表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦艦<ヤマト>を撃沈せよ  作者: 池田 和美
6/13

戦艦<ヤマト>を撃沈せよ・⑥

 昔にテレビで放映していたアニメ「戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー」で言うところの「さあ決戦だ!」(cv正宗一成)ってヤツですよ。様々な事を乗り越えてルーデル閣下には思う存分活躍して貰いましょう!

 さあ、どうなるドイツ空母航空団!



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島東方海域。ラッカジブ海上空七〇〇〇メートル:1948年4月19日0910(現地時間)



 そして東部戦線の英雄、ハンス=ウルデリッヒ・ルーデル大佐の幸運は、いつだって最大値であった。

「前方に敵機の集団!」

 護衛隊のドルニエ三三五C<プファイル>から入電があると同時に、高度を稼ぐために戦闘機たちは雲を切り裂くように上昇して行った。

「よろしく頼むぞ」

 後部機銃の初弾を薬室に送り込みながらガーデルマン少佐が祈るように言った。

「うまくやってくれるさ」

 ルーデルは明るく言い返した。東部戦線では護衛がつく方が珍しかったので、彼にとっては味方戦闘機が近くにいてくれるだけで心強かった。

「さて、敵機が現れたということは」

 ルーデルは視線を下方に向けた。運悪く攻撃隊は一枚の大きな雲の上に差し掛かっており、海上を観察する事は叶わなかった。

「まあ、ここいらにいるという事だろうな」

 一機のフォッケウルフ一六七<アイバトス>が翼を振りながら編隊を外れて前に出て来た。視線をやると後部座席の通信員が、メッセージを書き込んだ石板を盛んに見てくれと示していた。

 ふたり揃って石板へ視線を注ぐと、それはこう読めた。

「敵性電波受信。強度とても強し」

 どうやら<アイバトス>は逆探を積んでいるので、わざわざ知らせに来てくれたようだ。ガーデルマンも石板にチョークを走らせて返信を書いていた。

 このぐらいの通信は隊内通信で済むはずであったが、通信機の調子は悪くなっていた。故障を疑いたくなるが、どちらかというと日本艦隊が発する強い電波に晒されて、弱い電波が無効化されているようだ。その強い電波がレーダーの物か、それとも通信によるものかまでは、判断がつかなかった。(注199)

 この<アイバトス>は確実に司令機に報告するために、無電の使用を避けたのであろう。

 ガーデルマンが書いたメッセージを見せると、向こうの三人が笑顔になって、また翼を振った。

「なんて返信したんだ?」

「ん? ただ『ありがとう』だが?」

 まあ少人数で狭い機内に閉じ込められているようなものだから、他の機とのコミュニケーションをするだけで嬉しいのかもしれなかった。

 プロペラピッチを調整して、知らせてくれた<アイバトス>が後ろへ下がって行った。

「よし降下して海面を確認してみよう」

 上空にもある雲の間では、戦闘機同士の丁々発止が始まっているようだ。あちこちで発砲炎と思われる短い光が雲を照らしていた。

 まだ始まったばかりで双方に撃墜された機は無いようだが、いつまで護衛隊が持つかルーデルどころか誰にも分からない。こちらの護衛隊には最新鋭機も混じってはいるが、どれもレシプロ機である。日本側がジェット戦闘機を投入したら勝ち目は無いはずだ。(注200)

 ルーデルの言葉を受けて、ガーデルマンは壁にかかっている大きな拳銃のような物を手に取った。信号弾を発射する専用のピストルである。グリップなどは普通のリボルバー程度の大きさだが、本来あるべきレンコン状の弾倉は無く、太くて短い砲身が乗っていた。

 編隊機動に関する合図は、本国で演習していた頃から決めていた。

 中折れ式の信号拳銃へ確実に信号弾を装填すると、キャノピーにある信号弾発射口へとあてがう。ガーデルマンは周囲の味方に当たらない事を再確認してからトリガーを絞った。

 攻撃隊の各編隊長機が信号弾を確認した事を示すように翼を振った。

 それから余裕をもってルーデルは乗機であるユンカース一八九C<スツーカ>の操縦桿を前へと押した。

 機体が雲の中へと潜るように高度が下がっていく。視界は最初白一色となったが、すぐに灰色、黒と色を濃くした。

 長い時間降下しなければならないのかと思った途端に、ポンと雲の中から機体が飛び出て、視界が開けた。

「!」

 ルーデルが声にならない声を上げると、後席のガーデルマンが嬉しそうで悲鳴みたいな声を上げた。

「日本艦隊だ! 凄いぞ! まるでヴィルヘルムスハーフェンのようだ!」

 ガーデルマンの叫び声に、全くそうだと頷いてしまうルーデル。ヴィルヘルムスハーフェンとは、大ドイツ本国において最大の軍港である港の名前だ。もちろん本国に駐留している大海艦隊に所属するほとんどの艦艇が母港としている地で、平時であっても戦艦や巡洋艦などがひしめき合っている場所だ。

 もちろん大型艦である航空母艦も多くが同地を母港としており、ルーデルが率いる空母航空団も、その近くの飛行場を訓練基地としていた。

 そのため軍港への襲撃訓練として何度も上空を飛んだことがあり、ガーデルマンが言う通り、たくさんの軍艦が海面を埋め尽くしている様は、たしかにあの光景に近かった。

 だが、ここはインド洋中央部にあたる何もない海域である。そんな場所に、こんな光景を作り出せるなんて、ルーデルは初めて相手の大きさを知った気がした。

 だが、相手が大きければ大きいほど闘志を湧き立たせるのがルーデルという男だった。圧倒的な戦力差を見ても絶望するどころか、どうやって料理してやろうかと考える方が先であった。

「ルーデル! 見ろ!」

 ほとんど同時に気がついたが、ガーデルマンが前方を指差した。

 有象無象の小兵ばかり並んでいるように見えた日本艦隊であったが、その中心に山のような存在があった。

 あまりに大きさが違うので、遠近感がおかしくなってしまったのかと心配するぐらいである。

 上空から見てケーゲルン競技(ボウリングの原型となったスポーツ)のピンを二つに割って寝かせたような艦体をしており、その上に前から砲塔、砲塔、司令塔、斜めになった煙突、そして砲塔と順番に並んでいた。

 間違いなくヤマト級戦艦である。

 全ての小魚を睥睨するように、一隻だけが特別な存在かの様に、波を切って進んでいた。

(対空識別は?)

 ルーデルは部下と訓練後に行ったブリーフィングで、自分が指摘した識別方法を試そうとした。日本海軍の艦艇は二番砲塔に対空識別のために日の丸を描きこんであるはずである。そしてヤマト級で唯一<ヤマト>だけは、日の丸ではなく一六条旭日旗が描かれているはずである。

 まだ遠くだが、白い四角の中に描かれているのは赤い丸だけではない。はっきりと旭日旗であることが視認できた。

「<ヤマト>だ!」

「おお、そうか!」

 後席のガーデルマンが嬉しそうな声でこたえた。

「艦隊に打電。これより攻撃隊は<ヤマト>に対して攻撃を開始する!」

「了解!」

「暗号じゃなくていい」

 さっそく暗号表に手をつけようとしたガーデルマンにルーデルは言った。

「平文で打て。これから忙しくなるのだから」

「お、おう」

 臆病を知らない猛者として今のルーデルの言葉を聞くと、機動部隊がちゃんと受信してくれるか心配になるところだ。だが航空団司令の命令として聞くと、ちゃんとした理由があって納得できる物だった。

「信号弾!」

「りょうか…」

「右舷、敵機!」

「りょう…」

「打電したか?」

「りょ…」

「上から別のヤツが来る!」

「…」

 ルーデルが予告した通りガーデルマンの仕事量がとてつもなく増えた。編隊に攻撃開始の信号弾を撃ち上げなければならなかったし、まだ対空砲の射程外なので(つまり日本側に味方撃ちの恐れがないため)護衛隊を振り切った戦闘機が襲い掛かってきていた。

 とりあえず優先順位を判断し、信号弾を撃ち上げた。打電するのが次で、後部機銃で反撃するのが最後となった。

 ドイツ機に比べて胴体が太い印象を与えるシルエットをしている戦闘機が向かってくる。

 機体の上面を煤色(ガルホワイト)、下面を明灰白色(ホワイトグレー)に塗り分けたアレは、五式艦上戦闘機J三K・A<ジンプウ>だろう。ドイツ側は<強化型(メヒティヒ)ゲオルグ>と符牒をつけていた。ひとつ前の四式艦上戦闘機N一K五・A<シデンカイ>(ドイツ側符牒<ゲオルグ>)と、あまりに似ているので、空中では見分けがつかない程なのだ。ちなみに<ゲオルグ>の符牒は<シデンカイ>の連合軍符牒である<ジョージ>を、そのままドイツ語にして適用したものだ。(注201)

 胴体の太さで、まるで虻のようにも見える。だが攻撃力は虻とは大違いだ。初期の生産型で機首に一三・二ミリ機銃を二挺、主翼に二〇ミリ機関砲を四門装備している。最近艦隊に配備された最新型は、翼の武装を三〇ミリ機関砲二門に強化してあるらしい。

 同時に開発された戦闘機A七M<レップウ>、ドイツ側符牒<ザムエル>はインド軍へ供与されているようだ。こちらは<ゲオルグ>より一回り大きい戦闘機だが速度性能はそんなにたいしたことは無い。ただ艦上戦闘機として開発されただけあって運動性能は高く、巴戦(ドッグファイト)を避けるようにと通達が出ていた。(注202)

 機動部隊の中核であるショウカク級に搭載されているのは最新型の艦上戦闘機であるはずだ。その証拠に迫りつつある<ゲオルグ>の翼に見える発砲炎は左右一つずつだ。

 もちろん複座である<スツーカ>も、三座である<アイバトス>も空中戦は得意ではない。ルーデルは東部戦線時代にユンカース八七<アルター・スツーカ>で空中戦を行って見事勝利したことがあったが、全ての操縦士が彼のような優れた腕を持っているわけではないのだ。

(二、三機は殺られるか?)

 部下の身を案じた直後、上空から十字翼という特徴的なスタイルをしたメッサーシュミット一五五<バジリカ>が逆落としに突っ込んで来て、プロペラ軸の三〇ミリモーターカノンと機首の二〇ミリ機関砲を乱射して追い払ってくれた。

 空中戦の途中の戦闘機が見ている余裕があるかどうか分からないが、ルーデルは<スツーカ>の主翼を振って感謝の挨拶をした。



 攻撃隊は大きく分けて三つに分裂した。一つは上空で敵の直掩隊と死闘を繰り広げる戦闘機の護衛隊である。お互いのエンジンとプロペラが唸り声を上げて、好射点を求めて巴戦へと突入していた。

 もちろん高速化した戦闘機にとって最良な戦闘方式は一撃離脱戦法であるが、こうも接近してしまうと昔ながらの巴戦へとなってしまう。それでもお互いが四機ていどの編隊を組んでの戦いであるから、第一次世界大戦よりは進歩した戦闘法なのだが。

 もう一つは<スツーカ>の急降下爆撃隊である。高度六五〇〇メートルほどの高高度に身を置き、編隊を組んで<ヤマト>上空へと進軍していた。ここから緩やかに高度六〇〇〇メートルへ降下しながら敵情を確認する。そこからは大変だ。

 なにせ相手に向かって垂直に飛び込んで行かなければならない。速度は速度計を振り切れんばかりになるし、どんどんと大きくなる海面(もしくは地面)に恐怖すら感じるほどだ。

 だがアスカニア社が生産している自動操縦装置が<スツーカ>には搭載してあった。これに必要な諸元を入力しておけば、あとは急降下から投弾、そして離脱まで自動でやってくれるという優れ物の機械だ。

 さらに危険高度に至った時に鳴りだす警報器もついていた。

 そうした自動操縦装置のお陰で、たとえ操縦士が水平飛行からの急降下、そして離脱のための引き起こしからの急上昇という、一連の飛行動作で体にかかるGで気絶しても、安全に退避できるのだ。

