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犬と太陽  作者: 真名瀬こゆ
断片、記憶、回想
1/14

心の在り処

▼side.Dog


 身に降りかかる火の粉は、火元から断て――というのは、父が幼い私に叩き込んだ信念だ。

 父の職業は弱き者の味方であったり、金の亡者のお守りであったりの弁護士。金と権力のにおいに敏感である父は、最強の名を欲しいままにする手腕と稀なる社交の才能で、誰の手も届かないような高く、独りの立ち位置を作り上げていた。

 そんな父には、どうにも敵が多い。

 そして、そんな敵は狙いやすいところから父を転落させようとした。

 十二年しか生きていない私の短い人生で、誘拐されること五回、刺されること二回、死にかけること一回、暴力を受けることは数えきれない。

 私は父の弱点になる。弱い私は囲って隠され、守られ――なんてことはなかった。本当にこれっぽっちも。

 父は逆に私へ力を与えて、私という個人の存在をトロイの木馬に仕立てた。年端もいかぬ少女として敵の懐に飛び込み、父の害となるそれを根絶やすという、人の子とは思えない策略を企てたのだ。


「はぁ、またこれ、いつもこれ。ほんっとーにみーんな揃って考えることは一緒」


 最悪だったのは、暴力は私と最高の相性を持っていたらしいこと。


「やべえよ、こいつ!」

「今更ァ?」


 人間を越えるのではと思える身体能力に、父から譲り受けた明晰な頭脳。身に染み込ませた護身術の数々と、買い与えられた合法ぎりぎりの防犯武器は、人を傷つけることを是としていた。


「可哀想に。こんな子供に負けるとか、恥ずかしくて死んじゃいたくなるね」


 ――私は立派な狂犬で猟犬で番犬である。


*****

▼side.Dog


 小六。冬。父親が再婚した。

 相手は財閥の娘だとか。娘、といっても四十過ぎのババアだし、社会を知らない箱入り娘感が私には受け入れられなかった。

 継母ついでに、私のひとつ上の義姉もできた。ほんと、継母を小さくしたような女で、これまた私には合わない。

 進学する学校は、絶対違うところを選ぼうと誓った。


 中一。初夏。道端で少年を助けた。

 礼にと引っ張ってこられたハンバーガーショップでポテトをむさぼる彼は私と同い年らしい。もっと幼いかと思っていた。


「いやあほんと助かった」

「ヨカッタネ」


 キラキラと愛想で塗り固められた金髪の少年は、それはもうにこにこと出来のいい笑顔を振り撒く。綺麗な造形。まつげが長すぎて視界に被っていそうだ。


「ええと、俺と飯食ってて楽しくない?」

「逆にどこに楽しさ見いだせんだよ」


 来たくもなかった店に連れてこられて、お腹も減っていないのにハンバーガーとは。

 無感情に少年を観察していたつもりだったが、傍目にはいらつきが隠せていなかったらしい。

 せっかくいい暇潰しを見つけたのに、これからというところで、彼に手を引かれて一緒に強制逃走させられたのだ。むしゃくしゃもする。逃げるなら一人で行けっての。


 シェイクにささったストローくわえながら、鼻で笑う。

 少年はきょとんとして、首を傾げた。きらきら、金色が揺れる。


「え?」

「え?」


 意外! みたいな顔の彼と、状況についていけない私とが見つめ合う。

 ――思い付いた事実に、鳥肌がたった。


「……は、まさか礼って飯おごることじゃなくて、あんたと一緒に飯食うことの方?」

「そうだよ?」


 しれっと、肯定。呆れた。


「そりゃ、あんたは標的になるわ」

「え!? なんで!?」

「……幸せな頭だな」


 私は身も心も擦れ切っていて、今更、年頃の少女のような振る舞いはできなくなっていた。それに比べ、目の前の少年は素直に感情を表現していて、羨ましさすら覚える。

 でも、こんなバカには死んでもなりたくない。


 ――これが私と和屋わやとの出会いの話。

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