女王とメイドと秘密の地下道:第五話~女王の決断~
フレイジアは、悩んでいた。メルに尿意を打ち明けて、この通路の何処かで用を足してしまおうかと・・・そんなことは、冒険者だった頃に探索したダンジョンの迷宮内で何度も経験した事であった。だが今のフレイジアは、それを酷く躊躇っていた。それは、女王としての立場やプライドの為だろうか・・・フレイジア自身にも定かではなかった。
「あと2時間・・・」
フレイジアは、小さく呟いた。予想では、あと2時間もすれば誰かが気がつて見つけて貰える、今頃は、もう私達がいないことに誰か気が付いているとフレイジアは信じたかった。だか、それは確証があるわけではない、メルが心配したように見つけて貰えない可能性のほうが大きいのではないのかとフレイジアは、楽観視していた自分の考えを改め始めていた。そんなことよりもフレイジアは、自分があとどれだけの時間、尿意に耐えられるのかの方が不安になってきた。そして、いざとなれば魔法で本棚ごと吹き飛ばしてしまおうかと考えるほど、少し冷静さを失いつつある自分に気が付いた。こんな、巨大で重い本棚を破壊するほどの威力の魔法を、こんな狭い通路で放ったらどうなるのか・・・想像したフレイジアは、尿意とは別にブルッ!と震えた。
「まずいわ・・・」
フレイジアは、またも小さく呟いた。少し威力を押さえて、地上階まで響く程の振動や音を発生させようかとも考えたが、この古い地下道が崩落でもしたら本末転倒だと思いとどまった。
「フ、フレイジア様・・・どこかお加減でも悪いのかな・・・あの・・・」
そんな、フレイジアの様子がメルは、心配でたまらず話しかけようとした。そのとき、ガタッ!と何か小さな物音が聞こえてきた。
「なっ!何の音!?」
「フレイジア様!今の!?」
フレイジアとメルの二人は、同時に物音に気が付き声を上げた。
「聞こえましたか?メル、何の音でしょう?」
「わ、わかりませんが、階段を降りた先、その奥から聞こえた気がします。誰かいるのでしょうか?」
「そうね、救助では、ないかもしれないけど、こうしていてもどうにもならない・・・なら!メル、私は、階段の先へ降りてみようと思いますが貴女は、どうしますか?」
「えっ?そ、その・・・で、でも誰かいるなら助けて貰えるかも・・・わかりましたフレイジア様、私も行きます!」
フレイジアの決断にメルは少し考えて、一緒に音のした階段の先へいく事に同意した。
「フレイジア様、少し待ってもらってもいいですか?」
メルは、そう言うと先ほどまでマスクにしていた白いハンカチを広げて、それに壁の煤や汚れを指に付け何かを書き始めた。
「文字は、書きにくかったので絵になってしまいましたが・・・」
メルは、白いハンカチに階段と矢印、あと王冠のような記号を描いた。すこし、拙いが王冠が階段を矢印の方向に降りていくような図柄だった。
「メル、これは?」
「もし、書庫の方から探しに来たとき、フレイジア様が階段の下に行きましたって少しでもわかるようにしたくて・・・」
「あ~なるほど!じゃあ、これも置いて行きましょう。王冠が私なら、この髪留めがメルです。メルも一緒ですよって伝えないとね!」
「フレイジア様~!」
メルの絵ごころはともかく、その気遣いに関心したフレイジアは、頭につけていたホワイトブリムを外すとハンカチと一緒に、通路の閉じた入り口の近くに置いた。
「それじゃあ、行きましょうかメル!」
「はい!」
こうして、フレイジアとメルは階段の方へ向かっていった。
「さぁ、ルクル!階段の先を照らしなさい!」
「え!ルクルって!わぁ~凄い綺麗です!フレイジア様!!」
階段を前にフレイジアは、声を上げると明かりの魔法の発光体を宙返りさせるなどアクロバティックにまるで本物の妖精が宙を舞うかように操作した。それは、蝶の羽をもつ妖精が輝く鱗粉をこぼすように光の尾をまといながら階段を照らし飛んでいくようであった。その後を、追うようにフレイジアとメルは、階段を降りていった。
「あ、あの・・なんか、変な匂いがしませんか?階段を降りる前より少しカビ臭さが強くなってきた気がします・・・」
「ええ・・・でも、カビ臭いというよりは・・・生臭いとか獣臭いような感じもしますね・・・」
