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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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16、キラキラ先輩との出会い

 黄色い悲鳴とともに現れたのは、近頃クエロや冬子などで美形を見慣れているユージンからしても、見目麗しい集団だった。自慢げに胸を張って、マツダはその先頭でひときわ目立つ長髪の少年の隣に立つ。どうやら彼らがマツダの新しいお友達のようである。

 

 そんな存在に声をかけられたユージンの反応はというと。


(なんかキラキラしてる!すげー美形)


 目の前の人物の知識がない分、素直にその見た目に驚いていた


「えーと、どちら様でしょうか」


 ユージンがそう言ったことに悪気はなく、自然な反応である。相手は自分の名前を知っていても、ユージンからすれば初対面なのだから。けれどその発言は、またしても特大の地雷を踏むことになった。


「君は自分の通う学院の生徒会長すら知らないのかね」


 長髪の少年の後ろに追随していてた男子生徒が、眼鏡を小指で上げる。その後ろで金髪縦ロールのいかにもお嬢様然とした少女が、睨み殺さんばかりにユージンを見ていた。


 それに釣られて、群衆からの視線の温度も下がる。周囲の変化を敏感に読み取って、ユージンは困惑した。



少年の名はリーデル・クロフォード。アプレンデール学院の生徒会長である。


王国建国から続く由緒正しい貴族の生まれで、学院の頂点たるSクラスの中でも特別な存在。しかも彼の名声は、家柄だけで培われたわけではない。


 彼の名声の始まりは学院の入学試験で、開校以来初となる満点での合格を勝ち取った瞬間に不動のものとなった。


 学院の試験は満点を想定していない。1000点満点のテストは、与えられた試験時間で全設問に答えきれるようには出来ていないのだ。数ある問題の中から、いかに自分の出来る問題を素早く選び取るかの思考力も試される形となっている。


 王国の正式な認可を受けたテストは、800点を超えれば履歴書の資格欄に書ける。仮に学院の教師が受けても、900点を超えるものはいないかもしれない。まさしく選ばれた頭脳なのだ。


 さらに、この美貌の生徒会長はただ勉強の出来るだけの頭でっかちではない。


 戦闘学やギフトの扱いにおいても、彼の能力は抜きんでていた。初めての模擬戦で教師を華麗に沈め、学生の身でありながら、いくつかの新しいギフト理論を完成させて勲章も授与されている。王国のギフト研究の第一人者である、ジョンソン老をして天才と言わしめた逸材である。


 これで間抜けな公家顔でもしていれば、まだ可愛げがある。しかし美貌の会長様に死角はない。地位、財力、頭脳に強さ。全ての項目でトップレベル。いくつものファンクラブが乱立しており、平の会員など挨拶をする事さえ許されない。まさに学院の頂点に立つべくして立っている存在なのだ。


 この人集りの半分は異世界人を一目見ようと集まった者たちである。だが膨れ上がったもう半分は、生徒会を目当てにした追っかけのファンたちなのだ。


 挨拶すらしてはいけない一般生徒からすれば、クロフォードに個人名を認識してもらうだけで羨ましい。あまつさえ会長の方から声を掛けてくださっるのは、垂涎モノの状況である。


 ユージンは自分でも気がつかぬ内に、その場に居合わせた半分の人間を敵に回していた。


「俺の友達に失礼な態度をとるなよ、悪いなクロフォード」


 それでも知らないからついつい、いつもの調子でマツダの言葉に反応してしまう。


「今日から通い始めた学校の生徒会長なんて知るわけないだろ。おまえだって知り合ったの絶対に今日だし」


 この何気ない一言は事態はさらに悪化することになる。ユージンは思い出すべきだったのだ、マツダと関わればどうなってきたのかを。そして勇者と農民の関係がどう広まっているのかを。


「お前は本当に口が減らない奴だな、少しは勇者である俺に敬意を払えよ!」


「いや、普通に無理だろ」


 二人の会話に群衆は眉を顰めて囁き合う。


「アイツ一年のくせに生意気じゃないか」

「命の恩人にあの態度って、どんだけ恩知らずなんだよ」

「最低のクズじゃん」

「どうして異世界の美少女があんなダメそうなのと知り合いなんだよ!」


 結果としてユージンは、もう半分の異世界人を見に来た人々も敵に回してしまっていた。なにも悪くないのに嫌われるのが、つくづく得意な男である。


 今までの悪行の数々を知っている人間からすれば、普通の反応である。敬意もクソも無い。実際敬語を使えと言ってきたのがマツダ以外の者ならば、ユージンは迷わずそうしていただろう。


 だがこのやり取りは、事情を知らぬ学生には傲慢に見えた。学生というのは年代で区切られた生活をしている。一方で、あまり年の差など気にせず、同じくらいの年齢のものが集まって遊ぶおおらかさが田舎のいいところでもある。その感覚の差は致命的だった。

 

 おまけにユージンは、衆人には勇者に命を救われた農民だと認識されている。目上の、ましてや命の恩人に対する態度としては酷いだろう。悪いことに人が人を呼び、人集りは更に人数を増している。


 不穏な空気を押し留めたのはクロフォードだった。


「これは失礼、私から名乗るのが正しいようですね。学院の生徒会長でクロフォードと申します」


 優雅な一礼とともに差し出された手を、ユージンは握り返そうとした。


 ふたりの手が触れ合う寸前、ユージンは後方に飛び退る。


「どういうつもりだ貴様!」


 メガネの男子生徒から怒気を孕んだ声が上がる。


「あれ、なんで。おかしいな、いい人そうなのに」


 いちばん分からないのはユージン自身だ。自分の拳を握ったり開いたりしながら首を傾げる。クロフォードの目に嘲りや侮蔑の色はない。むしろ丁寧な物腰の筈なのに、何故か直感的に身を引いてしまったのである。


