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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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20、咲き誇る花のように

 爽やかな風が吹き抜けて、視界に青空と小さくなった学院都市が広がる。


 キャシーのおすすめスポットとは、学院都市を一望できる空中庭園だった。学院中に時を告げる巨大な鐘があるその場所には、色とりどりの季節を彩る花たちが咲き乱れている。


 幸い昼休みも終わりが近く、ユージンたち以外に人はあまりいなかった。独り占めのような贅沢な気持ちを味わいながら、花と夏の匂いを胸いっぱいに吸い込む。


「おー、流石キャシーちゃんのおススメ。こりゃあ綺麗だわ」


 はしゃぐユージンを横目にクエロは目の前の景色を睨みつけている。


「街は綺麗でも人は汚いよ」


 水を差す様なセリフだが、ユージンに怒りは湧かなかった。今日のような扱いにクエロは独りでずっと耐えていたのだ。それは異世界の友人やキャシーに助けられたユージンよりも、ずっと辛い経験だったろう。


「クエロはさ、どうして学院に来たんだ。獣人の国からわざわざ来たってことは、なにか叶えたい夢とかがあるのか?」


 ダリアが咲き誇る花道を歩きながら尋ねてみる クエロは口を真一文字に引き結んで立ち止まった。


「……そんなんじゃない」


「留学生なら騎士って感じじゃないだろうし、学者って線もあるか。そうだ、すごいギフトを持っててスカウトされたとか!」


迂闊な発言が、クエロの逆鱗に触れた。


「何も知らないのに勝手なこと言わないでよ!」


 空に響き渡る叫びとともに青い炎が燃え上がった。


「熱っつ!」


 激昂したクエロから焔が吹き出し、ユージンの制服と前髪をジリジリと焦がす。風に乗って舞うひとひらの花びらが、燃え上がって灰になった。


「あ、ゴメン……っ」


 クエロは俯きながら続ける。


「……凄いと言えば凄いかもね。ボクのギフトは『狐火』。神様の使いである白狐の巫女に代々伝わる継承型のギフト」


 クエロの周りには青白い火の玉が浮かんでいる。でもそれは風に揺れて今にも搔き消えそうで、どこか不安定に見えた。ユージンは口に出さなかったが、クエロは自嘲気味に笑う。


「そうだよ、ボクはこのギフトを全然使いこなせていない。それがこの学院に入れられた理由さ」


 継承型のギフト。それはかなり珍しい他者に引き継がれるタイプのギフトだ。同じ力を次の世代に明け渡していくことで発現する固有のギフト。それは連綿と続く歴史を背負った強力な力の筈である。しかし目の前で揺れる青い炎に力強さは感じられない。


「ボクの村では、このギフトを持って生まれた赤子が次の巫女を務める。村にとっては神様と交流する大切な役目なんだ」


「今は使いこなせなくても、いずれは出来るようになるだろ。村の人もそれを願ってギフテッドの専門学院に入れてくれたんじゃないのか?」


 クエロはまだ10代だ。これから巫女になるための修行を積めばいい。しかしクエロの顔にはさらに深く暗い色が浮かんだ。


「ボクひとりならね。名目上はそうなってるし」


「ひとりならって」


「一世代に1人しか生まれないはずの狐火を、ボクの妹も持って生まれたんだ。どういうことか分かるよね?」


 クエロの語る事実に、ユージンはあまり良くない想像を掻き立てられた。ひとりしかなれない巫女。ふたりのギフテッド。そして力を使いこなせないひとり。


「妹はすごいよ。生まれた時から狐火を纏っていたし、5歳になる頃には殆どの術を使いこなせるようになってた。でもボクはいつまでたってもこの弱々しい火の玉を出すので精一杯」


 村人は当然、妹の方に期待するだろう。継承型のギフトは受け渡した時点で、先代のギフテッドは能力を失う。その事実はクエロにとって残酷だ。


「キミならどう思う?優秀なギフテッドがいるはずなのに、役立たずが先に生まれてしまったばかりに、巫女の役目を任せられないってなったら」


 クエロの声音でユージンは全てを悟った。迫害が始まったのだろう。


「村の人からしたらボクは邪魔だったんだよ。本当は妹に全部継承されるはずだったのに、その力を奪ったんだって苛められてた」


 理不尽な話である。そして村人は邪魔者を追い出す選択をしたわけか。


「要するに厄介払いだよね。まあ一応、今の王国と獣人の国は停戦条約が結ばれて友好関係にある。出来るだけ遠くにやりたかった村人たちからすれば、島送りにするには打ってつけの場所だろ?」


