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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (2)
84/88

8、プロ経験がなくても名監督はいるらしい

 放課後の旧校舎の中庭に、歯切れのいい声が響く。


 ユージンは手にした板切れに力を込めると、広い青空に向かって力一杯放り投げた。


「やあっ!」


 気合いの声と共に宙空に青い炎が走ったかと思うと、板切れが地面に着く前にその中心を打ち抜く。すぐに燃え上がった板切れにバケツの水をかけて、ユージンは肩で息をするクエロに駆け寄った。


「すごいじゃないかクエロ、また命中だ」


「えへへ、ユージンが特訓に付き合ってくれているおかげだよ」


 クエロはくすぐったそうにはにかんだ。そんな様子をキャシーがのんびりと見守っている。今日のキャシーは唇に紫のルージュを引いていて、ピンクの髪がかかる耳には、大きなピアスが左右合わせて8つもぶら下がっている。そんな格好が似合ってしまうのだから、相変わらずのオシャレさんだ。


 バイロン侯爵との会食を終えて、ユージンは約束していたクエロの特訓に付き合っていた。不安定だったクエロの「狐火」のギフトは、たった数日で見違えるような成長を遂げている。


「じゃあさ、次はもっと頑張る。3枚いっぺんに当てるからね!」


 定位置についたクエロが、Vサインのように指を3本立てて腕を突き出している。


「おいおい、無理するなよ?」


「無理じゃないよ、ボク今日は絶好調なんだから」


 ふくれるクエロに苦笑いをして、ユージンは再び積んである板切れに手を伸ばした。板切れの山の隣では、草人がせっせとペンキに塗れて落書きをしている。デタラメな筆の跡のように見えるが、本人は一枚描き終わるごとに満足そうに頷いているので、きっと何か意味があるのだろう。


 その中の一枚にガルベスの似顔絵らしきものを見つけて、ユージンは思わず手を引っ込めた。今からギフトの的にされるのに、人の顔がついていると言うのは穏やかではない。


 もしかして草人も、ガルベスのこと嫌いなのかな。横目で見ると草人は「色はいろいろーいろはにほへー」と、謎の歌を口ずさんでいて、その瞳に悪意がなさそうなのが逆に怖い。


「そういえば、あれから妙に大人しいよな」


 ユージンは、ずいぶん体の縮尺のおかしいガルベスを見つめながら呟いた。決闘騒ぎの翌日から、ガルベスは教室で鉢合わせても目も合わせない。それどころか取り巻きの連中と騒ぐことも少なくなった。


 約束通り嫌がらせは無くなったが、その静けさは逆に不気味だった。


「なにやってるのさユージン、早く!」


 クエロの声で思索をやめて、ユージンは別の板切れを手に取った。クエロの周囲にはすでに、3つの青い炎が浮かんでいる。相変わらず大きさにバラツキはあるが、自然に消えてしまいそうな不安定さはなかった。


「すまん、いくぞー」


 ユージンは続け様に3枚の板を投げた。2枚は見事に撃墜されたが、勢いの弱まったいちばん右の炎は、板の端をかすめただけであらぬ方向に飛んでいってしまう。


「わ、しまった」


 目標を外した炎がツツジの植え込みに向かう。ユージンは慌てて、用意していた水の入ったバケツに手を伸ばした。校内でボヤ騒ぎなど起こしては、苦労して作った秘密の庭園を使えなくなってしまう。


「あらあら、元気いっぱいね」


 やけにのんびりした声で、見物していたキャシーが動いた。声に似合わぬ俊敏な動きでツツジの前に立つと、飛んでくる炎に向かって高々と足を上げる。優雅な動きで繰り出された回し蹴りは、その風圧だけで炎をかき消した。


「うわっ、ごめんねキャシーちゃん。火傷とかしてない?」


「火遊びは恋だけにしなさいね」


 駆け寄るユージンに向かって片目をつぶり、ウインクするキャシー。軽くやってのけた所業だが、目の前で起こった出来事は驚愕の神技ではなかろうか。黒革のパンツスタイルで、よくも綺麗に足を上げれるものである。


「すごなキャシーちゃんは。本当は俺なんかじゃなくて、キャシーちゃんがクエロに教えてあげた方が良いんじゃないかな」


「ダメよう。アタシ人に教えるのって苦手だもの」


「だけどギフトのない俺じゃあ、こんなことしかできないし」


 ユージンは自分の不甲斐なさを恥じていた。クエロに向かってギフトの修練を手伝うとは言ったものの、そもそもユージンに教えられることなど何一つないのだ。だから、あくまでクエロの自主練の補助のような真似しかできない。


「そんなことが、今のあの子にとっては大事なのよ。ギフトって精神状態に大きく作用されるんだから」


 キャシーはそう言うと、目を細めてアタフタとしているクエロの方を見た。


「あの子。戦闘学の授業では、そもそも炎を自分で出すことさえ、ままならなかったんだから」


「そうなのか」


「怖がっていたんでしょうね、力を使うことや失敗が。その重圧が取り除かれただけでも、ずいぶんと技能が向上しているわ。だからこれはユージンちゃんのお手柄よ」


 キャシーが心配ないと片手を上げても、クエロは慌てた様子でこちらに駆け寄ってきている。


「でもなあ、もっと相性の良いギフテッドが見つかれば、コーチしてもらうのも手だよね」


「名選手が名伯楽とは限らないんだから。イップスを改善するのって本当に難しいのよね」


 そう言うと、キャシーは駆け寄ってきたクエロに向き直って微笑んだ。何度もペコペコと頭を振るクエロを、優しい眼差しで叱っている。本人の弁とは正反対だが、そんな様子を見ていえると、キャシーは教育者に向いているような気がした。


