表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/15

5.奪う者

 涼乃はどんな顔をしているのだろう……。この態勢だとその表情は一切窺えない。


「フフ、巧の身体って樹と違ってゴツゴツしてなくて、とっても柔らかいんだね」


 心なしか僕を抱き締める力が強くなった気がする。胸板に女性の象徴とも言える柔らかいものが当たって、僕は気が気じゃない。


 涼乃の狙いが分からない。


 なんで樹から涼乃を奪う必要がある?

 樹と別れたいから?


 いや、それにしたって回りくどい。やろうとしているのは浮気だ。


「樹ってさ、下手なの。筋肉ついてるから抱き合うと痛いし」

「何が……?」


 何となく想像はついている。でも、涼乃と樹が既にそんなことをしているなんて思いたくなかった。


 完璧超人な2人にはまだ綺麗なままでいてほしかった。付き合ってそんなに時間は経っていないというのに……。


 初めての時も、すっごい痛かった。私たち身体の相性が良くないんだと思うの。


 それに樹って、力任せにしてきて全然気持ち良くないんだよね。


 私のことを想ってくれてるのは分かるんだけど、もう少し優しくしてほしい。


 でもさ、私からそんなこと言うのっておかしくない?


 樹は私の彼氏なんだから、そういうのも察してくれなきゃこれから大変だと思うの


 ああ……。


 私考えたんだ。どうしたら、樹が気付いてくれるのかって。


 やっぱり、私の身近にそういうことをしてくれる人がいれば、樹も分かってくれると思うの。


 巧なら、こんなに身体も柔らかいし、私と相性もいいはずだよ。


 だから、お願い巧! 私を樹から寝取って!


 巧だってそういうことに興味あるでしょ?


 巧って今のままだと、彼女だってできないだろうし、いい経験だと思ってさ


 涼乃ってこんな奴だったかな?


 僕の中の涼乃は、清楚とまではいかないまでも、不誠実なことは一切しないと思っていた。


 涼乃が言っているのは、暗に樹にとっての噛ませ犬になれということ。


 冗談じゃない!

 2人の問題は2人で解決しろよ!

 支離滅裂じゃないか!

 何が僕のためになるだ!


 さっきまでの話は一体なんだったんだろう。僕を傷付けている自覚があったくせに、変なことに巻き込むつもりなのか。


「離せよ」


 身体を引き剥がし、威嚇の意味を込めて涼乃を睨み付ける。


「なんのつもりか知らないけど、当て馬なんてまっぴらごめんだ」


 どうして僕は、涼乃のことを好きになったんだろう……。


 いつも結果が出なくても、涼乃は僕のことを励ましてくれた。自暴自棄になっても幼馴染として傍にいてくれた。


 それは樹だってそうだ。樹は泣いてる僕を慰めたりはしなかったけど、気分転換には付き合ってくれた。


 だから、そんなすごい2人が付き合うと聞いた時、僕はお似合いだと思った。


 樹なら涼乃を、涼乃なら樹を幸せにできるって思ったのに!


 巧はさ、難しく考えすぎだよ。


 男女の関係なんて気持ちが通じあってるかどうか。それだけなんだよ。


 私は樹のことが好き。樹も私のことが好き。なら、私の身体がどうであろうと関係ない。


 巧以外の人なんて無理。こんなこと巧にしか頼めない。それに巧なら樹も許してくれるとも思う。


 だから巧は私のこと好きにしていいんだよ?


