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6、未来を恐れない勇者って後先考えない馬鹿って意味なのか

 不安と好奇の視線を浴びながら、村人たちの間を縫って進むと、村長とフィルはすぐに現れた。


「ここじゃあ話しづらい。わしの家に行こう」


 村長は多くを語らず、一向をひと睨みすると村人たちに解散するように命じた。


 全員を連れてゾロゾロと村長の家に向かう。ユージンを先頭にして、逸れそうなものに声をかけて列に戻す。まるでカルガモの親子だ。親鴨の心など一切気にかけず、あるものは興奮し、またあるものは不安げにユージンの後についてくる。一行は夕日のオレンジ色に染まりながら人気のない道を歩き続けた。


 村長の家にたどり着くと、村長はまずユージンだけを招き入れた。


 傷の手当てをしながら、ユージンの口からこれまでの経緯が語られるのを、村長は一度も口を挟むことなく黙って聞いていた。

 

異世界や謎のギフトなど突拍子もない話である。それでも村長はじっと堪えて聞き手に徹している。その落ち着いた態度のおかげで、語り手であるユージンの方も落ち着いていくのを感じる。


 村長といっても小さな村の話だ。特別豊かでも権力がある訳でもない。それでもなにかあった時には、村人はみな村長に報告する。


 普段は女のケツを撫で回すセクハラ親父だが、割と人望はあるのだ。それは有事の際にも、こういった態度で構えてくれるからなのかもしれない。フィルも村長の隣で黙って話を聞いている。


 全てを聞き終えた村長は、禿げ上がった頭をひと撫でして難しい顔で黙り込んだ。当然だ。田舎の人間は他所者への警戒心が強い。さしたる観光地もないクロノ村に客人が訪れることは滅多になく、ましてや一挙に20人近い人間が宿泊するなど前代未聞らしい。もし身分を偽った盗賊だとしたら、村は壊滅である。


 重い沈黙を破って、村長とフィルは口を開いた。


「新しい刺激。ワシも現役に戻れそうだ!」

「おいユージン、あんな可愛い子どこで見つけて来た!」


 全然駄目だコイツら。女しか見てなかった。


「あの亜麻色の髪の子を見たかフィル。おっぱいもデカかったぞ」

「黒髪の子も猫目で可愛かったなあ」


 この似た者親子、普段は喧嘩ばかりのくせに、ダメな遺伝子だけは損なわれることなく受け継がれているようである。フィルはまだしも村長のは完全にセクハラだ。


「いや、村長。そうじゃなくて、素性の知れない人間が」


「あん?馬鹿かお主は。あんな可愛い子が悪さするわけないだろう」


クソみたいな理論である。


「でも男だって居るし」


 フィルはユージンの言葉を遮るように肩に手を回してくる。


「そんな付属物はどうでもいいんだ。これ以上ごねて若い女の子が村から居なくなったら」


 そこで一拍置いてから、フィルはユージンの首の辺りで腕に力を込めた。息が詰まって苦しい。


「いざ行かん花園へ!」

「クソ親父、抜け駆けすんな」


 村長が自宅の扉を蹴破る。それに続いてフィルも飛び出していった。

説得もクソもない。ひとりで呆けていても仕方がないので、仕方なくユージンはふたりの後を追うことにした。


 異世界人を前にした村長は、流石にあのテンションではなかった。むしろユージンの話を聞いていた時のような、重々しい表情をしている。ユージンは安堵した。やはり先ほどのは演技で、ユージンを安心させようと思っての芝居だったのだ。


