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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (2)
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6、怪しい投資話はいつの間にかものすごい借金を負うので注意しよう

 バイロン侯爵の話で生まれた重い沈黙を破ったのは、意外にもマツダだった。生気を取り戻した瞳で元気に声をあげる。


「そうか。復活前にその右腕ってのを取り返せば、混沌と戦わないで済むもんな」


 ノリノリで倒すと言ってたマツダが表情を二転三転させる様を見ていると、ユージンはなんだか気が抜けてくる。少しだけマツダに感謝しながら、バイロン侯爵にかつて発したことのある問いを、再びぶつけることにした。


「彼らに拒否権は?」


 正直に言うと、ここまでデカイ話では望む答えは期待出来そうにない。それでも、選択肢は出来るだけ確保しておきたかった。


「もちろんお断り頂いても結構ですよ、命がけになりますから」


 にこやかな顔で告げるバイロン侯爵の言葉に、マツダの顔が輝く。しかし続く言葉で、その笑顔はすぐに引きつることになった。


「ただし、その場合は王国からの援助は一切打ち切り。今までかかった費用を返還して頂きます」


 ユージンは唇を噛んで唸り声が漏れるのを堪えた。


「そう来たか」


 その代わり、口の中で小さくつぶやく。援助がなくても、異世界人はギフトを生かせば活計の道は見つかるだろう。けれどこれまでかかった費用となると、これはもう強制だ。ユージンの腹の中に再び怒りが湧いてくる。


「おいおいバイロン、冗談言って脅かすなよ。ち、ちなみにそれって幾ら位なんだ?」


 返せる額なら返してしまおう、混沌と戦わずに済む方がずっといい。そんな考えが透けて見えるマツダの震える声。

それとは対照的に、バイロン侯爵から間抜けな笑みが消え、ゾッとするような冷たく鋭い声が吐き出される。


「冗談で20人近い人間を無償で学院に入れるとお思いですか。Sクラスに通うのに幾らかかるかご存知で?教材だけでも他のクラスより高額ですよ」


 知るかそんなもん。学院に入学させたのは王国側の勧めだ。


「学費や寮費も合わせれば、全員分だと1億ガロンを超える予算をつぎ込んでいます」


「い、1億って、そんなの返せるわけ……」


 予想した通り、ただの善意ではない王国の思惑が牙を剥く。冬子や浩介達は絶句だ。学生の彼らに想像できる額ではないのだろう。かくいうユージンにだって全然分からないけど。えーっと、何百万個野菜を売ればいいんだろう。


 ん、ちょっと待てよ。そこでユージンの脳みそは急速に冷却された。


 費用の返還対象には、自分も含まれているのだろうか。


 そんなことに、思い至ったからである。脳内で理性と感情が転げ回る。


 学院に入学しているとはいえ、ユージンは混沌も異世界人も関係ない一般人だ。徹頭徹尾、おかしな役割は辞退してきたはずである。 


 別に自分だけ助かろうという打算ではない。異世界の友人たちは呼び出されて可哀想だと思ってるし、出来る限り助けてあげたいという気持ちに変わりはないのだから。


 しかし呼び出した王が諸悪の根源とはいえ、異世界人が行くあても頼る人もいなくて王国に庇護を求めたのは確かである。


 おまけに充実した学院生活を割と楽しんでいる。最高の環境であるSクラスでは、普通の勤め人の3倍以上のお金を毎月もらえるのだ。さらにはファンクラブが出来てキャーキャー言われる毎日を送っている。


 翻ってユージンはどうだろうか。


 初めから来たくないと明言していたはずである。クロノ村か出ることすら、何度も断った。それを強制的に連れてこられたのである。その上、最高の教育だろうがほとんど先生は来ない。クラスメイトにナイフを向けられる。生徒会だの異世界人だの、よく分からんファンクラブに殺されかかる。毎日ギャーギャー叫びながら生きてるわけである。


 これで学院に通う費用を払えというのは、あまりにも無情ではなかろうか。


 ユージンが白目と黒目をぐりんぐりんぶん回していると、少し離れたところで控えているルカの姿を捉えた。ルカが無表情のくせに、どこか満足げな顔をしてゆっくりと頷く。死刑宣告だ。この人もユージンの不幸が好きなようである。


「何故に、俺まで、知らん間に!借金地獄じゃあぁぁぁあ!」


 悲しい叫びが、高らかに響いた。


 先ほどまでの重たい空気はどこ吹く風。投げかけられる眼差しに込められてい流のは生ぬるい同情や、気の毒そうな憐れみと罪悪感。そして嬉々としてほくそ笑む悪意。全てがひっくり返った喜劇の舞台へと変貌しているではないか。 


「い、いかん。今は目の前の問題に集中せねば。金のことは一旦忘れよう。そして永遠に頭の片隅の、誰も見ていないし記憶にございませんコーナーに放り込んで、鍵をかけておくべし」


