12、道具は正しく使いましょう
ユージンとドンチッチを囲むように人の輪ができている。
「やっちまえ、アニキィ!」
ドンチッチを応援する声が狭い倉庫に反響していた。寄り道少年紅蓮隊の面々は、自分たちのリーダーの勝利を微塵も疑っていないようだ。まるでアイドルのコンサートでも見ているように熱狂している。
「アナタは応援しなくてもいいのかしら、クエロ?」
野太い叫びとホコリっぽい匂いに辟易しているクエロに、キャシーは意外そうに尋ねてきた。だけどクエロだって、いつも慌てているわけでないのだ。
「ボク知ってるんだ、コイツら学院のFクラスの生徒だよ。だから心配いらないさ、ユージンはBクラス並みの強さのガルベスに勝ってるんだもん」
クエロはキャシーの問いかけに胸を張って答えた。普段聞いてばかりのクエロがキャシーに新しい情報を話すので、ちょっぴり誇らしい気持ちである。
倉庫内にいくつか、学院の敷地内で見かけた顔が並んでいるのだ。特にマオスの風貌は、一度目にしたら簡単に忘れられるものではない。あんまりネズミに似ているものだから、クエロは自分以外にも獣人の生徒がいるのかと思ったくらいだ。
「きっとそうね、Fクラスの『愚者たち』が寄り道でたむろしているって話は有名だし」
キャシーにあんまり驚いた様子がないので、クエロは少しガッカリする。でもFクラスなら、その実力は学院でも下から数えて2番目ということだ。
その下にクエロたちがいるけれど、その位置付けは実力より普段の行いよるところの方が大きい。みんな実力はあっても問題ばかり起こすから、Nクラスなのだ。それを加味すれば、ハッキリ言っていちばん弱いのはFクラスだと思う。
だけどそんなキャシーの言葉を耳ざとく聞きつけたネズミ面が、鼻を鳴らして口を挟んできた。
「確かにオイラたちはFクラスだけどな、アニキの器はクラスなんかじゃ測れねえんだ。なんたって戦闘学の成績だけならブッチギリでSクラスだからな!」
小さな体で精一杯胸を張るマオスは、まるで自分のことを自慢しているような態度だ。だけどいくらなんでも持ち上げすぎじゃないか。クエロはムッとして答えた。
「だったらなんでFクラスにいるんだよ」
「それは、その。いろいろあるんだよ!」
言い淀むマオスだけでなく、居並ぶ少年たちは揃って気まずそうに下を向いた。それでもマオスは顔を真っ赤にして反論してくる。隣ではキャシーも怪訝そうな顔をしている。色々と詳しいキャシーにしてみても、マオスたちの自信の源はわからないみたいだ。
「もしかして、ガルベスみたいに問題を起こしてFクラスに落とされたのかな」
「Sクラスから転落するような大事件の噂なんて、アタシの耳には入ってないわね」
そんな憶測さえも否定して、マオスは叫ぶ。
「いや、アニキは最初のクラス分けからFクラスだ。でも入試の段階で実技はS級の成績だってのも本当なんだ!」
「だったらなおさら話が見えないよ。SとFじゃあ正反対じゃないか!」
だんだんクエロもムキになってきて、マオスの小憎たらしい顔を睨みつける。それはマオスの煮え切らない態度に腹が立ったというよりも、ユージンが負けるかもしれないという不安が煽られたからだった。
「仕方ねえだろ!アニキはとんでもなく」
ゴオォォン!!
