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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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26話 クエスト受注までの道のりは険しい


 賑わう冒険者ギルド。ローラと別れた後、俺は他の冒険者を避けながら恐る恐る受付へと向かった。

 どうにも冒険者というのは血の気が多いように見えてしまうので、変に絡まれる前に研修を受けようという魂胆だ。もちろんローラは別だぞ。


 タタタと忙しく筆の走る音。サリーは俺の前に立って背伸びをし、カウンターからちょこんと頭を出して作業を覗いている。


「あのー、すみません……」


「クエストの受注でしたら、用紙に必要事項を記入して、そこの箱に入れてください。順番にお呼びしますので」


 童顔で小柄の受付嬢は、こちらに目を向けることなく山積みの書類と格闘を続ける。


 受付自体はここだけでなく四カ所あるが、どの受付嬢も『話しかけてくるなよ』というオーラを全面に出し、ものすごい形相で仕事をこなしていた。


 だが声をかけなければ、魔物を討伐して魔力を磨くという目的も果たせない。俺は四人の女性を吟味(ぎんみ)し、一番優しそうな受付嬢に話しかけたのだが―― 定型文のような文言(もんごん)を返してきただけで、全く相手にされることはなかった。


 もし、向こうでオラオラ言いながら筆を動かしている受付嬢に話しかけていたなら、俺は殺されていたかもしれない。


「採集クエストでお待ちの三十二番の方。準備が整いましたので、三番受け付けまでお越しください」


 作業台に置かれた顔の大きさほどの中身の無い巻き貝。そのぽっかりと空いた空洞に話しかけるように、受付嬢は言葉を発した。


「……採集クエストでお待ちの三十二番の方。準備が整いましたので、三番受付までお越しくだ――」


 すると、天井に吊るされた巨大な巻き貝から、受付嬢の声がギルド内に響き渡った。やや音声がかすれてはいるが、この喧騒(けんそう)の中でも十分聞き取ることができる。世の中には便利な魔道具があるもんだ。

 巻き貝の魔道具に興味をもったのか、サリーはカウンターに両手をついて身を乗り出し、足をパタパタさせている。


「まだいたんですか?」


 感心している俺を威圧するような、受付嬢のジトッとした視線。


「あの、冒険者の新人研修を受けるように言われてるんです」


 俺は顔色を(うかが)いながら、用件を伝える。


「新人研修…… 冒険者証はお持ちですか?」


「これですよね?」


 完全に疑ってかかっている受付嬢の目。俺はナターシャに貰ったバッグから、銀色のプレートを見せつけるように取り出した。


「……ダレス・ハーパー…… あぁ! あなたが噂のダレス様ですね」


「噂の?」


「いえいえ、こちらの話です…… そんなことより、とってもかわいらしい人形ですね」


 さっきまでの高圧的な態度はどこへ行ったのやら、上品に笑いながら話す受付嬢。


「新人研修の件、承っております。本来なら別室で簡単な説明をさせていただくんですが、あいにくこの有り様で……」


 受付嬢は引きつった笑顔で、書類の山を見せつけるように両手を広げる。


「もしよろしければ、この場でご説明してもよろしいでしょうか? お時間は取らせませんし、私も助かりますし……」


 顔の前に手を合わせ、上目づかいで話す受付嬢。最後の方には願望が漏れていたが、気にしないことにする。俺も早く終わらせたいしな。

 

