表情は険しい。アサルトボアの突進を止めることには成功したが、全体重を乗せてもジリジリとアシュードは押されている。地面をえぐりながら、真っすぐ二本の(わだち)が伸びていく。


「おい! メロ! まだビビってんのか?」


「そ、そんなわけないじゃないですか!」


 アシュードの言葉に表情を引き締めたメロは、アサルトボアに向けて杖をかざす。


「ウィールス・パワー!」


 杖にはめ込まれた紫色の宝石が光を放ち、アサルトボアは赤い膜に包まれたのだが…… 直ぐに膜は無くなった。相手に変化は見受けられない。


「やるじゃないかメロ。まるで子猫が飛びかかってきたようだ」


 アシュードは両手で構えていた盾を左手だけで握り、涼しい顔で額の汗を拭う。さっきまで押されていたはずなのに、片手でワイルドボアを止めているのだ。もしかして、さっきのがデバフってやつか!


「ダメージはほとんど無さそうですけど、連携の確認ですもんね」


 フレンは神妙な顔で一つ咳払いし、アシュードに向けて手をかざす。


「ヒーリング」


「おおっ! 手の痛みが消えてく。ありがとうなフレン」


「いえいえ、お互いに役割を果たしているだけですよ」


 手の感触を確かめるようにアシュードは右手で拳を作る。アサルトボアはうめき声を上げながら盾に食らいついているが、もうアシュードの眼中にはないようだ。まさに、だだっ子が大人にあしらわれているような姿で、哀れにすら思えてくる。


「最後はダレスの番ですよ」


「そうだったな」


 ニコッとあざとく微笑むフレンを見て我を取り戻す。冒険者たちの連携につい見惚れてしまっていた。


 俺は両手をサリーに向け、指先と手首を繊細に動かす。人形を操るように。


 サリーは両手で握った大剣の剣先を地面に擦らせながら、アシュードの背に向かって駆けていく。

 距離を詰めたところで大きく跳躍。重量感のあるスカートがバサリと広がる。

 長身のアシュードを軽々と飛び越え、盾に釘付けになっているアサルトボア目掛けて剣を振り下ろした。


 アサルトボアは崩れるように地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。サリーは討ち取った敵の背の上に立ち、無表情でピースサインを掲げた。


「完璧ね。これなら大抵の魔物はなんとかなるでしょ。私の作戦通り!」


「もう。キサラはほんと変わりませんね」


 サリーに応えるようにピースサインを返すキサラ。

 その様子を見て、みんなはヤレヤレといった風に笑い合う。


 冒険者の仲間入りをし、実際に戦って感じたこと。俺たちはたぶん強い。どんな相手でも簡単にやられたりはしないだろう。

 子供の時に聞いた冒険譚。その登場人物に自分がなれたような高揚感で胸がいっぱいになる。


 視界には横たわる数頭のアサルトボア。コイツらだけで、どのくらいの価値があるのだろう。


 俺とサリーでお金を稼ぎ、リゼと合わせて三人で暮らす。ずっと思い描いていた夢にぐっと近づけたような気がした。



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