転生者ホイホイかよ、ってまんまと引っかかったのはオレだよ!
『やっと会えたね、と赤い羽根をもらいましたが、これって?』のアレクのお話になります。読まなくてもわかるようになってます。
ちなみに『真実の愛ソムリエのわたくしといたしましては、それは星なしですわ』『わたしの友人は断じて魔物ではないぞ、多分』のあの人もちょこっと出てきます!
コシル王国のスーレイ学園はメヒレス伯爵家がその私財で創立した私立の学校である。初代メヒレス伯爵が建国時に全国民に一定水準の学力が必須であると強く述べ、創立以来学園には貴族も平民も関係なく試験に合格さえすれば誰もが無償で通うことができる。
その校訓は「知を求めよ」。
本当はこのあと「知を求めよ、さすれば血は流れん」と続く。平和主義だった初代メヒレス伯爵が常々口にしていた言葉らしい。さすが大賢者と言われる御仁である。
その教えを正しく引き継いでいるおかげか、建物こそ古くはなっているが知の財産である学園の図書館は、王立スーレイ学院のものより蔵書数も分類の幅も優れているともっぱらの評判である。
しかも学園に在籍中であれば、誰でも貸出もしてくれる。本を買うなど贅沢の極みの平民にとって涙がでるほどありがたいシステムである。だから図書館の常連たちは、入学直後から卒業までの三年間でできるだけ知識を得ようと異様な闘争心に燃えているのだ。
そのせいで貸出のカウンターは常時混雑し、われ先に手続きしてもらおうとする輩で殺伐としている。新入生が入る今の時期なんて最悪の極みである。
あれ?静かだな
ある日、アレク・モビットは、いつもB G Mのように当たり前に響いているカウンターのざわめきが全く聞こえないことに気がついた。
人文系の書架が並ぶ2階からカウンターをのぞくと、美しく行列ができている。
50センチほどの隙間でドミノのように整列している様はちょっと不気味なくらいだ。
アレクは通りかかった職員につい声をかけた。
「あの、あれ、どうしたんですか?」
カウンターの混雑が目に余ると強く叱責でもされたのかと聞いてみると、職員は
「あぁ、行ってみるとわかりますよ」
と微笑んだ。
「うわ、すごいな」
カウンターの前の床に足跡を描いたシートが50センチの間隔でずらっと並んでいる。貸出を待つ人はその足跡の上に立っていたのだ。一人ぶんすすむと静かに一人ぶん前にすすんでいる。
「この足跡シートどうしたんですか?すごいアイディアですね。」
「あぁ、2年のリナが考案したんですよ」
「え?学園生が?」
天才だな、と感心したら同じ学年の14歳の女の子が考えたことらしい。
なぜか知っているような気がして首を傾げる。リナ、リナ…
「ほら、あの子ですよ」
長い亜麻色の髪をポニーテールに結った快活そうな女の子が楽しそうに横切った。
あぁ、リナ。
試験結果で自分の名前のすぐ下によくみる名前の女の子だ。
そうか、あの子がこれを。
◇◇◇◇
その後、生活していて前より過ごしやすくなったな、と思うたびに考案者のリナの名前を聞いた。
前まで乱雑に放り込まれていた紙クズのゴミ箱は、見えないようにしていた覆いを取っ払ったのもリナの考案である。汚い部分を見せるなんて、と先生方は反対していたが、自分の捨て方が見られているとそれぞれが意識することで、見違えるように整頓されるようになった。
汚い場所だからどうでもいいと、さらに汚す使い方がされてきたお手洗いは、目の高さに「きれいに使ってくれてありがとうございます」と貼り紙がされ、なんとなく一人一人が汚さなくなった。この貼り紙を考えたのはリナで、描いたのは活躍の場がなく廃部寸前だった美術部らしい。王宮からも発注があったとかなかったとか。
すごい人だな。
知識を詰め込んで頭がいいというのともまた違う、地頭のよさと賢さにすっかり魅了されてしまった。
こんな子とチェスでもやったら楽しいだろうな、とうかがっているのだが、もともと違うクラスだし、寮生活の自分と徒歩通学のリナとは全く接点がない。
日課のように彼女を見ていると、どうやらリナは貴族全般が苦手のようで、貴族に話しかけられると強張った表情で無口になってしまうのだった。
アレクが貴族だということを知っているのだろう、どうにも近づけない。
試験結果の一覧はいつもくっついているのにな。
今回も1位の自分の名前の下に6点差でリナの名前を見つけた。
校舎の外側に貼られた試験結果一覧をぼんやり見上げていたが、すぐ後ろの会話が耳に飛び込んできた。
「リナ!すごーい」
「あーまた一番取れなかったー」
「でもリナったら2位だなんてすごいじゃない!平民の希望よ」
えっ、もしかしてあのリナ?