 この優れた装置が開発できなかった他国では、こんなに急角度の爆撃は行えなかった。(注203)

 護衛隊が掻き分けるようにして作った日本艦隊上空の空域へ爆撃隊が侵入しつつある頃、もう一つの編隊は大きな円を描くようにして高度を下げていた。<アイバトス>の雷撃隊だ。

 航空魚雷は海面近くで発射しないとならない。その高度は一〇〇メートル以下。しかも高度だけではなく速度にも制限があり、時速一五〇キロ以下でないとならないのだ。

 さもないと魚雷が海面に突入した瞬間、その衝撃で魚雷本体が折れてしまうのだ。本体が無事だとしても後部にあるスクリューは一枚の板であるから曲がりやすく、そうなったら魚雷は進むことができなくなってしまう。

 さらに機体をどれだけ安定させて投下しても、空中で魚雷はネジの様に回転し、上下左右が狂ってしまう。決められた高度から投下すればちゃんとした姿勢で着水するが、上下左右が狂った状態で着水したら狙った方向へは進んでくれなくなるのだ。(注204)

 航空魚雷にはこういった色々な制約があるが、相手に命中さえすれば大きな被害を与えることができる。なにせ海面下の艦体に穴を開けることができるのだ。水圧により艦自身の重さでドンドン海水が入ってくるので、大戦艦でも対応を間違えればたった一本の魚雷でも沈む可能性があった。

 投下条件を満たすために<アイバトス>は降下を続ける。日本艦隊の対空砲火が届かない空域を選ぶが、敵の直掩機は待ってくれずに襲ってくるはずだ。

 そこは先ほどの様に、味方の護衛隊の奮戦に期待するしか無いだろう。

 そして攻撃隊全体を率いるルーデル自身を含む航空団司令直率小隊もこちらのグループに所属していた。

 なにせ他の<スツーカ>とは違い主翼の下には重い対戦車砲をぶら下げているのだ。爆撃隊と同じように急降下したら、装備の重さに空中分解しかねない。雷撃機と同じように高度を下げて、横から砲弾を撃ち込むことになる。

 まあ諸条件が厳しい魚雷に比べれば、まだ容易い攻撃法である。

 味方同士で空中衝突しないように大きな円を描きつつ、雷撃隊は四つに分かれていく。<ヤマト>の前後左右から雷撃し、逃げ場を無くす作戦だ。

 ルーデルはこの内、左舷後方から雷撃を図る小隊と一緒にいた。

「それにしても、大艦隊だな」

 ゆっくりと高度を下げるために円軌道を描いているために、ルーデルは日本艦隊の様子を気の済むままに観察できた。

 大雑把に言って、敵艦隊は北北西の方角に進撃していた。雲間に見える範囲で判断すると、大きく分けて三つの輪形陣で成り立つようだ。

 一番北方、つまり先陣を切っているのはどうやら空母機動部隊のようである。水平線近くに、他の艦船とは違って特徴的な四角い艦体が見えていた。その数は二つ。しかも同じ物に見えた。

(とすると基地攻撃隊の報告は間違いで、日本艦隊のショウカク級は二隻とも無事ということか)

 別に驚きは無かった。味方が挙げた戦果が実情と違うなど、情報が錯綜する戦場ではよくあることだ。それに日本の機動部隊は正規空母二隻に補助空母一隻という編制なのも知っていた。

 基地攻撃隊はショクカク級を沈めたと誤認したがしぶとく生き残ったのかもしれないし、もしくは補助空母の方を沈めたのかもしれなかった。

 そちらの方角から多数の機影がこちらに向かってくるように見えた。普通は海空戦において狙われるのはまず空母である。その常識に則って、空母上空を守っていた日本側の直掩隊が、<ヤマト>が狙われていると気がついて、慌ててこちらへ向かっているのだろう。爆撃隊に向かって来るのか、それとも雷撃隊に向かって来るのか見極めたいところだ。

 しかしルーデルが操っている<スツーカ>は円を描いて降下しているので、日本機動部隊は視界から外れ、今度は南方からこちらへ進軍して来る輪形陣が目に入ってきた。

 そちらには空母も戦艦も加わっていないようだ。だが巡洋艦以下の艦艇が厚い輪形陣を組んでいる。その中に守られているのは、どうやら輸送船のようだ。

 二〇隻ほどの輸送船の積み荷は、もちろんボンベイ、ゴアを攻略するための地上部隊であろう。本来ならばそちらを沈めれば援軍を遮断したということで勝ちになるのだが、ルーデルには総統命令があった。

 戦艦<ヤマト>を撃沈せよ。

 今でも掴まれた胸倉の感触が蘇って来る。それが狂人の戯言だったら無視できようが、相手は国の最高指導者であり、そして友人でもあった。

 北と南の輪形陣に挟まれて、中央で王が振る舞うように駆逐艦たちを従えている戦艦が視界へと入って来た。

 事前に<ウルリヒ・フォン・フッテン>で襲撃訓練をしていなければ、自分の遠近感が狂ったと錯覚しそうな大きさである。

 もうだいぶ高度を下げてしまったので、唯一の識別点である第二砲塔の旭日旗は見ることは出来なかったが、間違いなくあれが<ヤマト>であった。

「よし、行くぞ」

 上空を見上げて爆撃隊の様子を確認する。向こうが爆撃を開始した時に、雷撃隊が雷撃を開始できれば、同時攻撃となって命中率はより上がるはずだ。

 浮いている雲は急降下爆撃を邪魔する高度には浮いておらず、絶好の天候条件と言えた。

 しかし…。

「あ、バカ…」

 つい口から罵声が漏れてしまった。日本艦隊の上空を占位したと思った爆撃隊に、敵直掩隊の戦闘機が乱入したのだ。慌てた三分の二ほどの<スツーカ>が、主翼の下に吊った増槽を捨てるのが見えた。

 敵に掻き乱されて浮ついた状態で攻撃しても、成果は上げられないだろう。それだというのに、増槽を捨てた<スツーカ>は、戦闘機から逃げるように急降下を始めた。

 上空から投弾まで二五秒ほど。もちろん色々な制約がある魚雷を抱えている雷撃隊が、その短い時間で射点につけるわけがない。

 慌てた割には一応、爆撃隊の<スツーカ>は隊列を組んで突入を開始していた。

 緩く面舵気味に針路を取っていた<ヤマト>と、周囲で輪形陣を組んでいた駆逐艦たちが待っていましたと対空砲火を撃ち上げる。対空砲は宙に丸い煙を作り、対空機銃が曳光弾(アイスキャンディ)で逆さまの夕立のように見える弾幕を張った。

 だが<スツーカ>は、こういった対空砲火へ突っ込んでいくことが前提で設計された機体である。機体の要所には装甲が張られ、対空砲の直撃でない限り一発で撃墜されることは無いのだ。

 操縦士たちは大胆に弾雨の中へと飛び込んでいった。

 だが運の悪い一機に対空砲の砲弾が直撃し、空中で爆発した。

 しかし、ある程度の損害は覚悟の上だ。

 若手(ヒヨッコ)熟練(ベテラン)を真似て弾雨の中へ突っ込んでいく。彼らのほとんどが初陣で、命のやり取りという物はこういう物かと恐怖する。そしてベテランたちも背筋に寒い物を覚えていた。

 ベテランの多くが地中海での海空戦を経験した者だった。その時に攻撃したのは、主に英国艦隊であった。

 欧州戦争の間、地中海の真ん中に位置するマルタ島を巡って、枢軸軍と連合軍は激しい戦いを繰り広げた。

 その時に何度も発生した海空戦で、ユンカース八七<旧式(アルター)スツーカ>は精密な爆撃を何度も成功させ、戦いを勝利に導いた。沈めた輸送船は数知れず、対空兵装でハリネズミのようになっている駆逐艦や巡洋艦ですら沈めた経験を持っていた。

 その正統な後継機であるこのユンカース一八七Cは、先代に比べて劣る箇所など一つも無いはずである。

 しかし先頭で飛び込んだ<スツーカ>に、多数の対空機銃が命中していく。あまりの損害の大きさに風防は割れ、補助翼は吹き飛び、尾翼は削れ、機体へ弾痕が開いて行く。

(地中海の時よりも激しい弾幕じゃないか)

 先頭機の操縦桿を握っているベテランがそう感じた直後、機体が多数の被弾に耐えかねて空中分解した。

 だが<ヤマト>を狙って弾幕へ飛び込んだのは、その一機だけではない。まだまだ後から我が一番槍と言わんばかりに垂直降下を続けていた。

「なに!」

 だがベテランたちも、ヒヨッコたちも驚愕する事になる。おそらく標的としている<ヤマト>は三〇ノット(時速五五・五六キロ)という巨体に似合わない速度で進んでいるはずだ。

 これを秒速にすると約一五・四三メートルとなる。急降下に二五秒かかると概算すると、その間に艦の全長よりは長い三八六メートル進むことになる。

 それを見越して<スツーカ>隊は、艦首よりもちょっと前に向かって急降下を始めていた。

 高度が下がり、それと引き換えに速度が上がっていく中で、操縦席最前に装備されたジャイロ式急降下爆撃用照準器Stuviの中へ<ヤマト>の姿が入って来るはずであった。

 しかし照準器のレチクルが結ぶ十字の中に<ヤマト>は素直に入って来なかった。照準器の視界に入った時点で、すでに右を向いた状態で見えてきたのだ。

 あれよあれよと言う間に<ヤマト>の艦首は完全に右を向き、さらに一回見えて来たはずなのに、機体の下へ隠れるように照準器から外れてしまった。

(しまった!)

 気がついた時はもう遅かった。高度警報装置が警告音を上げ、自動操縦装置が機体下に抱えた爆弾を投下、そのまま機首上げの動作を始めていた。

 敵の戦闘機に掻きまわされたせいで、互いの態勢をよく確認せずに飛び込んだのが失敗の原因だった。慌てたせいで相手の艦尾から追いかけるような形で急降下を始めたので、<ヤマト>に回避する隙を与えてしまったのだ。

 直進よりは弱く右へ舵を取っていた<ヤマト>は、<スツーカ>がヒラリと翼を翻した途端に舵を面舵(みぎ)へ一杯に切った。最初から右への力を与えられていた<ヤマト>は、素直にクルリと右旋回に入った。その効果により八万トン近い艦体へブレーキがかかり<スツーカ>の照準を外すことに成功したのだ。

 ルーデルが心配していた通りの光景が現れた。高い司令塔すら隠すほどの水柱が<ヤマト>左舷へと次々に上がっていく。途中で気がついたベテランが照準を修正しようにも、編隊を組んで突入しているので、今更空中機動を変えると僚機との衝突の危険があり、それは叶わなかった。

 ドドドッと<ヤマト>から見て左舷前方から海底火山が噴火したような水柱が立った。見ている分には綺麗だが、中には海面で爆発した爆弾の弾片が含まれている。もし舷側ギリギリであった場合、その鋭利な刃物と化した弾片で乗組員を殺傷することもあるが、今回は大外れだ。

 しかも自動操縦装置で避退すると、やはり機械なので単調であった。下から追いすがるように撃ち上げる対空砲火を避ける間もなく食らって爆発する機体もあった。

(最初の攻撃は、してやられたな)(注205)

 低空飛行へ乗機を向けながらルーデルは思った。

(やはり太平洋で戦って勝った連中だ。強い!)

