女王陛下と誘拐事件:第六話:~女王陛下の救出作戦~
街で打ち上がった一発の花火をバルコニーで確認したフレイジアは、ガウェインに城に居る騎士団の主要メンバーを2階の会議室へ緊急招集するよう指示した。
時刻は、4時15分・・・会議室へ騎士達が迅速に集合したのを見て騎士団長ガウェインが緊急招集の理由、その原因となった女王陛下の誘拐事件のあらましを簡素に説明した。
「この事件で皆さんに知っておいて欲しいことは、女王と間違われ人質となっている3人の者がこの城で務めるメイドの可能性が高いということ、女王でないと犯人に知れた場合に殺さるということです。そして、私がこの3人を無事に助け出したいと切に願っているとことです。」
続いて始まったフレイジアの話しに騎士達は、ザワザワとし始めて質問や疑問が有るという感じであったがそれ沈めたのは、初老の紳士のような騎士であった。眼光は鋭く、白髪をオールバックに少し痩けた頬とコンチネンタル風の髭、騎士団副団長ウイリアム=ハサードである。ハサードの一喝で騒がしかった騎士達は、嘘のように一瞬で静まりかえった。
「皆様、メイドを救出するという私の考えに疑問や意見が多くあると思われますが・・・それに答えている猶予は有りません。ただ、臣民の為の女王でありたいとだけ言わせて下さい。では、早速ですが___」
フレイジアは、打ち込まれた矢文や連絡方法、要求された金額などから推測した事件と犯人の考察を簡素に話した。
・旗や花火を使った連絡方法から犯人は、ある程度組織的な人数を保有してる可能性がある事。
・要求金額が女王を対象にした誘拐にしては低いものの、この国の財政状況を考慮し即時に用意させるには妥当な金額である事。そのことから犯人は、何か急いでいる可能もある事。
・また、ヴァレンシア王国の通貨リーヴェラでなく、あえて他国でも価値の変動の少ない金をインゴットで用意せよ要求から、ヴァレンシアの国外への逃亡を計画準備している可能性がある事。
そんな、事を話したフレイジアであったが1つ大きな疑問があった。
「でもなぜ、犯人は・・・城に引きこもって、いつ出てくるかわからない私を誘拐しようとしたのかしら・・・まさかとは、思いますが___」
フレイジアは、あくまで仮説と前置きして自身の推理を述べた。それは・・・犯人の目的が誘拐に伴う身代金ではなく、女王誘拐をでっち上げ騎士団や兵の大半を郊外の後宮へ向かわせ、その隙に警備の手薄になったヴァレンシア城で何か良からぬ悪事を働くのではないかというものであった。
「誘拐にせよ、そうで無いせよ騎士団や兵が派手に動きを見せるのは得策ではなさそうね・・・犯人側の目的は、私の誘拐のようですが・・・その計画性と行動に矛盾、不明な点もあります。ここは、後手に回るより犯人側が行動を起す前に気が付かれず犯人のアジトと思われる後宮を包囲、出来れば急襲したほうが得策と考えます!」
フレイジアは、少し考えてリスクもあるが夜9時の指定時間を待たず行動を起すことを決めた。
「しかし陛下、騎士団が気が付かれず城を出るなんて・・・」
「丸腰で、平民のふりをして出て行くのですか・・・まぁ武器は、街でも調達できますが・・・」
「ですが平民を偽装するにしても違和感があります。人数も人数ですし・・・」
騎士達たちは、口々に疑問をフレイジアに投げかけていた。ガウェイン、ハサードそしてアイギスそれともう1人好々爺の様な老騎士だけが、真剣な眼差しで黙ってフレジアの次の言葉を待っているようであった。
「犯人に気付かれず騎士団が城を出る方法は、昨日に地下書庫で発見された隠し通路を使います。その先が市街まで続く下水道に繋がっていますから。これを利用し密かに城を出て後宮を包囲し犯人の逃走ルートも封鎖、その上で犯人の要求に従った振りをしつつ相手側の出方を見ます。そこで、騎士の部隊を三隊編制します。まず、第一部隊ですが下水道を突破し後宮を包囲する部隊です。思惑の不明な犯人側の偵察も兼ねた任務ですが状況次第で急襲し犯人達の捕縛を行なってもかまいません・・・ですが人質の命が優先であると忘れないで下さい。この部隊ですが、あまり目立たぬよう出来る限り少数精鋭でお願い致します。それで指揮官ですが・・・」
そう言ってフレイジアは、ガウェインの方へ目を向けた。
「陛下、この部隊の指揮はハサードが最適かと、私より冷静で的確な状況判断の出来る男です。戦闘能力も優れておりますので!」
「では、ハサードお願いできますか?」
「はっ!承知致しました。」
