幕間.王立アプレンデール学院の密談 麗しき生徒会の場合
終業を告げる鐘はずいぶん前に鳴り止み、アプレンデール学院は夕陽に照らされ、オレンジ色に染まっている。学園都市は、責務から解放されて晴れやかな表情になった学生たちで溢れている。
とっくに下校時刻を過ぎたというのに、その部屋には6人の生徒が留まっていた。
扉のプレートには、「生徒自治会議室」と表示されている。
王立アプレンデール学院の生徒たちの代表。生徒自治会の面々である。選挙で選ばれたこの組織は、会長と副会長。そして書記と会計がひとりずつ。そこに庶務の2人を加えた6人で構成されている。
机を囲む椅子には、もう一つ空席がある。今この場には居ない、特別相談役というよく分からない役職があるのだ。その代わりに、教師がひとり同席していた。
学院の自治会のメンバーは、殆どがSクラスに所属する生徒だ。アプレンデールの自治会に所属するということは、一種のステータスである。この肩書きだけで、就職先がいくつか決まるぐらいの影響力がある。
おまけに、学院における彼らの地位は高い。生徒たちから絶大な人気を誇る自治会の決定は、教師といえども覆すことが難しい。それは学院内のトラブルを解決したり、生徒の要望を吸い上げて実行してきた功績があるからだ。
「クロフォード先輩、今日の議題は例の異世界人たちっすよね。どうだったんすか、実物を見た感想は」
赤茶色の髪を短く刈った少年の名は、フィンケル・ランパード。学生の身でありながら、ギフトを使用する球技の王国代表を務めている。当然所属はSクラスで、2年生の庶務係である。
彼らの議題は、異世界人たちの事だった。
ギフテッドと学院の性質上、一度に20人近く編入してくることなどまずない。おまけに鳴り物入りで編入してきたのだから、生徒たちの話題は今や異世界人のことで持ちきりだ。
予想される混乱に対策を立てるために、生徒会の会議は開かれているのである。
「礼儀を知らない最低の集まりでしたわ、会長とのお食事を反故にするだなんて」
クロフォードが口を開く前に言ったのは、金色の縦ロールの髪がゴージャスな女子生徒、マリカ・クレメンタイン。昼間に騒動の場にいた少女だ。王国でも5指に入る名家の令嬢は、書記の役職につく1年生である。
眉を顰めて話すマリカは、クロフォードに心酔しきっている。そんな彼女にとっては、会長の周りに突如現れた異世界人たちは、あまり面白い存在ではない。学院で注目されるべきはクロフォードただ1人であるべきなのだ。
「あんまり生意気なら、俺が動きますよ」
「私も摘める目は、摘んでおくのが宜しいと思いますわ」
フィンケルとマリカの発言に、芝居がかった仕草で男子生徒が眼鏡を押し上げた。
「同感だな。だいたいおまえは甘すぎる。いきなりSクラスに入れること自体、間違っているのだよ。勇者であろうと、今日のように他の生徒を浮き足立たせるような真似はやめさせるべきだ」
三年生のレスペトラス・ポーターは、会計職を務めている。クロフォードとは幼馴染で、家同士の付き合いも濃密だ。上級生の同意を得て、マリカの口調にも興が乗ってきた。
「釘をさすくらいは良ろしくって?」
「だったら俺に行かせて下さいよ、一年のチビ助は今回はお留守番だ」
「ワタクシ、会長にお尋ねしておりますの」
「生意気なヤツだな」
腰を浮かせかけた二人を止めたのは、クロフォードの隣に座る女生徒だった。
「勘違いしないで下さい。我々の目的は、彼らを押さえつけることではありません」
場に白けた空気が流れる。そんなこととを一切気にする様子もなく、女子生徒は続けた。
「学院にどの様な影響を及ぼすかを調べるための会議です。悪影響があると分かった時点で、それなりの対策を立てさせてもらいますが」
レンリ・ノーベルの涼しげな目元は、彼女の利発さをよく表している。彼女こそが2年生ながら副会長に抜擢された、生徒会のNo.2である。
