9.大変な日
昼休み中、栗川先輩の話を延々と聞かされた。
何年何組のあいつは超能力者だとか、言っていた気がするがよく覚えていない。
ただ一人、栗川先輩の挙げた人物の中で気になる名前があった。
それは最近連絡先を交換した水無月さん。先輩曰く、彼女も超能力者なんだとか。
ご飯を食べ終わったら、早々に退散しようと思っていたのに、なまじ知る名前が出てきたため興味が沸いてしまった。
先輩によると、彼女の能力は超能力者からその能力を奪うものらしい。
ただし、例によって僕の彼氏持ちの幼馴染を誘惑するという、よく分からない超能力と同じく、発動する条件があるとのこと。
水無月さんに目を向けるも、彼女の後ろ姿からはそんな雰囲気は感じられない。ただ黙々と、黒板に書かれた文字を書き写している。
もし彼女が本当に超能力者であるならば、ノートを手書きなんてせず、超能力で書き写すことぐらいできそうなものではある………。
いや、今はそんなことを考えるのは止めよう。
いくら僕が超常現象研究会の会員になったとは言え、僕には関係ない話だ。
今は授業中、先生にいつ指されるかわからない。それに夜には、地獄の時間が待ち構えている。
母とその不倫相手の夕飯を作った後、僕は家を出ていかないといけない。
別に邪魔さえしなければ、母から家にいてもいいとは言われている。だけど、血の繋がった親が盛っている声なんて僕は聞きたくない。
2人が眠りにつくまで、僕はどこで時間を潰すか。僕が近々で一番考えないといけないのはそれだ。
外はそこそこ寒い。長時間過ごすには無理がある。
涼乃と樹が付き合い出す前までは、樹の家にお邪魔することもできた。
だけどさっきの件もあるし、それは中々難しいだろう。
ゲームセンターやカラオケなどのアミューズメント施設は、未成年の僕が深夜まで居座ることはできない。
「…………」
消去法で思い付いたのは、コンビニを渡り歩くということ。ここ最近は雑誌を立ち読みもできなくなってるし、長居はできない。
けれど、何か商品を探すフリをして、5、6分くらいの時間を過ごすくらいならできるはずだ。
「はぁ……」
何でこんなことしなくちゃいけないんだと、僕は先生にバレないように小さな声でため息を付くのだった。
――キーンコーンカーンコーン
本日の全授業の終わりを告げるベルが鳴った。さっそくバッグに教科書とノート、そしてお昼に食べられなかった弁当を入れる。
母が浮気相手を連れてくる前までに、買い出しを済ませ、夕飯を作らないといけない。
僕の母は妙に神経質で、出来合いの物は何が入っているか分からないと嫌がる。何かと手作りに拘るのだ。
なら自分で作ればいいのにと思うのだけれど、養ってやっているのだから僕が作るのが当然だと彼女は考えている。
実際、材料を買うお金は母の財布から出ており、作らないという選択なんてできない。
彼女の献立のリクエストは、精の付くもの。気持ち悪い。いい年なのに一体何なんだ……。
「はあ……」
何度目か分からないため息が出る。
一体僕は何をしているんだろう?
僕の将来はどうなるのだろう?