フレイジアは、ガウェインの推薦で第一部隊は副団長のハサードに任せる事を決めた。
「つぎに第二部隊は、同じく下水道から城外へ出ますが市街数カ所の詰め所にいる警備兵達と密かに合流し、犯人の逃亡ルートを封鎖します。犯人の1人も王都から出さない事が重要ですが、先も言ったように国外への逃亡を計画している可能も高いですから主要街道と港のある都市などへ向かうの道を確実に封鎖して下さい。この部隊ですが・・・」
「この部隊は、私に任せて貰えますかな?」
「ええ!ぜひお願い致しますね!」
フレイジアが、言い終わるより先に団長のガウェインが名乗りを上げた。フレイジアもガウェインを指名しようとしていたのですぐに同意しお願いした。
「そして第三部隊は、城で通常警備で待機します。万が一、誘拐犯の目的がこのヴァレンシア城と判明した場合は、第一部隊より伝令を飛ばします。その際は、犯人の思惑に従い城から出動し手薄を装って下さい。その後、犯人が城へ侵入したのを見計らい戻る第一部隊と合流し城内で袋の鼠となった犯人を殲滅します。それまでは、出来るだけ平常の警備を続けて城の様子を監視してるであろう犯人の目を誤魔化しイタズラにを刺激しないよう注意して下さい。それと、城内に残る非戦闘員の安全確保も忘れないで下さい。この部隊ですが普段城内に常駐して巡回警備して頂いている警備部のボイド隊長に任せたいのですが宜しいでしょうか?」
「へ、陛下!光栄で御座います。この老いぼれの名前まで・・・」
「こら、ボイド泣いている場合ではないぞ!」
警備部隊長の騎士ボイドは、背の小さい好々爺といった感じの老人のようではあるが騎士団長ガウェインとは士官学校時代の同級で友人であった。警備部という比較的目立たぬ役職にも関わらず陛下が名前を覚えてくれていたことに感涙しているボイドをガウェインが嗜めていた。
「最後にですが、犯人の要求通りに身代金を届けて受け渡す女性給仕、メイドですが・・・・要求通り金塊200万リーヴェラ相当は、純金のインゴットで約32キロの重さになるそうです。これを、女性が運ぶとなると最低3人は必要かしら?まぁ、実際に運ぶわけではないのだけど・・・運搬役のメイドにの件は、私がこれからメイド長と相談します。以上が作戦の内容です。この作戦は、皆様の沈黙をもって承諾と致します。」
フレイジアが立案した作戦の内容を話し終え、騎士達は沈黙しその静寂さが作戦を承認した証であった。
「・・・では、現在17時丁度をもって作戦を開始します。では、解散して下さい!」
「「「はっ!!」」」
騎士達は、フレイジアの作戦開始の合図に一斉に敬礼を返すと颯爽と会議室から退室しようとしていた。
「あ、そうでしたアイギスは、私と一緒に来て下さい。」
「えっ!?・・・は、はい!」
「ガウェイン申し訳無いけどアイギスをお借りしますね!」
「承知しました。もとよりアイギスは、近衛騎士ですからな。」
フレイジアと少し不満そうな顔のアイギスは、会議室を出で行くガウェイン達騎士を見送った。
「アイギスそんな顔しないで貴女には、特別任務があるわ。そっちの方がきっと面白いわよ。ふふっ!」
そう言って不敵な笑みを浮かべたフレイジアにアイギスは、悪寒を感じるような不安を覚えたのであった。
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「騎士様、なにをハトが豆鉄砲を食らったような顔をしているのです!早くお支度を!」
「えっ!?あ・・・あ、あの・・・」
「ほら、これを履いて、これも身につけて!時間がないのですよ!」
「あ、はい・・・こ、これを・・・」
「恥ずかしがってないで、ほら制服脱がしますよ!」
「へ、陛下ぁ~・・・・本当にこれっ・・・わっ!」
「大人しくしなさいな!ほらっ!」
騎士団を見送った数分後、1階の一般給仕の控え室にて、フレイジアとメイド長が打ち合せをしているその向こうでアイギスは数人の年配メイドに取り囲まれなにやら激しく騒いでいた。
「申し分けありません陛下・・・私や、あのベテラン達が行きますと言いたいのですが、こんな初老のオバさん達では足手まといでしょうし・・・陛下の言われるように10キロ程の荷物を担げるような若いメイド達は怯えてしまって・・・このハンナという娘だけが名乗り出てくれたのですが・・・」
メイド長は、後ろに立つ20代後半ほどのハンナという名前のメイドをフレイジアへ紹介した。ハンナの肩にかかる程度の濃いネイビーブルーの髪は毛先の辺りで外に跳ねるようカールしていた。その髪が目元を隠すように真っ直ぐ切り揃えてあり俯いているハンナの表情は、読み取りづらいが緊張したような感じでフレイジアに会釈を返してきた。