 穏やかな午後は、ユージンの憂鬱を少しだけ忘れさせてくれている。


 バイロン侯爵との会食の翌日など、本気でシーツを被ったまま部屋に閉じこもりたかったくらいなのだ。


 亡国の悪夢である混沌に、学院都市に暗躍する秘密組織。当事者でなければバカみたいな単語が溢れていて、相変わらずユージンの周囲は厄介ごとで満員御礼である。


 そしてなにより。  


「はぁー、1億かぁ」


 少し気を抜けば頭を掠める大問題に、ユージンの口から思わずそんな呟きが漏れてしまった。


 耳ざとくユージンのため息を聞きつけて、クエロがユージンの顔を下から覗き込んでくる。


「どうしたのユージン。キミが不幸な顔をしてるのはいつもの事だけど、今日は一段とため息が深いじゃないか」


「そうね。ユージンちゃんは毎日、自分から不幸の女神を全力で口説きに行ってるけど、昨日はバイロン侯爵の所に行ったんでしょう。また異世界のお友達がらみかしら?」


「ああ、聞いてくれよ」


 サラッとひどいことを言うクエロとキャシーに、ユージンは口止めされて話せない情報を除き、昨日の会談の内容を相談してみた。


「簡単に言うと、学院都市に蔓延る麻薬の売人を捕まえないと、借金1億ガロン背負うんだよ」


 一億は、一億である。世界の危機に不謹慎かもしれないが、ユージンとしては混沌によって世界が滅びなくとも、借金のせいで自分の身が滅びるのだ。気にならない筈がない。


 放課後は勿論、手がかりを求めて各々がこの広い学院都市を調べる事になっている。クエロとの特訓が終われば、ユージンも街に繰り出すつもりだ。


 冬子たちには一緒に街を回るように誘われたが、ユージンは彼らの誘いを断った。


 彼らは目立ちすぎる。歩くだけでファンクラブがぞろぞろ付いて来る冬子たちと居ても、犯人が姿を見せるとは思えなかったからだ。


 ユージンの深い、本当に深いため息とともに漏れる声に、説明を聞き終わったクエロとキャシーが顔を見合わせた。


「……キミの前世はたぶん、歴史に名を残す魔王だよ。それか淫蕩に耽った王族。じゃないとそれだけ引きが悪い説明がつかないや」


「うふふふふっ、なによそれ。ユージンちゃん、また面白いことに首を突っ込んでるのね」


「顔もしらんどこぞの権力者のせいで、俺が不幸になってたまるか。キャシーちゃんも、笑い事じゃないんだって。ふたりは薬の売人の噂とか、聞いたことないか?」


 1億返すのと混沌の復活を阻止するの、どっちが簡単かな。ユージンは現実から目を背けそうになりながら、ふたりに尋ねてみた。


「ボクはそもそも、噂話を教えてくれる友達なんて居なかったから知らない。キャシーは?」


クエロの切ない言葉に、思わず白い髪を撫でくりまわしてから、ユージンは気を取り直してキャシーの答えを待つ。


「そうねえ、あたしはその手の話には興味ないんだけど、確かに売人と麻薬の話は聞いたことがあるわ」


 ユージンは思わずキャシーの袖を掴んだ。トゲトゲしたスタッズがついていたので、少し痛かったが、少しでも手がかりが欲しくて話の続きをせがむ。


「本当に!?詳しく教えてよ!」


放課後の(アフタースクール・)寄り道(ストリート)を歩いてると、声を掛けられるんですって」


「そのアフター、なんとかってのは学院の中にある場所なのか?」


 放課後の(アフタースクール・)寄り道(ストリート)。学院に入学して2週間経ち、キャシーの案内や冬子たちとの付き合いでいくらか学院都市にも慣れてきたが、初めて聞く場所である。


「学院都市の敷地内だけど、学院の校舎や設備じゃないわ。あんまり治安の良い場所じゃないのよ。落ちこぼれたドロップアウト組や、卒業出来ずにやめた子達が徒党を組んでたむろしてたりする場所」


「そっか、だから俺のような良い子の耳には入らなかったんだな」


 ひとり納得するユージンに、呆れたような視線をクエロが送ってくる、失礼極まりない行為である。キャシーは肯定も否定もせずに言葉を続けた。


「普通の生徒は近寄らないけど、ちょっと悪ぶりたい子なんかが、そこで違法なギャンブルや風俗なんかを覚えるわけ」


「まあ学院都市にだって、そういう場所もあるわな」


 人が集まれば、どんな土地にもその手の施設は必ず出来るのだろう。クロノ村近郊のようなど田舎でも、娼館や飲み屋くらいは見つかるのだ。


 そういえば幼馴染のフィルは、ウッキウキで町の娼館に行ったら、鼻の下を伸ばしながら村長が出てきて膝から崩れ落ちたと言っていたっけ。


 つまり「寄り道」は、ユージンがまだ知らない、学院都市の裏の顔というわけだ。


「サンキュー、キャシーちゃん。ちょっと調べてみるよ」


 ユージンは貴重な情報に礼を言って、さっそく現地を調べてみることにした。


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