17、悪評
人数を増やしたユージンたちの一行は、キャシーの行きつけの店を目指して歩いていた。
けれど視線が痛い。道行く人がみな、ヒソヒソとこちらを見ながら囁きあっている。
「なあキャシーちゃん。なんか見られてないか」
そもそもユージン以外のメンツのキャラが濃すぎるのだ。異世界人は言わずもがな。Nクラスの獣人の少女もそれなりに有名であり、キャシーは理由がなくてもその風貌で目立つ。
だからユージンは奇異の視線を、異世界人の物珍しさからくるものだと思っていた。現に先程も沢山人が集まっていたのだ。けれどその視線に刺々しい悪意が含まれている気がして、居心地が悪い。
最初に冬子たちを見て好奇心と笑顔を見せる生徒たち。だが決まってそのあとユージンの所で顔を顰め、連れ合いと何かヒソヒソと話すのだ。
「そりゃそうでしょ。みんなの王子様クロフォードの誘いを蹴って、今いちばん注目されてる勇者様にタメ口で文句言った挙句に、異世界の人気者を独り占めしてるんだもん」
「えっ、俺そんな感じに思われてんの。感じ悪いと思われてないかな」
「思われてるに決まってるじゃん」
クエロに小馬鹿にされて、ユージンは周囲のヒソヒソ話に聞き耳を立てた。悪目立ちはしたくないのである。
「いやー噂通り可愛いわ!あれでSクラスってすげーよな」
「何であんなNクラスと一緒にいるわけ?」
「噂の鬼畜農民だよ。何も知らない異世界人に、有る事無い事吹き込んだらしい」
ずいぶんな言われように、ユージンは誤解を解こうかと生徒の方を振り向く。
「えっ、それってもう洗脳じゃん!?気持ち悪い」
「あの子たちのギフトを利用して異獣と戦わせたり、畑で奴隷のように働かせていたらしいぜ」
「人間の底辺ね。ひっ、こっち見た、お、犯されるー!」
女生徒が逃げ出した所で、心が完全に折れた。
「すごい、入学初日でボクより嫌われてる人初めて見た……」
「クエロ、キミがすごく嬉しそうに見えるのは俺の気のせいかな」
ユージンは冬子たちに力なく告げる。
「……昼飯は別々に食べよう。俺といるとお前らまで悪く言われるのも時間の問題だわ」
「えっ!?どーしてユージンくん。私嫌だよ」
「どうしてって、さっきの聞こえただろ」
「どうしてあんなユージンくんの良さも知らずに噂に振り回される馬鹿のために、私とユージンくんの学校で共有できる貴重な時間を潰されないといけないのかな。おかしいよね。朝からずっと我慢してた私が、ここでユージンくんと一緒に食事もできないなんてあっちゃいけないんだよ」
(朝から我慢って、そんなにお腹が空いてたのだろうか。それで高級料理食い損ねて怒ってるんだな、悪いことしたな。でも黒いところ隠そうね。)
冬子の怒涛の剣幕をなんとか宥めようと、ユージンは力無く笑う。
「で、でもほら。折角Sクラスに入れたのにNクラスと一緒にいると、ね?」
「ワタシは気にしない。むしろ人が集まってくるのは不愉快」
紅は相変わらず言葉短く言うが、目に光がない。
「き、気にする人も居るんじゃないかな!」
一縷の望みをかけて梓を見る。
「私も気にしませんよ?どうせ他に友達なんて作る気ありませんし。というかどうせ出来ません。出来たとしてもすぐに暗いだのブスだの言いはじめるんです。でもユージンさんはそんな事ありませんよね。だから私、未来の大勢の友達よりユージンさん1人の方がずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと必要なんです」
梓が長台詞をどもらずに喋っている、しかも特大に重い。
「俺だって気にしないよ。悪評より友達の方が大事だけどさ、」
そこで言葉を切って、ユージンは冬子たちの背後の壁に目を向けた。
(さっきから居るんだよ、建物の陰に。刃物持ってブツブツ言ってる人が!)
「僕が救わなくちゃ、異世界の救世主様だもの。この時をずっと待っていたんだ、非日常から飛び立てるこの時を」
だいたいこんな内容の独り言がループしている。怖すぎである。
しかしユージンの願いも虚しく、3人は引かない。むしろ射殺さんばかりの目で睨みつけてくる。そんなユージンを救ってくれたのは浩介だった。
「まあまあ3人とも、俺たちが良くてもユージンにだって色々あるんだ。Sクラスっていう地位で守られてる俺たちとは違う難しさもあるし、誤解を解いてからでもいいだろう?」
「浩介、オアシス万歳!持つべきものは常識のある友人だな」
浩介の正論に、3人の勢いも少し落ち着いたようである。
「……放課後はいいよね、一緒に帰ってくれるなら我慢する」
「仕方ない」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「勿論!こっちこそごめん。授業が終わったら合流しよう」
ユージンはその提案に飛びついた。
「……クエロさんと変なことしないでね?」
「大丈夫、あたしがしっかり見張ってあげるわよ」
キャシーがウインクで答える。変なことってなんだろうか。罪悪感はあったが仕方ない。刃傷沙汰に巻き込まれて友人が傷つくなんて嫌なのだ。
こうしてSクラスとNクラスの面々は別行動をとることに決めて、その場を離れることになった。