「そうですか、無理強いはしたくありませんが・・・でも、もう1人は欲しいわね。」
「あの、フレイジア様!私に行かせてもらえませんか!先輩達に買い出しをお願いしなければ・・・こんな・・・だから、お願いです!!」
「メル・・・貴女のせいではないでしょ!それに、100%先輩のメイド達が誘拐されたわけではないわ。」
「陛下、メルリアさんを行かせやってくれませんか?でないと、勝手に飛び出して行きそうで・・・きっと何かしていないと辛いのでしょうから・・・どうか・・・」
「そう・・・わかったわ・・・メル、お願いだから無茶はしないでね!」
「は、はい!ありがとうございます!」
メイド長に、説得されフレイジアは、メルが身代金をもっていく3人に加わる事をゆるした。
「えっと、ハンナでしたけ?受け渡し役を引き受けて頂きありがとうございます。危険が無いよう精鋭の騎士が1人同行しますが貴女も無茶はしないで、危険を感じたら迷わず逃げてくださいね。」
フレイジアは、メイド長の後ろにいたハンナに話しかけようと近づいた。だが、フレイジアの目映ったハンナのその表情は、青ざめていて油汗も浮かんでいた。まるで、これから処刑でもされるのかとうような雰囲気であった。
「あ、あの・・・大丈夫ですかハンナ?」
「はひぃっ・・・は、はい・・・あっ、ふぅ・・・」
ハンナは、フレイジアが心配そうに話しかけたとたんハンナのメイド服の足元でビシャビシャと水の跳ねる音がしてハンナは、崩れるように倒れてしまった。
「た、大変!!メイド長!ハンナが!ハンナが!」
「ハ、ハンナさん!?しっかり!しっかりして!」
慌てた、メイド長がハンナを抱き寄せ起そうと頬を軽く数回叩いたが目を覚ます気配はなかった。
「大変申し分けありませんフレイジア陛下・・・どうやら、極度の緊張と恐怖で失禁・・・いえ、失神してしまようです。・・・いま、だれか代わりを無理にでも連れて来ますので・・・」
「無理強いは駄目と言いましたよね?大丈夫ですよメイド長・・・こうなったら、私が行きますから。」
「え!?それは、いけません陛下!考え直して下さい!」
「いえ、女王の命令です!こういう所で折角ですし我儘を言わせて頂きますわ。それと、この件は秘密ですよ!ふふっ!・・・それは、いいですねメイド長。」
「は、はぁ・・・畏まりました。」
「では、メル!昨日の・・・たしか・・・イリーカというメイド使用していた服はまだ有りますか?」
「はい!すぐ用意します!!」
自分が行くと言い出したフレイジアは、嬉々としてメルに昨晩着たメイド服と同じものを取りに行かせた。
しばらくして、メルが大急ぎで用意したメイド服一式に嬉しそうに慣れた手付きで袖を通していったのだった。
昨晩と同様の頭のホワイトブリムに黒いロングスカートそしてフリルのある白いエプロン、黒いニーハイと見えない所で白いドロワーズである。違いが有るとすれは靴であった。昨晩は、真珠色の装飾のあるミドルヒールであったが、今回は、メイド達愛用の黒く少し艶のあるパンプスであった。
「靴も、変装の要ですから、疎かにしては駄目よね!ちょっと緩いわね、もう一つ下のはあるかしら?」
「はい!フレイジア様!これですね!しれっと行くって言い出しましたけど・・・本当は、最初からなにか理由をつけて行くつもりでしたよね?」
「あら?メルったらなんのこと?ほほほっ!」
楽しそうに靴のサイズを選びながら、メルの鋭い指摘に笑って誤魔化したフレイジアであった。
「さぁ、準備万端ですわね・・・あとメル、この金塊(偽モノ)が入ったリュツクを背負ってみて!」
「はい、あっ!本当に重いんですね!よいっしょ!これ、金塊ではないんですよね?」
「当然よ!中身は、アイギスに用意してもらった訓練で使う重りです。一応、重量感があった方が良いかと思ったのだけど・・・どう?」
「背負っているので意外と平気です。10キロくらいですか?手提げ鞄とかだと辛らいですがこれなら動けますね!」
「そうね、これもアイギスの案なのだけど・・・そう言えば騒がしいかったアイギスは、どうしたのでしょう?」
フレイジアとメルは、年配メイド達に取り囲まれていたアイギスの方へ目を向けた。
「フレイジア陛下・・・メルさん・・・・その、そうじっと見つめられると・・・変ですよねやはり?」
「いい・・・可愛い・・・そして美しいわ・・・すこし悔しいくらい・・・」