頭をもたげるのは不安ばかり。明るい未来が僕に待っているとは到底思えない。
…………。
嘆いても仕方ない。そう言い聞かせて、帰り道にあるスーパーへと入った。
店内はそれなりに混んでいた。夕方になると賞味期限が間近に迫った食品の割引が始まるせいか、商品棚の空きが目立った。
生鮮食品なんかは特にそうだ。いくら冷蔵してあっても、そんなに長く保つものでもないし、新鮮なものから無くなっていく。
僕が狙っているのは、半額シールの貼ってあるお肉。
母からお金を渡されたと言っても、高いものを買える訳じゃない。節約するに越したことはない。
2人分となると、だいたい200~300gあればいい。
本当はまとめ買いして、冷凍しておきたいところだけど、母はそれを許すことはないだろう。
「お母さん、お菓子買って~」
「もう、しょうがないわねえ」
――――。
籠を持って店内を散策していると、母親におやつをねだる子どもの姿が目に入る。
羨ましいな……。
親子2人、仲良く手を繋いでいる。無邪気な顔を母親に向ける子ども。
ごくありきたりで、どこでも見かける普通の光景。だけどそれは僕にとって雲の上の出来事のように感じる。
母親からの愛情――当たり前のようで当たり前ではないそれを、僕は注がれることなどなかった。
自意識が芽生え始めたころから、樹に勝て、涼乃に勝て、とそんなことばかり言われ、母に甘えることができなかった。
いつも気を張ることを求められ、心安らぐ時は一度足りともない。常に焼かれるような焦燥感に追われる毎日。
僕にもし子どもができたら、こんな目には遭ってほしくない。反面教師として母のことをを見るべきか……。
感傷に浸りながらも、会計を済ませ僕は家に帰るのだった。
★☆★☆★☆
やはり、母には未練があったのだろう。母が連れ込んだ男はどことなく、涼乃の父親に似ていた。顔を見たくはなかったが、どうしても見てしまう。
母が僕の傍らで、僕を監視して作業がやりづらい。口は出してはこないものの、一挙手一投足に眉を引くつかせたりしている。
料理をする1時間、中々にキツかった。過去に毒を盛ったことがある訳でもないのに、母から何1つ信用されていないことに心が痛む。
男はと言えば、ソファーに背を預けてくつろいでいた。
なかなかのふてぶてしさである。人の家だと言うのに、我が物顔でTVのリモコンを操作して時間を潰していた。
腹も膨れ、いよいよとなって母と男が目配せした。行為が始まる前に僕は退散しないといけない。
自分の部屋に戻って、弁当を掻き込む。味わっている時間もない。
そのせいか、食べ物のはずなのに砂を口に運んでいるような気がして、気分が悪くなった。
「寒い……」
防寒具を身に付け外に出る。刺すような冷たい風が僕の身体はおろか、精神さえも凍えさせるようだった。
コンビニを梯子して、母達が寝静まるまでの時間を稼ぐ。
とは言え、そう近場に何軒もコンビニがある訳でもないので、何度か同じ店に入ることになった。
ループすること3週、店員も僕の顔を見て怪訝な表情を浮かべていた。何も買わないのに、20、30分置きに同じ顔の奴が来るのだから仕方がない。
暖を取るためにコンビニに入っていたが、流石に何か買わないとダメか……。そう思い、温かいお茶を購入する。
結局僕は店員の視線に耐えきれず、ベンチのある公園で時間を過ごすことにした。
「疲れた……」
足が棒のように固い。明日も学校があるのに、これでは先が思いやられる。
悴かんだ手を暖めてくれるのはコンビニで買ったお茶。
手のひらは暖まるが、手の甲にはその熱は伝わってはこない。なんとも心細い。
僕の気持ちとは裏腹に、空には雲一つない。夜空には月と星が煌々と輝いていた。
昔はこの公園で、涼乃と樹と僕の3人でよく遊んだ。あの時乗ったブランコもまだ残っている。
昨日の今日、いろいろなことがありすぎた。頭の整理が追い付かない。
僕達3人は、ギクシャクしてしまっている。それもこれも涼乃と樹が付き合い始めたことがきっかけだったように思う。
2人が付き合うとなった当初、こんなことになるなんて考えもしなかった。順調に交際が進むかと思いきや、それほど上手くいっていない。
女の人は何を考えているのかわからない。寝取ってほしいと言う涼乃、それは全て超能力のせいだと言う栗川先輩。
これからどうするべきか、ベンチに腰掛け思案するも妙案は出てこない。
お茶を飲み干して、またコンビニに行こうとした時、僕は新たなハプニングに遭遇する。
「巧……?」
全く、今日は大変な日だ。こんな夜中に涼乃と出くわしてしまうなんて。