4.予期せぬ遭遇
「ねえ、片貝くん。高遠くんと大和さんと喧嘩したの?」
唐突にそんなことを聞いてきたのは、クラスメイトで同じ図書委員の水無月茉由佳さん。
僕は部活には所属していない。その代わり委員会には入っている。
高校入学当初、部活に入ろうと考えていたのだが、止めておいた。水無月さんの言う件の2人が部活に入ったからだ。
涼乃は美術部、樹はサッカー部に入り、今現在も輝かしい結果を残している。
僕が部活に入ったとしても、2人のように充実した活動は行えない。2人を意識して虚しさを感じるだけだ。
なら、部活には入らないでおこうと思っていたのだが、学校生活で何もしないのは味気ないし内申にも響く。
そこで毎週一回だけ図書室の当番をするだけでよい、図書委員になることにしたのだ。
「喧嘩したと言えばしたし、してないと言えばしてないかな?」
「どういうこと?」
「うーん、なんて言えばいいか……」
水無月さんと話すようになったのも、2人と距離を取るようになってからだ。
以前は、一緒に当番をしても事務的なこと以外は一切喋らなかった。
しかし、話す内容と言えば涼乃と樹のことばかり。2人の影響力はどこまでも大きい。
「片貝くんって、高遠くんと大和さんとくらいしか話してなかったよね? 急に話さなくなった理由って2人が付き合ったから?」
「それもあるかな」
まるで尋問されているみたいだ。別に僕が2人と喧嘩しようと、水無月さんには関係ないだろうに……。
詮索されるのはあまり気分のいいものじゃない。
あと、いくら誰もいないからといって図書室であまり大きな声で聞いてこないでほしい。
「そうなんだ。やっぱり大和さんに彼氏ができたのはショックだったんだね」
「そういうことにしといて」
「素直じゃないんだね」
水無月さんと僕はそれほど親しくない。なのに僕の心を見透かしたようなことを言ってくる。
涼乃の恋人になりたいと、それを全く考えなかった訳じゃない。
ただそうなると樹とはライバルになる。僕じゃ勝つことは難しい。と言うより、勝負にならないだろう。
なら、やるだけ無駄だ。努力してどうにかできるなら最初からやっている。
「私もさ、高遠くんにフラれたんだよね」
「そうなの!?」
「あ、驚いた?」
水無月さんが誰かに告白するイメージが全く浮かばない。
何故なら彼女は恋とは無縁――少し言いすぎかもしれない――の文学少女に見える。
丸渕眼鏡をかけ、混じり気のない黒い髪を三つ編みにしていて、いかにもそれっぽい感じだ。
自分から積極的に告白するとは到底思えない。どちらかと言えば、押しの強い男に告白されて断りきれないタイプだ。
「まあ、私は別に高遠くんのこと好きじゃなかったけどね」
僕たちは当番中に何を話してるんだろう……。しれっと水無月さんがすごいことを言っているが、敢えてスルーする。
「それより、もう少しで図書室を閉めないといけないからさ、準備を始めようよ」
「つれないなぁ……。私は片貝くんともっとお話ししたいんだけど?」
ここ最近というか、水無月さんと話すようになってからと言うべきか、水無月さんは僕に対して饒舌な気がする。
クラスでの彼女は、友達以外とは借りてきた猫のように話さない。
まあ、誰だって親しい人以外とはそんなにおしゃべりはしないだろうし、別におかしいことじゃないか。
そういう意味だと、水無月さんは僕のことを友達と思ってくれているのかもしれない。
「また今度ね」
「残念。そう言えばさ、片貝くんの連絡先知らないんだよね」
「うん、僕も水無月さんの連絡先は知らない」
「鈍いなぁ~。同じ図書委員なんだし、連絡先教えてよ!」
「いいよ」
あ。
僕の携帯には涼乃以外の女の子の連絡先は入っていない。何気に嬉しいかも……。
連絡先を交換した後、僕は図書室を閉めて鍵を職員室に返しに行った。
水無月さんも一緒に行こうとしたけど、鍵を返すだけなら1人で十分なので、先に帰ってもらった。
それが良くなかった。さっき喧嘩したと言ったばかりの涼乃が、同じように部室の鍵を職員室に返しに来たのだから。
「「……」」
気まずい。昨日よりもさらに。
あんなことがあった後だ、涼乃は僕に会いたくなかったはず。そう思っていたのだけれど……。
「巧、一緒に帰らない?」
ゲームセンターでの出来事はなかったかのように、涼乃がそんなことを言ってきた。
「なんか、樹に悪いし。1人で帰るよ」
どの口が言うんだと自分でも思う。樹に対してもつんけんな態度を取ったというのに。
「今日は樹はまだ部活があるみたいだから、2人きりで帰れるよ」
――2人きり。
恋人に対して使う言葉なのに、僕の心を震わせた。
僕は涼乃にとってただの幼馴染。2人きりになったところで何か特別なことがあるわけじゃない。
それなのに……。
「いいよ。一緒に帰ろう」
妙な期待をしてしまっている僕がいた。
陽が落ちるのが早くなったこともあって辺りは暗くなっており、空には星が輝いていた。
樹が涼乃と手を繋いで、毎日この夜空を見ながら帰っていたのかと思うと胸が締め付けられる。
僕は勝てないと思ったから、樹と争わなかっただけだ。負けた訳じゃない。
「巧はさ、私が樹と付き合ってどう思った?」
「どうって……お似合いだと思った」
「それだけ?」
涼乃が僕の顔を覗き込んできた。プルりとした唇が目の前にあって、思わずドキッとする。
「それだけだよ」
「そっか……。私ね、巧に悔しがってほしかったの。私が樹に取られちゃうのを見て、怒ってほしかったの」
「なんで?」
「詳しい理由は言えないんだけど、それが巧のためになるから」
全く意味が分からない。僕が怒って何になるのか。
「ごめん、ワケわかんないよね。巧を傷つけるようなことが、巧のためになるなんて」
「うん、全然分からない」
涼乃は僕にこんなことを話して何がしたいんだろう……。
まるで、僕が涼乃を好きなことを知ってるみたいじゃないか。
僕はてっきり、涼乃が鈍感で、ただ樹のことが好きだから付き合ったのかと思っていた。でも、話を聞く限りそれだけではないらしい
涼乃が樹と恋人になるのが僕のため?
一体何が僕のためになるのだろう?
「涼乃は樹のことどう思ってるの?」
「…………好き……だよ……」
何かがおかしい。僕の問いを返すのに大分間があった。本当に好きなら即答するはずなのだ。
だとしても覆水盆に返らずというように、涼乃と樹は恋人同士、もう僕に介入する余地などない。
それに僕は諦めた。樹と闘う前に。
「じゃあさ、それでいいんじゃない? 僕は今まで通り2人とは距離を取る。2人はそのまま仲良くしていればいい」
「それはだめ!」
「僕にどうしてほしいのさ? なあなあな状態で、昔みたいに3人で仲良くしたいってこと?」
「違う!」
涼乃はそう言うと、いきなり僕に抱きついてきた。
「ちょっ!」
「巧にお願いがあるの。これは巧にしか出来ないことなの」
そして、僕の耳元に口を近づけて、とんでもないことを囁いた。
「私を……樹から寝取って!」
は?




