表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (2)
78/88

3、貴族からのお便り

 ユージンが待ち合わせの場所である校門の前に辿り着いた時、まだ異世界人たちの姿はなかった。約束の時間までは、あと数分といったところだ。


 代わりと言ってはなんだが、校門の前には豪奢な馬車が停まっている。それを周囲に生徒たちが集まって、物珍しげに眺めていた。


 すげえ趣味である。人が乗り込む箱の部分は真っ赤に塗られていて、遠目でも存在感を主張している。おまけに本物の金であろう重厚な飾りが散りばめられた様は、いかにもおいら金持ちだぜと主張していた。


「そんな顔してこんなえげつないモンに乗り込むんだ」 


 ゴテゴテした装飾のせいで、さぞかし重たいだろう。この馬車を引く馬を気の毒に思って、ユージンはさらに観察を続ける。

 

 学院に貴族の子息が多いといっても、これほど贅を凝らした作りの物はそうそう見かけない。車体に繋がれて居たのは、黒い体に白い立髪の巨馬である。普通の馬より2回りは大きい。あの蹄に引っ掛けられた、顔な形なんて綺麗に変わってしまうだろう。


「ユージン様、いつまでも阿呆のように眺めていないで、早くお乗りください」


 荷馬車くらいしか乗ったことのない自分には、縁のない存在だ。そう思っていたのだが、頭の上から呼ばれたのは自分の名前だった。


 御者の声は、意外にも年若い女性のものである。見上げれば、見知ったメイドが手綱を握っているではないか。その姿を確認すると、ユージンにも馬車の持ち主に合点がいった。バイロン家の迎えである。


「なんでも出来ますね、ルカさん。メイド服で黒い巨馬を操るとか、いいギャップです」


御者はバイロン侯爵のメイドで、ユージンたちの住む学生寮で身の回りの世話をしてくれている、ルカだった。非常に不本意ながら、どうやら自分はコレに乗り込まなければいけないらしい。


「お褒めいただき光栄です。ユージン様の暴れ馬も、ベットで乗りこなす自信がありますが」


「健全な青少年たちの集まる学舎の前で、ドぎつい下ネタはやめて下さいよ」


 相変わらずの無表情で言うルカに、ユージンは慌てて言葉を返した。実際、冗談で済まないのがユージンなのだ。自分にまつわる噂話には、尾鰭どころかイワシの群れが丸ごとついて回っている。今度はどんなふうに悪評が立つか判ったものではない。


 現に今も、「今度は美女メイドとか」という呟きが聞こえたかと思えば、植え込みの影からユージンに掌をかざす白い下着を被った集団も見える。彼らの口からは「くらえ、れんぞくしねしね波」という、この世の終わりのようなネーミングの怪電波の名が漏れている。


「俺がなんしたっちゅーねん」


 周囲の目が気になって、ユージンは逃げるように馬車の中に乗り込んだ。


 馬車の中は広い。外から見ても大きな馬車だったが、待ち合わせの人物が揃って居ないのも原因だろう。慣れないフカフカの椅子の座りが悪くて、なんとなく落ち着かない。というかこの空間に馴染みたくなかった。外を覗こうかと思ったら、馬車の前の方からルカが声をかけて来た。


「ユージン様は人気者ですね」


「本当に泣きそうになるんで、そういう皮肉はやめませんか」


「いえ、皮肉ではありません。なにやらエールを送られていたではありませんか」


「あれが応援に聞こえるなら、今すぐ耳を取り替えに行ってください」


 なにが楽しいのか、ルカの声は弾んでいるように聞こえる。直接顔が見えないので、いつもより声に敏感になっているのかもしれない。


「いえいえ、今日の集まりも、ユージン様が人気者だからお呼びしているのです」


「今からでも辞退できませんかね」


「往生際が悪いですよ、昨晩あれだけ話し合われたでしょう」


「あれは話し合いではなく脅迫です」


「心外です。それではお詫びに、ユージン様に私からもエールを送りましょう」


 そう言うと、なにやら御者の席からゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。


「……なにしてるんですか」


「ユージン様の座席に向けて、スカートをたくし上げております」


「今すぐやめい!」


「安心してください、貴方にしか見せてませんので」


 そういう問題ではない。この冷徹なまでの美しさを持つメイドは、普段は完璧に異世界人たちの間を立ち回っている。家事はもちろんの事、学業に必要な物資の準備もおさおさ手抜かりない。まさに理想の頼れるメイド長である。