二人の女の子はクスクス笑いながら会話を続ける。
「あら、じゃぁ2位を祝してパフェでも食べに行きましょ」
「え?リナのおごり?」
「なんでよ!お祝いしてよー」
「あはは、屋台のチュロスならおごるわよ!」
甘党なのかな、なんてニヤついていると
「それにしてもアレクさんはすごいわね」
彼女の口から急に自分の名前を呼ばれてアレクはバッと振り返った。
女の子二人はもう3メートルほど先を歩いている。アレクは無意識に寮ではなく、彼女たちの後ろについて正門の方へ足を向けた。
「わたしね、ここの道路の模様好きなの」
「えー、リナったら変わってる」
校舎から正門にかけてのゆるやかな坂道には白字で幾何学的な模様が描かれている。
毎日のように目に入っているはずなのに、模様がついていることも好きか嫌いかも考えたこともなかったな、と心が少しあたたかくなる。
「法則性がないんだけど、これが文字だったら面白いわよね」
ふふふ、やっぱりリナは面白いな、文字のはず…
そこまで考えて、猛烈な頭痛に襲われた。めまいがひどく、周りの景色がぐるぐる回って見える。
「え?大丈夫ですか?」「アレクさん??」
たくさんの声の中からリナの声を拾いながら、アレクの意識は遠のいていった。
◇◇◇◇
濡れた土の匂い。
校舎に跳ね返る「追え追えー」の声。
雲ひとつない晴天。
「中尾?目ぇ覚めたか?」
水分補給でちょっと立ち寄ったテイで同級生がのぞきこんだ。
木製バットの音、好きだったな。
芯を捉え損ねた低めの音が好きなんだよねーと言ったら総スカンくらったっけ。
「ちゃんと水分とっとけよー」
コーチの声が少し遠くから聞こえる。
あーすげぇ、懐かしい
意識が急激に浮上して、ランプの匂いと香水の匂いが鼻をついた。
「アレク?気がついた?」
西洋の顔立ちの女優みたいな女の子がのぞきこんでくる。
うわ、オレ英語わかんねぇんだけど。
返事をしようとして口を開いたところで、血流に合わせてこめかみに痛みが走る。痛みとともに記憶が流れてきた。
あー、義理の母親のアリシアさんか。うわ、若。そっか。19歳だからオレと1歳しか違わねぇのか。あ、オレ今アレクか。
いやいや、14歳のアレクと比べても5歳差じゃん。やべぇな。父。
今年40歳の父を思い浮かべ、1歳の弟を思い浮かべ、なんだかしょっぱい気分になる。
口を半開きにしたまま固まったオレをアリシアさんは心配そうに見つめてくる。
わお。かわいいなぁ。
13歳で通えなくもない距離の家を出て全寮制を選んだアレクの気持ちがなんとなくわかる。
だよなー。
オレでもそうする。
「アレク?どこか痛いの?」
アリシアさんのほっそりした手が額に置かれる。
「あーいえ、ご心配おかけしてすみません。あの、わたしはどうして?」
いまいちオレとアレクと融合しきってない感じがする。両方の記憶があって、思考は中尾俊に引っ張られて、対外的にはアレクがリードしている感じ。オレからすると口が勝手に動いていて気持ち悪い。
「学園で倒れてこちらに運ばれたのですよ、もう4日になります」
「え?4日??ということは剣技の練習日!えっ、無断で休んでしまいました!大変だ!師匠にれ、れんらゲホゲホゲホ」
「アレク!ほら、水をお飲みなさい。大丈夫ですよ。今ルーカスさまにお伝えしましたから」
「今!?」
「えぇ、応接室にいらっしゃるの。まぁ、ちょうどよかった、目覚めたことをお伝えしましょう!」
アリシアさんはクルッと立ち上がると小走りに部屋を出ていってしまった。
使用人に飲み水をもらい、衣服を整えていると、部屋の扉をくぐるように大柄なイケメンが入ってきた。
でかい。190以上あるんじゃないか?
