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11.破局

 樹から敵意を剥き出しにされたのは、いつぐらいだろう。5年、いや10年、もしかするとそれより前か。


 そもそも、僕は幼馴染を本気で怒らせたことがあっただろうか。多分ない。


 樹が涼乃と付き合う前から、意識的に彼との争いは避けてきた。自虐も甚だしいところだけど、僕は樹に絶対に勝てない存在なのだ。


 だが今回は避けようもない。状況的にいくら僕が言い訳を述べても、幼馴染が納得することはないだろう。


「約束したよな……?」


 不可抗力――とは言い切れない。この事態を回避する術はいくらでもあった。僕はそれをしなかった。


 涼乃と会った時点で、樹に連絡しておけばこんなことにはならなかった。いやそもそも、樹に家に泊めてほしいと言えばよかったのではないだろうか。


 険しい表情を浮かべる幼馴染を見てそう思う。僕は選択を誤っていたのだと。


 一方で、もう1人の幼馴染はどこか晴れやかな顔をしている。この修羅場を生み出した張本人であると言うのに。


「巧……何か言い訳はあるか?」

「ないよ」


 ここで何か弁明したところでどうしようもない。涼乃に無理やりキスされましたなんて言ったところで誰が信じる。


「そうか……」


 樹が拳を固く握りしめ、肩を振り上げる。女の子である涼乃には手は出せない。だから彼は僕のことを殴るつもりなのだろう。


 一方的とは言え、僕は樹と約束をした。殴られてしまうのはある意味仕方のないことだ。


 だけどひ弱な僕が、運動神経抜群の幼馴染の拳を顔面に喰らったらどうなってしまうのか。恐らくタダでは済まない。


 ――――――。


 しかし何故だろう。全然怖くない。


 身体の奥から熱を感じて、(かつ)てないほどの自信が漲ってくるのだ。まるで人間ではない別の何かに作り変えられたかのように身体が軽い。


「――――ッ!!」


 樹の拳が飛んできた。間違いなく拳は僕の頬を捉えた。なのに――――。


「…………え?」


 全然痛くなかった。全く痛みがなかったわけではないけれど、想像していた痛みとは遠くかけ離れていた。


 こんなパンチなら何発でも受けられる。樹は手加減してくれたのだろうか。


 いや、手加減するくらい心に余裕があるなら、そもそも手を上げたりしないはずだ。つまりこれが樹の全力だということになる。


「なんなんだ…………一体」


 一撃で倒せると思っていたのか、樹は明らかに動揺している。彼の揺らぐ目からは焦りが見てとれた。


「くそっ!」


 そうこうしている内に2発目の拳が飛んできた。


 1発目はただの偶然、たまたま力が入らなかった可能性がある。だからとっさに僕は樹の手を払いのける。


 払いのける――と言っても、実際は軽く弾いたに過ぎない。デコピンをする時よりさらに小さな力で。


 軌道がほんの僅かにでもズレれば儲けもの。そう思えるほど僕が込めた力は微弱なものだった。


「ぐっ!!」


 それなのに樹は大きく吹き飛んだ。まるでラグビー選手にタックルされたかのように。


 何が起こっているのか、理解できなかった。Web小説でよく見かける、「あれ……僕なんかやっちゃいました?」みたいな感じの奴になった気分だ。


 正直ああ言うのは好きじゃない。対した努力もしていないのによく分からないチート能力で無双するなんて。


 不思議なのはそれだけじゃない。


 樹の力が普段より大分弱かった。いつも彼が発している迫力と言うか、圧力と言うものを一切感じられなかった。


 無様に地面に背を付けるのは社会の脇役である僕の役目であり、それが運命。幼馴染との恋物語の主人公は樹で、僕は噛ませ犬であるはずなのだ。


「…………」


 樹が産まれたての子鹿のようにヨロヨロと立ち上がる。今にも足を崩しそうなほど、彼の姿は弱弱しい。心なしか背も小さくなったように見える。


 3発目の拳が飛んでくる気配はない。たったあれだけのことで、樹の心は折れてしまったのか。


「凄い……。これが()()()()なんだね……」


 傍観していたもう1人の幼馴染が口を開く。涼乃は恋人である樹の心配をすることもなく、口に手を当てて感嘆の声を上げている。


 口振りから察するに、涼乃はあらかじめこうなることが分かっていたようだ。涼乃は僕が急に強くなった理由を知っているのかもしれない。


「本当の僕って……?」

「そうだよね……。巧は分からないよね。だってそれが当たり前だったんだから。信じられないかも知れないけど、私達、巧から努力を奪ってたの」


 努力を奪う? なんだそれ? 涼乃は一体何を言っているのだろう。


「私、家で全然勉強してないんだよ? それなのにテストは満点。樹だってそう、運動してないのにスポーツ万能」


 栗川先輩が同じようなことを言っていたのを思い出す。


「巧は毎日何時間勉強してる? 何時間運動してる? 効率の問題もあるのかもしれないけど、それで一切結果が出ないなんておかしいよね?」


 栗川先輩はこうも言っていた。超能力は身近に存在している。だが才能というものが隠れ蓑になって、僕達は認識することができないのだと。


 まさか…………本当に存在するのか、超能力なんてものが。だとすると、今までずっと努力して僕が報われなかったのは――――。


「全部私と樹のせい。だからさっき返したの。巧が積み上げてきたものを」


 僕はその日知った。


 幼馴染に人生を狂わされていたことを。幼馴染に奪われていたことを。


 そして見た。


「樹……私達もう別れましょう。私樹のこと好きじゃなかったの。むしろ嫌いだった。私と一緒で巧のこと苦しめてたから」


 涼乃と樹の天才カップルが破局するところを――――。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  これで一応ふたりから奪い返した(男から彼女を、女から貞操を)という事になるのか。  いよいよ物語が本格的に動き出した所で第二章に期待!というところですね。
[気になる点] 樹の場合は明確に「彼女を奪われた」という認識になるから解るが、涼乃の方はどうだろ? 「与えた」のであって「奪われた」わけじゃない…というかむしろ巧のファーストキスを「奪った」側じゃない…
[一言] バラしたって事は涼乃の分も返せたってことなのかな? 処女ならどっちからにしても奪ったってことにできるかもだけど キスだけって考えると主人公からしてたら奪ったになるけど 涼乃からしてたら与えた…
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