女王陛下と誘拐事件:第三話:~3人のメイドに迫る危機~
「お待たせしましたわ。さぁ、ジェーン、モカ!ディーカンの買い出し参りましょう!」
「お待たせ~じやないし!どれだけ買い物行く支度に時間かけてんのミュール!外出申請だって時間制限があるんだからね!!」
「モカの言う通りです。というか、なぜメイド服からわざわざ着替えているのです!しかも、また貴族でもないのに高そうな服を着て・・・」
「そんなに怒らないでジェーン。私は、元貴族の家系ですから、どこへ出ても恥じない服装をしないといませんでしょ?」
「はぁ・・・もう、まあいいわ、急いでディーカンを買いに行きますよ。」
「ミュールって、お給料同じだよね?・・・前から思ってたけど、よくそんな服買えるね?」
「自慢じゃないですが、節約は得意中の得意ですわ!」
「ミュール・・・貴女の節約は、只のドケチと言うのです。風呂は、お城のが使えるからと借家がボロい風呂無し四畳半って・・・男お〇どんですか貴女は!!いえ、彼の下宿館ですら共同浴場が・・・」
「ジェーン、酷いわ!秘密って約束しましたわよね!」
「なんそれ!?見たい!!今度、遊び行っていい?」
「モカが来ると床が心配ですわ。なにかあったら大切な・・・敷金が・・・」
「どういう意味だこら!ジェーン~今の聞いた?ミュールが酷いこと言う~」
「はいはい・・・モカ、かわいそうね。時間が勿体ないから行きますよ。」
仲睦まじい3人のメイドは、そんな会話をしながらヴァレンシア城と街を隔てる正門を通り過ぎようとしていた。門番の兵達は、黙って門を開くよう手で合図を送ると3人のメイドに深く頭を垂れた。兵士達には、高貴な貴族の令嬢が2人のメイドを連れて歩いているようにしか見えなかったのだ。開いた門を3人が通り過ぎた後も、手の空いている兵は、敬礼をしながらビシッ!と姿勢を直立して見送っていた。
以前からミュールの服と容姿、そして立ち振舞の為に何度も勘違され、敬礼で見送られることに段々と慣れてしまっていた3人は、気にする事もなく堂々と城門を後にしたのだった。
「やっと、出てきたみたいだな・・・聞いたのとは、少し違うがブロンドの髪・・・間違いないだろ。」
「でも、バルトスの兄貴、なんかもっと兵士とか連れてるもんじゃないすか普通?メイドが二人って・・・」
「お忍びだからかなんかだろ?ピルゲよぉ・・・確か今の女王は、魔法学院というのを出て少し冒険者ギルドにいたって噂があるんだょ・・・少し腕に自信があるんと思ってんじゃねぇのか?心配ねぇ、俺ぁ、処刑の後の女王の就任演説を遠目にだけと見たんだ。よく似てるぜ。ひひっ・・・」
「マッディー兄貴まで・・・そうすか、そういわれたら何か・・・あの背の高い眼鏡のメイド、眼つき鋭いですし魔術士ぽい雰囲気が・・・ポッチャリした方も腕っぷしが強そうに見えてきたような・・・」
「なぁに、万が一女王じゃなくても、ありゃぁ確実に貴族のお嬢さんだ・・・多少でも金は踏んだくれるだろ?ピルゲ、子分共を集めろ!人気の無いところで一気に拉致るぞ!」
「わかったっす!任せてくれバルトスの兄貴!」
そんな3人は、物影からこちらを見ている怪し男達がいるなどと知る由もなったのだった。
ヴァレンシア城、ヴァレンシア王国の象徴にして千年の歴史を誇る王都ヴァレエイドの中央よりやや北にある小高い丘に聳える白亜の巨城である。千年以上の昔ヴァレンシア城は、戦乱の時代を象徴するかの様な堅牢な砦であった。建国以来、長い年月をかけ増改築を繰り返された現在の姿は、ゴシックとルネッサンス風な様式が上手く調和した幾本かの蒼い屋根の尖塔をもつ荘厳な城となっている。そして白い外壁を太陽の位置で様々な色に染める城の姿は、美しさ優美さでも他の追随を許さない。
城の周り、丘の斜面部には、貴族達の屋敷が敷き詰めたかのように立ち並んでいる。城の正門を出て真っ直ぐ麓の中央広場まで緩やかに下っていく大通りの途中には、丘を一周する頑丈な石造りの防壁とそれを通過する為の古い大きな門が2箇所に設けられていた。この、門は有事の際に閉じられるものであり、普段は、近く兵士の詰め所から数名の兵士が交代で門の側に立ち、見張っているだけで開いたままであった。
そんな、整備された石畳の広い大通りを3人のメイドは、20分ほど掛けて歩き中央広場を抜けて活気のある商店が立ち並ぶ通りにたどり着いた。丁度この日は、午前中この一帯で朝市が開催されており露天で多くの青果、食材が売られていた。