日本人のオレからすると見慣れた黒髪と黒い瞳だが、その風貌や身体のでかさは一目で人種が違うとわかる。
鍛え抜かれた身体のでかさに圧倒されつつも「かっけー」「かっこいい」オレの意識とアレクの意識がピッタリ重なった。
「師匠、すみません!こんなところまで来ていただいて」
師匠は口の端をゆるめて剣だこのゴツゴツした手のひらで頭をグリグリなでてくれた。
ルーカスさまは第五騎士団の副騎士団長でもあられる。義理の母になったアリシアさんのお姉さまとルーカスさまの奥様が親しいご友人という関係で、恐れ多くも9歳のころから月に1、2度騎士団訓練場の隅で剣技を教えていただいている。
自分の存在意義に自信をなくし、闇にのまれそうだったあの時、日の当たるところへ引っ張ってくださったのはまぎれもなく師匠だった。
万感の思いで師匠を見上げると師匠の耳が切れている。
「師匠、それ」
「あぁ、石を投げられてな。避け切れなかった」
「はい?だ、だれに?」
なんて命知らずなヤツなんだ?
「今日は月に一度の慰問の日だったからな。スコバの孤児院に行ってきた、ま、わたしはよそ者だからな」
「スコバ!?なんでそんな治安の悪いところへ…」
「治安が悪いから、わたしのような者が行くのだろう?」
アレクの意識で胸がいっぱいになる。
本当に心の底から尊敬しているんだな。わかる。これは男が惚れる男だ。男ってより漢だな。
「月に一度慰問されているのですか?」
上擦った声でアレクが問いかける。
師匠は傷ついた耳を触りながら照れくさそうにしている。
「妻が言うには、力を持つものはそれ相応の社会的義務があるそうだ」
おーノブレスオブルージュってこっちにもあるんだな。
「思いついたときだけ自己満足を満たしても仕方ないから、月に一度日にちを決めて行動するといいと教えてくれた…から…」
まさかの尻に敷かれてるタイプだった!それはそれで…
奥さんかっこいい…
コーチも奥さんの尻に敷かれてるタイプだったな。
師匠の黒い瞳にまだあどけなさも残るアレクの顔が映っている。
そうか、オレはアレクなんだな。
唐突に、戻れないオレとあの日々を思って胸が苦しくなった。
師匠は頭に置いた手を後頭部に回して目をすがめるようにしてオレを眺めている。
オレの存在に気づいたのだろうか。
師匠だから気づいているんだろうな。
オレとアレクの意識が同時に脳を駆け、混在したまま言葉にしてしまった。
「師匠、オレ…あ、わたしは…」
「アレク」
「…」
「まぁ、どんなお前でもアレクはアレクだ」
「師匠…」
「なにがあってもわたしはお前の味方だ」
やっぱかっけー漢だな、師匠。
◇◇◇◇
まだ心配だからまだ顔色が、と父とアリシアさんに縋られ10日も休んでしまった。
おかげで脳内の整理もつき、オレとアレクの意識の共存もスムーズになったように思う。
入学式以来の男爵家の馬車登校。門の外の車止めで馬車を降り、校章旗はためく正門を仰ぎ見る。
ん?
濃い緑の生地に白く抜かれているのは…『文』?
左右対称の模様で似ているだけだろう、と気を取り直して門をくぐり、校舎までのゆるやかな坂をのぼろうとして…
「は?」
今度こそ声が出てしまった。
道路に書かれていたのは幾何学模様ではなく『スクールゾーン』。えぇぇ?と見回し、門に控える守衛さんと目があったけど、彼の胸には幼稚園で見るチューリップの名札!?なんでだよ!
思わず噴き出してのけぞるように笑ってしまったオレを見て、どこぞへ連絡する守衛さん。
その日のうちに、スーレイ学園中に仕掛けられたトラップの説明を受け、メヒレス伯爵家へのお勤めの内定をいただいた。
他にそれっぽい学園生はいないかと問われ、いろいろな期待をこめて彼女を推しておいた。
学園に職員として潜り込んでいるメヒレス家の調査員たちがそれとなくチェックしていくらしい。
とりあえず、いろいろ聞くためにも卒業までにどうにかして仲良くするぞ!
明日は絶対に「おはよう」って言う!
きっと図書館の足跡シートについて聞きたがるだろうなー
「あれって、三密のやつ?」
「サンミツ?」
(学年一位のアレクさんでも市井のことはわからないことがあるのね!)
「えっと…、最近流行っているのはアンミツですよ」(若干ドヤ顔)