2 そういえば死にましたわ
この国には頭爵家が二つあって、王太子の婿はこの二家から選ばれるのが慣例となっている……のだけど、かつては三家でその座を争っていたという話があるの。きちんとした歴史には出てこない、巷の噂話……よりストレートに言うなら、定番の詐欺のパターンというべきかしら。前世の記憶でも似たものがあるわね。自分は人知れず落ち延びていた高貴な家の末裔である、みたいなお話は庶民は大好きなのよね。身分制度がない世界でもそうだったみたい。溜息が出そうよ。
ただ、尾爵家の養女とはいえ貴族が口にするのはありえない話だと言いたいところ……なのだけど、ゲームの記憶がそれを否定するわ。あれは、次の学年から本当に始まる話なのだと私自身がすでに確信してしまってる。そして、そんな人がまだ未熟な子達に声を掛けて回ってたら、立場的に私は苦言を呈するしかないわ。
「悪役令嬢、ねぇ」
彼女の視点から見ればそうなのかしらね。つい眉間のしわを揉んでしまうわ。今まで私にはこんな癖はなかったわよ。気をつけないと中年のおっさんが出てしまうわ。
使用人を呼ぼうとベルをつまみ上げて、まだ外が暗かったことを思い出した私は、ふぅ、と小さく息を吐くとそっとそのベルを元に戻した。まだ朝までは時間がある。
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上司の怒鳴り声が聞こえる。聞こえるはずのない上司の怒鳴り声が聞こえる。仕事を終えて終電で帰ってカップめん食って、少しだけゲームをする。病んで辞めていった部下が勧めてくれたゲームだ。面白いのかと言うとちょっとよくわからない。そもそもおっさんがやるようなゲームじゃない。主人公の女の子が、若い男とくっついてハッピーエンドを目指す。ただ、このゲームの設定は少し変わっていて、人は男として生まれて、思春期に性転換を果たす。表現はぼかされてるが要は若い男と子作りして、でもその相手はそのうち女になって百合カップル。一体誰向けのゲームなのか。ニッチにも程があるだろう。
よく考えたら彼女も「オモシロイデスヨー」と言って貸してくれたが目は死んでた気がする。いや、それは単に職場で病んでたせいか。でも仕事は辞めて正解だぜ。どこ行ってもアレ寄りはマシだろうし、若いからやり直しも効く。見慣れたタイトル画面とオープニングをスキップしながらカップめんの汁を飲む。もう何周目かも覚えてないな、後で実績画面でも見るかな、と思っていると目の前が暗くなって血の気が引く感覚に襲われる。
あ、やばい、力が入らない、片手でカップ持つのは良くなかったな、こぼしてしまう……と思っているうちに意識を完全に失っていた。
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