 しかしルーデルの敢闘精神は萎える事を知らない。数を減らしたとはいえ、まだ艦隊の上空には爆弾を抱えた<スツーカ>は残っているし、これから雷撃隊が攻撃を開始するのだ。

 さすがに敵の戦闘機に突っ込まれても冷静さを失わなかった連中が操る<スツーカ>である。おそらく全員がベテラン中のベテランだ。面舵を取って全弾回避した<ヤマト>の隙を伺うように、上空で旋回を続けていた。

「よし! 突入する!」

 通信機のスイッチを入れて雷撃隊を鼓舞しようとした。だがヘッドホンから聞こえてくるのは相変わらずの空電(ノイズ)で、彼の声が編隊へ届いたかどうかは分からなかった。

 だが、航空隊司令が乗っている機体の挙動を見ていれば、自分たちの指揮官が考えていることは分かるはずだ。

 ルーデルは自身が操る機体を含めて三機の「カノーネンフォーゲル」と、四つに分かれた雷撃隊の<アイバトス>一個小隊三機と一緒に、日本艦隊の輪形陣へ突入した。

 水平速度ならば<スツーカ>は時速五五〇キロを出せるが、後ろに続く<アイバトス>に合わせて半分ほどに出力を落とさなければならなかった。

 ここからさらに<アイバトス>は速度を落としていかなければならない。敵を前にして(はや)る心のままに全力で突入したくなるが、航空魚雷の投下条件を満たさないとならないからだ。

 ルーデルも、ここはグッと我慢して、スロットルを弱める方向に動かした。せめて敵から見て的の数が多くないと、防御射撃が集中して撃墜される危険が高まるからだ。

 面舵一杯に切った<ヤマト>は、ルーデルが高度を落としていた時は左舷を見せていたが、いまは右舷を見せていた。

 あの巨体であの運動性能である。侮れない相手であった。

「ル、ルーデル」

 後席のガーデルマンが、少し怯えたような声を上げた。

「高度が〇を差している」

 後席にも航法に必要なため計器はついていた。それによるとルーデルが操る<スツーカ>は、すでに海面に着水していることになっているようだ。チラリと自分でも高度計を確認したが、たしかに高度は〇であった。

 だが、これにはカラクリがある。飛行機の高度計という物は気圧で自らの高度を判断するようにできていた。つまり〇を設定した時の気圧と同じになれば、同じく高度〇と判断するのだ。

 そして今、ルーデルは機体を海面スレスレまで降下させていた。計器周りの整備を行ったのは空母<ペーター・シュトラッサー>の格納庫であるはずだから、その高さよりも低い高度である。

 なぜこんな高度を飛ぶかと言うと、ここが一番安全だからである。これが地上にある対空砲に守られた敵陣地ならばこうは行かないが、相手が艦船だと効果がある手段なのだ。

 なにせ艦船は海面からある程度高さのある乾舷を持ち、その上にある甲板に対空砲を装備している。そうでないと悪天候で打ち寄せる波で海水が浸水し、沈没してしまうからだ。

 これは戦艦でも巡洋艦でも、もっと小さい駆逐艦でも同じことだ。

 巨大戦艦である<ヤマト>の乾舷は一〇メートル。そしてルーデルの操る<スツーカ>の全高は三メートル強である。海面スレスレに高度を取れば、<ヤマト>の対空砲全ての俯角の下に潜り込めるという寸法だ。

 これならば足の遅い雷撃機に付き合っても安全というわけだ。

 もちろん弾丸は全て真っすぐ飛ぶ物では無いので、まったく砲火が届かないわけでは無いが、のんびり遊覧飛行を楽しむ高度を進撃するよりは、弾は飛んでこなかった。

 だが、それは攻撃される日本側も承知の事であった。ルーデルから見て右へ進み始めた<ヤマト>へ接近しようと<スツーカ>を飛ばしていると、両者の間に割り込んで来た存在があった。

 あれはカゲロウ級駆逐艦である。ドイツ海軍が「A級駆逐艦」と符牒をつけた日本海軍の量産型駆逐艦である。ルーデルは艦名までは分からなかったが、間違いなく<ヤマト>の護衛艦だ。(注206)

 駆逐艦の乾舷は戦艦に比べて遥かに低い。さらに高速で舵を切れば甲板を斜めにすることも容易で、そうなるとルーデルが進む超低空も対空砲の覆域となってしまう。

 駆逐艦は王を守護する近待のごとく、全艦に装備した機銃や対空砲を撃ち上げながら、ルーデルの進路へと割って入って来た。

 刀のように鋭い艦首、艦橋の前に一つだけある連装砲。そこから煙突と魚雷発射管が交互に配置され、おそらくレーダーのアンテナであろうトゲトゲがいっぱいついた後檣の後ろから背負い式に二つの連装砲があった。上段に装備された砲塔には、お約束の日章旗が描かれていた。

 対空機関銃は甲板の隙間という隙間に積んであるのか、発砲炎だけで列を作っているようだ。

「いい射点だが獲物はお前じゃない、邪魔だ」

 ルーデルは「カノーネンフォーゲル」としての装備である五〇ミリ対戦車砲と、機体に元から装備されている二〇ミリ機関砲のトリガーを絞った。

 ドンドンと反動の大きい対戦車砲を撃つと、機速が落ちて墜落の危険があるぐらいだ。それを見越して撃つ瞬間にルーデルは操縦桿を引いていた。

 先に弾速が速い二〇ミリ機関砲の弾丸が、駆逐艦の甲板に到達した。途端に艦中央部に見えていた発砲炎が静かになる。その後、重い五〇ミリ砲弾が真っすぐ飛び、進路前方を塞いでいた駆逐艦の煙突が丸ごと無くなった。

「ついでに、これでも喰らえ!」

 ルーデルは胴体下に吊り下げていた増槽の投下レバーを引いた。ほぼ空になっていた増槽がふらっと気まぐれを起こしたかのように機体から離れた。

 煙突を失った駆逐艦が、まるでしょげたように速度を落とした。その上を反動対策で機首を上げていたルーデルが操る「カノーネンフォーゲル」が飛び越した。

 プロペラが艦橋と後檣との間に張られた通信線を切断し、楽器の弦が切れたような音がした。

 そこへフラフラっと増槽がまるで爆弾の如く駆逐艦の甲板に落ちた。運動エネルギーのせいで薄いジェラルミン製の本体が風船のように破裂した。わずかに残っていた中身が広範囲にぶち撒き散らされた。

 なにかの火種があったのだろう、撒き散らされたガソリンに引火し、甲板上は火炎地獄と化した。

 ルーデルに立ちふさがった駆逐艦は、甲板上が火災となり阿鼻叫喚の地獄絵図となったためか、追撃をしてこなかった。

 五〇ミリ対戦車砲の反動対策で撥ねるように高度を取った機体を、慎重に低高度へと戻していく。低高度飛行自体は得意だ。東部戦線時代に副官のフィッケル少尉の<アルター・スツーカ>が被弾して戦場に不時着した時、ルーデルは低空飛行から滑走に移りフィッケル他一名を拾い上げ、止まることなくそのまま離陸するという離れ業で助け出したこともあった。

 高度を戻すと、もう前方には<ヤマト>しか見えなかった。その距離は約一五〇〇メートル。じゅうぶんに対戦車砲の射程内だ。相手が戦車だと、もう五〇〇メートルは距離を詰めないと装甲を破ることは難しいが、ルーデルの狙いは<ヤマト>の艦体ではなかった。

 だいたい空軍の予想している<ヤマト>の最大装甲厚は三八〇ミリであった。そんな化け物は、いくらルーデルでも相手にした事が無いのだ。東部戦線において一両でドイツ第六装甲師団の進撃を三日間も止めた「街道上の怪物」こと重戦車KV―Ⅱですら最大装甲厚は一一〇ミリであった。

 大ドイツ本国に配備された機甲師団には、正面装甲二四〇ミリという化け物みたいな戦車もいるらしいが、ルーデルは見たことが無かった。(注207)

 つまり陸上兵器とは比べ物にならないぐらいの防御力を持っているのだ。だがそれも艦体に限っての事。甲板上に装備された対空砲には装甲は張っていないはずである。

 もう邪魔者はいない。ルーデルは己からみて右へ艦首を向けている<ヤマト>に対して、トリガーを絞った。

 ドンドンと主翼の対戦車砲が火を噴き、ドドドと主翼に内蔵されている二〇ミリ機関砲が連射された。

 初弾は舷縁(ガンネル)で弾かれた。どうやらこちらの高度が低すぎたようだ。前後左右から対空砲弾や機関砲弾が飛び交っている中で、少し高度を取らなければならないようだ。

「ルーデル! 二番機が!」

 後席のガーデルマンが悲痛の叫びを上げた。獲物に集中していても周囲の警戒を怠らないルーデルも、その瞬間を見た。

 ルーデル機と同じく射撃を開始した二番機は、射撃を開始した途端に敵の防御射撃の網に捉えられ、機体から翼まで穴だらけとなってエンジンから火を噴いた。

 そのまま地上の滑走路へ滑り込むように海面へと突っ込み、水しぶきを上げた。

 操縦席の周りには装甲板が張ってあるので簡単には死なないと思うが、搭乗員がどうなったかは知ることはできなかった。

 それを見てもルーデルは高度を取る事に躊躇しなかった。このままでは攻撃自体が不成功になってしまう。雷撃機が安心して仕事ができるように露払いをしてやらなければならないのだ。

 チラリと上空を見ると、まだ爆弾を抱えていた<スツーカ>の一隊が、増槽を落としてヒラリと翼を翻したところだった。トリガーを絞りつつ周囲を確認すると、斜め後ろに<アイバトス>がついて来ているのが見えた。そろそろ魚雷の射点のはずだ。

「よし!」

 ここでルーデルは「カノーネンフォーゲル」のスロットルを一杯に入れ、突撃を敢行した。雷撃態勢にある<アイバトス>に向かうはずの敵砲火を引き付けなければと感じたからだ。

 両翼の対戦車砲が火を噴く。それよりも小さいが連射の利く二〇ミリ機関砲が吠える。機体のどこかに敵の銃弾か弾片があたりグシャリという音がする。色々な事が同時に起きて、もはや認識が追いつかない程だ。

 火の玉の様に飛んで行った砲弾が<ヤマト>の半球状をした対空砲座の覆いに穴を開ける。誘爆などが起きないが、当たった対空砲が黙りこくる。中で操作していた要員は、飛び込んで来て爆発した砲弾に身を削がれ吹き飛ばされ戦闘不能となったのだ。代わりの者が配置に就くまでは飾り物と同じになる。

 撃てば撃つほど対空砲火が弱まっていくのが分かった。そこに上空から逆落としに突っ込んで来た<スツーカ>の爆弾が炸裂した。ベテランたちは<ヤマト>が回避しにくいように、艦首側から突っ込んだようだ。

 いまや<ヤマト>の舷側は地獄絵図の再現であった。砲身だった物はあらぬ方向を向き、人だった物はただの赤い染みへと変わっていた。全弾命中というわけでは無いのか、舷側に上がった水柱がその汚れやガレキを洗い流して行った。

「まだまだ」

 舷側には三基ずつ二段、合計六基の対空砲が設置されていた。それらが黙っても前後艦橋の周辺にまだ対空砲が残っていた。

 どうやら副砲として載せてあった一五・五センチ三連装砲塔を陸揚げし、代わりに凸型の構造物を設け、前艦橋の前に三基、後艦橋の後ろに三基、合計六基の対空砲を増設したようだ。

 ルーデルは前艦橋の根元にある対空砲座へ狙いを移して行った。<ヤマト>も攻撃回避のためか再び面舵に切った様で、艦首がこちらへと回って来た。

 周囲にある機関砲座が連続した発砲炎を見せつけて来る。こちらの放った二発か三発が艦橋の前に据わる第二砲塔の装甲の表面で弾かれる。風防を曳光弾が掠め、ビーンという特徴的な音が機内に響いた。

 そのまま<ヤマト>の甲板を掃射しながら向こうへ飛び抜けた…、つもりだった。

「まずいぞルーデル!」

 自身も旋回式機関銃で<ヤマト>の甲板を掃射していたガーデルマンが警告の声を上げた。

 ルーデルは、自身が乗った「カノーネンフォーゲル」を操って<ヤマト>の前甲板に対して右舷から左舷へと真っすぐに横切ったつもりだった。しかし面舵により右旋回をした<ヤマト>は、ルーデル機と平行かつ反航するような態勢になっていた。