「落ち着いてユージンくん。悪徳政治家の隠蔽工作みたいになっているから」


 冬子の言葉は焼石に水だったが、その言葉に顔を上げてみれば、自分よりショックを受けている人間を見つけることができた。おかげでユージンの頭に冷静さが戻ってくる。


 マツダが真っ白になって、口を半開きにして涎を垂らしているのだ。「いちお、いちお、くううぅぅぅぅ」という可愛い奇声を甲高い声で発している。新種の愛玩動物を模したカラクリペットだろうか。 


 マツダは学校の必需品以外にも沢山おねだりしてたからな。みんなより返す額も多いと思い当たったのだろう。


「うまい話には裏がある、タダより高いものはないって事だね」


 ユージンは全く心のこもらぬ励ましを、一応送ってあげることにした。


 顔面蒼白の勇者を見てわかる通り、最早王国が彼らを手放す気が無いのは明白だ。これはどう言い繕ったところで脅迫である。ユージンはマツダを人間の心に戻すべく、抗議の声をあげるために腹に力を込める。


 しかしマツダのメンタルはさすがだった。バイロン侯爵は優しい笑顔に戻って、再び甘い毒をマツダの耳元に注ぎこんだ。


「ご安心下さい勇者様。我が国の騎士団とて全面的にお助けするので」


「そっ、そうか。騎士団だって戦うんだよな」


「勿論ですとも。もし混沌が現れれば人類全ての敵です。我が国以外からも、勇者様を筆頭に対混沌包囲網が作られるはずです」


「なるほど。世界の精鋭達を俺が率いるわけか」


 おい、なんでちょっとときめいてんだ。マツダの頬に血が通い、ほんのりと色づいてくる。


「それにあなた様のギフトは、混沌を封印した実績があるのですから!」


「そっか、よく考えたら一度出来たことだもんな。よしおまえら、俺に任せとけよな!」


笑顔で一堂に親指を立てることができるマツダは、ゴキブリよりしぶといメンタルの持ち主なのだろう。今だけは、その鋼鉄のポジティブメンタルが死ぬ程羨ましい。そこでユージンの思考を引き戻したのは、長沢くんと紅だった。


「金額や条件をそのまま納得する訳にも行きません。しかし僕らが混沌に対策を講じるべきだという現状は理解しました」


「時間との戦い。先に復活されたらどうしようもない」


 長沢くんは無駄に取り乱すこともなく、さりとて言質を与えるような愚もおかさない。紅はどこまでも冷静だ。2人に励まされるように浩介も声をあげる。


「そうだよな。バイロン侯爵、旗を名乗る者の手掛かりは無いんですか?」


 確かに、いきなり混沌の眠る次元の狭間に乗り込んで寝た子を起こすなんてアホ過ぎる行動である。一刻も早く右腕を確保して処分するのが最も現実的だ。


「あります。というか、それも皆様をお呼びした理由の一つなのです。近頃、学院都市で妙な薬が出回っているのをご存知ですか?」


 王国どころか世界規模の危機の話から、急に学院都市に話題が戻ってきた。


「妙な薬?」


 ユージンが聞き返すとバイロン侯爵は説明してくれる。


「ギフトの力を底上げしてくれるとかいう触れ込みなのですが、害のある危険な薬なのです。その薬の売人が名乗っている名が、赤い旗(レッド・フラッグス)というらしいのです」


「麻薬かあ、やだな」


 冬子が紅や浩介と顔を見合わせている。ユージンはそちらも気になったが、関連の薄さの方が気になった。何せ1億がかかっている手がかりである。それにしてはずいぶん頼りないではないか。


「赤い旗ね。関係あるような無いような」


「その男の服装が、王が見た人物と似ていたらしいのですよ。全身を覆う黒いフード姿で顔は分からなかったようですが、旗のマークにそれぞれ赤と灰の色がついていたとか」


「じゃあその旗ってのは、個人じゃなくて組織なんですね」


  相手が組織であることには、メリットとデメリットの両方があった。

 

 メリットの方は個人よりも組織の方が断然見つけやすいこと。秘密は人数が多くなるほど漏れやすい。

 デメリットはその人数が多いこと。1人倒せばお終いじゃなくて、より多くの敵と戦わなければいけない。


「皆さんには是非、この不届きものを確保するのを手伝っていただきたいのです。これ以上被害が広がる前に。そしてあわよくば、死線に立つ旗との背後関係を調べたいと思っています」


 それは確かに、初めて提示された具体的な目的と行動指針だった。


「分かった。じゃあ当面はその薬の売人を追うんだな」


 ようやく、漫然と学生として暮らしていたユージンたちの当面の目標が決まった。


 まずはその売人を捕まえる。その後、右腕を持つという主犯格の情報を引き出す。


 そして右腕を処分すれば、みんなは元の世界に帰れて、ユージンはクロノ村に帰れる。ついでに借金もなくなる。


「というか、なくならないと首くくるしかねえ。ギフト持ちのSクラスの皆様なら将来返せる可能性のある額でも、俺にはまず無理。消しゴムでもビビってんのに」


 そんなユージンの小さな呟きは、誰にも聞こえないはずだった。しかし食器を下げにきたルカだけは、歯を食いしばりながら肩を震わせているのであった。




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