 頭が痛くなってきた……。


 涼乃が女性としていくら魅力的であっても、浮気の誘いを受けるほど僕は単純じゃない。


 ほんの少しだけ、僕は期待をしていた。涼乃が樹と別れて、僕と付き合ってくれるんじゃないかって。


 僕が馬鹿だった。邪な考えを持った僕に、そんな奇跡ある訳ないのに……。


 もう帰ろう。疲れた。


「言ってることよくわかんないから、帰るね。また、明日」


 僕は涼乃に背を向け、駆け出した。


「待って!」 


 家とは逆方向に走っていたことに気付いたのは、息切れし始めた頃だった。




 ★☆★☆★☆




「失敗かぁ……」


 巧がいなくなった後、私は大きくため息をついた。


 私は樹とは手を繋ぐ以上のことはしていない。さっき巧に言ったことは全部嘘だ。


 正直、樹と手を繋ぐこともしたくはなかった。樹は私と同じ巧から()()()者だから。


 樹はそれを知らず、自分の才能は自分のものだと思っていて、反吐がでる。


 私が勉強ができるのも、樹がスポーツ万能なのも全部巧のおかげ。


 全て巧の才能、努力の賜物。私と樹はその恩恵を受けている。


 私と樹には常人では得ることのできない不思議な力がある。


 それは他人から才能を奪うというもの。質が悪いのは奪った人の努力の成果さえも自分のものにしてしまう。


 私は小さい時から、その力でいろいろなものを巧から奪っていた。学力も、肉体能力も。


 それに気が付いたのはつい最近。


 ずっと不思議に思っていた。


 運動していないのにたくさん食べても太らない。勉強してないのに、試験では勝手に答えが頭に浮かんでくるのだ。


 明らかにおかしかった。体質だとか、地頭がいいとかそんな話じゃない。


 ある日のことだった。声が聞こえてきたのは。


 彼――もしくは彼女なのかは分からないけど、声の主は言った。私には特別な力があると。


 そして教えてくれた。私が輝かしい人生を送れているのは、巧から努力の成果を奪ったからだと。


 真実を知った時、どうしようもなく死にたくなった。


 ――巧のことが好きだったから。


 ひた向きに頑張る巧の姿はかっこよくて、傍にいて応援してあげたくなる。


 でも、私と樹がそれを台無しにした。


 巧はずっと苦しんでいた。努力しても報われないことに。


 私と樹に勝てないことで、巧はお母さんから見放されてしまっている。


 だから私は返さないといけない。奪ったものを。それは樹も同じこと。


 そして巧に言ってあげたい。


 巧の努力は無駄じゃなかったんだよって。


 この力で奪ったものは返すことができる。ただし、条件があって、それが難しい。


 その条件とは、奪われた人間が、奪った人間から何かを奪うこと。当然、奪った人間が何かを()()()のではダメ。

 

 現状巧は私と樹から、才能と努力を奪われてしまっている。巧は私たちから何かを奪わないといけない。


 考えを巡らせた結果、辿り着いた結論――巧に奪ったものを返す方法――は私が樹の彼女となり、巧に寝取られることだった


 1.私が樹の彼女になる

 2.巧が私を寝取る

 3.私は巧に貞操を奪われたことになる

 4.樹は彼女(私)を巧に奪われたことになる


 荒唐無稽な話だと思う。でも、これ以外になかった。


 他に何かを奪うとなると、命だとか、お金だとか犯罪になるレベルの物騒なものしかなくなる。


 私が樹と付き合ったのは、樹のことが好きだからじゃない。巧に取り戻してもらうためだ。むしろ私は、樹のことなんて嫌いだ。


 しかし、巧は私と樹の間に割り込んでくるようなことはしてこなかった。それはそうだ、だってそれが普通なんだから。


 だから私は自分から巧に近づいた。


 巧が川中くんとゲームセンターへ遊びに行くと聞いたから、敢えて商店街で樹とデートした。


 巧が私のことを好きならば、ちょっかいを出してくれるんじゃないかと期待した。


 だけど、そうはならなかった。


 巧からしたら気味が悪かっただろう。彼氏持ちの女が距離感を弁えず、馴れ馴れしくしてくるのだから。


 私は致し方なしとして、ビッチを演じた。性に奔放な人間になら巧も乗り気になることに懸けた。


 だがそれも、さっき巧に拒絶されてしまった。


 今のままでは、私は巧を好きになる資格がない。巧から奪ったものを返して、私は普通の女の子になる。


 普通の女の子になったら、巧にちゃんと告白する。


 受け入れてもらえなくていい。なんだったら奴隷にだってなってみせる。私はそれだけのことをしたのだから。


 私は諦めるわけにはいかない。例え巧に嫌われたとしても。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 彼のことを本当に思うのなら、、近づかなと言ってくれる人いればいいんだけどなあ
[一言] アホだな 「処女」なら「奪う」になるだろうに……
[良い点] 全くの妄想でなければ、涼乃の気持ち悪い言動の意味が判明。 この発想はなかった。 一応、ファンタジーめいた理由が思い込みの可能性はなくはないが、それはそれで話の筋になるだろうからヨシ。 […
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