 右舷は対戦車砲と爆撃により壊滅状態だったが、左舷はきれいなままであった。

「!」

 ルーデルが何か反応する前に<ヤマト>の左舷に搭載された対空砲、対空機関砲の全てが火を噴いていた。

 ドガガガとドレが何の弾の被弾だか分からない程の連続した騒音に包まれた。

「くそっ」

 慌てて低空へと機体を滑りこませる。その足元、海面下を白い筋が通過して行った。

 航空魚雷だ。左舷側で雷撃を図った<アイバトス>は、どうやら任務を成し遂げたようだ。

 だが伸びて行った先に<ヤマト>はもういなかった。あの巨体の割に小回りが利くようで、面舵を続けて白い筋を悠々と避けてしまった。

「ああ、惜しかった」

 どうやらガーデルマンも魚雷の航跡を目で追っていたようだ。と、前席に座る相棒の様子がおかしいことに気が付いた。

「ルーデル?」

「だいぶやられた」

 焦った声でルーデルはガーデルマンの呼びかけに答えた。

「方向舵も昇降舵も補助翼もフワフワだ。応答が悪い」

 それでも見事に低空での水平飛行を成し遂げながらルーデルは言った。

「あと破片が俺の脚に」

「なんだって」

 友人が負傷したという報告に、ガーデルマンはもう効果が無さそうな機関銃による掃射を止め、前席に振り返った。

「出血はしているのか?」

「している」

 気のせいかルーデルの息が荒くなったような気がする。

「左足が刺すように痛い」

 さすがに彼にしては弱気な声が出た。後席には操縦装置がついていないので、ガーデルマンと操縦を交代というわけにはいかないのだ。

「頑張れルーデル。空母に帰らないと、俺たちは海水浴だぞ」

「ああ、分かっているとも…。<ブラウ>まで持つかな」

「大丈夫だよ」

 ガーデルマンが励ましているのか、それとも単にルーデルの言葉に考えなしに答えているのか分からない言い方をした。

「<ヤマト>は?」

 ここでやっと自分たちの戦果に気が回った。ガーデルマンは振り返った。

 すでに出せるだけの速度で避退中なので、あっという間に艦影は小さくなっていく。急降下爆撃で爆弾を直撃させたというのに、火災が起きている様子は無かった。

「あれだけやっつけたのに…。奴め、海獣(リービアタン)なのか?」

 ガーデルマンが絶句していると、負傷からくる痛苦を我慢したルーデルの声がした。

「まだまだ戦いはこれからということだ」



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島東方海域。ラッカジブ海上空六七〇〇メートル:1948年4月19日1025(現地時間)ルーデルに置いてきぼりを食らった攻撃隊



 勇ましく機動部隊を発進したルーデル大佐であったが、一度に全ての機体を率いたというわけではなかった。

 主に各空母の装備されているカタパルトの連続射出性能の限界で、空中集合に間に合わなかった部隊も居たのである。

 そういう者たちへ普通の機動部隊ならば、少数ながらも敵艦隊へ攻撃に向かわせたり、虚しく空母へ戻したりと無線で命令を下す。だがドイツ機動部隊の航空団最高責任者であるルーデルは、間に合った者たちを率いて飛んで行ってしまった後だ。

 そのせいで命令を受けられず無為に機動部隊上空を旋回するしか無かった。

 だが機動部隊旗艦である戦艦<ウルリヒ・フォン・フッテン>の海軍側司令部には、ルーデルの副官であるフィッケル少尉が臨時の航空参謀として加わっていた。

 総責任者であるハイデンハイム司令の許可を得てから、航空参謀の権限として、置いてきぼりにされた航空隊へ追加の攻撃命令を下した。

 フィッケルの独断と言ってもよい判断であった。最悪、越権行為として軍法会議で裁かれるかもしれない。

 だが、攻撃命令を受けた航空隊は嬉々として敵艦隊へと飛んだ。彼らだって敵と戦うために大ドイツからここまでやって来たのだ。

 しかしフィッケルが放った攻撃隊は増すばかりの雲のせいで、日本艦隊を発見できずにいた。

 途中、先行している空母<ドクトル・エッケナー>より発進したと思われる友軍機と出くわした。彼らも厚い雲に敵発見を阻まれ、半ば迷子のようになっていたようであった。

 二隊は合同し、索敵をしながら雲高ぎりぎりの高度を進軍していた。

 こういう時は海上捜索の機上レーダーを搭載したフォッケウルフ一六七<アイバトス>頼りであるが、電波状況はやはり良くないようだ。(注208)

 と、行く手の雲の表面にペンキの飛沫がかかったような汚れがあることに気が付いた。

 いや水蒸気や氷の粒である雲にそんな汚れがつくわけない。あれは航空機だ。しかも見る間に虻のような姿に見えてくる事から、空冷エンジン装備機、つまり日本機であることは確実だ。それどころか三角形の(やじり)のような姿も混じっていた。あれは日本海軍の六式艦上戦闘機J七W二・A<カタナ>で間違いないだろう。

「待ち伏せされたか?」

 攻撃隊の指揮を執るのはフェム・ヴァーグナー少佐である。第一海上爆撃航空団第二飛行隊の司令として空母<エーリッヒ・レーヴェンハルト>に乗組んでいる。本来なら<アイバトス>部隊の指揮官だ。

 敵機の数は全部合わせて一〇機ほど。こちらのタンク一五二T<テレーザ>や ドルニエ三三五C<プファイル>そしてメッサーシュミット一五五<バジリカ>を合わせたって同じ数にしかならない。

 攻撃隊の戦闘機の数が少ないのは、カタパルトの性能と、空母の搭載機の限界からである。全力で出撃した第一次攻撃隊と、機動部隊の直掩任務で戦闘機は出払っており、これしか残っていなかったのだ。

 日本側があれだけの数というのも不思議ではない。なにせ向こうも空母である。そして空母の格納庫は言うまでも無い事だが無限ではないからだ。

 時代や所属する軍によって違いがあるが、一隻の空母にはだいたい一〇〇機近くの艦上機が搭載されている。その全てを戦闘機にすることはできない。理論上は可能であるが、戦闘機だけに機種を絞ってしまうと、空母の「万能性」という特色を殺してしまうからだ。

(ただし軍事技術が発達し、航空機への搭載量が劇的に増えた将来は、部品の共通化などによる整備性の向上、運用の行いやすさなどが利点となり、艦上機は統合されると予想されていた。そこに積まれるのは戦闘爆撃機と分類される機体であったが、実質は空中戦から爆撃、偵察まで、何でもできる万能機となっているはずだ)

 空母には空中戦を担当する戦闘機の他に、敵艦船を攻撃する攻撃機や、索敵や偵察を行う偵察機なども必要だからだ。

 空母の総搭載量に対し、どれだけを戦闘機に振り分けるかは、それこそ戦況から伝統、さらに機動部隊司令の好みなど色々な要素で変化するだろうが、半分を超える数を戦闘機とすることは稀であろう。(注209)

 ドイツ海軍機動部隊も、前進して敵の攻撃を誘引する役割の<ドクトル・エッケナー>は特別に戦闘機を多めに載せたが、他の空母はだいたい一個飛行隊ほどで済ませていた。

 そうなると空母の直掩だけでも大事となる。なにせ二〇機前後しか戦闘機を載せてないのに、攻撃される可能性がある時間帯は、一定数を空中に上げておかなければならないからだ。

 単純に六時に日の出で、一八時に日の入りとして、十二時間の間も飛び続けられる戦闘機なんて存在しないのだ。

 それに操縦士の問題もある。いくら操縦桿を握るのが軍人だからと言っても、疲労はするし空腹も覚えるだろう。体調だって悪くなるかもしれないし、便所だって行きたくなるかもしれない。

 操縦士だって人間である以上、そういったごく当たり前の欲求は存在するし、それをあるていど考慮できないようでは、部隊の士気を維持することなどかなわないであろう。

 そういった諸々の理由で、一機の戦闘機が上空で直掩任務に就ける時間は一時間がいいところである。単純計算すると十二時間で十二機だけで済む、と考えてはいけない。なにせ空中戦における戦法の発達で、最小戦闘単位が一個小隊の四機という事が常識となっているのである。

 そうなると十二時間運用に必要なのが四倍の四十八機。最初に任務に就いた機体を休憩させた後に再び任務につけるなど、運用に工夫が必要となる。

 さらに言うなら航続距離が極端に短いジェット戦闘機の場合は、もっと難しくなる。肝心な時に燃料不足とさせないためには、ひっきりなしにカタパルトで撃ち出す必要が出てくる事になる。

 だが直掩機の出番と言えば、敵機が来襲した瞬間である。理想を言えば離れた位置で敵攻撃隊を察知して、それからカタパルトで撃ち出せば、空に飛んでいられる時間が短いジェット戦闘機でも運用が楽になるはずだ。

 こうして直掩任務だけでも大騒ぎであるところに、さらに攻撃隊の護衛任務が加わるのだから、暇な戦闘機は一機も無いはずだ。

 ヴァーグナーが待ち伏せと感じたのは、そういった理由からだった。航続力の弱いジェット戦闘機が上がっているという事は、攻撃隊がここに来るまでに日本側に探知されたという事を意味した。方法はいくらでもある。敵の襲来するおおよその方角に強力なレーダーを装備した駆逐艦を前進配備して哨戒艦(レーダーピケット)にする事もあろうし、艦隊の分散を嫌うなら、索敵機を送り出して目視で探させてもいいはずだ。

 自ら<アイバトス>の操縦桿を握るヴァーグナーは、護衛隊の戦闘機に日本側の直掩機を任せるつもりで翼を振った。

 隊長機の合図に、戦闘隊がグーッと加速して増槽を落とす。空中戦を仕掛ける準備はできたようだ。

「ん?」

 だが、ふとした違和感を抱いたヴァーグナーは、もっとよく敵を観測した。

「こちらに向かってこない?」

 雲を背景にした機影が、ミズスマシのように動いている。その動きがなんだか妙だ。

 もうしばらく観察していると、敵の直掩機が自分たちとは違う方角へ突進していく様子がわかった。

「あれは…? 友軍?」

 ヴァーグナーの視界に、別の編隊が目に入った。同時に機動部隊を発った航空機は全て率いて来たつもりであったが、自分たちとは少し違う方向から日本艦隊存在すると思われる方角へ進軍する機体があった。

 じつは偶然にも、彼よりも一時間後に機動部隊を発進した攻撃隊が、ほぼ同時に日本機動部隊上空へと至っており、日本側の直掩機がそちらへ意識を取られた直後だったのだ。

 後から発進した攻撃隊は、航法が良かったのかそれとも単に運の問題か、寄り道をせずに真っすぐと日本艦隊上空へ辿り着いていた。

 もちろん、そんな都合があって飛んできた編隊だとは、ヴァーグナーは知る由も無かった。

 だが日本側から見ればどちらも敵である事には変わりはない。遠慮なく日本機動部隊の直掩機が、ヴァーグナーが率いていない方の編隊へ襲いかかっていった。

 見る間に一機の<スツーカ>が、長い火炎を引いて墜落していった。

「好機だ!」

 だが、それはヴァーグナーが率いて来た攻撃隊にとって絶好の機会であった。

 残酷なようだが友軍機が囮となっているいま、敵艦隊の真上はガラ空きとなっているのである。

「信号弾! 突撃する!」

 ヴァーグナーは後席の部下に突撃を意味する信号弾を撃ち上げさせた。



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島北西海域。ドイツ機動部隊本隊:1948年4月19日1115(現地時間)



