6.涼乃の彼氏
――ピロロ~ン♪
望んでいないのに、朝というものは来てしまうものだ。
このまま2度寝したいところではあるが、スマホのアラーム音がやかましい。
まずは、1度ベッドから起きてアラームを止めないといけない。僕はスマホを充電ケーブルから外し、タップしてアラームを止めた。
日課のランニングは今日は止めておこう。そんな気分じゃない。しばらくぼーっとしていたい。
「はぁ」
昨日の涼乃の様子は明らかにおかしかった。何だか焦っている様にも見えた。
僕もあの時は冷静じゃなかった。いきなり寝取ってほしいなんて言われて、パニック状態だった。
涼乃は樹と喧嘩をしたのかもしれない。だから、僕にある意味での救いを求めて、浮気を望んだのかも……。
とは言え無能な僕が涼乃にしてあげられることはない。
それに今日は僕にとって、週の中でも1番嫌な日だ。涼乃のことを気にする余裕なんてない。
今日は僕の家族が――他人になる日だ。
着替えて台所に行くと、案の定お母さんはいなかった。そしてお父さんも。
2人は夜になるまで帰ってこない。
それだけならまだいい。ほとんど毎日1人で家事をしているから平気だ。
何より嫌なのが――両親の不倫相手のご飯を僕が作らなければならないことだ。
僕の両親は、元々望んで結婚した訳ではなかった。
僕が母さんのお腹の中にいるのが発覚し、渋々ながら籍を入れた。両親ともに僕を堕ろすの嫌だったみたいだ。
ただ、そんな2人には夫婦生活というのは息苦しさを感じるものだったらしく、2人はあることを決める。
それは週に1回、夫婦というものを辞め、1人の人間として生きる日を設けることだった。
僕は両親から養われている以上、両親の決定には逆らえない。両親からしたら別に僕を育てなくてもいいのだ。
中学の卒業が近づいた時、自立することも考えた。でも、就職するにしても最低限、高校は卒業しておかないと後々きつい。
だから僕は、両親から不倫相手の料理を作れと命令されても我慢することにした。
恐らく今日は母が不倫相手を家に連れてくるだろう。何故なら父が昨日、相手の家に泊まると言っていたからだ。
僕は涼乃と樹に張り合うのは止めたといっても、勉強や身体を鍛えること自体は止めたわけじゃない。
毎週こんなおぞましいことに時間が取られるのは苦痛で仕方なかった。
★☆★☆★☆
昨日のこともあったので、教室で涼乃と顔を合わせても僕は無視することにした。
それなのに涼乃は彼氏そっちのけで、僕に何度も話しかけてくる。流石に見かねた樹が、涼乃のことを止めた。
だからなのか、とうとう僕は昼休みに樹に呼び出されてしまった。
ただでさえ、家に帰ってからのことで頭がいっぱいなのに、勘弁してほしい……。
僕たちは2人で、今の時間は誰も使っていない理科室に入った。
本来、誰も使わない場合、理科室の鍵は閉められている。だが、午前と午後の授業で使用する予定があれば、昼休みは鍵は開けっぱなしになる。
本当は、ご飯を食べてから樹と話をしたかったのだが、昼休みが終わる直前となると午後の授業で使用するクラスの生徒が理科室に来てしまう。
そのせいで、僕はお腹が空いていたのだけれど、理科室に蔓延する薬品の匂いがそれを紛らわしてくれた。
僕たちは椅子に座り、机を挟んで互いに向かい合う形で話をする。
「涼乃と何かあったのか?」
「何かあったのは樹だろ? 僕は何もしてないよ」
「本当か?」
僕は何もしていない。何かしてきたのは涼乃だ。しかし黙っているのも気持ち悪い。
僕は昨日あったことを正直に話すことにした。
「昨日、涼乃が僕と浮気したいって言ってきたんだ」
「何!? なんでそんなこと!?」
「樹がそういうことすると乱暴だから、優しくしてもらうために僕とそういうことしたいんだってさ」
「はぁ!? 意味わかんねぇ」
樹が口を開けて、ポカンとしている。僕だって分かんないよ、そんなこと。
「だからさ、樹はもう少し涼乃に優しくしてあげたら? 涼乃、痛いって言ってたよ」
「いや、そもそも俺は涼乃とまだそんなことしたことないし」
「え?」
涼乃と言ってることが食い違っている。じゃあ、昨日の涼乃は一体……。
――考えても仕方ないか。
「涼乃は他に何か言ってなかったか?」
「言ってなかったよ」
「そっか、悪いな。俺の彼女が迷惑かけて」
………………。
なんと言うか、樹は涼乃のことになると、僕のことを目の敵にしているような気がする。
僕は涼乃に下心はあっても、何かした覚えはない。それなのに、なんで?
「さっきも言ったけど、涼乃には何もしてないからね」
「わかってるよ。巧にはそんな勇気ないのは知ってるし」
やっぱり刺のある言い方だ。
「いいよな巧は。何もしなくても涼乃にかまってもらえるんだから」
「いや、それは幼馴染だからであって――」
「俺だって幼馴染だ」
「そう言われても……」
僕に言われたって困る。向こうが勝手に絡んでくるのだから、僕にはどうしようもない。
「
なあ? この間涼乃をデートに誘った時、俺が涼乃になんて言われたと思う?
巧が商店街に行くから、商店街でデートしたいって言われたんだぞ?
それだけじゃない。涼乃はいつもお前のことしか話さない。涼乃の頭の中はお前でいっぱいなんだ。
俺が部活で結果を出しても、ふーんの一言で終わりだ。
俺は本気で涼乃のことが好きだ。だから、涼乃に告白した。
涼乃は告白を受けてくれた。お前から涼乃を勝ち取ったんだ!
涼乃の彼氏は俺だ! 俺なんだよ!
なんで恋人の俺がお前より雑に扱われなけゃいけないんだよ!
」
堰を切ったかのごとく、樹は僕に言葉をぶつけてくる。僕はどう返したらいいか分からない。
樹は僕に嫉妬していたらしい。涼乃の彼氏だというのに随分と余裕がない。
というより、こんな樹は初めて見たかもしれない。いつもの頼れる兄貴分のような樹の姿はそこにはなかった。
「いいか! 涼乃に絶対に手を出すなよ! 手を出したらいくら巧でも許さない!」
「わかってるよ」
「わかってるならいい。今まで通り、俺と涼乃とは距離を取り続けてくれ」
樹はそう言うと、理科室から出ていった。戸を閉める時に力が入ったのか、ガタン! と大きな音が理科室に響いた。
自分から呼び出しておいて、樹は先に行ってしまった。全く……僕は何もしてないのに、言いたいことだけ言って、勝手なものだ。
樹に苛立ちを覚えながらも、僕は理科室を後にしようとした……。
「フハハハハハ! 青春だな少年! 話しは聞かせてもらったぞ!」
「!?」
人体模型から声が聞こえた――と思ったらその背後から白衣を着た女の子がひょっこり出てきた。
「ようこそ! 我が超常現象研究会へ!」
なんかめんどくさいことになりそう……。