23、耐える奴でも反撃する奴でもなく気付かない奴がいちばん強い
ユージンが袋に手を突っ込むと、ガルベスが身構えた。武器でも出てくると思ったのだろう。しかしユージンのてある物は、もっと良いものである。
硬くなっているガルベスの目前に、大事に抱えていたクエロからの贈り物を突き出すと、ユージンは命一杯空気を吸い込んで特別な道具の名前を宣言してやった。
「ぜんじどーこうそくひりょーせいぞーきー」
全自動高速肥料製造機と言いました、あしからず。
「あれ、どうしたのみんな。もっと盛り上がっていいんだよ?」
勢いこむユージンとは対照的に、教室の中には冷え冷えとした空気が流れている。
ガルベスはおろかキャシーとクエロまで、ユージンが気でも狂ったかのような目で見てくる。しかし興奮しているユージンは構わず続けた。
「なーはっはっは!!見てくれよこれ、ここに生ゴミとかいれるだろ。するとあら不思議、発酵させるまで何日もかかるはずの有機肥料が一瞬で出来るんだぜ」
一見するとバケツかゴミ箱にしか見えないそれは、ギフトの力の込められた道具である。
「いいだろう、羨ましいだろ、欲しいだろ?でもあげないかんね!」
これこそユージンがクエロにねだった物だった。
手間暇かかり、汚れや臭いが気になる生ゴミや汚物を発酵腐熟させて作る肥料が、これなら入れるだけですぐに出来る。農民の味方、神がかった新発明、腐食のギフトの力を込めた神秘の道具だ。土と一緒に落ち葉や生ゴミを入れるだけで、即日肥料が完成する優れものである。
村にいる時から毎月行商人が届けてくれるのを、楽しみにしていた定期購読、「農民の友 新緑の月号」に乗っていた新商品である。
「めちゃくちゃ欲しかったんだよなコレ。ありがとう、開発してくれたギフト研究学者さん。ありがとう、実現してくれたクラフトの皆さん。ありがとう、さっそく試せる生ゴミを集めてくれたガルベスさん」
嬉々として生ゴミを拾いまくるユージン。例えるならそれは、ポリバケツに必死に今日の晩餐を集める浮浪者の姿だった。いつの間にか、教室を支配していた緊張感は霧散している。かわりに痛々しい空気が流れ始める。
「わーっはっはっは宝の山じゃーい!」
ドン引きされようとも無視だ無視。これを使えばユージンのリンゴたちも、更なる美味さを発揮するはず。そう思うと、今すぐ畑に飛んでいきたいぐらいなのだ。
「……ただのバケツじゃなかったんだね、それ」
「セミの抜け殻を、宝物のように缶に集めてる子供の方が、まだビジュアル的にはマシね」
クエロとキャシーがヤバい奴を見る目で見てくる。しつこいようだが、ユージンは自分を普通ど真ん中だと信じている。農民ならみんなこんな感じになるはず。多分、きっと、恐らく。
するとユージンの狂ったような笑い声がうるさかったのか、それまで眠っていた草人が目を覚ました。ちょこちょこと側に歩み寄ってきて、はしゃぎ回るユージンの裾を掴む。
「持っているのはお陽様の色、何?」
どうやら作っている肥料が気になるらしい。
「これは畑に使う肥料だよ。俺のリンゴ畑にあげるんだ」
ユージンは出来たばかりの肥料を見せてやる。すると何を思ったか、草人はその肥料を手に取ると、おもむろに口元に持っていく。
そしてそのまま口の中に放り込んだ。
「えええええええっ!?」
「いま、食べたわよね……?」
クエロもキャシーも目の前で起こったことに理解が追いつかず、固まっている。ユージンだって草人の食事シーンを初めて見た。今まさに、長い間学者たちが解き明かせなかった謎の正体が明らかになったのだ。草人は土を食います。
「美味しいは綺麗です」
衝撃を受ける人々の様子などどこ吹く風で、嬉しそうに草人が言った。
もぐもぐと本当に美味しそうに肥料を食べた草人に、流石のユージンも引きながらも尋ねる。
「えっと、草人って普段土とか食ってんのかな」
「草人は食べるを選ばない。白色も黄色も同じです」
「うーん、要は人間や獣人と同じように雑食ってことか。いや、人間は土や肥料をそのまま食わないけど」
「これは特別に綺麗です」
特別美味しかったらしい。図らずも新たなアイテムの実力が証明されてしまったが、複雑な気持ちだ。
「たしかに俺は土も肥料もこだわって作ってるが、出来れば野菜になってから食ってほしいかな」
そんな気の抜けるやり取りに、怒鳴り声が割り込んだ。