階段を降りていくほど異臭が強くなっていく、そんな地下の異様な空気にフレイジアとメルは、階段を降りる前までの勢いが嘘のように消え足取りが重くなっていった。それでも、二人は長い階段を下へと降りていった。
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「フレイジア様、これって・・・この錆びた鉄の格子って・・・・」
「古い、地下牢みたいね・・・でも・・・何というか」
階段、の先には、錆びてはいるものの太く頑丈そうな鉄格子で仕切られた部屋が幾つも並んでいた。一見するとフレイジアが言うように古い地下牢のようであったが少し違うようにも感じられた。数名の囚人を収容するには一つ一つの部屋の広さが大きすぎる、20人は容易に入れそうであった。それ以外にもフレイジアは、違和感を覚えていた。
「何というか、地下牢自体は相当古いもののようですが・・・最近まで使っていたような・・・」
「えっ!そ、そんなことって・・・」
「でも・・・あの床に敷いてある布、酷く汚れてはいるけど何年も前からあった感じではないわ。見て!この牢の格子扉!ほら、鍵の・・・鍵穴の錆びが取れてるでしょ・・・それに扉の蝶番も・・・」
「たしかに最近まで開け閉めしてたみたいです・・・あっ!フレイジア様!これ!このバルブ!」
「魔素灯の制御バルブみたいね・・・点けてみましょうか。」
メルは、壁にある魔素灯のバルブを見つけ声を上げ指さした。フレイジアは、バルブに近づいて操作すると地下牢全体がオレンジががった光に薄く照らされていった。
「あまり、質のよい魔素灯ではないようね・・・光度が低いわ。まだ、ルクルの明りが必要ね。」
フレイジアは、薄明かり照らされた地下牢明るさに応じて明かりの魔法の明るさを少し落とすように調整した。
「フレイジア様、また、ルクルって!名前を気に入ってくださったんですか?」
「ええ、折角、メルが名付けてくれましたし。」
フレイジアは、明かりの魔法の妖精型をした発光体が、さも喜んでいるようかのようにクルクルと回り弾ずむように動かした。フレイジアは、名前を気に入ったというよりメルが可愛い笑顔をみせて喜でくれるのを見たかったのであった。
「えへへ!気に入ってもらえて嬉しいです!」
「ふふっ!私もよメル。さて、ここには誰もいないようね、どうしましょう?もう少し先へ行ってみましょうか?」
「は、はい・・・あの・・・その、先ほどフレイジア様の着ている服の持ち主のことなのですが・・・」
「え?あぁ、辞めてしまったと言ってた?その方がどうかしたのメル?」
メルは、突然、口ごもるようにそして、少し躊躇うように話し始めた。
「あの、これは噂話なんですが・・・服の持ち主は、イリ-カさんという方なんです。4ヶ月くらい前、私がお城で給仕の仕事を始めたとき色々教えてくれたんです。少し彼女の方が年上なんですが歳も近くて、背も高くて綺麗な方で・・・」
「あの・・・メル?その・・・噂というのは?」
フレイジアは、辞めたメイドのことよりも噂の方が気になり、少し急かすようにメルの話しを遮った。
「あ、すみません。噂話ですよね。実は、イリーカさんは、突然居なくなってしまったんです。私が、他の給仕の方に訊ねたら辞めたと言われましたけど・・・彼女は、前の女王様・・・ヒルダレイア様に特に気に入られていましたし急に辞めるのも変かなと思って。ただ、その後で恐い噂が給仕の間で囁かれいるのを知ったんです。それは、女王様の機嫌を損ねた者は、秘密の部屋で拷問された挙げ句・・・そんな、根も葉もない話しなんですけど・・・突然消えるように辞めてしまった方が大勢いるそうなんです。」
「そんな、噂が・・・それで昨日、メルは浴室で酷く怯えたのね・・・私は、あんな女とは違う!貴女を傷つけたりしないわ!大切な親友ですもの!だから、から安心してメル!」
メルの、少し怯えたような話し方にフレイジアは、彼女が女王としての自分にまだ畏怖や畏敬といった感情をもっているのだと思うと少し悲しくなった。そして、母であり前女王ヒルダレイアとは違うだと強く訴えていた。
「は、はい、フレイジア様は、とてもお優しい方ですし、私の大切なしん・・・ゆ・・・ゆう・・・です。///」
「なぜ、そこで口ごもるのよ?ちゃんと親友と言ってくれればいいのに。まぁ、いいわ・・・ここがその噂の拷問部屋だというの?また、突然どうして?」
