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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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27話 新入りへの洗礼


「お前って言ってんだろ!」


 槍の男は荒々しい顔つきで威勢よく言い放つ。

 後ろで立っている二人の仲間からは怒りを感じないが、槍の男を止める様子もない。

 受付のチャコさんは心配そうに俺の顔を見ている。


「なんですか、急に」


「さっき新人研修って言ってたよな? 新入りのお前がなんで討伐クエストを受けれるんだよ!?」


 まくし立てながら近寄ってくる槍の男。背も体格も俺とは然程(さほど)変わらないが、剥き出しの威圧感でその体がより大きく見える。


「言ってることがわかりません。俺が新人なのは間違いないですが」


 俺は軽く両手を上げて、争う意思を示さないようにしながら少し後ろへ下がる。


「はぁ!? 研修受けたんだろ! ふざけてんのか」


 さらに距離を詰める槍の男。近づいてきた分だけ後ずさりすると、背中が受付のテーブルに触れた。


「その研修で討伐クエストを受けれると教えてもらったんです。ねぇ? チャコさん」


 助けを求めるようにチャコさんの方を向くと、なぜかチャコさんは俺から目をそらす。あれ?


「おいおい、受付嬢さんよ。どうなってんだ?」


「ええっ!? そ、それはですね……」


 突然のご指名に、たじろぐチャコさん。そして、何か思いついたように、ポンっと手をついて自信満々に口を開く。


「ダレス様はシルバーランクなんです! だから討伐クエストを受けれます!」


「意味わかんねぇよ!」


 俺もだ、全く意味がわからん。これは、槍の男に共感せざるを得ない。

 槍の男の標的が俺からチャコさんに変わる。


「そもそも新人冒険者は、見習いを一年間やってブロンズランクに昇格。そこからまた経験を積んで、やっと討伐クエストを受けられるシルバーランクになるんだろ? 俺だってまだ、ブロンズランクになったばかりなんだぞ……」


 チャコさんより詳しく冒険者の説明をしてくれる槍の男。


「そうなんですか? チャコさん?」


「あっれー? 私、お話ししてませんでしたっけ?」


「してないです」


 テヘッとなぜかウィンクを飛ばすチャコさん。そんなんで許されませんよ。

 俺の中のチャコさんの好感度が下がっていく。


「なんだ、説明されてないのか。……そりゃ知らねぇわな」


 槍の男は同情するような目を俺に向ける。


「ダレスっていったか。挨拶が遅れたな、俺はトージってんだ。冒険者にもこういう理不尽なことはよくある」


 腕を組んで、こくこくと(うなず)きながら語るトージ。俺にとってはお前が一番理不尽なんだがな。


「けどよ」


 俺の肩にポンと手を置く。


「新入りのお前が、いきなりシルバーランクって方が納得いかねぇな」


 消えかかったかと思えたトージの怒りが、先程よりも熱く燃え上がる。敵意剥き出しの吊り上がった目。肩に感じる静かな痛み。


「だから俺は知らないって言ってるだろ」


 俺は肩に置かれた手を払う。


「こんな新人のザコがシルバーランクなんて、ふざけんじゃねぇよ!」


「もうよせ、トージ」


 仲間の、剣を持った男が駆け寄って間に入る。

 剣を持った男は俺に目配せしたあと、周囲に視線を巡らせた。


「おっ、なんだ? 喧嘩か?」「兄ちゃんビビってんじゃねえよ、もっと言ってやりな」「待ち時間が長いから暇なんだ、早くやり合ってくれよ」


 ぞろぞろと退屈しのぎに、冒険者が俺たちの周りに集まってくる。

 この状態はあまり良くないか…… あまり目立ちたくはなかったんだが。


「チャコさん! 説明してください。俺にも、こいつにも分かるように!」


 ここは一応中立の立場であるチャコさんに、ヒートアップしてきたこの場を収めてもらうしかないだろう。


「おい、チャコさん! 白けさせないでくれよ」「頼むぜ、チャコさん」


 チャコさんを煽る冒険者たち。なぜか当のチャコさんは勝ち誇るようにクククと笑う。

 

「ダレス様がなぜ、新入りにしてシルバーランクかといいますと」


 チャコさんはしたり顔で俺に向かって指を差す。


「デザートウルフの群れを討伐した実績があるからです!」


 まるで自分の武勇伝かのように誇らしく語るチャコさん。あれ? 俺そんな事したっけ。


「すげぇな兄ちゃん! あのデザートウルフをやったのか!」「いきなりシルバーランクなんて、そうそういないぞ」「槍の兄ちゃんも黙ってねぇでなんとか言いな」


 俺のデタラメな自己紹介に、会場が沸きに沸く。


 確かにネクロマンサーになるため連れて行かれた荒野で、俺は襲ってきたデザートウルフを数匹倒した。だが、ほぼ全てナターシャが倒したようなもので、もし俺だけが戦っていたら、今頃奴らの腹の中で消化されて排泄物になっているはずだ。


 それにしても、ナターシャのやつめちゃくちゃなこと言いやがって。だけど、このおかげで討伐クエストをいきなり受けられるのは大きい。実戦で魔力を鍛えつつ、お金も手に入れることができる。