「ふっ、ふざけんなお前ら。気持ち悪いんだよ!」
ガルベスが苛立ちと共に立ち上がる。その勢いで椅子が倒れて、教室内にガシャンと大きな音が響いた。予定では絶望にくれるユージンやクエロが見れる筈だったのだろう。自分に対抗しても無駄だと思い知らせたかったのだから。
それが逆に、ユージンを喜ばせる結果になってしまった。目論見が外れたガルベルは怒り心頭というわけだ。けれど倒れた椅子の音は、さらに大きな笑い声にかき消された。
「うふふふふっ。あーっはっはっは、あー可笑しい!やっぱり最高ねユージンちゃんは」
ひとしきり笑い続け、それでもまだ足りないといった面持ちのキャシーちゃんがガルベスに告げる。
「あなたたち諦めなさい、まだやり足りないならそうね。丁度午後から実技の授業だったわね。そこで白黒つけるってのはどう?」
実技という言葉に、ユージンは守られたことのない時間割表を思い浮かべた。確かに下半分のコマに、戦闘学と書かれていた記憶がある。
「ふざけんな。戦闘学の時間だけで済むかよ、これからありとあらゆる手を使って追い込んでやる」
「あら、別に良いわよ断っても。でもその場合覚悟することね」
キャシーは全く動じず、先ほどまでの笑い声が嘘のように、低い声でガルベスに囁いた。
「アタシが汚いもの嫌いなの知ってるでしょ。生ゴミなんて臭いのするものを教室にぶちまけたんだから、お仕置きされても仕方ないと思いなさい」
ガルベスがどんなお仕置きを想像したかは分からないが、怒れるキャシーちゃんに対抗するガッツはないようだ。
(ていうか俺も絶対無理。圧が半端じゃないもん)
ガルベスはか細い声で同意して、転がった椅子を立て直して座る。
「わ、分かった。戦闘学でやる」
キャシーちゃんから殺気が消えた。
「ふふっ、お利口さんね。ユージンちゃんに感謝しなさいよ。じゃなきゃあなたたち、退学より辛い目に合ってるから」
両者のやり取りを他人事のように聞いていたユージンは、そこで生ごみを拾う手を止めた。
「ちょっと待った。戦闘学で白黒つけるってのは、俺とガルベスが戦うみたいに聞こえるんだけど」
「聞こえたもなにも、そういうことでしょ」
クエロが無慈悲に言い切る。
「ちょい待ち、こちとらギフトを持たない農民なんですけど。ギフト持ちでナイフ振り回す人と戦うとか無理です、嫌です勘弁です!」
「まあ、Cクラスって言ったら学園でも上位だからね」
「俺は気にしてないから、ね?むしろ生ゴミ嬉しいから事を荒立てる方向はやめませんか」
「なによう、アタシが怒っているのよ」
「顔めちゃくちゃ緩んでんじゃん」
むしろ嬉々としたキャシーを止めるべく、ユージンは縋り付く。
「キャシーちゃんや、そんな私闘を学院の先生は許さないと思うな。ほら、生徒の喧嘩を許す先生とかいないでしょ?」
常識で考えれば、当たり前の話だ。Nクラスの前に教師は教師、学生の勉学だけでなく人生を導く教育者である。
だいたい、今もって教師が現れる気配はない。きっとまた自習になるのだろう。戦闘学など最もユージンに必要のない科目なので、一向にそれで構わなかった。もちろん、先生がガルベスを諌めてくれるなら大歓迎なのだが。
しかし、もたらされる答えはいつだって、ユージンの望みとは正反対のものなのだ。
ビシャンと鳴った大きな音に驚いて、ユージンは教室のドアに視線を向けた。乱暴に開かれた扉は、心なしか歪んでしまったように見える。ユージンは生唾を飲み込んだ。
「キャシーちゃん、俺、初めて教室で先生の姿を見るんだけど。大丈夫だよね」
「そうね。Nクラスにも腰が引けない、貴重な先生よ」
キャシーの返事はポジティブな言葉のはずなのに、なぜかユージンの背に悪寒が走った。悪い予感がする。
廊下の向こうから見えたのが足ではなく、竹刀の先っぽだった瞬間に、その予感は確信に変わった。再びビシャンと、床を叩く竹刀の音が響く。
ようやく顔を覗かせた竹刀の持ち主は、女の先生だった。ジャージをだらしなく着崩したその教師は、開口一番、言い放つ。
「よーお前ら、今日も元気に死なない程度に殺しあうぞー」
クソが!
それはいい笑顔で言っていいセリフじゃない。初めて授業を受ける教師は、どう考えてもハズレである。
良い方に転びそうにない先の展開を考え、ユージンの口から盛大なため息が飛び出すのだった。