「おやおや、私は後輩殿にはあまり好かれていないらしい」


気にした様子もなく、クロフォードが今度はキャシーの方へと視線を移した。


「それから……お久しぶりですね。ディワン・クック殿。貴方ほどの方がNクラスとは勿体ない」


 知り合いなのかとキャシーを見上げる。その顔は笑顔だったが、珍しく不快そうな色が混じっているのを、ユージンは見逃さなかった。


「その名前嫌いなのよね。今はキャサリンよ、学院の王子様」


「成る程。しかし名を変えても誇り高き血は健在でしょう」


キャシーの顔から笑顔が消えた。今度は不快感を隠そうともしていない。


「あなたも相変わらずね」


 そんなキャシーの言葉にメガネの男子生徒が、事情が飲み込めずに黙っていたクエロを見下しながら吐き捨てる。


「君は落ちぶれたな。いや、底辺に染まったというべきか。こんな獣人やギフトなしと付き合うとは」


 クエロの小さな方がビクリと動いた。ユージンは険悪な空気にすぐさま割り込む。


「あのー、悪いんだけどさクロフォードさんたち。あんまり俺の友達虐めないでくれますか。キャシーちゃん乙女だし」


「ハハッ、どこが乙女だよ。変態と可笑しな帽子の漫才コンビじゃ」


「それ以上言ったら怒るぞ。人の友達に失礼なことを言ったらダメなんだろ」


 ヘラヘラと笑うマツダを制止する。


「おまえと俺の友達を一緒にするなよな。クロフォードは名門貴族の生まれで学院でも生徒会長。100年に一度の逸材って言われてるんだぜ」


 ユージンはそんな松田の態度には慣れているので今更何も思わない。しかし背後のふたりに聞かせたくはなかった。


「相変わらず肩書きに弱いやっちゃな。だけど俺の友達は、農民だって飯に誘ってくれるいい子だよ」


 ユージンは語気を強めてマツダを睨みつけた。これ以上の侮辱は本当に許さないという気持ちを込めて。それは生徒会長やその付き人だって同じだ。


「世界を救う使命を帯びた勇者殿に、そんな風に言われると私も面映ゆいですね」


 クロフォードはセリフとは裏腹に涼しげな顔だ。差し出した手を引っ込めて、今度は高級レストランを手のひらで示す。その動きに合わせて、人垣が割れるのが不思議な光景だった


「今のは私が謝るべきことのようです。貴方達もご一緒に昼食でもどうですか。お詫びに食事代は私が持ちますよ」


「悪いんだけど、先輩と一緒は緊張しちゃうから遠慮しときます」


 その提案をユージンはあっさりと断った。半分は本音だが、マツダが後ろで露骨に嫌そうな顔をしているのも一因である。そしてなによりの理由は、キャシーの見せた表情の変化とクエロへの態度だった。


 再び周囲の反感は募る。


「農民ごときがあの方の食事の誘いを断るなんて!」

「高級店じゃ作法が分からないから恥をかくと思ったんだろ」

「Nクラスは食堂を使わないで欲しいわ」 


 ユージンは心ない言葉が聞こえてきて、表情を曇らせた。


(たしかに高級店は居心地悪いけどさ、マナーなら知ってるっての。なんせその高級店で出されるリンゴはうちのだからな。招待されたことだってあるんだ)


 けれどこの場合、誘いを受けたとしても結果は同じだったろう。「農民ごときがあの方と一緒に食事を取るなんて!」と、反感を買う姿は想像に難くない。


 要するに不幸吸引機能つきのユージンは、本人がいかにトラブルを避けようとも。マツダに出会った時点で不幸に陥ることが決まっていたのである。


 しかし異世界の友人たちはこれに続いた。


「クロフォードくん、悪いけど私もここで失礼させてもらうわ」


「右に同じ」


「わ、私もです」


「悪いなクロフォード。俺も今日はユージンと食うよ」


 どうやらSクラスの面々は事前に誘われていたらしい。それぞれ断りを入れてユージンの元に集まる。そんな様子を見て、マツダは不快そうに眉を顰めた。


「ふん、どっちにしろこの店はNクラス入店拒否だよ。行こうぜクロフォード」

 

 その瞬間、ユージンに向けられる群衆の負の感情が、本日の最高点にまで高まる。一見するとユージンを救ったようにみえる異世界人の行動だが、実は逆だった。


「なんでアイツのところに冬子ちゃんや紅ちゃんが寄っていくんだよ」

「浩介くん狙ってるのに!」

「あいつのせいで梓ちゃん来ないじゃないか」


 それでもユージンは、不幸の種が蒔かれていることに気付かずにいた。それどころか明後日の方向を向いて、


(マツダよ、俺は悲しい。おまえ小物感が増してるぞ。しかもイケメンと思ってたけど、本物の美形と並ぶとメッキが剥がれるな)


 なんて見当違いの心配をしている。


 こうしてユージンは転校初日にして、学院の生徒の半数以上を、本人に責任も自覚もないまま敵に回したのであった。





 一方、断られたクロフォードはレストランに向かって歩き出した。周囲に気付かれない程度に薄く笑った。


「無礼な農民でしたね、会長」


 金髪の女子生徒が憤然とした様子でクロフォードに言う。


「残念ですが、また機会はあるでしょう」


 そんな言葉に、連れ立つ周囲の人間から不満げな空気が流れる。しかしクロフォードは、自分の掌を見つめながら薄く笑うと、その中にあったものを握り潰した。


「そう、またいずれ」


 美貌の生徒会長の一行は、黒服から最高の礼を受けながら、シャンデリアの光に満たされた店の中に消えていった。

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