「早速ですが、急いでディーカンを買いに行きましょう。それと、あまりメルリアナを待たせるわけにはいきません。今回は、お菓子とか化粧品とかの買いものは無しです。ただでさえ、誰かのせいで時間を無駄に・・・」
「わ、わかっているわジェーン。化粧品は冗談・・・口実のようなものですわ!貴女だけ、メルリアナに感謝されるなんて・・・」
「ねぇ~ジェーン、ミュール~クレープ買ってもいい?朝イチから売ってて、凄く美味しいお店があるんだけど?」
「却下です。」
「気になりますけど・・・次回、奢って頂けますか?」
「えぇ~!持ち帰り出来るし・・・メルリアナのも買ったら喜ぶと思うのに~」
「モカ・・・貴女、それ名案です!」
「天才ですわ!さぁ、急ぎましょう!善は急げですわ!モカ、私の分も買ってくださいね!」
「ミュール、自分の分は自分で買ってよね!さっきから、奢ってもらう気満々じゃん・・・」
3人のメイド達は、突撃するかのような勢いでディーカンを購入し、モカの案内で早朝から営業してるクレープ店を目指した。
「モカ、そのクレープ店というのは、近いの?」
「ジェーン大丈夫だよ!近道があるし!ほら、こっち!この通りを抜けたらすぐだから!」
「ちょっと、こんな狭い所を通るの!服が汚れそうよ!」
そんな、3人を少し遠くで見張っていたのは、先ほどの怪しいげな男達の一人・・・ピルゲと呼ばれたヒョロッとした背格好な出っ歯の男と数人の子分達であった。
「・・・なんなんす?あいつら・・・迷子って訳でもないすのに?なんで、あんな細い裏路地に・・・まぁ、好都合っすけど・・・おい、だれか兄貴たち呼んできてくれっす!」
それから、数分も経たない内に3人は、細い露地の前後を塞がれるように大勢の男に囲まれしまっていた。
「飛んで火に入るなんとかってやつだな・・・手間ぁ省いてくれてありがとうよ!」
そういって、3人の前に歩みでたのは、髭面の大男バルトスであった。まるで、海賊のような風貌の男に3人は恐怖し、辺りを見回した。後の方が人数が手薄だったため3人は、目で合図を交わすと一気に走り出したのだが直ぐに取り押さえられてしまった。モカは、何とか男の手を振り払うと、数人に抑えつけれているミュールを助けようと暴れたが・・・あっという間に殴り倒され失神していまった。
「モカッ!!な、なんてことを離して下さい!お願いです!!」
そんな、モカを見て必死に抵抗したジェーンであったが・・・目つきが鋭く尖った鼻と顎が特徴的な猫背の小男マッディーに胸ぐらを掴かまれ、頬へ銀色に鈍く光る冷たい何かを押し当てられた。
「暴れるんじゃねぇ・・・バルトスよぉ・・・1人くらい切り刻んで突っ返えしてやりゃぁよ、慌てて金出すんじゃねぇか?」
そう、しゃがれた声で言う男にジェーンは、頬に当たる冷たい感触の正体が鋭利なナイフであると気付いた。
「ひっ!?・・・いやッ・・・やめ・・・あ・・・あぁ・・・」
小さく悲鳴を上げたジェーンは、こみ上げてくる恐ろしさに目から涙を溢れさせ震えていた。
「な、なんだぁ、この水が垂れる音ぁよ・・・あぁ?このアマぁやりやがった!?けっ、汚ぇ!!」
あまりの恐怖にジェーンから溢れてしまったものは、涙だけではなかった。それは、彼女の足もとでピチャピチャと小さな水音を立てていた。それに、気が付いたマッディは、避けるよにジェーンから手を離し飛び下がった。
「どうしたんすか?マッディーの兄貴・・・この水って・・・あっ!この女、まさかオシッコ漏らしちゃったすか!?情けねぇ~ひへへへっ!バルトスの兄貴も見てくれっす!!」
「がはははっ!まじかピルゲ!どれ、どれ?・・・はっ、本当にガキみてぇに小便をビシャビシャ垂れ流して泣いてやがる!はははっ!!・・・てこたぁ、どうやらメイド2人は護衛じやねえみてぇだな?」
そんな、ピルゲとバルトスに続くように子分達からも笑いがおこった。恐怖のあまり失禁してしまったジェーンは、そんな笑い声が遠のいていくようにゆっくりと意識を失いその場で崩れるように倒れてしまった。
そんな、モカとジェーンの様子を男数人に抑えつけられ怯えた瞳で見ていたミュールであったが、目の前にバルトスと呼ばれた男が近づいて顔を覗き込んできた。
「・・・ふん、確かに気品というか高貴というか雰囲気は十分、いや十二分なんだがなぁ・・・おいっ!マッディー!本当に女王なんだろうなぁ~この女?」
「あぁ・・・間違いねぇ・・・只の貴族の女って面じゃねぇだろ?それによ、こんな状況でもよぉ気丈に振る舞ってらぁ・・・怯えてやがるが情けねぇ悲鳴の一つ上げやしねぇ・・・さすがは、女王ってか!」