「俺は構いませんよ」


「うぅ…… ありがとうございます」


 瞳を少し潤ませながら、受付嬢は目の前の書類を隅に置く。受付の仕事って大変なんだな。


 はしゃぐサリーをカウンターから引っぺがすと、ちょうど受付嬢は準備が整ったのか、こほんと一つ咳払いして笑顔を作る。


「それでは、冒険者の新人研修を始めさせていただきます。本日は(わたくし)、チャコが担当致します」


「よろしくお願いします」


 唐突に始まるチャコさんの新人研修。


「まず初めに、クエスト。冒険者への依頼のことですね。クエストを受注するには、基本的に最低二人以上の冒険者でパーティを組んでもらう必要があります」


「ほう」


「どんなクエストにも危険が(ともな)いますので、安全のため、ご理解ください」


 これは少し厄介だな。一人でクエストを受けれるなら、周りを気にせずにネクロマンサーの力を使えるんだけど…… まぁ、お金は欲しいしこれは仕方ないか。


「ダレス様が受けたいクエストはお決まりですか?」


「魔物の討伐のクエストを受けたいんですけど」


「討伐クエストでしたら、ダレス様のランクでも可能ですね。奥の掲示板か、その下の棚にクエスト依頼の用紙がございますので、そこから受けたいクエストを選んでください」


 チャコさんは短い腕を伸ばし、掲示板の方を手で示す。

 掲示板の周囲には多くの冒険者が集まっていた。難しい顔で掲示板を眺めたり、引き出しになっている棚からクエスト用紙を(あさ)ったりしている。


「では、最期に一番重要なことをお伝えします」


「えっ、もう最後なの?」


「ダレス様に多くを説明する必要はありません。冒険者とは、自分と仲間の力で困難に立ち向かうものなのですから」


 さも良いこと言った風に、したり顔のチャコさん。俺には早く仕事を終わらせたいようにしか見えないんだが。


「で、重要なことというのはですね、冒険者は戦争の協力をしてはいけないんです。これはギルドに所属する冒険者の鉄の掟。肝に銘じてください」


 その言葉に胸の奥がざわつく。

 モルジス王国と聖王国アストロイアとの戦争の火種。処刑されたネクロマンサー、レスティーを復活させることは掟を破ることになるのだろうか。

 今さらナターシャとの契約を無視するわけにはいかないから、俺に選択肢はないのだけれど。


「冒険者とは、世界中を自由に巡って、人々のためにその力を使う者のこと。自分の利益のために、人を傷つける戦争に加担することは許されないのです」


 チャコさんは芝居がかったように、顔を引きつらせて声色を低くする。


「もし、戦争に協力しているのがバレたら…… ギルドからは永久追放! 賠償金もしっかり頂くのでお気をつけくださいね」


 思わず息を呑んだが、最期には明るく振る舞うチャコさん。その軽い調子に、肩の力が抜けていった。


「最近この国は、きな臭いですからね。勘弁してほしいものです」


「やっぱり戦争するってのは本当なのか?」


 チャコさんは周囲を探るように視線をめぐらせた後、指をクイックイッと動かし俺を呼んで、そっと耳打ちした。


「国がとある鉱石を買い占めてるそうで…… それも尋常じゃない量だとか。詳しくはお伝えできませんが、兵器に利用するのは間違いないでしょうね」


 鉱石といえば身に覚えはある。炭鉱で働いていた時、自分たちが血反吐(ちへど)を吐いて集めた鉱石がどんな物で何に使うのか説明はなかったが…… まさかな。


「とにかく、冒険者のダレス様には関係ない話ですよ」


 耳元から離れると、いたずらっぽくチャコさんは笑う。


「以上で新人研修を終わらせていただきます。パーティを組んでクエストを選んだら、わ・た・し・以外の受付に持っていってくださいね。 ……討伐クエストの処理は面倒なので…… それでは、ダレス様に幸運があらんことを!」


 唐突に終わるチャコさんの新人研修。途中、本音がしっかり聞き取れたが、何も言わないでおこう。


 



「おい! お前!」


 背後から脅すような鋭い声。俺は思わず肩に力が入る。

 慌てて振り向くと、そこにはギルドの入り口前で観察していた冒険者三人。声の主は―― 俺を睨んで舌打ちしてきた、槍を背負った男のようだ。


「すみません、採集クエストでお待ちの冒険者様ですね。直ぐにご用意できますので、少々お待ち下さい」


 チャコさんは慌ただしく、カウンターに書類を引っ張り出す。


「ちげぇよ、お前だよ」


 槍の男は片眉をひそめ、威圧するように俺を睨む。 


 あれ? 俺、何かやらかしてた?

 

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