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5、責任転嫁できるやつしか勝たん

 最初に感じたのは浮遊感だ。ずいぶん遠くに見える地上では、山の主が落とし穴の中でもがいている。


(良かった。上手くいったみたいだ)


 次に感じたのは安堵。それはすぐに疑問に変わる。

体がひどく熱い。


(主に弾き飛ばされたんだろうか)


 そして最後に襲ってきたのは、落下の衝撃と痛みだった。


 受け身も取れずに地面に叩きつけれられる。鞠のように転がりながら顔を上げると、手を突き出したまま震える少年の姿があった。その掌からは細い煙が空に向かって燻っている。一拍おいて少年は飛び上がった。


「すげー、本当に出たよ。これがギフトってやつか。おまえらも見たよな」


「松田まじ半端ねえ!」


「レーザービームみたいだったな」


(お ま え か!)


 マツダはやはりギフトを隠していたのだ。幸い畑を吹っ飛ばすほどの攻撃ではなかったが、それでも体に刻まれた痛みがその証拠である。理不尽な攻撃に抗議するべく、ユージンはマツダの方に手を伸ばした。


「おい、喜ぶ前に人としてやるべきことがあるんじゃないのか」


「へ、なにが?」


「なにがじゃなくて、人に思いっきりギフトをぶっ放しておいて謝ることもできんのか。こちとら死にかけたんだぞ」


「お前にも当たってたのか。でもギフトを使ってなんとかしろって言ったのお前じゃん。倒してやったのになんで俺が謝んの」


マツダに同調するように、太った少年が声を上げた。


「俺は見たぞ。松田に体当たりをした上に顔を殴っていた。むしろ謝るべきなのはコイツだ」


 長髪の少年は猜疑心に目を細める。


「まあ見るからに文化レベルの低そうな世界だもんな。松田を囮にして逃げようとしたんじゃないか」


 味方を得て満足そうに微笑みながら、マツダはいまだに起き上がれずにいたユージンに近づいて来た。


「まあ素直に謝れば許してやるさ。おまえもパニックだったんだろ」


 そんな台詞とともに差し出されたマツダの手を、ユージンは呆然と見上ることしかできなかった。


(コイツらマジか。おまえにもじゃなくて、俺にしか当たってないんだが)


 あまりにもひどい態度に、ユージンは色々諦めることにした。マツダの手を無視して自力で立ち上がる。体はあちこち痛むが、ほとんど意地だった。


「あー、うん。なんかもういいわ。どうもおまえらみたいなのと関わっていると、俺の平穏が崩される気がしてならん。畑のことは野良犬に噛まれたと思って忘れてやるから失せろ」


 どう考えても謎の光と彼らには関わりがありそうだが、これ以上関わっても損しか生まれない。そんな確信がなぜだかユージンの中にはあった。


 このまま丁重にお帰り頂こう。彼らだって責任の所在を有耶無耶にできるのだから、損はないはずだ。そう思っての発言である。


「はあ?俺たちはこの世界のことなにも分からないんだぞ」


 なぜか怒られた。


「いや、知らねえよ」


「とりあえずおまえの家に泊めてくれよ。腹も減ったし」


 そして恐喝された。


「この人数を田舎の小さな村の、慎ましい我が家に泊めろと。おまけにちゃっかり飯までたかりやがって」


「放り出す気か。だったら俺たちどうすればいいんだよ」


 ユージンは絶句した。あまりにも身勝手な言い分に喉がひりついて声が出ない。


(すごいなコイツ。善意を権利と同じように求めてることにも気がついていないんじゃないか)


 いいかげん切れかけたユージンの衝動を押しとどめたのは、先ほど協力を申し出てくれた3人の少年少女たちだった。亜麻色の髪の少女と、小柄な少女。そして短髪の少年だ。


「ちょっと松田くん、いい加減にしなさいよ。明らかに迷惑かけた上に、命の恩人に向かってそんな言い方ないでしょう」


「同感だな、これ以上迷惑をかけるべきじゃない」


「むしろ畑のことを考えるべき」


 立ち上がってくれた3人の行動に、ユージンは心の中で拍手喝采を送った。


 美少女!やっぱり心の中も美しいんだね。

 イケメン!行動もカッコいいぜ。

 ちびっ子!色々小さいけど器はでかい。


 我ながらやばい精神状態である。疲れることが多過ぎて、普通の感性に触れるだけで物凄く嬉しい。ボロボロの体に非常識の鞭を打たれたユージンの精神は、好感度のハードルを跨ぐ必要すらないほど下げていた。


 3人は続けてユージンの方に体を向けると深々と頭を下げる。


「ごめんなさい、畑をなんとかするまでは村の近くで野宿させてくれないかしら。流石にさっきみたいなのが出てきたら怖いから」


「そうだな。虫がいい頼みなのは分かってるんだが、出来れば最低限の情報も教えてくれるとありがたい。俺たち本当になにも知らないんだ。雑用でも何でもするからさ」


「なんか私だけ物凄く不愉快な並びされた気がするけれど、お願いしたい」


 ユージンの返事を待つ間、3人はジッと頭を下げ続けている。ユージンはこういうシチュエーションに弱い。困っている人がいれば手を差し伸べたくなるのが人情だ。


 おまけに、死んでしまうというのもあながち大袈裟ではない。他にも異獣はいるし、そうでなくても普通の猪や熊だって出る場所だ。小市民たるユージンには、その事実は非常に重たかった。


 後日彼らの死体が見つかれば、いくら強がっても最悪感を背負うことになるだろう。


 ユージンは深々と溜息をついた。


「流石に我が家はそんなに豪邸じゃない。村の集会場が借りれないか掛け合ってみるよ」


 仕方がない。日常に普通でないものを抱えることになるが、すでにフィルから異変は村長に伝わっているはずだ。その後の彼らの処遇は村長が決めてくれるだろう。


 そんなふうに考えて、ユージンはそれ以上の思考を放棄した。


 しかし、そんな考えはまだまだ甘かったのだ。

後になってユージンはこの決断を後悔することになる。


 平穏というのは一度手放すと、取り戻すのに10倍以上の努力が必要だということを、この時のユージンは知らなかった。



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