5、村に帰ろう
太陽は徐々に中天から西に傾いている。
畑から村まで向かう道中で、ユージンたちは軽い自己紹介をした。
気になっていた三人の名前も分かった。
亜麻色の髪の少女が冬子で、短髪の少年が浩介。背の低い少女は紅というらしい。
真っ先に覚えた名前がマツダというのが悲しい。他にもマツダの取り巻きの名前も分かった。太っている方がキムラで、ロン毛の方がサトウ。
他の子たちもめいめい自己紹介をしてくれたが、流石に一度には覚え切れない。しばらく村に滞在するなら、その中で覚えていけばいいだろう。
その間に聞いた彼らの情報は、驚くべきものばかりだった。
「うーん、チキュウにニホン。聞いたことないな。異世界ねえ」
はっきり言って、冬子たちの話はほとんど理解できなかった。異世界人なんてにわかには信じ難い話である。けれど彼らの話し振りや持ち物を見ると、嘘と言い切ることもできない。
「やっぱりそうだよね。でもまさか自分が異世界に来るとはなあ」
冬子がしみじみと呟いた。
彼らの世界にはギフテッドなんて存在しないらしい。代わりに科学という力が主流だという。
彼らが最初に振り回していた鉄の板切れの正体も分かった。スマホというらしいのだが、これにはユージンもかなり驚かされた。
景色を瞬時に写し取ったり、電波というものがあれば遠く離れた人間と会話が出来ると言うのだ。しかもこんな道具を、そこらの一般人みんなが持っているというのだから、ギフトなどなくても十分なわけである。
「うーん、塾だっけ。それは要するに勉強するところなんだよな」
ユージンにはイマイチピンとこない単語が多い。そこに紅が補足を加える。
「そう。正確には大学に入る試験の為の勉強」
「分からん。勉強する為のところに入るのに勉強の試験があって、さらにその為の勉強をする場所に通ってるんだよな。いや、言ってて混乱してきた。まあこっちじゃそもそも学校なんか行かない奴もたくさんいるから感覚が違うのか」
逆に浩介が尋ねてくる。
「こっちでは大学みたいな機関は無いのか」
ユージンは少し迷ってから、自分の知る限りの情報を伝えた。
「王都の人はみんな学校に行くらしいけど、俺たちみたいな田舎者は村の物知りが教室を開いて読み書きを教えるくらいだ。あとは、ギフテッド専門の学院があるな」
「そうか、まあユージンみたいな親切な奴と最初に出会えて良かったよ。ありがとうな」
そう言うと、コースケは爽やかに笑う。実に礼儀正しい少年である。
(やっぱり見捨てなくて良かったんだ)
と、思い始めた、その矢先だった。
「いやいや、異世界って言ったら神的な奴が凄い力の説明してくれるとかさー、王様と美人な王女に勇者に任命されるとかでしょ。それが何で普通の農民なんだよ」
「ほんとだよなー、いきなりハンデありな感じ」
「むしろ人のいない森スタートの方が覚醒するパターンで熱いっしょ!」
マ ツ ダ き さ ま !
(盗賊や異獣の目の前だったらおまえら死んでたぞ。初めて会ったのが常識の塊たる俺だった事に多少は感謝しやがれ。俺の、もし死んじゃったらやだなーっていう小市民ぶりのおかげで今だって村まで案内してんのに)
ユージンは普通の農民の善意の素晴らしさを、小一時間かけて伝えたい衝動にかられた。かろうじて堪えられたのは、その言葉を仲良くなった三人に聞かせたくなかったからだ。
力の抜けた足のせいか、通い慣れたはずの村までの道のりがずいぶんと遠く感じる。それでも畑と村はそれほど離れているわけではない。夕暮れに差し掛かる前に、一向は村にたどり着いた。
村の入り口には、フィルの話を聞いて村人が集まっていた。
向こうからもユージンたちが見えたのだろう。村人たちにどよめきが起きる。その黒山の人集りから、少女が飛び出してきた。
ユージンは近づいてくる人影に目を凝らした。
妹のユフィだ。
ユフィは速度を落とすことなくユージンの胸に飛び込んでくる。
「心配したんだよ、お兄ちゃん!」
ユージンは胸の中で震えるユフィの頭を優しく撫でた。
「フィルさんに聞いて、みんなで畑に向かうところだったの」
よくよく見れば、村人たちの手には各々武器になりそうな物が握られている。ほとんどは鍬や鋤などの農具だが、中にはフライパンや鍋の蓋なんて猛者もいる。ユフィは緊張と警戒の入り混じった瞳をユージンの背後に向けた。
「この人たち誰?」
「ええっと、説明が難しいな。まあ友達になった的なアレだ。今晩泊まるところがないって言うから相談に乗ってたんだよ」
「・・・・・・全員と?」
「そう、まあうん」
「ほとんど村から出ないお兄ちゃんに、こんなハイセンスな友人が沢山いるとは思えないんですが。お兄ちゃん、またなんか貧乏籤引かされて面倒臭いことに巻き込まれてない?」
ユージンは咄嗟に怪我を隠した。フィルがどう言ったかは分からないが、畑で起こったことをそのまま話すのはまずい。特に体の弱いユフィは卒倒しかねないからだ。伝えるにしても、ゴタゴタの治まる目処が立ってからにしたかった。
「いや、俺はいつだって普通だ。全員とはまだ言えんが、少なくともこの三人にとはそうなれると思うぞ」
ユージンはしどろももどろになりながらも、三人の異世界人たちの隣に立った。
猜疑心を隠そうともしないユフィに、いちばん人当たりの良さそうな冬子たちを紹介しようと思ったのだ。
「コースケっていうんだ。盛り上がっちゃってさ」
ユージンにして見れば、事情を説明する前に、異界からの旅人の印象を少しでも損ないたくないという考えもあっ た。
もっとも、どう頑張っても仲良くなるのは無理そうな三人組もいるが、それは言わぬが花である。
「ふーん。なにそれ、美人を選んだわけ。良かったね」
しかしユフィの反応は冷ややかなものであった。3人をジロジロと無遠慮に見回すと、その秀麗な眉をわずかに吊り上げて口元を引き結んだ。ユージンは焦った。妹の機嫌が急降下した理由に、思い当たる節は皆無である。
「と、とにかく俺は村長とフィルに事情を説明してくるから。詳しい話はまた後で」
こういう時の妹には深入りするべきでないことは、経験上痛いほどよく解っている。ユージンは多少強引に話を切った。