「帰って来たぞ」

 空母の飛行甲板で整備員たちが歓声を上げた。出撃する身も敵と直接撃ち合うので辛いが、送り出した同胞を待ち続ける身も辛いのだ。

 整備員たちは着艦するために必要な制動索を張り、また万が一のために機体を強制的に止めるためのバリケードの作動を確認した。

 レーダーで確認し、敵味方確認装置に反応があったとしても、やはり肉眼で確認すると表情が緩んでくる。

 雲間にポツリポツリと見え始めていた黒い点が、見る間に翼の生えた航空機ということが分かって来た。

 上空を警戒している直掩機が出迎えるように、帰って来た第一次攻撃隊の方へと飛んだ。いちおう敵機が紛れ込んでいる可能性もあるからだ。

 飛行甲板で暖機運転していたフォッケ・アハゲリス二二三C<ゼー・シュランガー>が、事故に備えて飛び立とうとエンジンの出力を上げた。

 アイランドから飛行甲板へ張り出しているブリッジウイングから吊り下げられたスピーカがガガガとノイズを発して電源が入ったことを全員に知らせた。

「収容は緊急収容とする」

 時間がある時は一機ずつ飛行甲板に着艦させ、降りた機体を前部エレベーターから格納庫へドンドン仕舞っていく方法を取る。そうすれば万が一着艦に失敗しても被害はその一機だけで済むからだ。

 だが、こういった海戦時など、あまり時間をかけられない時に行うのが緊急収容という方法だ。次から次へと着艦させ、降りた機体を前部エレベーターよりも前へと駐機させていく方法だ。

 もちろん着艦に失敗したら巻き添えになる機体が出る可能性があった。いちおう突っ込んで来た機体を受け止めるバリケードと呼ばれる布製の柵のような物を油圧で展開して、着艦スペースと前甲板を隔てる事はする。もちろんバリケードに突っ込んだらその機体は壊れてしまうが、時間最優先の場合は致し方あるまい。

 各空母が風上に向けて全速力を出す。そうすれば合成風力で艦上機は着艦がやりやすくなる。アイランド後端には「お立ち台」と綽名がつけられた場所があり、大きな旗を持った着艦誘導員がそこから進入してくる艦上機が飛行甲板に対してどれだけ傾いているかを知らせることになっていた。(注210)

 着艦順はもちろん偉い順…、なんていう事は無く、機体の航続力が短い物が優先だ。それと敵と交戦して損害の大きい機体も優先される。まず攻撃隊を構成した三機種の内、一番航続時間が短いタンク一五二T<テレーザ>からである。戦闘機は敵機との空中戦を繰り広げたため、損傷している機体と、無傷の機体との差が大きかった。

 飛行甲板に風が巻いた。前甲板で暖機していた<ゼー・シュランガー>が事故に備えて発艦したのだ。

 誘導員が風に信号旗を広げて着艦して来る機を待つ。綺麗に縦一列に並んで戦闘機隊が脚と着艦フックを下ろしているのが確認できた。

 まだ飛行甲板上で何か作業していた整備員たちに注意を喚起するためにホイッスルが吹き鳴らされた。笛の音に急き立てられた整備員の一人が空を確認し、すでに着艦態勢であるのを見て、慌てて待機所と呼ばれている飛行甲板脇の張り出し(スポンソン)へと飛び込んでいった。

 一機目の<テレーザ>は見事に三番索へ着艦フックを引っかけて止まった。すぐに着艦索にかけられていた油圧が抜かれ、フックから外すと整備員総出で前部エレベーターの前へと押していった。

 長い主翼が特徴の<テレーザ>の次が大物のドルニエ三三五C<プファイル>である。脚の配置が首脚式なので他の機種とは違って水平に近い姿勢で下りて来た。<プファイル>は一機しか帰って来ていないようだ。

 次のユンカース一八七C<スツーカ>を受け入れる前に、数機の戦闘機を格納庫へと下ろす。さすがに前甲板に納まりきれなくなってきた。

「やられているぞ!」

 次に下りて来た<スツーカ>を見て誰かが叫んだ。

 編隊の目印となるために機体に描かれた大きな矢印のようなマークは、間違いなく空母航空団司令のルーデル大佐機であった。

 特に左側への被弾が酷く、補助翼が半分ちぎれ飛んでいた。主翼から下ろしたフラップにも穴が開き、聞こえてくるエンジン音が不意に咳き込んだように不規則な音に変化した。

「まずいぞ」

「おちる…」

 整備員たちは慌てて消火ホースへと走った。空母への着艦は「コントロールされた墜落である」と揶揄されるが、いまのルーデル機を見ればその言葉の前半が無い状態だということは確実だ。

 ルーデル機は飛び立った空母<ペーター・シュトラッサー>の後部飛行甲板へと叩きつけられるように墜落した。爆発が起こり主翼や尾翼は吹き飛んで飛行甲板の端から海へと落ちた。

 ちぎれたプロペラはアイランドよりも高く飛び、最終的にこれも海へと落下、それを回していたユンカース社製液冷エンジンであるユモ二一三がただの金属塊として飛行甲板を滑って進み、かろうじてバリケードに止められた。

(搭乗員は? 乗っていた二人は無事か?)

 飛行甲板で作業していた誰もが同じ思いであった。見まわすと多量の瓦礫と化した機体の中で、いまだ操縦姿勢を取り続けるかのように座っている影があった。

 爆発の煙で頭から足まで真っ黒であるが、間違いなく航空団司令のルーデルその人である。

 しかし相棒のガーデルマン少佐がドコにも見当たらない。整備員たちが顔を青ざめさせていると、前に滑って行ったエンジンの脇に転がる丸太のような影があった。

 必死に起き上がろうと動いている。あれがガーデルマンだとすると、ルーデルの後方に座っていた彼は一〇〇メートルも投げ出されたことになる。

 消火ホースが引き出され、飛行甲板の火事はすぐに消し止められた。瓦礫もすぐにどかさないと、次の飛行機が着艦できない。長駆敵艦隊まで往復した後で燃料切れの時間は迫っているのだ。

 空軍の整備員だけでなく、海軍の対空機関砲の射撃員も手を貸して、飛行甲板の清掃と、そして二人の救助活動が行われた。

 拾い集めてちゃんと整備すれば他の機体の整備時に部品を流用できるかもしれないが、いまは時間が惜しいので、ドンドン飛行甲板から海へと放り込んだ。

 担架が慌てて用意され、まずアイランドに近い場所に転がっていたガーデルマンが運ばれた。ルーデルは一度自分の足で飛行甲板を踏みしめるように立ち上がったが、怪我の心配をした部下たちに懇願されるようにして担架へと寝かされた。

 空軍の上級将校用食堂が片付けられ、いつもなら食卓になるテーブルの上に二人は寝かされた。

「大丈夫だ」

 煤だらけになりながらもルーデルは笑っていた。

「足の止血を」

 空軍の軍医であるはずのガーデルマンが怪我人ということで、海軍の軍医が急遽呼ばれて駆け付けて来た。

「なんかこう始めは差すような痛みだったのだが、段々と恍惚感と言うのか、そういう物に変わってきて、そんなに辛くないのだ」

「いやいや」

 慌てて軍医は否定した。

「それはあまりの重傷なので、防御本能で痛みを一時的に感じなくなっているだけですよ。止血しますから動かないでください」(注211)

 軍医はルーデルの飛行服を鋏で切り裂くと、患部を露出させて、いまだ血を流している傷口を消毒した。実際に傷口を縫うのを看護兵に任せると、隣のテーブルに寝かされたガーデルマンの診察へと取り掛かった。

「押すとここが痛い?」

「ええ。おそらく肋骨だと思います」

 さすが自らも軍医だけあってガーデルマンは自分の容態を正確に把握している様である。

「終わったかね?」

 痺れを切らしたようにルーデルは看護兵に確認すると、他にも火傷の痕などがあるにも関わらず、テーブルから身を起こした。

「大佐。あなたは重傷なのですよ」

 慌てた看護兵が声をかけても、彼には関係なかった。自分よりも重傷なガーデルマンを見ると遠慮なく言った。

「休んでいる暇は無いぞガーデルマン!」

「待ってください」

 そのまま相棒を引き摺って行こうとするルーデルを、さすがに軍医が止めた。

「中佐は肋骨を三本骨折しているのですよ」

 それがどうしたとばかりに視線をやったルーデルは、相棒に言った。

「出撃だ!」

「待ってください」

 今度は看護兵である。

「いま飛行甲板は攻撃隊の収容で大騒ぎになっています。ですから発艦はできません」

 看護兵の血走った眼を見て、それもそうだなと気がつくルーデル。

「よし、飛行甲板の片づけを手伝おう」

「素直に寝ていて下さいよ!」

 最後は悲鳴のような声になっていた。



 航続力の関係で<スツーカ>の次にフォッケウルフ一六七<アイバトス>という順番で、残りの攻撃隊は収容された。

 これで上空にて敵の空襲を警戒している直掩機を別にして、全て帰って来たことになる。

 出撃した第一次攻撃隊八〇機の内、未帰還機は戦爆雷合わせて二四機に及んだ。そして無事に辿り着いた機体もルーデル機のように損傷が激しく二度と飛べない機が多数であった。

 また<ドクトル・エッケナー>から増援として飛び立った攻撃隊も無傷の物は少なかった。全部で二七機が攻撃に参加したが、どれも修理をしないと飛び立てない程の損傷を受けていた。

 もちろん他の空母の機体も、帰ってきたらと言ってすぐ次に使えるものではない。日本艦隊の輪形陣へ突入したどんな機体でも、大小はあるが被弾をしており、修理が必要だった。

 同じように戦闘機だって遊覧飛行を楽しんでいたわけではない。敵の艦上戦闘機とやりあったのだから、こちらだって大小様々な傷だらけだ。

 まあ修理の方は整備員がそれこそ徹夜で行えば、明日には使用できる機体も増えるだろうが、いまは一時的にルーデルも手駒は減少していると言えた。

 もちろんルーデルが直率した艦上機が機動部隊全ての戦力ではない。

 ルーデルが飛び立ってから一時間置きに二回も機動部隊本隊から攻撃隊となる編隊を送り出していた。

 カタパルトの問題で連続射出ができなくて、ルーデル直率の攻撃隊に加われなかった機体である。

 彼らが<ヤマト>上空で手痛い歓迎を受けて帰って来て、どれだけ戦力が残っているのかで、ルーデルの取れる選択が変わると言えた。



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島カバラティ島:1948年4月19日1155(現地時間)



 雲が多い空を背景に、黒いゴマのような物が見えるようになってきた。

「空襲警報!」

 対空監視員として配置に就いていた水兵が、悲鳴のような声を上げた。

 すでに艦隊は空襲を受け、三隻もの戦没艦を出しているのだ。空を見上げている水兵には、目に入る航空機の全てが恐怖の対象となっていた。

 艦橋後ろの対空銃座へと人員が取りつく。青ざめた表情で銃座を旋回させるハンドルを回す射撃員もいれば、水密函の蓋を開いて中から箱型弾倉を取り出す弾薬員もいる。彼らの中には、ほぼ二時間前に行われた日本機による空襲の恐怖を思い出しているのか、震えている者さえいた。

 下士官が双眼鏡を手に照準員の後ろに立ち、目標を指示しようと空を見上げた。

 最初は黒い点のような機体が、接近するにしたがって細長い十字架のような姿へと形を変えて来る。

(こいつは…)

 相手の機種を判別する事は、それに対応する動作へと繋がる。敵機が戦闘機だった場合、なにより警戒しなければならないのは機銃掃射だ。

 装甲に守られた艦体は無事でも、彼のように甲板に生身を晒している将兵を殺傷するにじゅうぶんな攻撃である。

 これが急降下爆撃機ならば高度を取って侵入してくるから、銃身は上へ向けなければならないし、雷撃機ならば海面近くを狙わなければならなくなる。

 また水平爆撃の可能性だって残されていた。

 彼らが配置に就く艦は、いまは桟橋に横付けされているのだから、命中率の劣る水平爆撃でも大いに脅威となるのだ。

 しかし接近しつつある機体を双眼鏡で睨む下士官は、どの命令も発しなかった。

 だんだんと見えてくる機影が、日本軍機に多い空冷エンジン搭載機にありがちな虻のようなシルエットではなく、液冷エンジン搭載機に多い細長い姿をしている事が確認できたからだ。

(ひょっとして…)

 周囲の射撃員が射撃に関する命令を出さないことで苛立っているのが分かったが、下士官は自分の疑念を捨て去ることは出来なかった。だが優秀な部下たちは瞬く間に射撃準備を終えて、銃口を射撃予測位置へと向け始めていた。