「・・・はわ~・・・お人形さんみたいで素敵です・・・」
「そうでしょ!着付けた私達も、驚いているくらい!もっと、この娘に色々と着せてみたくなってしまったわ!」
「そうね!フレイジア陛下、今度また、この可愛い騎士様を貸して下さらないかしら?」
フレイジアとメルは、メイド服を身に纏ったアイギスの姿に魅了されていた。着付けたメイド達も口々にアイギスの美しさ可愛さを称えアイギスは、顔を真っ赤にしてモジモジと恥ずかしそうにしていた。その恥じらう仕草も可愛さを激増させているとも知らずに・・・
「その仕草も眼福ね・・・アイギスとても良く似合っているわ!可愛すぎよ!もう、近衛騎士の制服は、明日からコレにするしかないわ!」
「・・・そ、そんなご勘弁を!」
「目が幸せってあるんですね~えへへっ!良く似合ってますよアイギス様!明日からお揃いの服ですか!嬉しいなぁ~!」
「メ、メルさんまで・・・じょ、冗談はやめてください。は、早くしゅぱしゅ・・・出発しますよう!」
「「あ、噛んだ・・・でも可愛い・・」」
「もう!いい加減にしてください!行きますからね!!」
皆から可愛いとからかわれ過ぎて少しヘソを曲げてしまったアイギスが部屋を逃げるようにして出ようとしたときコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「コホン!警備部のボイドです。陛下、少々宜しいですか?」
「ボイド?どうしたの?大丈夫よ入ってきても。」
「いえ、陛下にご報告したいことがありますので警備部の私室までご足労を願いたいのですが?」
「わかったわ。時間も余りないから手短にお願いね。アイギス、メルは、先に門の方で待っていてくれる?」
警備部のボイドの私室寄ったあとアイギスとメルの待つ城の正門へ急ぐと辺りは、少し空が茜色を帯び始めていた。
時刻は、午後6時少し前。落ち着かない様子のメルと辺りを警戒しているアイギスに合流して城を出発し後宮へと向かった。
後宮へは、正門から大通りを通り中央広場から西へ向かう通りを抜けた先にある旧時代の街の境である古い城壁の門をくぐり新市街とよばれる地区を通り抜け、田園風景が広がり始めた所にある。
城から中央広場へ続く大通りでは、既に立ち並ぶ魔素灯の街灯がガス灯のように少し揺らめくような暖かい光を灯していた。城の正門を出たフレイジアは、ほど近い街灯下にある馬のマークが付いた金属製の看板が揺れるオブジェの様な物の前に向かって歩いていた。その時、見知らぬ少年がフレイジア達に声をかけてきた。
「あ、あの~お城のメイドの方ですよね?」
「そうですが?どうされましたか?」
警戒したアイギスが、自然な感じで咄嗟にフレイジアとメルを庇うように前に出て、あくまで平静を装ったように対応した。声を掛けてきたのは、15歳くらいと思われる服装から察するに少し貧しいスラム街の少年のようであった。
「あ・・・えと・・・こ、これを、この手紙を・・・今、そのお使いで!サ、サヨナラ!!」
少年は、アイギスの顔を見ると顔を真っ赤して慌てたように手に持っていた物を押しつけるように渡し、逃げるように走って行ってしまった。アイギスが受け取った物は、手紙と45リーヴェラ分の硬貨の入った袋であった。
「なんでしょうか・・・」
「きっと、アイギス様が余りにもお綺麗だったので緊張してしまったんですよ!」
「いえメルさん、そ、そうではなくて手紙と袋の・・・」
「くすっ。メルたら。それで、アイギス手紙の内容は?」
アイギスは、メルに苦笑いを返し少年から受け取った手紙に目をとおした。それは、後宮まで乗合馬車を使い向かうルートの指示書であった。そして45リーヴェラは、乗車賃だと書かれていた。乗合馬車を利用して向かおうとしたのは、フレイジア達も同じであった。だが、身代金の受け渡し時間に1時間近いゆとりを見ていたフレイジア達と違い、この手紙の指示では、市街を迂回しながら丁度、午後9時前後に後宮へたどり着くよう何ヶ所かで馬車の路線を乗り換えて向かうような指示となっていた。手紙のインクが完全に乾いていない事や少し誤字があり急いで書いたメモような感じであること、何より丁度、人数分の乗車賃から城からメイドが出た事を確認してそれに、合わせて予め想定した幾つかのルートから最適なものを書き記して今し方、乗車賃と共に少年に渡したと考えられた。そんな、即興と思われるが良く考えられた手紙の指示を考察し感心していたフレイジアとアイギスに、メルの乗合馬車が来ましたと告げる溌剌とした声が響いた。