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前編

ハッピーエンドです!

「我が悪魔よ! 今こそ時なり、目を覚ましたまえ!」


そんな、やたらにうるさい声が耳に入ってきて、ボアはうるせえだまれ、と言いたくなったものの、自身に呼び掛ける手順はしっかり守られているため、仕方なく目を開けた。

これで手順に間違いがあったら、あっという間にこのうるさい奴の声を止め、城の隠された特別な部屋に縛り付けられている肉体を、解き放つ事が出来るというのに。

自分が縛り付けられてからそんなに時間がたっていない頃は、手順がうまくまとめられておらず、自由になる契機はそれなりに合ったわけだが……当時の自分は大変惚れっぽかったため、自分をこの部屋に縛り付けた国王を気に入っていた事も有って、手順が間違っていると指摘を繰り返したものだ。

食い殺されるのでは、と目を丸くしていた国王は、その気がない悪魔と徐々に心を通わせるようになり、悪魔である自分は生ぬるい事に、まるで豊穣の神々のように国王の願いを叶えてやったものだ。

対価もかなり軽く設定しており、叶える代わりに日差しの当たるバルコニーで茶飲み話をしろ、と言ったものだ。

その国王があの世に逝ってしまって久しい。

一緒に連れて行けなくてすまない、とあの国王は謝り、開放するとも言ったが……国王以外の王族たちの強固な反対の結果、悪魔は数百年の歳月が経過していようとも、この部屋に縛り付けられている。

さて。そんな思い出話はどうだっていいだろう。ボアは自分の前に立っている男に、口を開いて問いを発した。


「何の用事だ。おれは敵国を滅ぼすほどの強い力は持ち合わせていないぞ」


「そんな物騒な、対価がどれくらいになるのかもわからない事をわざわざ願う物か! 我が悪魔よ、契約にあるとおり、我が願いを叶えたまえ」


悪魔は溜息をつきそうになった。どうにもここしばらく、自分は無茶な願いをかなえる悪魔だという謎の認識をされていて、出来ないと言っても聞き入れられない事もあった。

今回も願いをかなえる魔神のような扱いか、と鼻を鳴らして、じゃらりと体を這い巡る鎖の音を響かせて、問いを発しようとした時。


「私は結婚相手が欲しいのだ! 悪魔よ、私の結婚相手を連れて来てくれ!」


「自分で見つけろあほんだら」


「そんな事を言うな。この国の女性たちは私と結婚したくないのだ。そして私も、心を欠片も通わせられない妻は欲しくない」


ボアは目の前の男をよくよく見やった。富の象徴のように丸々と太った体で、しかしながらその体の胴回りのぜい肉は、意外と少なそうである。

これはたっぷり詰まった筋肉が、腹を大きくしている系統の体格の良さである。

事実、その顔についている無駄な肉はかなり少なく見えた。

そこまで見場の悪い男ではないだろうに、こいつは花嫁一人見いだせない訳か。

そんな事を思って、ボアはだんだん面白くなり、顔を持ち上げた。


「お前の主張はよく分かった。それで。どんな花嫁を望んでいるんだ?」


「叶えてくれるのか!」


「叶えないと言えば、お前はうるさく騒ぐだろう。さっさと条件をいえ」


「おお、ありがたい。……では」


男は条件をいくつか述べた。まあ普通の条件だな、とボアが思う程度の、非常識ではない物だ。

一つ、王族もしくはそれに準じる、家系を追いかけられる血筋の女性である事。

一つ、子供を授かれる年齢である事。

一つ、それなりに愛せる見た目や心をしている事。

そして一番大事なのは、とその男は続ける。


「私と心を通わせられるひとである事だ」


私と心を通わせられる時点で、性根がそこまで悪くないという基準だ、とその男はいい、ボアは座っていた椅子から立ち上がる。重量のある鎖がじゃらりじゃらりと重たい音を立てて動く。


「翼持つ悪魔、牙持つ悪魔、ボアはその願いを聞き届けよう。お前の願う花嫁を連れて来てやる。楽しみに待っていろ」


対価はそうだな、一週間ほど、翼を広げて空を飛ぶために、この鎖を外す事だ、とボアが掲示すると、その男は嬉しそうに笑った。


「ありがたい! 流石、ひいひいおじい様の悪魔だ」


笑った顔の面差しの中に、あの頃気に入っていた物を見つけてしまい、ボアは少しばかり懐かしくなって、翼の鎖が外れたその瞬間に、外へ飛び出した。

数百年ぶりの飛行は、この上なく気分がよかった。




「手札によればここか」


ボアはすっかり擦り切れている札占いの手札を空中に並べて、男の欲しがる花嫁の基準を満たす女性を探した。

条件はそこまで難しくないものだというのに、あの国では見つからないのは、あの男が過去婚約者の不貞に怒り狂い、不貞の相手を血まみれの半殺しにした結果だという事もわかった。