 だと言うのに、何故ユージンの前でだけは皮肉製造機に変わり、おまけに無表情でツッコミ待ちの態勢を作るのであろうか。


「阿呆はどっちですか!まさか本当にやってないですよね」


「れんぞくキュン死に波です」


「あんな奇怪な集団のボケを被せんでいいわ!」


「キュンと高い音が鳴る得物で死なせます」


「俺にも見えてないし、それは結局殺しに来てるので、ぜんぜん嬉しくない」


「頑張ったのに」


「わかりましたよ、行きますよ」


 ユージンは深々と諦めのため息をつきながら、両手を降参の形に上げて昨晩のやりとりを思い返した。




 

 その日、寮に戻ったユージンを待ち構えていたように、ルカは食堂で静かに佇んでいた。携えていたのはバイロン侯爵からの伝言である。


 パラパラと異世界人たちが集まってくると、ルカは全員の前に一枚の封筒を見せた。


「旦那様の準備が整ったそうです。皆様をお食事に招待したいと」


 隣で浩介が息を呑むのが分かった。それは彼らにとって、今後を左右する大切な招待状なのだ。


「だたし、バイロン様はお忙しい身です。そこでアナタ方の中から代表者を選出して頂きます」


「それは数人しか話せないということですか」


「全員からの質問に答えていては、時がかかり過ぎますから。そうですね、多くとも5、6人といったところでしょうか」


 ルカの言葉は理解できる。大人数が各々質問するよりも、聞きたいことを代表者がまとめて質問する方が効率的でもある。

 

 集まった異世界人たちは、互いに目配せをしながら周囲を伺う。重責ある役だ。しっかりと情報を集めるだけでなく、混沌と戦うとしても少しでも有利な条件を引き出しておきたい。


 軽い気持ちで立候補できるような空気ではなかった。梓など、ユージンと目が合った瞬間に光速で顔を逸らしている。口下手な彼女にとっては、いかにも苦手そうな役割だ。


 そして、大切な交渉役を決める話し合いが始まった。


 口火を切ったのは、もちろん我らがリーダーである。


「じゃあ残り5人か、木村と佐藤は来るだろ。あとは……冬子と紅も来いよ。最後の1人はそうだな、まあ川口でいっか」


 しれっと自分を勘定に入れているところが、さすが勇者様である。その他のメンバーの判断基準は分からないが、ユージンはあえて口を噤んだ。代表者を選出する会話に、口を出す気はない。


「ちょっと待ってよ、松田くん。どうしてそのメンバーなのよ」


 冬子が理由を尋ねたのは、当たり前の反応だろう。しかしそのあとが悪かった。


「ユージンくんも一緒じゃないと」


 思わぬ流れ弾である。露骨に嫌そうな顔をするマツダに向けて、ユージンは慌ててアピールした。なして自分がマツダの機嫌を取らねばならんのじゃ、という悲しい疑問を無視して、必死に冬子を宥める。


「みんなの指針となる大事な話だろ。俺は遠慮しておくよ」


 異世界人たちの未来に関わる話し合いに、部外者が口を挟むのは良くないのである。しかし返ってきたのは、冬子と紅の非難するような白い目だった。


「ねえ、ユージンくん。このままいけば、自分は行かなくて済むとか思ってないかしら?」


「偉い人の前に立つと、胃が痛くなるとか考えている」


「そ、そんな利己的な理由のわけないだろ、ははっ」


 黒い腹で白い目を向ける冬子も怖いが、正確にユージンの腹を読む紅も怖い。


 だって嫌じゃないだろうか。自分にはあまり関係のない会議に呼ばれた時の疎外感。そのくせ急に話を振られた時の恐怖。


 そもそも混沌とか昔話のギフトとか、明らかにユージンのキャパを超えた話し合いである。絶対行きたくない。もしも自分の発言で会談の流れが変わったらと思うと、今からお腹が痛くなるってなモンである。