 頼るツテも同族も居ない彼女にとって、その場所はあまりにも孤独だった。クエロにとってこの学院は監獄と同じ様なものなのかもしれない。罪人を送る孤島。


「それでもボクは正直嬉しかった。村の人の、邪魔者を見る目から逃げられると思ったからね。でもここでも同じだったよ。獣人ってだけで居ちゃいけない存在だった」


 逃げ出したはずの場所もまた、地獄。救いのない話だ。クエロは悲痛な叫びを上げる。


「仕方ないじゃないか。狐火が継承されたのも、獣人に生まれたのだって望んだことじゃない!」


 彼女は努力を続けてきた筈だ。村人の期待に応えるために。学院に馴染むために。だけど返ってくるのは罵声と嫌がらせ。


「先代の巫女に泥棒だって言われたり、食べ物屋さんでペットお断りなんて言われたり、もう嫌だよ……」


 泣き出しそうな顔でクエロは呟いた。彼女の感情に合わせて、狐火が萎んで大気を揺らす。


「やっぱりボクが悪いのかな?」


 ユージンはクエロが助けを拒絶する理由が分かった。


 彼女は必死で耐えていたんだ、どこに行っても続く非難の目に。


 そんな彼女をギリギリの所で支えていたのは、非難の目が理不尽な理由だという事実。自分が責められるのは獣人だから。独りぼっちなのも獣人だから。


「獣人なんて関係ないと思っているキミの手を受け入れてしまったら、ボクはまた狐火を奪った罪人としての自分と向き合わなくちゃいけなくなる」


 クエロは泣いていた。独りは嫌だ。でも救いの手を取れば、それがまた自分を苛む。矛盾と葛藤を抱えて、彼女は必死でユージンを拒絶していたのだろう。


 だけどダメだ。ユージンはそんなことでクエロがずっと不幸な目に合うのを受け入れられない。だからきっと、これはユージンの我儘だ。


「クエロが責められている理由は力のない獣人だから」


 目を伏せ続けるクエロ。その顔を咲き誇る花たちのように

綻ばせたかった。


「ギフトが上手く使えないから。獣人のくせに人間の学院に通っているから」


 びくりとクエロの肩が跳ねる。構わずユージンは続ける。


「だけどクエロは悪くない」


 クエロの涙に濡れた顔が跳ね上がる。


「悪いのはそんな理由で君を責めるアホどもさ」


「で、でもボクは……」


 それはクエロが一番欲しかった言葉だ。だからこそすぐには受け止められない。


 ユージンはクエロの震える掌に自分の手をそっと添えた。優しい言葉は壊れやすくて、慣れない手では受け止めにくいから。


「あのさ、今日俺が色んなところで悪く言われてるの見ただろ。クエロは俺に責任があると思ったか」


 クエロは一所懸命首を横に振った。


「そんなもんなんだよ、人を責める奴なんて。だいたい嫌がらせをするのに足る正当な理由なんてないんだ」


「ボクは力のない獣人で」


「俺からすれば逆だね。少しとはいえ特別なギフトを受け継いで、そんな目にあっても学院でちゃんと勉強してるクエロは偉いよ。俺はこの年まで田舎の村から出たことがない。たった独りで異国の地に来たってだけで尊敬できる」


 クエロは教師がボイコットして自習の時間になったって、ガルベス達に嫌がらせをされたって勉強を続けていた。


「何度だって言うよ、クエロは悪くない。全然まったく、これっぽっちも悪くない」


 クエロが学院から投げ出さない理由は、それでも頑張っているこの子の望みはきっと大切なものだ。


「クエロがさ、どうしたいかだと思うんだ。俺は学校なんてやめてもいいと思うよ。なんなら俺の村に来たっていい。獣人だからって責める人の居ない呑気な村さ」


 ユージンはクエロを真っ直ぐに見据える。視線は涙の止まった瞳と交錯する。


「ボクは……ギフトを使いこなしたいんだ。村のみんなや学院の生徒を見返したい。堂々と獣人の国に帰りたい」


 だよな、そうこなくっちゃ。ユージンは今度こそハッキリと彼女に答えを求めた。


「だったら俺と友達になってくれよ。俺が手伝うよ。ギフトも持たないただの農民だけどさ」


 クエロはゴシゴシと顔を制服の裾で拭う。


「いいのかな」

 

 その言葉は逡巡ではなく、決断の意思を含んでいた。ユージンはその場で大きくひとつ伸びをする。


「悪いことなんか何もないさ。だって悪いのはこんな素敵な女の子を色眼鏡でしか見れない奴なんだから」


「お、女の子ってボク獣人だよ?」


「いーか、俺は庶民だから分かる。さっきだって俺のこと助けてくれた優しい奴だし、勉強だって頑張ってる。顔も可愛いし、獣人特有の引き締まったスレンダーな体はスタイル抜群だ。更に完璧な美貌からのぞく八重歯がまたいい!完成されすぎた芸術は、1つ個性が足されるとより美しさを増すって言うじゃん。そしてぶっちゃけその白い髪とケモノ耳とか最高なんですけど。隠すの勿体無いよ」


(あれ、俺なんかテンションに流されて変態っぽくなってない?)


 心配してクエロを見ると、顔を真っ赤にしてまた俯いている。


「わ、分かったからもうやめて!も、もういいよ。キミはその、ボクの……友達」


 聞き取れないくらい小さく呟いた顔は泣き疲れていたけれど、今まででいちばん清々しい笑顔だった。


 午後の授業の始まりを告げる鐘の音が、二人の頭上から降ってくる。それはクエロの新しい学生生活を祝福しているようでもあった。


 こうしてユージンは、キャシーに続いて2人目の学院での友達を得た。青い炎はもう、孤独に震えてはいなかった。


読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。

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