なるほど、自分と心を通わせられる相手と言う所に、重きを置くわけだ。

まあそんな過去などどうでもいい。ボアは契約通り願いをかなえるだけである。

手札という物は嘘をつかない物であり、それの解釈が千差万別であるばかりだ。

だがボアはなかなか手札の読みがうまい悪魔なので、使い慣れた手札の示す先などたやすく見つけられる。

そんな手札が示した先は、隣国の城であって、城に身分を持って暮らす女性ならなるほど、条件の一つは満たしているだろう。


「手札よ手札、先を示せ」


城のどこだ、とボアは手札に声をかける。一つの手札がふわふわと動き出し、すうっと滑らかに向かい始めたのは、地下牢の在りそうな方向である。

城という物は年代別に系統があり、地下牢の位置も共通している事も多い。

これは親のとばっちりで閉じ込められている娘か何かか、とボアが思い、自分の体を透過させて、誰にも見つからないように進んでいくと、やはり行く先は地下牢だった。

手札はその中でも、相当の罪がなければ閉じ込められない方角に進んでいき、やがて止まった。


「ふむ。この娘か」


ボアは地下牢の鉄格子越しに、うずくまる娘を見て呟いた。虜囚なのか、飾るものなど何もない衣類に、はさみを入れられた事もほとんどないだろう、荒れ放題の髪の毛に、風呂などもってのほかだからか、垢にまみれた肌の娘だ。

手札は嘘をつかないのだから、この娘はあの男の条件を満たすのだろう。

まあ声をかけてみるか。

そんな事を思ったボアは、鉄格子を虫の姿になってすり抜けたあと、慣れた自分の体に戻り、娘の前に立った。


「起きられるか、娘」


ボアは音が嫌と言うほど響く地下牢で、娘に声をかけた。

うずくまっていた娘が、ぴくりと動く。よし、生きている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ゆるして……ゆるして……」


動いたと思ったら、小さな声で、かすれそうな響きで謝ってくるため、ボアは言った。


「おれはお前に暴力をふるいに来たのではない」


「……ゆる……え?」


ボアの声を聞き、うずくまる娘がゆっくりと、恐らく全力で顔を持ち上げる。


「ひどい顔だな」


ボアはそんな事を淡々と言った。なにしろその娘の顔の半分は、どう殴ったらそんな事になるのか、色の濃い痣をまとい、顔の形もわからなくなりそうなほど腫れ上がっているのだ。

唇も切れて、血が乾いてこびりついていた。


「……これは罰なのです……私が……聖なる祈りを捧げられない、穢れだったから……」


「そんなのは知らん。おれはお前に選択の余地のない未来を持ってきた」


「……私の処刑が決まったんですか……もう痛いのはいや……」


「処刑なわけがあるか。殺したら未来にならん」


ボアは鼻を鳴らし、娘の前に膝をついた。


「娘。喜べ。お前は一国の王が花嫁に選んだ娘だ」


娘はボアの言葉が信じられないという表情をとった。当たり前だろう。いきなりこんな事を言われて、納得する娘の方が少ない。

腫れあがった顔の中で、やけに澄んだ両目を丸くさせている娘に、ボアは言った。


「とある国の、若干悋気もちの国王が、花嫁を探せとおれに願った。おれの手札はお前を選んだ。だから今からお前を、その国の王の元へ連れて行く」


「……そんな事が……」


「お前に抵抗の余地も拒絶の隙もない。お前はおれに連れて行かれるだけだ」


「……あ、あの」


「なんだ」


ボアが言葉を返すと、娘は怯え切った顔から少し変わり、慎重に言った。


「私は幸せになれるのですか。もう痛い事はないのですか」


「少なくとも、お前が浮気をしたり不貞をしたりしなければな。あの男は悋気もちだがそれを悪戯に突かなければいい旦那になるだろう」


「し、しません、そんな事」


「そうか。ならいい。……さて、娘。今からお前を国に連れて行く。これは悪魔の決定だ。泣いて騒いでも変わらないお前の運命だ」


「……でも、私がいなくなったら、誰が豊穣の祈りの失敗の罰を受けるのですか」


「お前は何を心配しているのだ」


「ここに、入れられる前、私は共に学び共に祈った親友達と、豊穣の祈りを捧げようとして……失敗したのです。筆頭祈り手の私に、穢れの罪があるとされて、ここに入れられて……もう何年にもなるでしょう……兄上達の怒りは、まだとけていないから、私はここに入れられて……穢れを落すために、色々な事を……」


言いつつ、娘の眼から涙が流れる。自分がいなくなった後、友人に同じとばっちりが来る事を恐れている、善人でお人よしの涙だった。


「……ならば娘よ。おれと契約をしないか」


「契約……を?」


「そうだ。どうせお前はこの国では穢れているとされている。いまさらおれのような悪魔と契約しても変わらんだろう。おれに願え。願いを叶えてやる」


娘は目を見開いて、少し考えた後、腫れ上がった顔で、くぐもった声で、こう言った。


「友達に、とばっちりが来ないようにしてください」


「いいだろう。どういう方法でも構わないな」


「はい」


「そしてお前はおれの王の国に行き、王の花嫁となるのだ。……さあ、今から連れて行こう」


ボアはそう言い、羽を広げた。そしておそるおそる手を伸ばした娘を抱きかかえ、あまりにも軽い体に、これは食わせなければな、とおせっかいな事を思いつつ、どんな魔法使いも邪魔できない力で、転移術を使い、一気に王の元へ舞い戻ったのである。

そして、王が目を丸くしている間に、娘に対してやるべき事を並べ、王がそれに納得して動くのを確認し、またあの牢屋の中に戻ったのである。


「さて、友達にとばっちりが来ないように……と言っても、あの娘は友達に売られた身の上なのだがな」


ボアは小さな声で呟いた。

娘が気付かないのだから仕方がないが、あの娘は友人達に裏切られ、あの地下牢につながれている事は、悪魔の特殊能力ですでに分かり切っていたのだ。


「……派手に引っ掻き回してやるか」


ボアはそう言い、いたずら心もむくむくと湧いてきたため、とある姿になって、地下牢の中に座り込んだ。

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