「先ほどの航空機は敵に非ず! 味方の<テレーザ>戦闘機!」

 対空監視をしていた見張り員が大声を上げた。

「空襲警報解除!」

 航空機の接近と聞いてブリッジに上がっていた哨戒長が大声を上げて同士討ちをしないように警告した。

 大声を出せば全ての部署に届く。なにせ狭い艦だ。甲板だって散歩すらできないほどの狭さなのだ。

 味方機は速度をそれなりに出しているのだろう。その内に双眼鏡などを持っていない水兵たちにも見分けられるようになっていた。

 日本機に多い明灰白色に塗られている機体は一つも無く、ドイツ空軍に多い斑紋点迷彩を踏襲しつつも、海上にあわせて明度の明るい褐灰色で上面を塗装した空母航空団用の迷彩をしたタンク一五二T<テレーザ>が、彼らの頭上を飛び越えた。(注212)

 友愛の証か翼を振っている機体もいた。

「おー!」

 味方の登場に心強かったのか、艦に乗り込んでまだ日の浅い若い水兵が腕を振って歓迎の意を表していた。誰も彼を止めることはせず、逆に一緒になって帽子や脱いだ上着を振り出す始末だ。

 艦の風紀的には取り締まる対象であるが、隅々まで石部金吉のように取り締まっていては艦の士気はもたないことは分かっている。海軍の飯を長く食べて来た哨戒長もそのことは十分承知しており、特に責めるようなことはせずに暖かく見守っていた。

 ただでさえ彼らが乗り込む艦は単独行動が多く、味方の姿を見ることはとても士気をあげる役に立つ。黒い艦体に狭い甲板。そこに装備されているのは三七ミリ単装機関砲が前後に一門ずつ、それにブリッジ後方の二〇ミリ連装機関砲しか武器がないのだ。

 彼らが乗組んでいるのは<U・四九一>と名付けられた黒塗りの艦だ。ドイツ海軍の代名詞とも言えるUボート、そのⅩⅣ型と呼ばれる潜水艦だった。

 一見、普通の潜水艦に見えるが<乳牛(ミルク・ヒー)>と綽名がつけられた補給用の潜水艦である。普段は艦内のバラストタンクに重油をたっぷりと詰め込んで、大洋の真ん中で味方のUボートへ燃料補給をする任務に就くのだ。

 だが今回はいつもと毛色が違う任務を仰せつかっていた。

 通常作戦時、潜水艦の燃料である重油を詰め込むタンクには、航空機用のガソリンが詰め込まれていた。

 インド政府の了承のもと、日本軍がこのラッカジブ諸島カバラティ島に滑走路を造成したのは、ドイツ機甲師団が怒涛の勢いで北上を始めた時と同じく半年ほど前であった。

 その後は、どういったわけか本格的な守備隊を置くわけも無く、たまに飛行艇の中継基地として使用されている様子であった。

 おそらく、さらに南に下ったところにあるモルジブ諸島の基地の方が、大型機まで着陸できる基地が造成できたので、そちらを主に使う事にしたのだろう。こちらは事故や故障などで不時着しなければならなくなった時のための予備の滑走路として使われていたようだ。

 そこにドイツ海軍司令部は目を付けた。いま強襲すればインド洋の東側に航空基地が一つ手に入ることになる。

 小型機が離着陸できるたった一本だけの滑走路であるが、陸上基地には大きな価値がある。なにせ不時着しても乗組員は泳がなくても済むのだ。

 ドイツ陸軍のコマンド部隊を乗せた潜水艦四隻が島を強襲したのが四日前であった。

 南の島とはいえ最前線である。どんな抵抗が彼らを待ち受けているのか分からなかった。いちおう直前の航空偵察では、野砲や戦車などの重装備は確認されていなかった。

 手榴弾や四四年式突撃銃で武装したコマンド部隊が決死の覚悟で上陸を果たした島は、インド警察の駐在所が一軒しかない、のんびりとした南の楽園であった。

 もちろん抵抗らしい抵抗も無く、コマンド部隊は一発も発砲することなく島を占領した。駐在していた警官も銃口を向けただけであっさり降伏した。

 なにせ平均海抜が〇メートルという平べったい島である。要塞を抱え込んだ山脈が行く手を遮るなんてことは無いのだ。

 主に漁で生活しているらしい回教徒の島民たちは、逆らう事はせず、歴史が始まって以来続けて来た自給自足の生活を続けていた。

 今回、日本機動部隊と戦うに当たって、ドイツ海軍司令部は、この島を予備の基地として活用することとし、燃料弾薬などの補給品を潜水艦で運び込むことを決定した。

 その燃料を担当する事になったのが<U・四九一>というわけだ。

 いちおういつもとは別種の油を搭載するという事でタンクの洗浄はしたが、前線基地に本格的な支援設備など望むことなどできず、残念ながら底の方では残っていた重油と新たに積んだガソリンの二種(さらに海水)が混ざってしまっているはずだ。

 しかし四〇〇トンもガソリンを詰め込めば、上澄みだけでも使える量も相対的に多くなる。このインド洋に忘れられたように浮かぶ孤島に設けられた飛行場で、攻撃隊へ補給するにはじゅうぶんな量が確保できるはずだった。

「荷揚げ作業を再開!」

 哨戒長が甲板に向かって号令をかける。低緯度地方の刺すような陽射しに、上半身裸で作業していた乗組員たちが、面倒くさそうに対空銃座から離れて行くのが分かった。

 たしかにバラストタンクの中にはガソリンが詰め込まれている。そのせいで艦の至る所に揮発したガソリンが充満しており、この航海中はタバコが一切禁止になったのは、娯楽に乏しい潜水艦乗りとして百言ほど上官へ言う事があるだろう。

 そしてバラストタンクからガソリンを汲み上げるのには、僚艦へ重油を補給する時と勝手が違った。記述した通りタンクの上澄みを掬い取らなければ、重油と混じってしまっているため、航空機のエンジンが正常に作動しない可能性があるのだ。

 そのおかげでバラストタンクへと差し込んだ手動ポンプを乗組員が代わり番こにハンドルを回して汲み上げるという重労働になっているのだ。

 しかも相手が潜水艦ならば、燃料タンクへ直接注ぎ込まれるので余分な労働が発生しないが、ここは南洋の孤島である。

 北東から南西に向かって走る滑走路脇まで、港からパイプラインが通っているわけでは無いのだ。

 本来の計画ではポンプに繋いだ燃料ホースを滑走路脇まで伸ばす予定であったが、既述の通り人力ポンプでタンクから汲み上げているのでその方式は使う事ができなかった。

 机上で作戦を考える参謀どもには現場を知っていてもらいたいが、こうした行き違いはよくある事だった。

 あとは簡単である。機械の力に頼ることができぬなら、人の力で何とかするのだ。

 島にあったドラム缶を徴発し、それに人力ポンプでガソリンを移し替えていく。一本が一杯になったところで本来は補給用の魚雷の積み下ろしで使用するデリックで吊り上げ、粗末な桟橋へと上げる。そこからは島の貴重な機動力たる牛に曳かれる台車に乗せなければならない。

 そして見た目は実にのんびりとした牛飼いによる誘導で、滑走路わきへとガソリンが詰まったドラム缶が並べられることになった。

 もし航空機が着陸してきて燃料の補給が必要になったら、ふたたび人力ポンプの出番だ。

 だが、せっかく並べたドラム缶であるが、その半数をすでに失っていた。

 おそらく日本機動部隊を発ったと思われる日本軍機による空襲があったのだ。

 どうやって日本軍にこの島の占領がバレてしまったのかは、いまだに不明であった。住民の様子から漁に出た数隻の船が帰ってきていないことが察せられることから、インド洋を渡ってどこか電話か通信機のある島まで通報に行ったのかもしれなかった。

 ドイツ側に占領された島を日本軍機が空襲することは、当然であった。

 占領した翌日には三次にわたる執拗な空襲(のべ一〇〇機)を受け、滑走路は穴だらけにされ、せっかく<U・四九一>から降ろしたガソリンも燃えてしまったのだ。

 まあ全て手作業で運搬していたので、ろくな量でなかったのは唯一の救いであったが。

 同時に行われた港に対する空襲では、コマンド部隊を乗せて来た四隻の潜水艦の内、三隻が沈められてしまった。

 もちろん腹にガソリンを満載した<U・四九一>も標的とされたが、彼女の艦長がわざと泡をたてながら艦体を半没状態とし「やられたフリ」をしたことで助かったのだ。

 なにせ攻撃用の魚雷発射管すら無い補給用の潜水艦である。生き残るには知恵を絞らなければならないことを乗組員全員が常識としていた。

 爆撃によって穴だらけにされた滑走路は、コマンド部隊の兵士たちと、艦が沈没して仕事が無くなった水兵たち、それと島の男たちを強制徴用して作業に当たらせて平らにした。それでも全ての穴を埋める事は叶わなかったので、各機の搭乗員たちには悪いが、場所を選んで着陸してもらうしか無いようだ。

 そのせっかく整えた滑走路を、二時間ほど前に再び穴だらけにされていた。

 よってドイツ側は、燃料を準備するグループと、滑走路を平らにするグループの二つに分かれて作業していた。機械があてにならない両方とも重労働であることは間違いなかった。

 上空からでも滑走路の悲惨な状況が確認できたのだろう。まず一機の<テレーザ>が自らを実験体と言わんばかりに主脚を下ろして着陸態勢を取った。

 穴を避けてできるだけ長く直線が取れるようにしているが、土を均しただけの滑走路には凸凹がまだ残っていた。

 跳ねたり踊ったりしながらの着陸滑走が続き、やっと最初の<テレーザ>が滑走路に停止した。そのお手本を見て、さっそく残りの機体も下りて来た。

「カバラティ島へようこそ」

 最初におりた機体に駆け寄ったコマンドの一人が挨拶をした。

「燃料の補給を」

 天蓋を開けてすぐに操縦士が注文をつけた。

「それと整備士はいるか?」

 矢継ぎ早のリクエストに、駆け寄ったコマンド同士が顔を見合わせた。

 なにせ中継地としてしか考えていなかった島である。燃料の補給がせいぜいいいところだ。いちおう空軍の整備士も作戦に同行していたが、やれることなどたかが知れていた。

 まず整備に使うような機体を持ち上げるジャッキすら揃っていないのだ。予備の部品などはお慰み程度しか揃っていない。本格的に前線基地として運用するならば、貨物船が毎日一隻は寄港しないと部品の調達は間に合わないであろう。そして、こんな日本軍側に突出した基地には、中立国の民間船に偽装するなどの手を使ったとしても、ソレは無理な話しであった。

 さらに言えば弾薬の予備も心許ない。航空爆弾や航空魚雷を持ち込む予定は当初から無かったし、航空機関銃や航空機関砲の弾薬はコマンドたちを乗せて来た潜水艦に積んで来たのだ。そしてそれらは港内とはいえ海底に沈んでいた。

 ただ二〇ミリ機関砲であれば潜水艦の対空機関銃と同じ弾薬なので融通はできなくもなかった。

 嬉しさの余り機体の観察ができていなかったが、よく見ればこの<テレーザ>にはアチコチ穴が開いていた。

 これはそういった形の前衛的な芸術ではなく、敵機との撃ち合いで生じた被弾痕であることは間違いなかった。操縦士が整備士を求めたのも当たり前であった。

「機動部隊を発進したが、日本艦隊を発見する事はできなかった」

 飛行帽を忌々しく脱ぎながら操縦士は言った。首元に巻いたスカーフも息苦しいのか乱暴な様子で解きにかかった。

「教えられた座標に待っていたのは、敵機ばかりでな」

 体をシートから抜くようにして立ち上がると、操縦士は周囲を見回した。平らな島に穴だらけの滑走路が一本だけである。支援体制が整っていないことは明白であった。

 だが彼とて戦意旺盛なルーデルの部下であった。

「せめて燃料の補給が終われば、ここから飛び立って日本艦隊に一矢報いてやるのだが…」

 その時、滑走路の端からドオンという爆発音のような物が響いて来た。

 攻撃隊に所属していたドルニエ三三五C<プファイル>が着陸に失敗したのだ。

 駆逐機として大柄な機体の<プファイル>には、この島の滑走路は短すぎたのだ。オーバーランする前に搭乗員は、滑走路の端にあった爆撃でできた穴へ機体を突っ込ませ、強引に停止させようと図ったのだ。

