2.原因不明
「おっはよー!2人とも!」
朝も早いというのに、涼乃は元気ハツラツだ。
僕は毎朝、涼乃と樹と待ち会わせしてから学校に行く。
何の偶然なのか2人とも家も近所で同年代。そして僕の住む地域では同い年は2人しかいない。一応同年代の子はいるが、年齢は5歳くらい下だ。
僕には昔、神童と称された2人と同じくらい近所の大人達に持て囃されていた時期があった。
2人と似たような環境にいるのだから、2人に並ぶ才能があるのだろうと思われていたのだ。
僕の両親もそんな大人達に影響され、僕に期待するようになった。
そして僕の母は事ある毎に「樹くんと涼乃ちゃんに負けるな」と僕に言うようになった。
実は、僕の母は激しいコンプレックスを涼乃と樹の母に抱いていた。
僕が劣等感を感じやすいのも、きっと母の血を受け継いだことが影響しているのだと思う。
涼乃と樹の父親は、僕の母の元カレだったらしい。涼乃と樹の父親は、僕の母と付き合っているのにも関わらず、涼乃と樹の母親と大人の関係を持ったそうだ。
2度も恋人を奪われ、自暴自棄になった母は行きずりの男性と行為に至った。それの時の相手が、僕の父。
そしてその2人との間に生まれた子どもが僕。
母は涼乃と樹の母親に常に復讐してやりたいと考えていた。でも直接何かしてしまえば犯罪になってしまう。
だから母は、僕が涼乃と樹より優れているところを2人の母親に見せつけたかった。
好きな人と結婚できなかった分、自分はあんた達よりもいい遺伝子を持った男を選んだのだと涼乃と樹の母親に思わせたかった。
だが、だめだった。
僕には才能なんてなくて、年を重ねるにつれて次第に2人の幼馴染との差は開いていった。
そんな僕に、母が放った言葉が心に刺さった。
「あんたに期待した私が馬鹿だった」
僕は母を見返してやりたくて、2人に勝てるように必死に努力した。1日何時間も勉強したし、毎日のように体を鍛えた。
それでも僕は2人には敵わなかった。どんなに努力をしても。
とうとう僕は母からこんなことを言われてしまった。
「あんたなんか産まなきゃ良かった」
テレビか何かでよく聞く言葉だけど、自分の母親から言われるとこれほど悲しいものはなかった。
別に僕は母に自分のことを産んでほしいと頼んだわけじゃない。両親の事情で勝手に誕生させられただけ。
馬鹿らしくなった。母に認めてもらうため、一生懸命努力をすることが。
どのみち2人に勝つことなんてできない。
もうやめよう、努力なんて。
したところで、頑張った分悲しくなるだけだ。
そう思ったのが中学の頃、それ以来僕は2人と張り合うことは止めた。
しかし、涼乃と樹とはそんな親同士の事情など関係なしに仲は良かった。
幼い頃は3人で追いかけっこなんかしたりして、よく遊んだものだ。
高校生になった今でも2人と遊ぶことが多い。それどころか、僕は高校生になってから2人以外と遊んでない。
僕はある意味幼馴染離れができていないのかもしれない。こうして今でも、一緒に登校しているのが何よりの証拠だ。
涼乃はいつも僕に優しくて、お節介焼きだ。僕が涼乃や樹に勝とうとしているのを応援している節すらある。
涼乃は勉強で分からないところがあれば、僕が理解するまで熱心に教えてくれる。
絵を描くのが下手なら、描き方を丁寧に僕ができるようになるまで教えてくれた。
惨めだった。乗り越えようとしている相手から、お膳立てしてもらっても僕は勝てない。
次第に僕は、それが善意ではなく優越感に浸るための行為なのではないかと疑うようになった。
それで僕が涼乃に辛くあたっても、涼乃の態度は変わらない。
人間性でも僕は涼乃に負けていた。
樹にしてもそれは同じ。
クラスで僕の悪口を言うやつがいれば、樹はすぐに止めさせた。だけど、自分の悪口を言う人には特になにもしなかった。
僕がそのことを尋ねると――。
「俺、友達の悪口は許せないけど、自分への悪口はただの嫉妬だから気にならないんだよ」
まるで宇宙人みたいだと僕は思った。
僕は周りから何か言われれば、その都度落ち込んだ。でも、樹は全く気にしない。心の強さが僕とは段違いなのだ。
もし2人が幼馴染でなければ僕の人生はどうなっていたのだろう……。少なくとも頑張ることを諦めなかったのではないだろうか。
それを考えない日はない。
★☆★☆★☆
「巧、あのさ、ちょっと話があるから今日は3人で一緒に帰らない?」
教科書をバッグに仕舞い、さて帰ろうかと思っていた時に涼乃から話しかけられた。
僕は涼乃と樹とは違い、部活に入ってない。よって2人とは帰宅時間が異なる。
「いいけど、部活は?」
「今日は私も樹も休みなの。だから平気」
改まって何だろう? 朝3人で通学している時に話せなかったのだろうか。
気にしたところで意味はない。大抵こういう時は3人で遊びに行く流れになるのだが……。
僕達は3人で一緒に帰り道を歩いた。だけど会話がない。
2人とも何か言いたげな顔はしているものの、踏ん切りがつかないと言った感じだ。
茶色い枯れ葉が道に散らばり、時より風に揺られてカサカサと音を立てている。
「えっとね……」
涼乃がようやく口を開いた。表情から察するに僕にあまり言いたくないことなのだろう。
「私ね、樹と付き合うことになったの」
なんだ、そんなことか。
2人は天才同士、お似合いだね。
「そっか、おめでとう」
「え……?」
涼乃は僕の言葉に目を丸くしている。
そして樹は、何故か勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「巧、そういうことだからさ。これから俺達、付き合い方を変えて行かなくちゃいけないと思うんだ」
「明日から一緒に通学はできないってことだね?」
「まあ、そんなとこ」
「うん、分かったよ」
2人と一緒に学校に行けなくなったところで別に困らない。
むしろ僕は、2人が恋人同士になったことで2人と距離を取る理由ができて嬉しかった。
僕はいつも2人と比べられ、正当な評価を得られなかったように思う。
それは2人が僕の幼馴染で、2人が僕の近くにいたからだ。
今までに何度か、僕は2人から離れようとしたことがある。
でも、僕は毎回失敗した。
余計なお世話なのに、涼乃が「巧は弟みたいなものだから」と言って、僕を放って置いてくれなかったのだ。
「驚いてくれないんだね」
「何が?」
「何でもない」
涼乃が今度は拗ねた顔をした。
彼女はもっと祝福してもらいたかったのかもしれない。あとで涼乃のスマホに祝福のメッセージでも送ってやろうと思う。
「じゃあ僕、2人の邪魔しちゃ悪いから先帰ってるね」
「あ! ちょっと!」
僕は2人を置いて家に向かって走った。
走っている最中、目の奥から熱いものが込み上げてきた。
季節外れの花粉にやられてしまったのかもしれない。
僕から離れて行く2人に寂しさを感じてしまったのかもしれない。
はっきりとした原因は分からない。