「親父の奴やるじゃねえか。威厳のある年長者路線で行くつりだぜ」


 違った。スケベしかわからない真実を、隣の馬鹿がしっかり解説してくれた。ゴクリと生唾を飲み込んでいるのが腹立たしい。


 村長は自分がいちばん格好いいと思っている間をとって、異世界人たちに語りかける。


「集会場を貸すことは構わんよ」


 じっと村長の言葉を待っていた子供たちから、安堵の声が漏れる。続けて村長はひとりひとりの顔を見渡す。


「だが君たちはこれからどうするのだね。期限はいつまでで、この村で何をするつもりなのかな」


 この発言で、ユージンは村長解任の署名を集めて回る計画を一旦保留にした。


 一時凌ぎならばいいが、いつまでも客人扱いはできない。集会場を占有させるわけにはいかないし、彼ら自身も住む家や仕事を見つけなければいけないのだ。


 十分に彼らの現状と問題点を言い表した発言だった。「なんなら誰か嫁に」とか言っている馬鹿息子とは一味違う。


「あの、取り敢えず元の世界に戻る方法を探そうと思います。それまで迷惑でなければ農作業の手伝いや雑用をさせて頂きながら、こちらにお世話になれればありがたいです」


 冬子が言ったことは、考え得る中で最もベターな案だろう。 他にも幾人か後ろで頷いている。

しかし彼にとっては違ったようだ。


「いや、俺ら明日にはこの村出てくんで。こんな田舎じゃ何も始まらないっていうか。俺らのハッピー異世界ライフには地味すぎるというか。なので取り敢えず今日まででいいっす」


「マツダにはギフトもあるしな!」


「そうそう、選ばれし者はそれ相応の場所に居ないとな!」


 こいつはもしかして馬鹿なんじゃなかろうか。ユージンの頭に、そんな言葉がよぎった。


 どこにいくかすら決めていない。道筋も、路銀も、行った先の生活のこともまったく考えていない発言である。

そのポジティブさにはもはや戦慄を覚える。それに賛同する取り巻き達は、本当にマツダが好きなのだろうか。


 無条件の賛成など、嫌いか無関心な人間に対する反応だ。ユージンならそう考えてしまうが、恐ろしいことに彼らの中にはその意見に魅力を感じているものも少なくないようだ。彼らにはまだ、現実感がないというか、遊び感覚の者が多すぎる。


 ユージンは村長の顔を盗み見た。軽薄な態度に怒らせてはいなだろうかと心配になったのだ。しかし村長は、流石に冷静だった。


「ふむ、確かにこの小さな村では情報もあまり入らんだろう。君たちが元の世界を目指すにしろ、王都の方が都合がいいかもしれん。私の方でも王都の役人に手紙を出しておいてあげよう。今日明日では手紙の返事はこんが、もしかしたら王国で保護してもらえるかもしれん。その返事が来る時までは集会場を使うことを許そう」


 その言葉に、それぞれの反応が返ってくる。


「ハイ、ありがとうございます」


「よろしくお願いします」


「王城かぁ、ついにイベントが始まる感じだな!」


 理由は違えどみんな嬉しそうである。そんな様子を、小さく微笑みながら村長は見守っていた。


 一方ユージンは村長の言葉に感心していた。闇雲に動くよりもよほどいい案だ。


 ユージンも彼らに王都に行くことを勧めてはいたが、役人に手紙を書くことまでは考えが至らなかった。異世界なんて、王城の研究者が動いてもおかしくはない大事である。

安全や衣食住くらいは保証してもらえるだろう。あわよくば、畑と吹っ飛んだ今年の収穫分も国から補償が出ないかと、すけべ心が湧いてくる。


「さて、それでは最後に一つだけこちらから条件を伝える」


 あらためて村長は異世界からの客人を見渡した。その目には、先ほどまでとは違った光が宿っていた。

その光に当てられて、沸き立つ集団の顔から笑みが引いた。


「あ、その、すいません。実は俺たちこっちのお金は持っていなくて……」


 浩介が気まずそうに言う。しかしユージンには、そんな心配は必要ないとわかっていた。村長の要求は、たぶんそんなことではない。


「ワシはね、この村が大好きなんだ。君たちのいた世界からすれば不便だったり、つまらなかったりするのかもしれん。でもね、ワシの愛するこの村の住民を傷つけるような行動をした時は……問答無用で出て行って頂く」


 村長の普段は見せない姿に、フィルでさえ息を飲むのがわかる。流石にマツダたちも黙り込んだ。


 やはり普通の村は最高である。こんなイカしたセクハラジジイがいるのだから。

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