27、おててつないで帰りましょう
生徒会室での殿上人による会議。そんな会話に己の名前が要注意人物として挙がっているなど、想像もしていない男がいる。そう、ユージンである。
ユージンは困っていた。この男が困っているのはいつもの事ではあるのだが、ハードな決闘の後である。ようやく一息と思っていた彼には、目の前で起こっている諍いを解決する気力は微塵も残っていない。
眼前で睨み合うのはクエロと冬子、紅、梓の四者。お互い、一歩たりとも引く気はないという顔つきである。
「ねえクエロさん。とにかく早くその手を離してくれないかしら。お話はそれからにしましょう?」
ドス黒いオーラを立ち上らせた、笑顔の冬子。
「やだよ、どうしてオマエにそんな事を言われなくちゃいけないんだ」
それに対してクエロも八重歯をむき出しにする。
事の発端は、下校を告げる鐘が鳴り、教室を出ようとした時のクエロの行動である。キャシーと3人で、約束通り冬子たちとの待ち合わせ場所に向かおうとした時だった。
☆
「ところで、クエロとキャシーちゃんも寮なのか?」
教室の扉の前でユージンは何気なく、ふたりに尋ねた。
「ボクは寮じゃトラブルになるかもしれないからって、入れてもらえなかった。だから王都の街から通ってる」
「あたしも違うわよー。ダメなのよね共同生活、だから個人で部屋を借りてるの」
獣人であるクエロは、見えぬ所でも苦労をしているらしい。キャシーはイメージ通りだ。というか、共同生活なら風呂とトイレでドキドキしてしまいそうである。
「そっか、それじゃ途中まで一緒に行こうか」
アホな考えを振り払い、ユージンがふたりを促して歩き始めたその時。
「んっ」
クエロが当たり前のように、手を握ってきた。そしてそのまま歩き出した。
「え?」
この行動には、ユージンも半ばパニックである。訳がわからない。何故クエロは自分と手を繋いで歩き出したのだろうか。しかし尋ねると、クエロはキョトンとした表情で返してくる。
「えっ、だってボクら友達になったんでしょ。だったら帰り道には手をつなぐよね。村の子はみんなそうしてたもん」
「いや、いくつのときのだよ。小さい頃は男女関係なく、それくらいしてるけどさ」
ユージンはクエロの、白く小さな手を振りほどく。
クエロの友達の知識は、どうやら妹が生まれるまでの僅かな期間。幼児の頃で止まっているらしい。苦笑いしながらもクエロに伝える。
「この年になったら、手をつなぐのはあんまりしないだろ?」
子供の時ならいざ知らず、年頃の男女が手をつないで歩けば、あらぬ誤解を生むだろう。けれどクエロは強く抗議の声を上げた。
「そんな事ないよ!ボク見たもの、今朝だって女の子同士が手を繋いでたよ。それともユージンもやっぱり、獣人とは手なんて繋ぎたくないの?」
「い、いや女の子同士でも特殊じゃないか?ましてや男女が……」
クエロは更に追い討ちをかけてくる。瞳を潤ませて見上げてくるのだ。
「ボクらは友達じゃないの?」
「……はあ」
しょんぼりするクエロに負けて手を差し出すと、嬉しそうに飛びついてきた。まあ、嬉しそうだから今日はいいか。こういう事に憧れていたのだろう。満足そうなクエロを悲しませるような真似を、ユージンはどうしてもする気になれなかった。
誤解はおいおい、解けば良い。そんな甘い考えは、すぐに打ち砕かれることになる。ニヤニヤと笑うキャシーだけが、その後に来る未来を正確に予想できていることを、ユージンは後になって知ることになるのだった。
☆
待ち合わせ場所である校門の前には、すでにSクラスの友人たちが到着していた。昼休みに約束をしていた浩介たちは、首を長くして待っていたようだ。冬子たちが遠目にもわかる笑顔を見せている。