「なるほど・・・確かにな・・・おい、ピルゲ!メイドの方も郊外の幽霊屋敷へつれて行くぞ。」
「わかりやしたっす!この、ポッチャりは、お前達が担いでけ!眼鏡の黒髪は、お前が・・・どうした?えっ?オシッコで濡れてて汚い?なら、お前は?やだって即答っすか・・・もう~お前ら、ジャンケンで決めろよ!負けたのが・・・ん?お前、たしか新入りの?どうした~手を上げて?何っ!?ぜひ、自分に担つがせてくれ!!偉い!!この奇特な新入りの青年を見習うっすよ、お前ら!!」
黒髪で眼鏡のメイド、ジェーンを率先して担き上げた新入りの青年は、何だかとても嬉そうで鼻息を荒くしていた。ピルゲは、普段から皆の嫌がる仕事を嬉々としてこなす新入りの子分の様子に関心していた。この仕事が終わったら、そんな新入りに酒場で美味い酒とメシでも奢ってやりたいくらいであった。だが、そんなことを思ったピルゲは少し顔を曇らせていた。そうして大勢の男達は、3人のメイドを連れて去って行き路地裏は、何事もなかったかのような静寂を取り戻していた。
一方、その頃ヴァレンシア城では、メルが洗濯場で先輩メイド達の帰りを待ちながら教えてもった方法でシーツやパジャマの染み抜きを黙々と続けていた。
「やっぱり・・・これ以上は、重曹だけだと落とせないみたい。」
かれこれ、1時間以上いや2時間近く重曹で染み抜きを続けたメルであったが・・・染みはかなり薄くなったもの黄色みのある極薄い紅色から先へは落ちる気配がなかった。
「先輩達が戻るまで水に浸けておいて、先にフレイジア様の部屋の掃除をしてよっ!」
メルは、掃除道具一式を持ってフレイジアの私室へ向った。メイド控え室の扉には、小さな黒板が吊されいた。それには、『ただ今、女王陛下の私室を掃除中です~メルリアナ~』と可愛らしい文字がチョークで書かれていた。
広い女王の私室を掃除し始めたメルは、段々と気分が乗ってきたのか鼻歌を口ずさみ楽しそうな雰囲気であった。リビング、ベッドルーム、浴室と広大な室内の隅々まで手際よく掃除をしているメルの作業が終わる頃には、時刻は正午近くとなっていた。この頃には、流石のメルも一向に戻ってこない先輩達が気になり始めていた。
掃除を終えたメルは、掃除道具一式とゴミ袋を抱えて私室から出て専属メイドの控え室に入ろうとしていた。そんなメルに声を掛けたのは、私室へ戻って来たフレイジアであった。
「メル!今、私の部屋から?もしかして、掃除を?いつも、本当にありがとう!」
「あ、お帰りなさいませフレイジア様。そ、掃除はメイドの仕事ですから頭を上げて下さい。」
「そんなこと・・・ねえ、メルは、昼食まだですか?よかったら一緒に食べませんか?と誘いに来たのだけど・・・」
「えっ!はい、喜んで!あの、これ片付けるので少し待ぅてもらっても良いですか?」
「はい!待ってます!あ、扉を・・・」
両手が塞がったメルが控え室の扉を開けるのに四苦八苦しているのに気が付いたフレイジアは扉を開けようとしたが、それより早く傍らにいた女騎士のアイギスがスマートな所作で扉を開けていた。
「あ、昨日の騎士の方!ありがとうございます。すぐ仕度しますね!」
そういって扉の先、控え室へ消えたメルであったが・・・ガタ、ガチャン、バタン!という慌ただしい音が扉の奥でしたかと思うと本当に早く身支度を済ませたのかと思うほどすぐに扉からメルが顔を出してきた。
「お、おまたせして申し訳ありません・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「メル、そんなに急がなくてもいいのに・・・息切れまでして・・・」
「はぁ、はぁ・・・だ、大丈夫です。さぁ、行きましょうフレイジア様・・・」
「そ、そうは見えないけど・・・じゃあ行きましょうか?アイギスもいいかしら?」
「はい。あの、メルリアナさんですか?この小さい黒板に書いて・・・私は、アイギス=リーベントと申します。」
「はい、メルリアナです。でも、メルで構いませんよ!アイギス様、昨晩は、ありがとうございました。」
「いえ、気になさらないで下さい。メルリアナ・・・メルさん。」
「積もる話しは、食事中にできますから。それでは、行きましょう!」
フレイジアの後に続いて歩き始めたアイギスとメルであった。突然、思い出したようにメルは、控え室の扉に吊された小さな黒板の前に駆け戻り元の文字を消して『食事中すぐ戻ります~メル~』と慌てた様子でチョークで書き、フレイジアの後を追いかけて行った。