22、努力の方向性を考えよう
ユージンが旧校舎の前に戻ると、タイミングよくキャシーに出くわした。どうやらマスターの用事は思いのほか長引いたらしい。
「あら、どうだったかしら、初デートの首尾は」
キャシーがからかってきたので、ユージンは軽く乗ってみることにする。
「そうだな、恋愛経験の乏しい俺にしては頑張ったんじゃないかな」
「デートじゃない!」
「そんな力一杯否定しなくても俺だって分かってるよ?」
顔を真っ赤にして怒るクエロに、何気に男心を傷つけられる。
「まっ、その様子だと上手くいったと勝手に思っておくわ。ちゃんと庭園の伝説は活用したみたいだし」
キャシーはクエロの頭の上に視線をやって、クスクスと含み笑いをする。そこにはいつもの帽子ではなく、ユージンが贈ったヘアバンドが付けられていたからだ。続いてユージンが大事に抱え込んでいる袋を見て満足そうに頷いた。
クエロは照れているのか、なにも言わずに素早く顔を俯けた。過剰な反応を見せるクエロの様子が気になって、キャシーに尋ねてみる。
「なあキャシーちゃん、その伝説ってのはなんなんだ」
キャシーの目は輝き、口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。なにがそんなに楽しいのか、ウキウキと弾んだ声で話し始める。
「ふふっ、来たばかりのユージンちゃんは知らないわよね。学校では定番の都市伝説よ。大きな鐘があったでしょ?あの鐘は神様からギフトを授かった時に福音を告げた鐘と言われているの。で、それにあやかって男の子が贈り物を渡すのよ」
「ふーん、立派な鐘と思ったけど神話に出てくるぐらい古いものなのか。で?」
ユージンは謁見の間で神話を語った女道化師を思い出した。
「まあ眉唾だけどね。実際は神話になぞらえて作ったってとこじゃないかしら。まあ学園の創設からあるらしいから、200年以上前からあるのは間違いないけど。で、貰った女の子は返事がOKならそれにお返しするってわけ」
「んー、何だか大事な所がぼやかされている気がするんだけど。返事ってなんのだよ」
ユージンは学生の生活に疎いから、定番と言われてもピンとこない。逆にキャシーの方はニヤニヤが最高潮である。クエロの方をチラチラと見ながら、もったいをつけて言う。
「もう、鈍いわねユージンちゃんは。決まってるでしょ、こ・く・は……」
「わーわーわー!!もういい!この話はお終い!」
するとそれまで黙りこくっていたクエロが、顔を青くしたり赤くしたりしながら奇声を発し始めた。キャシーは愉快そうにクエロに笑いかける。
「ふふっ、ムキになるもんだからからかっちゃったわ、ゴメンなさい」
「なんだよ2人だけで。気になるなもう」
「キミは知らなくていいの。他の誰かに聞いてもダメだからね」
すっかり蚊帳の外だ。消化不良のユージンにかまわず、クエロはキャシーを掴んでいた手を離スト、小さな声で呟いた。
「でも、ありがとうキャシー」
「お礼はユージンちゃんにだけで結構よ」
まったく気の利く友人である。クエロび優しい笑みを浮かべるキャシーに向かって、ユージンもなにも言わずに微笑みかけた。それだけで感謝の意は伝わったようで、ウィンクだけが返ってくる。
「それじゃあ午後の授業も頑張らなくちゃね」
出る前とは打って変わって、クエロは教室の扉を元気に開く。
そこから目に飛び込んできたのは、衝撃的な光景だった。
午前中一杯かけて綺麗にした場所が、ユージンとクエロの机が生ゴミにまみれている。
不快な生臭さがユージンの鼻を包み込む。綺麗に磨き上げた床には腐った肉の汁が垂れ、椅子からはキャベツの切れ端が垂れ下がっている。机の中は何かの獣の骨で埋め尽くされていた。
「喜んでくれたみたいだから、おかわりを用意しておいたぜ」
絶句するユージンとクエロの顔を見つめながら、遠巻きにニヤニヤと笑っている集団がいる。
ガルベスたちはわざわざ昼休みを使って、飲食店で出た残飯などをかき集めてきたのだろう。普段は授業すら真面目に受けないのに、嫌がらせのためなら勤勉になる奴っているよね。
「許さない!!」
せっかく前向きになって、新しい生活が始められると思ったのに。そのスタートを最悪な形で汚され、クエロが激昂する。教室内でのギフトの使用は禁じられていると言っていた、当のクエロの周りに大きな狐火が発現する。
キャシーもなにも言わず、腕に力を込めたのが分かった。静かな分だけ怒りの大きさが伝わってくる。
ユージンはそんなクエロとキャシーを両手を広げて制した。
そのまま不気味なオブジェと化した机に向かうと、傾けて中に入った骨を取り出す。バラバラと骨が床に散らばる音が響いた。
散らばった骨を集めようと、ユージンは箒を取り出す。そんな行動に、ふたりの怒りはさらに募ったようである。
「キミがやることない。コイツらにやらせるべきだよ」
「そうね、ハッキリ言って不愉快だわ。ユージンちゃんとクエロちゃんは下がってなさい」
しかしキャシーに肩を掴まれても、ユージンは動きを止めなかった。ふたりの心遣いは嬉しい。だが今は、それどころではないのだ。
せっせと生ゴミを集めるユージンの姿に、ガルベスは顔を顰めた。
「うわっ、よく触れんな。ゴミはゴミが大好きってか」
それを言うなら、自発的に集めてきた馬鹿の方こそゴミ好きではないだろうか。ユージンは、椅子にこびりつく萎びたキャベツを拭き取りながら、ガルベスたちの方に向き直る。
「ありがとうガルベス。わざわざ俺のために、こんなに良いもの集めてくれるなんて」
「あっ?何言ってんだおまえ」
予想外の反応に、ガルベスは困惑した声を出した。クエロやキャシーに至っては、今にも飛びかかっていきそうである。
けれどユージンに皮肉のつもりはなく、心のこもった感謝の言葉だった。
苛立つ両陣営を他所に、ユージンはゆったりとした動作で、大事に抱えていた袋の口に手をかけた。