「大変だ!」

 最初に降り立った<テレーザ>の操縦士は、コマンド兵たちと一緒になって機体から飛び降り、救助のために駈け出した。



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島北西海域。ドイツ機動部隊本隊:1948年4月19日1225(現地時間)ドイツ機動部隊第三次攻撃隊発艦



 前部エレベーターが昇降に伴う危険を知らせるためにチンチンと鐘の音をさせて上昇して来た。

 乗せられて来たのはユンカース一八七C<スツーカ>である。攻撃隊を複数回に分けて発進させた機動部隊には、もう残りの機体は数えるほどしかなかった。

 今から航空団司令であるルーデル大佐が出撃させようとしている攻撃隊も、格納庫に残っていた<スツーカ>を、上空で敵機を警戒していたタンク一五二T<テレーザ>で護衛して部隊を編成しようとしていた。

 雷撃隊が一機もいないのは心細いが、彼らには索敵という重要な任務もある。だが、こうして機動部隊の航空団を率いて分かったが、索敵任務専用の部隊が別にあった方がより便利であることは間違いなかった。

(本国に帰ったら、さっそく編制を弄らないとな)

 ルーデルは上昇して来る機体と雲が立ち込める空とを見比べながらそう思っていた。もちろん自分がこの戦いで戦死するなど微塵も思っていなかった。

 第一次攻撃隊の攻撃は成功と言えるだろう。あれだけ爆弾を叩きつけ、そして対戦車砲弾を撃ち込んだ<ヤマト>左舷は壊滅状態のはずだ。

 いまは戦果を拡大する事が重要であり、雷撃機には明日以降の活躍を期待するしかない。

 一度船室に戻って新しい服に着替えたルーデルは、整備員の肩を借りてアイランドにある作戦会議室へと移動した。

 すでに出撃予定の部下たちは揃っていた。どの目も熱を帯びた強い意志を持っていた。彼らはヤル気であった。

 その部下を前にルーデルは激を飛ばした。

「あと一押しだ」

 彼が帰ってくる前に旗艦<ウルリヒ・フォン・フッテン>の海軍司令部にて艦隊の航空参謀として詰めているルーデルの副官であるフィッケル少尉の裁量で、すでに二隊の攻撃隊が機動部隊を発っていた。

 航空団司令本人の許可を得ずに独断専行で指揮を執ったことになるが、ルーデルは事後承認どころか彼の判断を大いに褒める事さえした。

 今は消極的な姿勢よりも、積極的攻勢に出る時だ。その機を逃さなかったフィッケルの判断は少しも間違ってはいない。それどころか現場へ出かけて全体指揮が疎かになった自分の方が悪かった。全ての指揮権を掌握し続けていたければ、他の航空団司令のように指揮所でふんぞりかえっていればいいのだ。だがルーデルはそんな事をする男では無かった。

 出撃した二隊の戦果はまだ分からないが、一発の機関銃弾でもいいから<ヤマト>に当て、敵戦力を削いでくれているとルーデルは信じていた。(この内の一隊が既述したとおり日本艦隊上空にて直掩機の迎撃を受けてカバラティ島へと向かった)

「目標は変わらず<ヤマト>だ」

 運が良いことに、こちらの場所は日本側にまだ捕捉されていないようだ。日本機と思われる機体がこちらの上空に姿を現すこともなく、しかも天候は急激に悪化していた。天候が悪化すれば攻撃を受ける可能性が減るのだ。

 今なら一方的に殴り続けることができる。

 このまま運が良ければ、この海戦でこちらは空襲を受けずに済むかもしれない。そうなれば機動部隊を率いる指揮官として理想である究極(パーフェクト)戦い(ゲーム)を歴史に刻む事すら夢では無かった。

「全員の闘魂を叩きつけて来い」

勝利のために(ジークハイル)!」

 ルーデルの威勢の良い声にこたえて出撃予定の搭乗員たちが右手を挙げて敬礼をし、国民全体の口癖となっている言葉を叫んだ。

「よし! 諸君。仕事に取り掛かろう」

 そう纏めたルーデルは、整備員に肩を借りながら再び飛行甲板へと出た。そこには第一次攻撃隊とは違って寂しいほど少ない数の艦上機しか並べられていなかった。

 さすが闘将ルーデル。攻撃隊をこんな重傷の体で見送りかと思いきや、そのまま整備員に先頭の機体へと運んで行ってもらうではないか。

 先頭で暖機運転をしているのは<スツーカ>である。慌ててペンキで描いたのか、少し歪んだ黄色い矢羽根が胴体と主翼にあった。(注213)

 機体脇で待ち構えていたもう一人の整備員と、二人がかりで操縦席へと押し込んでもらう。そう、あんな重傷を負った直後だというのに、ルーデルは陣頭指揮を続ける気なのだ。

 尽きない敢闘精神。それがルーデルを東部戦線の英雄にした原動力であった。

「準備はいいか? ガーデルマン」

「ああ」

 海軍の軍医に痛み止めの注射を打ってもらったガーデルマンまで機上の人であった。常人には英雄の相棒は務まらないのだ。だが、流石に肋骨骨折は彼にとって負担が大きいらしく、額に脂汗が浮かんでいた。

 しかしルーデルに「休憩」の二文字は意味を持たないのだ。それならば地獄の底まで付き合うのが戦友という奴だろう。

「大佐!」

 飛行甲板から部下が両手を口に添えて怒鳴っていた。飛行服を着ているが、彼の乗る<スツーカ>はルーデルに取り上げられてしまった。整備員が慌てて黄色い矢羽根を描かなければ、この<スツーカ>は彼の乗機だったのだ。

「壊さないで下さいよ!」

 それに対して大声を出すことができない二人は、にこやかに手を振って答えた。

 いまだペンキが乾き切っていない機体をカタパルトの発進位置へと持って行く。カタパルト要員は手を振り回してエンジンの全開を命じていた。

 計器盤の信号灯が青色に変わったことにより、ルーデルは再び空中へと舞い上がった。後部座席からカタパルト射出の衝撃で小さな悲鳴が上がったような気がしたが、当然彼は無視した。

 再び空の上の人となったルーデルは<スツーカ>を緩い旋回上昇へと入れた。今度は<U五>が間に合わなかったので、他の<スツーカ>と同じ一トン爆弾と増槽を抱えていた。

 雲高が低くなってきたので、高度をそんなに取ることはできない。そうでないと集合の目印になることができないほどになっていた。旗艦<ウルリヒ・フォン・フッテン>の艦橋を飛び越す程度の高さである。

 ちょうど艦橋を覗き込める位置を通過することになる。舷窓には防暑服姿の将兵が並んでおり、一人だけ白い軍服を纏った人物が、優雅に手を振っているのが目に入った。

 ルーデルは機動部隊司令ハイデンハイム中将に敬意を表して、ゆっくりと翼を振った。



●インド洋アラビア海ラッカジブ諸島東方海域。ラッカジブ海上空六五〇〇メートル:1948年4月19日1420(現地時間)ルーデルが直率している攻撃隊



 ルーデル大佐が直率している攻撃隊が、日本艦隊の真上に到着したのは、予想した時刻ピッタリであった。(注214)

 機上レーダーを搭載しているフォッケウルフ一六七<アイバトス>が同行していないので、前に攻撃した地点から北北西に五時間進んだと推定した場所へと飛んだ。

 もちろん敵艦隊だって、簡単に予想される地点には移動していないだろう。必ず同じ速度で進まなければいけないルールがあるわけでなし、さらに右や左に舵を取ったっていいはずだ。

 天候は相変わらず悪化の一方だ。こんなに厚い雲だと、海上の目標を見つけることは難しいかもしれない。たまにある雲の切れ間から海面を確認するが、こんな外洋だというのに白い波頭があるように見えた。もう嵐と言ってもおかしくないかもしれない。

 だが逆に、この雲はルーデルたちにも恩恵を与えていた。

 濃い雲は電波を反射するのである。

 これだけ厚い雲を縫うように飛んでいる攻撃隊を、艦船上のレーダーは見分けることは難しいはずだ。

「後方、異常なし」

 相棒のガーデルマン少佐が溜息をつくように言った。そろそろ痛み止めが切れて苦しくなってきたところだろう。じつはルーデルも縫った足の傷が自己主張を始めていた。

「今日はこの攻撃で最後だろうか」

 ガーデルマンが祈願するような口調で言った。もちろん願う相手は主でも救世主でもなく同乗している戦神にである。

「ああ、残念だが、これで最後になるかもな」

 天候が回復し、機体の都合ができればもっと攻撃したいところであるが、その両方ともルーデルの期待を叶えてくれそうもなかった。

 とくに天候の方はなんとも致しがたい。機体の方は整備士の気合と、多少の不都合があっても操縦士たちの気合でなんとかできるかもしれないが、こう雲が多いと敵の発見すら不可能になってしまう。

「おや?」

 後席の呟きのような声でルーデルは我に返った。もしかしたら痛みのせいで意識がはっきりとしていない瞬間があったのかもしれない。

「戦闘機が…」

 見れば両脇を守っていたタンク一五二T<テレーザ>が、隊長機であるルーデルの頭の上に集まり始めていた。先頭の一番機がさかんに翼を振り始めていた。

「なんだ?」

 不思議そうに二人でその<テレーザ>を見上げていると、ちょっと高度を落としてコクピットを視界に入れた操縦士が、二本の指を立て、その後に前を指差していた。

「?」

 もう一度前方を確認すると、雲間に虻のような機影があるのが確認できた。

 やはり負傷による痛みや、それを抑え込むために打った痛み止めが集中力を奪っていたのかもしれない。正しく敵機の来襲だ。

 だが動きが変だ。素直に迎撃のために向かってくるという様子ではない。<テレーザ>の操縦士が指を二本立てた事を思い出し、ルーデルはもっとよく観察した。

「同士討ちをしているのか?」

 どうやら雲間に見える航空機は二つのグループに分かれているようだ。その二つで戦いが始まっていた。

 ルーデルが知らないことであったが、それはラッカジブ諸島カバラティ島に不時着した部隊であった。

 まったく運が悪いことに、ルーデル隊が到着する直前に彼らも日本艦隊に接近しており、先に直掩隊に発見されてしまったのだ。午前中に彼らが一回経験したことの繰り返しと言える事態であった。

 直掩隊から避退して穴の開いた滑走路に強行着陸、そのうえ碌に整備体制が整っていない島からの出撃という事で、カバラティ島からの攻撃隊は数を大いに減らしていた。

 足りない部品は、空中戦にて被害の大きかった同型機から部品から外す「共食い整備」を行って充当した。それでも滑走路が短くて<プファイル>の離陸はできなかったし、航空魚雷を抱えて着陸した<アイバトス>は鈍重さが祟って飛行可能な機体は〇であった。

 出撃できたのは<スツーカ>が一個中隊九機。<テレーザ>に至っては中途半端な三機だけだ。

 それがいわば囮の役として敵機を引き付けていた。

(チャンスだ!)