 俺はあえてチャコさんの説明を否定しなかった。


「そんなの嘘に決まってんだろ!」


 納得しないものが一名。


「こ、こんなガキがデザートウルフの討伐? 信じる方がどうかしてる。お前! 何かイカサマしてるんだろ」


 少し声を震わせながら、取り囲む冒険者たちに訴えかけるようにトージは言う。

 その言葉に数名の冒険者は眉をひそめ、コソコソと話しをする人も出てきた。

 トージの意見に賛同する冒険者は何人かいそうだな。まぁ、イカサマと言われれば間違いはないが。


「はい、はい、はい、はい」


 チャコさんは大げさに手を叩いて、(よど)みかけた冒険者ギルドの空気を払っていく。


「イカサマなんてありません。ギルドはちゃんと彼を評価して、彼の実績に見合ったランクを与えています」


 茶化すような声色から一変。背筋を正されるような凛とした口調でチャコさんは続ける。


「みなさんも冒険者なら、相手をひがむのではなく、相手が気にならなくなるほどの実力と実績を身につけてはいかがですか?」


 チクリと刺すような言葉。冒険者たちは何も言い返せず、少しの沈黙が流れた。


「……なーんて! 私に言われても説得力ないですよね」


 茶目っ気たっぷりの笑顔でチャコさんは言う。この落差に、冒険者たちは苦笑いしながら俺たちの周りを離れていこうとしたのだが――


「このまま引けるかよ……」


 トージだけは真っ直ぐ俺を見つめていた。だが、なぜか俺の隣で立っているサリーを指差している。


「新入りなのにシルバーランクで、おまけに可愛い女の子まで連れやがって。ふざけんなよ」


 言いながらトージは背負った槍を逆手(さかて)で握った。


「あなたも()りませんね。それに、その女の子は人形です。ダレス様は人形師なんですから」


 チャコさんは額に指を当て、気だるそうに喋る。

 あのー、さっきから俺の情報がだだ漏れなんですが…… それに、煽るようなことを言わないほうが。


「うるせぇ!」


 トージは勢いよく槍を引き抜くと、矛先を保護していた布がスルスルと解けていく。現れたのは、人の体など容易に貫くであろう鋭利な三角形。


「ちょっと、落ち着いてください」


「やり過ぎだトージ! もう止めろ!」


「――新入りに教えてやるよ」


 トージの耳には俺の言葉も、仲間の忠告も届かない。


「冒険者ってのはな、ナメられたら終わりなんだよ。ここで俺の実力を見せつけて、お前の方が格下だって証明してやるよ」


 不敵に笑って槍を構えるトージ。強がってはいるが、手の震えが伝わって槍の先端が小刻みに揺れている。

 トージの冒険者ランクでは、敵に槍を向けたことなどなかったのだろう。額から流れる汗、次第に荒くなる呼吸。攻めているはずのに、彼の表情は追い詰められたように濁っていく。その目の奥には、何をしでかすかわからない危うさも潜んでいて。


「よく言った兄ちゃん!」「やっぱこうでなくちゃな」


 トージの声によって、傍観(ぼうかん)していた冒険者たちに再び熱が入る。


「ちょっと! ここで戦ったりしたら出禁ですよ!」


「お前が悪いんだからな――」


 怯えたような表情でトージは槍を握り直す。チャコさんの最後通告も当然ながら届いていない。


 まずい…… まずいぞ……


 さっきよりも大きな声で煽る冒険者。

 トージにとって引くに引けない空気がこの場を支配している。その空気に背中を押されたように、トージが一歩を踏み込もうとした、その時だった――


 ドンッ!


 重たい音が響くと同時、さっきまで槍を構えていたトージが(あお)向けになって宙に浮く。


 そのまま受け身を取ることなく背中から地面に落ちていくトージ。静まり返るギルド。カラン、カランと槍の転がる音が虚しく響く。


 俺の目の前には華麗に脚を天高く伸ばした女の子。

 フリフリのスカートは優雅に広がり、ストンと脚を下ろすと花のつぼみのように閉じていった。


 何が起こったのかは言うまでもない。俺の妹、サリーは見事な上段蹴りでトージをぶっ飛ばしたのだ。

 俺を守るために。


 ギルド内の視線が、倒れて動かないトージからサリーへ切り替わる。

 軽く汚れを落とすようにパンパンとスカートを払ったサリーは俺の方を向いて…… 力強く親指を立てた。

 サリーへと移動していた視線は、流れるように俺へと移り変わる。


 あれ? たしかさっきチャコさんが俺のことを人形師って説明してたよな。ということは、(はた)から見れば俺がサリーを操ってトージに攻撃したことになってるわけで。ここで相手を心配する素振りなんか見せれば矛盾が生じる事になる。


 この場の全員が、呆然と立ち尽くしたまま俺の次の行動に注目していた。


 何か…… 何か言わないと。


 俺は頭の中で必死にこの場の切り抜け方を考え、考え、倒れ込むトージを指差し思いついたセリフを口にした。


「フン、どうやらお前の方が格下だったようだな」


 シーンと静まる冒険者ギルドに、俺の声だけが小さく響き渡る。


 トージ…… 動かないけど大丈夫だよな? あと俺も……


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