ようやくの再会という感じだ。学院生活初日の話をしたくて、ウズウズしているのだろう。だが冬子たちはユージンの姿を見るなり表情を一変させた。
呆然と立ち尽くす彼女たちと、何故か顔を両手で覆って俯く浩介。
「悪いみんな、待たせちゃったか」
冬子は視線だけで人が殺せるほど、ユージンの手を見つめながら言った。
「……なにしてるのかな、ユージンくん?」
どすの利いた声である。怖い。ユージンたちもすぐに教室を出たつもりだったが、そんなに待ったのだろうか。
「なにって……帰るんだろ?」
もはや言っても無駄と悟ったようで、紅と梓は矛先を変えてクエロを見た。
「クエロとかいう人。どうしてユージンと手を繋いでいる」
「は、離してください!」
その言葉でユージンは勇気づけられた。だよね、おかしいよねうん、ってなもんである。
「えっ?だってボクら友達になったんだもん。やだよ」
その違和感に気付かないクエロが言う。
「聞いてユージンくん、今日ね、」
冬子はクエロの言葉を無視して、無理やり繋がれた手の間に割り込んできた。顔には笑顔が貼り付けられている。
「もう、邪魔だなあ」
クエロは訳がわからないとった様子で、もう一度ユージンの横に移り、手を繋ぎ直す。
さらにもう一度冬子が間に立って、ユージンの手を取った。
あれ、何で冬子まで。そんな疑問を口に出す暇もなく、クエロが繋ぎ直す。今度は紅が間に立つ。またまたクエロが間に立つ。更に梓も参戦。無言で3周ほどループしたところで、ついにクエロがキレた。
「何なんだよキミたちは!どうしてボクとユージンの友情を邪魔するんだ!!」
ここまでが冒頭のワンシーンの前に起きた出来事である。
「どうしてじゃないでしょう。貴女は友達というけれど、普通の友達は男女で手を繋がないわ。だいたい貴女、昼休みの時は友達じゃないってツンツンしてたじゃない」
「間違えている」
「そ、そうですよ」
「嘘つきめ!僕は知ってるんだ。友達ってのは手を繋ぐんだぞ。お昼ご飯の後で友達になったんだもの。それにユージンの方から手を出してくれたんだから」
「「「はぁ!?」」」
鬼の形相の3人の注目を浴びて、ユージンは乾いた笑みで目をそらした。
「あのー、早く帰りませんか」
「ユージンくん、そんな事より先に、話すべき事があるんじゃないかな」
「油断。危ないとは思っていたけど、まさかここまで早いとは」
「ユージンさん、今日の日記はちょっとだけ悲しい目に合いますけど、許してくださいね?」
背筋に冷たいものが流れる。どうして特大の地雷を踏んだ感触があるのだろうか。新しい友達が出来ただけだのはずだ。ユージンは唯一まともな友人に救いを求めた。
「浩介さんや、俺はこれからどうなるんでしょうか」
「ユージンって鋭いのに、どうしてこういう事だけは鈍感なんだ?」
「そりゃあユージンちゃん、女心を弄ぶ男は地獄行きよ」
珍しく、浩介やキャシーにまで非難の目を向けられたが、よく分からない。
「なんでみんな怒ってるんだよ。そりゃクエロも勘違いしてるけど」
しかし何か言えば言うほど、地雷を踏み抜いている気がするのはどうしてだろう。
「あっ、もしかして異世界では手をつなぐの自体失礼な行為とか?国や宗教によって常識って違うもんな。子供の頭を撫でちゃいけない国もあるらしいし」
そんな必死の話題転換を無視して、クエロから更に燃料が投下された。
「それにコレだって、ユージンに貰ったんだよ?」
何故か勝ち誇ったような顔で、ヘアバンドに手をやり微笑むクエロ。落雷にでも打たれたかの如く、よろめく3人。
合格発表でもここまで緊張しないんじゃないか、と思う程震える声で冬子がクエロに疑問をぶつける。
「ま、まさかあなた、それをもらった場所って……」
「空中庭園。鐘の下だよ?」
「「「……」」」
クエロの言葉に無言で崩れ落ちる3人。