メルは、少し照れたように顔を赤くしていた。フレイジアを親友と呼ぶのが気恥ずかしかったのかハッキリと口に出せなかった。そんな、メルの様子にフレイジアは、少し拗ねたように答えた。
「す、すみません・・・あの、今更なのですが本棚に赤い本がありましたよね?赤い本を取ろうとしたら本棚が動き出したんですけど・・・その本の周りだけ他より埃が少なかった気がしたんです。」
「でも、拷問部屋というには、そういった器具がないわね。床の汚い布と、古びた桶?樽かしら?そんな物しか見当たらないわ・・・でも、最近まで使用していたのは本当のようね。」
メルの話しに、フレイジアは地下牢を見回しながら答えた。
「そのことだけは、確かに気になるわね・・・奥の方もみて見ましょうか?・・・それに・・・いえ気にしないでメル。(それに、少し辛くなってきてしまったわ・・・どこか、用を足せる場所があればいいのだけど)」
「どうかされましたか?・・・えと、奥ですよね・・・ここまで来てしまいましたから・・・」
フレイジアが何かを言いかけたのかメルは気掛かりではあったが・・・噂の真相やイリーカの行方の手がかりがあるのではという淡い期待に奥へ進むことを決めた。
フレイジアとメルは、地下牢を抜けて通路を進んで行った。地下牢の先にあった通路は、一本道で数カ所に魔素灯が設置されているものの少し薄暗かった。
「この大きな扉は、補強もされていて頑丈そう・・・この突き出た棒ををどうにかしないと開きそうも無いわね・・・」
フレイジアは、通路を遮る金属で表面や縁を補強された木製の大きな扉を調べていた。壁からは、何かの仕掛けで扉を施錠するような太い閂が壁から突きだしていた。
「フレイジア様!こっちの、小さい扉のほうは開きますよ!扉の先に階段があります!」
メルは、補強された大きな扉の少し手前にあった扉を開くとフレイジアを呼んだ。
「そ、そう・・・」
「フレイジア様?やはり、お加減でも悪のではないですか?少し顔色も・・・」
「だ、大丈夫よ心配しないで!さぁ、先へ行ってみましょう!(メルに用を足したいと告げてどこかでオシッコを・・・でも・・・)」
「は、はい・・・わかりした。でも、あまり無理はしないでださいね。」
フレイジアとメルが、扉の先の階段を上るとすぐに1つの部屋にたどり着いた。
「ここにも魔素灯があるのね。なにかしら、この部屋は?まるで闘技場の特別観覧室みたい・・・」
フレイジアは、部屋の入り口にあった魔素灯のバルブを操作し、明るくなった部屋を見回しすと率直な感想を口にした。
「立派な、ソファーとテーブルですね・・・この大きな窓の先は、広い部屋があるみたいですけど・・・でも暗くてよく見えません・・・きゃっ!?」
メルは、長椅子の先にある大きなガラス窓に近寄って覗き込んでいたが突然、ガシャ!ガシャン!という物音がガラスの先から響き、メルは慌ててフレイジアの方へ逃げ戻った。
「なにっ!今の音!?メル何か見えた?」
「い、いえ暗くて・・・でも、前に聞いた音よりも近いというか、ハッキリ聞こえました。」
「そう・・・窓の先の部屋は、あの頑丈な扉から入れそうだけど。」
部屋を調べていたフレイジアは、隅の壁に3本のレバーが設置されているのを発見した。それぞれの、レバーには役割を示す銘板が付けられていた。
「メル、見て!レバーがあるわ!ゲート開閉、フロア照明、・・・檻?」
「ゲートって先ほどの頑丈な扉ですかね?照明は窓の先の部屋?檻って何でしょう・・・途中の地下牢の扉は鍵でしたよね?」
「取りあえず檻以外を操作してみましょう。ちょっと硬いわね!よいしょ!!」
フレイジアが2本のレバーを操作するとガッコン!という音が上がってきた階段の下から聞こえた。
そして、窓の先の部屋が明るく照らされていった。
「わぁー!思ったより凄く広い部屋ですね!」
「そうね・・・やはり闘技場みたいね・・・」
「闘技・・・場ですか?でも、なんで地下に?」
「わからない・・・けど頑丈な扉の先を覗いたら、もう戻りましょうか?人が居る感じもないし・・・」
「え、そ、そうですね・・・もう、誰か書庫の方に来てるかもしれませんね。」
「そうね。(途中、何か理由をつけて・・・メルには先に書庫の方に戻ってもらって、その間に用を足してしまいましょう。もう、漏れそう・・・これ以上は我慢できないわ・・・)」