マオスの言葉の後半が轟音にかき消される。
クエロが目を逸らしたのは一瞬だったが、その束の間にマオスの言葉の正しさが証明されてしまった。
轟音に驚いて振り返ったクエロの瞳に飛び込んできたのは、コンテナに突っ込んで崩れ落ちるユージンの姿だったのだ。
☆
背中から思い切りコンテナに突っ込んで、ユージンは痛みにくぐもった唸り声を上げた。
「痛ってええ、なんちゅう馬鹿力だ」
自分が着弾したコンテナを振り返れば見事にへしゃげていて、ドンチッチの攻撃の勢いを否が応でも思い知らせてくれる。かろうじて防いだはずの刀を握る手には、いつまでも痺れが残っていた。
見上げれば、よろめきながら立ち上がるユージンとは対照的に、ドンチッチは振り抜いた腕を高々と掲げている。
その手には見たことのない武器が握られていた。先端に近づくにつれて太くなっている武器は、棍棒に似ているがそれにしては細い。握りの部分には滑り止めが巻かれていて、剣と違って鍔もなく、先端は丸みを帯びている。
受けた攻撃は恐ろしく単純なものだ。あの変な武器で思い切り殴られた。それだけである。それだけの攻撃で、ユージンの体は軽々と人垣の外へ運ばれたのだ。だからこそ恐ろしい。ギフトではなく単純な膂力でこの威力ということだろう。
ユージンがおそるおそる見つめる視線に気が付くと、ドンチッチは腕を伸ばして握りしめた得物をまっすぐに向けてきた。
「俺の相棒が気になるみたいだな。コイツは罰当てっ言うらしいぜ。我が家に代々受け継がれし伝説の武器だ」
「なんか使い方間違ってない?」
今しがたぶん殴られたばかりなのに、ユージンの口から間抜けな感想がこぼれ落ちた。直感だけど、もっとこう、平和的な利用方法がある気がする。たぶん暑い夏の時期に青空の下で青春をかけるような、素晴らしい使い方が。
しかしドンチッチはバットを肩に担ぐと、ニヤリと笑う。
「いいや、このヘアスタイルを始めた途端、俺はバットの使い方に目覚めた」
「じゃあ絶対間違ってるよ、その武器にはたぶん丸刈りが似合う。いや、勘なんだけど」
「んなわけあるか!」
軽口の応酬はそこまでで、ドンチッチの巨体が弾丸のように突っ込んでくる。腰の入ったフルスイングをしゃがんで躱すと、逃げ遅れた髪の毛がバットに擦られて焦げ臭い匂いを発する。まるで大砲を撃ち出したような勢いだ。
体制を立て直す前に追撃がくる。再び肩口に構え直した大砲が放たれるのを、ほとんど頭から突っ込むように体を投げ出して躱す。そのまま前転して距離をとって、ようやくユージンは立ち上がった。額には玉のような汗が浮かんでいる。
一連の攻防にギャラリーからため息が漏れる。自慢のリーダーのスイングが狙った獲物を捉えきれなかった光景が、手下たちに驚きを与えたらしい。
「おいおいおいおいおい。舐めてんのかテメエ、なんで剣を抜きもしねえんだ?」
一方、ドンチッチは不満げにユージンを睨みつけた。手を抜いていると思ったのかもしれないが、こっちはこれでも必死なのだ。だいたい日々喧嘩に明け暮れるお馬鹿さんと、ユージンのような平和主義者を一緒にしないでほしい。
「やかましいわ。こちとらこれぐらいしか出来んのだ」
荒い呼吸とともに、なんとかそれだけ捻り出す。やっぱりキャシーちゃんに任せるべきだったかな。そんな弱気が頭をもたげるけれど、後悔はいつだって遅れてついてくるものだ。
(俺に出来るのはひとつだけだ。抜いて斬る)
ドンチッチが再び倉庫の床を蹴り出す。
「俺はオマエに期待してたんだぜ!」
バットが空を切る音だけで胃が縮こまる。それでもユージンが避け続けられたのは、ドンチッチの攻撃が性格通りの直線的な動きだったからだ。
幸い独特な構えから繰り出される打撃は、同じパターンの繰り返しである。ユージンは必死でタイミングを測っていた。ドンチッチの攻撃は大したものだが、なんとか居合を合わせるしかない。
「あんまりガッカリさせんなよ!」
プレッシャーに下がりそうになる足を無理やり留め、その攻撃を待つ。大振りで直線的に突っ込んでくるドンチッチに呼吸を合わせる。筋肉ではち切れそうなシャツが捻れるシワを確認できた瞬間、ユージンは腰から一気に愛刀を引き抜き抜いた。
ドンチッチの目に驚愕が走る。今度はこちらが度肝を抜く番だ。
「手前っ、何つう隠し球を!」
ドンチッチもその危険性に気が付いたのだろう。獣のような勘で身を捩った。だが勢いは止められない。
振り抜こうと進むバットと、退こうとするドンチッチの体。ふたつの相反する意志は中間点の静止という致命的な隙を生む。ユージンは白刃がドンチッチを捉えることを確信した。
「ぬおおおおおおおぉぉぉぉ」
しかし自然法則を捻じ曲げるのが、ギフトという力だ。
目の前でドンチッチのバットが火を吹いた。比喩では無い。物理的に、炎を吐き出しその推進力で加速する。急停止から一転、再び動き出したドンチッチの一撃はユージンの刀を追い抜き、腹に深々と突き刺さる。
全身を襲う熱と衝撃。ユージンの体は再び軽々と運ばれて、今度は開け放たれた倉庫の扉を抜けて場外まで吹き飛んだ。
「燃えるじゃねーか、俺に炎舞嵐を使わせるとはな!」
芝生に頭から突っ込んだユージンの耳に、倉庫の中から割れるような歓声と拍手の音が聞こえてきた。