月並みに言ってしまえば頭脳明晰にして眉目秀麗。会長たるクロフォードと並び立つことを許された、唯一の存在。
美貌の会長に見劣りしない美しさを持つレンリだが、男女合わせて3桁に届く彼女に告白した者たちの中に、その愛を勝ち取った者は未だ居ないらしい。
「彼女の言う通りですよマリカくん。彼らもまた学院の生徒であり、我々が守るべき対象なのですから」
クロフォードは優しく後輩を嗜めた。それだけでマリカは満足したようで、それ以上この話題への興味を無くしたようだ。
「皆さんの意見は分かりました。では最後にカーラくん、君はどう思いますか?」
名前を呼ばれて、今まで端っこの席で先輩たちの議論を邪魔しないよう黙っていた、庶務の男子生徒が応えた。
「まずSクラスに編入された異世界人の先輩方ですが、今日の様子ですと、特に問題を起こす意図は無いようです」
カーラと呼ばれた少年は、たどたどしくも懸命に資料をめくる。
「生徒の皆さんが浮き足立つのも、異世界から編入生が来るとなれば、仕方がないと割り切れる程度のものかと」
自治会のメンバーに置いてカーラは異質の存在であった。いや、他の面々が高スペックなだけで、普通の存在と言うべきかもしれない。
中肉中背の見た目。霞んだ灰色の髪をしているが、それ以外にこれといった特徴の無いこの少年が、一年生の庶務である。
カーラ・イズマが自治会の中で浮いてしまうのは、その平凡な見た目や経歴だけではない。なんと彼はBクラス所属なのだ。
基本的に、歴代の自治会のメンバーはほとんどSクラスの生徒だ。それは別に決まりがあるわけではなく、単純に選挙に勝ってきたのが優秀なSクラスの人材だったからである。Aクラスの生徒が自治会に入った事は、今迄に何度かあるらしい。しかしBクラスとなると学院創立以来、初めてのことだという。
「つまりカーラくんは騒ぎは一時的なものであり、いずれは沈静化すると考えているのですか」
「いえ、クロフォード兄さん」
カーラはクロフォードを兄と呼んだ。これがBクラスの一年生が、史上初の生徒会入りを果たしたカラクリである。彼はクロフォードの従兄弟だった。
そんなカーラが学院に入学するやいなや、クロフォードは生徒会に推薦したのである。会長の人気にあやかったと言えばそれだけのことで、結果、あれよあれよという間に当選してしまった。
「彼らと関わった生徒たちに行った聞き込みによりますと、既に勇者様を筆頭に、数人にファンクラブを設立する動きがあるようです」
異世界人の周りは、まだまだ騒がしくなりそうである。マリカが気色ばんで再び立ち上がった。
「なっ、生意気ですわ!クロフォード様のファンクラブさえあればよろしいのです」
しかしマリカを止めたのは、他でもないクロフォードだった。
「彼らはかなり高度な教育を受けてきたようですね。文化の違いに戸惑うことはあっても、授業にはきちんとついてきていました」
「しかしあの勇者という男は、」
「勇者殿も、非常に学院に貢献してくれそうなお方でしたよ」
クロフォードは微笑みながら言った。マリカはハッキリ言って、例の勇者に微塵の期待も抱けなかった。それでも会長の言葉ならばと、一応の納得を見せる。
「私の所感では、彼らを必要以上に警戒することはないと結論づけます。それよりは、積極的にサポートをして馴染んで貰う方向でいかがでしょうか」
クロフォードの言葉は、提案ではなく決定だった。
「そうかあ、それじゃあ後輩の俺たちには出番がなさそうですね」
「まあ、なにかあれば我々が抑えれば問題ない」
「では、異世界からの編入生の件は問題なしということで、今のところは通常の対応でよろしいですね」
レンリが資料を揃えて机の端に寄せたことで、会議に終了の気配が流れる。
しかし流れに逆らって、おずおずと手を上げる者がいた。
「あのお、むしろ心配なのは、一緒に入学した生徒かと」
控えめに、カーラは一枚の資料を皆の前に差し出した。そこには異世界人ではない、もうひとりの編入生の名が記されていた。