 ルーデルは<テレーザ>に向かって握った拳を見せつけるようにして振り上げた。無線が通じない時に便利なようにある程度のジェスチャーが決められているが、その中に無い仕草だ。(注215)

 だが戦闘機パイロットである相手にはじゅうぶん伝わったようだ。

 はっきりと笑顔を見せたパイロットは、握った拳を二回振った。任せておけという意味のはずだ。

 雷撃機である<アイバトス>を連れていないので、攻撃隊の行動は単純であった。

 敵艦隊を見つけたら高度を保って進軍、そして<ヤマト>に向けて急降下である。

 このまま護衛隊の勇姿を眺めていたいがそうもいかない。空中戦に巻き込まれる可能性だってあるし、なにより目標はただひとつ<ヤマト>なのだから。

 敵の直掩機を任せて、ルーデルは編隊を降下へと導いた。急降下爆撃をするにも、少しだけ高度が高かったし、なによりレーダーが無いので目視で敵を確認しなければならなかった。

 視界が白く塗りつぶされたと思ったら、すぐに雲を抜けて開けた。どうやら密度は濃いが厚みの薄い雲であったようだ。

「おおっ」

 海面が視界に入って、ルーデルは神に感謝の言葉を唱えたくなった。

 そこには午前中に訪れた日本艦隊の輪形陣を再び確認する事ができたのだ。

 前中後の三つある輪形陣の内、いまは輸送船を主体とした一番後ろの輪形陣のほぼ真上であった。二列になった輸送船団が護衛艦の輪に囲まれている。

 首を巡らせて確認すれば、左舷に山のような艦影を確認できた。

 もう間違える事はない。おそらく今夜の夢にも出るかもしれない。ヤマト級戦艦が堂々と波頭を押しのけて進軍する姿は、どこにも逃げも隠れもしないと胸を張っているチュートン騎士団の騎士のような佇まいであった。

 いま、その左舷からタバコのような細く青い煙が一条立ち上がっているのが確認できた。午前中の攻撃は右舷に集中し、左舷には命中弾が無かったはずだ。ルーデルがこの場所へ戻って来るまでに、友軍の誰かが追加で爆撃を成功させたことが察せられた。

「よし! 前に回り込んで、爆撃準備」

 腹に抱えて来た爆弾を叩きつける相手を見つけて、ルーデルは威勢よく言った。後ろで煩わしい作業に取り掛かるような雰囲気でガーデルマンが壁の信号拳銃を手に取った。

 風防にある信号弾発射口に銃口を押し当て、なるべく反動を受けないようにして引き金を引いた。

 航空団司令機からの信号弾を見逃すマヌケは、ルーデルの部下に一人もいなかった。

 ルーデルが操縦桿を握るユンカース一八七C<スツーカ>を右前方に見るようにして、順番に左への斜線を描くように雁行陣形を取る。まるで見えない線で繋がれているように統制された動きであった。

 ルーデルは目標であるヤマト級戦艦を観察した。やはり二番砲塔天蓋に旭日旗が描かれている。左舷はガラクタを積み上げたように破壊され、右舷も真ん中の対空砲が潰れたように壊れていた。

 輪形陣を描く護衛の巡洋艦や駆逐艦たちが対空砲を撃ち上げて来た。

 狙いはとても正確であった。初弾がルーデル機の左翼下で破裂し、その爆圧で一瞬だけ機体が縦になったほどだ。

 あまりにも至近で爆発したため、衝撃でルーデルは頭を風防の右側にゴチンとぶつけたほどだ。だが、すぐに姿勢を正して水平飛行に移ることができた。

 もしかしたら弾片などを受けて機体の腹の方に被害があるかもしれないが、今のところ操縦に異常は発生していなかった。一番の被害は、右の額に出来たタンコブであろう。

 だが戦場でとびきりの幸運を持っていられる者はそう多くなかった。

「三番機がっ」

 一瞬だけ大声を出そうとしてガーデルマンが尻つぼみの悲鳴のような声を上げた。チラリと列機を見ると、機首から盛大に煙を吐き出した三番機が、列線から外れて落ちていくところであった。

 ここまでやってきたのに対空砲火の直撃を食らったことに間違いない。だが編隊を組んでいる以上、自由に回避行動を取るわけにもいかない。密集しているために空中衝突の恐れがあるからだ。

(急降下爆撃の戦法も考え直さないとな)

 陸上で戦車を狩っていた時とは理屈からして違うようだ。東部戦線でこんなに濃密な対空砲火に出くわしたことはあまりなかった。

(濃い雲がある時は、単独攻撃に切り替えた方が、より成功率が高いか?)

 ルーデルは編隊を<ヤマト>と正対する位置へと持って行きながら、今後の空母航空団での戦い方を考える余裕があった。なにせ東部戦線に生き残ったという自信が彼にはあった。その自信が死地にあっても、戦い方を考えさせる余裕を与えてくれたのだ。

 編隊飛行であるから急な転舵はできない。ジリジリとじれったくなるような速度で編隊は<ヤマト>への好射点へと迫っていた。

 抜けた三番機の隙間を埋めるように、後続機が繰り上がりで距離を詰める。高空から見おろす<ヤマト>は、やはり軽く舵を切っているようだ。艦尾からひいている航跡が緩い放物線のような形を描いていた。

(直進していたなら、ココで突入するが…。やはり少し右に行き過ぎてからの方がいいか?)

 午前中の攻撃を面舵に避けられたことが頭をよぎった瞬間であった。

 編隊の上空に蓋をするように覆っていた雲を割って、いきなり航空機が現れた。お互いが正対している反航態勢で、気が付いた時にはほぼ正面衝突寸前であった。

「くっ」

 相手が白色であることしか認識できなかった。ルーデルは辛うじて操縦桿を(こじ)るようにして機体を傾け、衝突を避けることができた。だがそんな超人的な操縦法や強運をすべての操縦士が持っているわけがなかった。

 白色という事は日本軍機のはず、しかし相手の機種を判別する余裕などなかった。

 二番機もなんとか反応しようと右に機体を傾けたが、反応がひとつ遅かったようだ。

 正面から突っ込んで来た日本機と、二番機の右主翼同士がぶつかり、反動でお互いが水平錐揉み状態になった。

 急降下爆撃機として設計されている<スツーカ>は、機動中の安定性も考えられていたが、こんな衝突事故からの水平錐揉みは想定外だ。そのままイタリア人がピザ生地を伸ばす時のように、水平のままクルクルと回りながら二番機は高度を失い始めた。

 衝突した相手は視界から消えていたので、その運命は分からなかったが、おそらく同じような目に遭っているはずだ。

 ああなったらどんな操作をしても通常の飛行状態に戻ることはできない。地球に重力がある事を呪いながら脱出するしか生き残る術は無いのだ。

 だが今は<ヤマト>を守ろうと日本艦隊から激しい対空砲火が撃ち上げられている空である。果たして二番機の搭乗員は無事に海面へ不時着水できるのだろうか。それこそ神のみが知る事であった。

「く、くそ」

 そんな不運な二番機の行く末をルーデルは見守っていられなかった。急機動で避けたはいいが、操っている<スツーカ>が勝手に横滑りを始めたのだ。おそらく衝突を避けるために行った操作が原因だろうが、それが何故こんな機体挙動に繋がったのか分からなかった。

 四番機以降のルーデルに続行する<スツーカ>たちが戸惑っていることが察せられた。なにせルーデル機がまともに飛んでいないのは明らかだからだ。

 だが、そんな大変な事になっていても、ルーデルは<ヤマト>との彼我の位置を見失うような事はしなかった。

「いまだ」

 確信を持ってルーデルは、まず翼下にぶら下げて来た増槽を切り離す操作をした。これが部下たちへ急降下を始める合図となるはずだ。

 増槽を捨てると幾分か機体挙動が安定した。ルーデルは自信を持って<スツーカ>を急降下に入れることができた。その角度は九〇度。突っ込んでいく先には海面しか目に入らなかった。

 だが自分の照準に自信を持っていたルーデルに焦りはなかった。計器パネルの上に鎮座するジャイロ式急降下爆撃用照準器に、少しずつ人工物が自ら入ってくることが確認できた。

 急降下開始から投弾まで二五秒ほどである。しかしルーデルにはその二五秒が一〇倍にも二〇倍にも感じられた。

 じれったいほどゆっくりとルーデルの視界に<ヤマト>が入って来る。まず正半円をした艦首。青みがかった灰色に塗られた錨甲板が続き、そして白く見える木製甲板となった。

 前甲板に装備されている対空機関砲が色とりどりの曳光弾を撃ち上げてくるが、ルーデルにとってお祭りの花火と同じ意味しか持たなかった。

 次にどんな戦車よりも巨大な箱型の第一主砲塔が現れ、それに重なって天蓋に旭日旗を描いた第二主砲塔が見えて来た。

 竣工時には主砲塔をサイズダウンしたような副砲塔があった場所には、山形に並べられた三基の対空砲座が鎮座している。最大仰角である九〇度にした六門の対空砲が、砲煙と火炎を噴き出しているが、砲弾はすれ違って後ろで炸裂していた。

 対空砲に続き、どんな都市でも見られないような巨大な構造物、前檣楼が見えて来た。

 最初に視界に入ってから向きがどんどんと変わって、いまは右向きとなっているが<ヤマト>の直上であることに変わりはなかった。台形の床をした屋上部分、防空指揮所に立っている二〇名ほどの将兵たちがルーデルを見上げているのが分かった。

「ここだ!」

 ルーデルは爆弾投下レバーを引いた。ベテランである彼は急降下爆撃に際してアスカニア社製の自動引き起こし装置に頼らずにいたのだ。

「?!」

 高度警報装置が耳障りの悪い音を立てる中で、ルーデルは二回、三回とレバーを操作した。だが反応が無かった。

「くそ」

 爆弾が外れなければ急降下からの脱出は難しくなる。覚悟を持って操縦桿を引いたが、あれほど暴れ馬のようになっていた機体が、すんなりとルーデルに従い始めた。

 いま投弾すれば煙突の中に放り込むことができたというタイミングで、ルーデル機は機首を真下から水平へ、そして上へと向けた。

 だが物体には慣性の法則が働くので、上を向いても機体は落下を続けた。

 そのまま<ヤマト>の後檣へ突っ込むという高度になって、やっと急降下から急上昇へと機体機動を変えた。

「どういうことだ?」

 どうやらルーデルの機体からは爆弾が落ちなかったようである。とても悔しい思いをしたルーデルは、高G下で首を捻じ曲げ、続航する部下たちを視界に入れようとした。

 荒れた海面から大海獣の腕のように一本、二本と白い水柱が上がる。どうやらルーデルほどの腕前を部下は持っていなかったようだ。

 片手で数えられるほどの水柱が<ヤマト>の左舷に虚しく立ち上がっていた。

 残念だが攻撃は失敗したようである。戦果を確認する役のガーデルマンも力の抜けた声で「命中弾無し」と告げた。

 だがルーデルが率いた<スツーカ>隊の腕前が悪いせいだとは思えなかった。それに増して<ヤマト>の回避力が高かったのである。東部戦線でこんなに軽快に動き回って爆弾を避ける敵はいなかった。戦車や自走砲などは空襲を受けると森や林などに隠れることが多く、最大速度で走る目標など皆無であった。

 それでも対空砲火に囲まれても冷静さを失わずに済んだことなど、前の戦いの経験は無駄では無かった。

「よし帰投する」

 操縦桿を引いて機体を雲の中へ入れながらルーデルは言った。このまま雲の中を進んで避退すれば、敵の直掩機に追いかけられずに済むだろうという算段だ。

 戦闘機隊にも撤退を伝えたいが、電波状態が悪いのでどれだけの相手に伝えられるか分からない。が、通信機のスイッチを入れた。


 帰投する編隊は出撃時よりも機数を三分の一に減らしていた。熾烈な対空砲火を受けた<スツーカ>の生き残りは四機しかいなかったし、<テレーザ>に至ってはたったの二機だけであった。





 世の中、運の良い方っていらっしゃるんですよね。和美なんかはどちらかというと悪い方で、設備の仕事をしている時なんか「あいつが遅番の時は必ず事件が起きる」なんて言われていました。

 そ、そんな事なかったもんね。早番の時に予感がしてダラダラと事務所に残っていた夜にだって、停電とか色んな事件が起きたもん。(余計にタチが悪いタイプ)

 まあ、そう言う事で和美とは逆にルーデル閣下には幸運がつきまとっているという事で、和美のご都合主義を納得していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