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13.チャンスを下さい

 ふと目が覚めた。


 カーテンの隙間から入ってくる月明りが、部屋の天井を青黒く染めていた。寝惚け眼でそれを見て、ぼんやりながらも今が夜であることを理解する。


 特段おかしいことはない。それなのに、どこか違和感が拭えない。そして何故か、理由の分からない罪悪感がふつふつと沸いてきた。


 寝坊した学生のように脊髄反射のごとく顔を右に向ける。本来であれば視界にいつも隣で寝ている夫の姿が目に入るはずなのに、夫ではない男が視界に入った。


 男は人の家に泊まっている自覚がないのか、気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立てている。


 ――私は一体何をしているのだろう。


 今まで何をしてきた。こんなことをして何になるのか。そもそも自分は何をしたかったのか、それすらもあやふやだ。


 下らない意地のために、お腹を痛めて必死な思いで産んだ大切な息子を、私はどれほど苦しめたのだろう。


『お母さん……ごめんなさい……。かけっこでまた樹に負けちゃった……』


 巧はいつも私に謝っていた。樹くんに、涼乃ちゃんに勝てなかったことを。


 私はその度に彼を叱った。いや、理不尽に怒ったと言うべきか。


 どうにもならない過去に囚われ、私は虚しさしか残らない行為を繰り返してきた。失われたものは返ってはこないと言うのに。


 抗いようのない盲執に取り憑かれていた。私は私から恋人を奪った彼女達に勝ちたかった。


 されど仮に勝ったところで何の意味もない。得られるのは、自慢話にもならない気持ちの悪い自己満足だけ。


 何のために私は巧を産んだのか。


 私が子供を欲した理由は単純。血の繋った存在――家族が欲しかった。ただそれだけのことであり、決して彼女達の子供と競わせるためじゃない。


 私は自分の両親がどんな人なのか知らない。もしかしたら、私には姉や妹がいるのかもしれないけれど、それさえも分からない。


 唯一分かっているのは、経済的理由で私は親から捨てられてしまったと言うこと。両親は私を施設に預けて以来、私に会いにこようとはしなかった。


 ずっと家庭というものに憧れがあった。施設で育った私は他人から愛された経験がなかった。


 いつからだろう。家庭を作るための行為――恋愛が、手段から目的に変わってしまったのは。


 恐らく初めてできた彼氏を寝取られた時からだ。その時から私は、元カレよりもいい男と付き合いたいと思うようになった。


 今の夫がいい男かと聞かれたら、私はきっといい男ではないと答えるだろう。じゃあこれで満足かと聞かれたら、これもまた満足していないと答える。


 だけどいい加減止めよう、こんなことは。望んだ形ではなかったけれど、本来の目的は既に達成できているのだから。


 私には巧がいる。それだけで十分。それ以上のことはもう求めない。


「出ていって!!」


 声で目を覚ました男に、男が着ていた服を投げつける。


 もうこの男は私にとって邪魔な存在でしかない。私は何故この男と関係を持ってしまったのか。男の名前すらうろ覚えだと言うのに。


「お、おい……どうしたんだ?」

「いいから出ていって!!」

「はぁ? なんだお前?」


 ぶつくさ文句を言いながらも、男は家から出ていった。潔く出ていくあたり、彼もまた私のことなんてどうにも思っていなかったのだろう。


「…………巧!」


 息子の顔が見たい――ある意味母親としての本能に近い衝動に駆られた。


 巧の部屋を覗いてみる。されど、息子が部屋にいる気配はない。


 私は彼に、邪魔をしなければ家に()()()()()と言った。()()()()()とは言わなかった。


 家にいるのも、外に出るのも巧の自由。当然と言えば当然であるものの、後者を選ばれてしまった事実に胸が締め付けられる。


 私は今まで、巧に母親らしいことをしてあげたことがあっただろうか。胸を張って母親だと言えることをしてきただろうか。


 親の愛を知らない私でも分かる。恐らくない。


 嫌なら出ていけばいいと脅して、息子に家事を丸投げした。少しでも間違いがあれば、こんなこともできないのかと責め立てた。


 巧は今の私にとってかけがえのない存在であり、唯一無二の私と血の繋がる家族だ。

 生まれたばかりの彼を、この腕で抱いた時の感動は今でも忘れられない。


 私は何故息子に多くを求めてしまったのだろう。傍にいてもらえるだけでよかったはずなのに、私は彼に優秀であることを強要した。


 巧は私のことをどう思っているのだろう。彼にとって私はどういう存在なのか。


 逆の立場になって考えてみる。過去の自分は、両親に感謝したことはあったか。両親に会いたいと思ったことがあったか。


 1度としてない。それどころか私は両親のことを憎んでいた。憎くて憎くてたまらなかった。


 その気持ちは今も変わらない。私の血を受け継いでいる巧もきっと、私のことを――。


「ああああ……」


 とうとう愛想を尽かされたのかもしれない。息子はもう帰ってこないかもしれない。そんな不安で頭がいっぱいになる。


 私が息子にしてしまったことを考えれば、息子に絶縁されてもおかしくはない。むしろそうなって当然だ。


 巧……ごめんね……。


 どうか家に帰ってきて……巧! 最後にチャンスを下さい……!


 虫がいいのは分かってる。巧がお母さんのことを嫌いなことも分かってる。


 でもやっと気付くことができたの。私の過ちに。


 お父さんともちゃんと話すから。2人して巧を傷つけるのは止めようって。これから巧が自由に生きられるように、私頑張るから。


 許してくれなくていい。私を人生の踏み台にしてくれていい。


 だからお願い。あなたが大人になるその日まで一緒にいさせて――。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 意味がわからない、なんでいきなり態度が変わる!!
[一言] 母親も誰かの超能力の影響を受けていた? 一番可能性が高いのは直前に能力を失った樹だけど、どうなのか…?
[良い点] 更新待ってました!
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