 しかしルカの言葉は、あっさりとユージンの願いを打ち砕いた。


「いえ、決まっていないメンバーは4人でございます。ユージン様は必ずお連れするよう、バイロン様からきつく言いつけられておりますので」


「へ、何で名指し?」


 思わず間抜けな声が漏れた。冬子が呆れたようにため息を吐く。


「当たり前でしょ、ユージンくんが約束したんだから」


 そこに口を挟んだのは、またしてもマツダだった。ありありと不満を浮かべながら、ユージンを指差す。


「ちょっと待てよ。限られた貴重な枠をコイツに使うなんて、もったいないだろ」


 先ほどまで、「最後の1人は、まあいっか」と言っていたとは思えない憤り方である。


 でもいいぞ勇者よ、そのまま哀れな農民を救いたまえ。ユージンは珍しく、自分に都合のいい発言をするマツダに全力で乗っかることにした。


「そうだよ、約束したと言っても、俺は間を取り持っただけだ。他に行きたい人がいるんだからさ」


「当たり前だ、これは俺たちの問題なんだから、部外者はでしゃばらないでくれよ」


 怒れるマツダはいい兆候である。自分たちの未来を決めるのだから、その舵を部外者に取らせたくはないのだ。席が埋まっている以上、波風を立てる必要は微塵もない。


 そう思っていたのだが、希望は思わぬ所から崩れ去った。


「俺はパス。松田がいれば大丈夫っしょ」


 ご自慢のロン毛ををいじりながら、サトウが言った。その顔には話し合いの行く末に、微塵の興味も浮かんでいない。


「そ、そうだな。重要な話はやっぱり、勇者である松田が決めないと!」


 そう言った木村の突き出た腹には、パスタソースの染みがついている。話をそっちのけで、飯を食い続けていた証左である。


 前から思っていたけれど、このふたり、重要な場面ではあっさりマツダから離れるよな。結構酷くないか。ユージンは一縷の望みをかけて、マツダに期待の眼差しを向けた。さあ、他の候補者を選ぶがいい。


 マツダは周囲を見回すと、「みんなを導く勇者か」と、頬を赤らめて拳を握った。


「そうだな、勇者の俺がいれば、足手まといがいても大丈夫か。貴族の相手はクロフォードで慣れてるしな」


 マツダさんや。


 なんであっさり引いてんだ。いつもの無駄な粘着質はどうしたんだ。


「たとえ指名されてなくても、ユージンには居て欲しいな」


 おまけに浩介が裏切った!!


 とどめは耳元で呟かれたルカの一言だった。


「残酷な方ですね。学院に通い始めたとはいえ、未だ異世界の常識を知らぬ彼らだけで行かせるとは。竜の巣に赤子を投げ込むようなものだと思いますが」


 そんな事を言われたら何も言い返せない。バイロン侯爵が異世界人に好意的とは限らず、何かに利用する事を企んでる可能性だってあるのだ。しかしそれを、バイロンに仕えてるルカが言っていいのだろうか。


「だー、分かったよ行くよ!でも一つ条件がある」


 ユージンは投げやりな叫び声を上げるしかなかった。


「最初からユージンは行くことになるに決まってる。駄々をこねるのは時間の無駄」


「……紅さんや、俺が悪い感じなのかしら、これ」


 めげそうになりながらも、ユージンは譲れない条件を足した。


「2人辞退したんだから、もう1人行けるんだろ。その人を俺に指名させてほしい」


 ユージンが候補者の名前を告げると、周囲にどよめきが生まれる。


「なんでそいつなんだよ」


「交渉役には向いてるからさ」


首を傾げるマツダに向かって、ユージンは微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