「なにが起こってるんだ。というか、どうしてクエロと異世界人はこんなに相性が悪いんだ?」
「異世界人とじゃないんだよ、ユージン」
「アッハッハ、ユージンちゃん最高!」
オロオロするユージンに浩介は呆れ、キャシーは爆笑だ。
立ち上がった冬子たちは、何故か感情の一切を滅ぼされた笑みだった。物凄く嫌な予感がする。
「ねえユージンくん。私、今日いっぱい頑張って勉強したんだよ?ギフトの使い方だって1日で凄い成長だって先生に驚かれちゃった」
「そ、そうか。それは偉いな。ところでどうして、俺に向けられた手から冷気を感じるのでしょうか」
「私も更に硬度のある素材が作れるようになった。人を撲殺するのに最適」
「紅さんや。そんな物騒な事に使わず平和利用を考えましょうよ」
「ふふふふふふ。私運動は苦手だけど体術のセンスあるって」
「えっえっえっ?寒いよ!何か指先が凍えてるよ?紅さんがごっついハンマー持ってるよ?ぐえ、三つ編みさんが俺の首を絞めてるっ!」
ゾンビのような動きで、3人がユージンに飛びかかる。それまで笑っていたキャシーがようやく修羅場に満足したのか、静止の声をかけてくれた。
「はーいお嬢さんたち、ストーップ」
三人はようやく第三者の存在に気がついたのか、ユージンを殺害する計画を一時中断する。
「さすがにそれは駄目よ。安心して、クエロはまだまだ、あなたたち程自覚してないから」
いささかバツの悪そうな顔をしているが、殺人未遂の罪悪感はかけらも見受けられない。むしろ冬子から舌打ちが聞こえてきたのは、精神の安全のためにも気のせいだと信じたい。
「ちょっと待ってなさい。クエロはちょっとこっちに来なさい」
キャシーはクエロに声をかけると、少し離れた所に連れて行き、何かを耳打ちをしている。3人とも出鼻を挫かれた形で、ひとまずユージンは解放された。
しばらくして駆け足で戻ってきたクエロは、真っ赤な顔を俯いて隠し、小さな声で呟いた。
「……大人が手をつなぐのはそんな意味だったなんて」
「どうしたクエロ」
「うっ、うるさい!帰る!!」
クエロは大声で怒鳴ると、先に歩き出してしまう。ユージンはクエロの豹変ぶりが気になり、キャシーに尋ねた。
「のわぁ!何だよクエロのやつ。キャシーちゃんなに言ったの」
キャシーはまたまたニヤニヤしながら答える。
「手を繋いだ後のカップルの流れを教えてあげただけよ。おてて繋いで散歩して、夜の公園でキスして。まあホテルにしけ込む所で耳塞いであなた達のところに戻っちゃったけど」
「キャシーちゃん、何かそれはそれで偏ったこと教えたんじゃなかろーか?」
余談だが、しばらくクエロはユージンと横並びで歩く時、手が掠っただけで顔を真っ赤にして駆け去って行くようになった。
気の抜けたユージンたち一行はようやく、夕方の学院都市の中を歩き始める。
学院生活は初日から、波乱だらけだった。校舎はボロボロ、クラスメイトは個性豊かで、おまけに旧知の仲にも殺されかける。思わず足が重たくなって、いつの間にかユージンは集団の最後尾にいた。
なにをどうすれば、ユージンのような平凡な農民がこんな生活に巻き込まれるのだろうか。そんなことを考えながら、夕日に出来た影に目を落とす。
前方に広がる影は、村にいた時からふたつ増えていた。背の高い影と、尖った耳の生えた影。
「まあ、悪くはないか」
呟いて、ユージンは再び足を早めた。
視線を上げれば、仲良く言い争う影の主たちがいる。ユージンの影は、いつの間にか前を行くそれに加わって、大きな大きな円に変わっていくのだった。
入学編はここで区切りです。ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます!
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