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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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14.学生さんの昼食事情

 昼休みを告げる鐘が鳴り響く。結局、午前の授業は全て自習だった。


 はたして学校に来る意味があるんだろうか。そんな事を思って首を傾げていると、キャシーからお声がかかる。


「ユージンちゃん、お昼一緒にどうかしら」


「おお、ありがたい。下手に出掛けてここに戻って来れる自信がなかったんだ」


 キャシーの誘いは渡に船だった。なにせ広い学校だから、学食だけでもいくつもあるのだ。


「クエロもどうかな」


「なんでボクがおまえと」


 ユージンは隣の席のよしみでクエロも誘ってみたが、露骨に嫌そうな顔で返されてしまった。


「クエロ、アナタも来なさい」


 それでもキャシーが言うと、さすがにクエロは顔を顰めることはなかった。それでも難色を示している。キャシーはクエロの帽子に顔を近づけて、耳元でなにか一言囁いた。


「意地はってると逆に意識してると思われるわよ?」


 これが意外に効いたらしい。なんと言ったのかユージンには聞こえなかったが、クエロが立ち上がる。


 ちなみにユージンは草人も誘ってみたが、揺れているばかりで色良い返事は貰えなかった。「その理りはよそのもの」、だそうだ。


 あとでキャシーやクエロに聞いたところ、そもそも草人は学院内で食事は取らないらしい。ふたりとも草人がなにか食べているのを見たことがないそうだ。水と光合成だけで生きているって本当だろうか。


 3人で連れ立って歩いていくと、すれ違う生徒の姿も増えてくる。新校舎が建ち並ぶエリアに戻ってきたのだ。


 大勢の生徒たちが自分のクラスの校舎から吐き出され、数ある食堂や購買に吸い込まれていく。 


 学院の敷地内には、多くの店が揃っている。王国の至る所から人が集まってきているのだ。その好みは様々で、おまけに他国からの留学生も多い。


 色々な食文化のニーズに応えるべく、多種多様なレストランが店を構えている。それらが立ち並ぶ様は、学校というより飲食店街だ。


 王都の人が好む流行に敏感なパスタやステーキの店。南部人が好む魚中心のレストランなど、生徒たちはその日の気分によって入る店を決める。値段も様々で、貴族の子息が好む店などは、ユージンのような農民では足を踏み入れることすら叶わない。


「なあキャシーちゃん。こんな高そうな店が学生相手に成り立つのか」


 学院外であれば正装でなければ入れないであろう、立派な店を見上げながら俺は尋ねる。


「んー、AクラスやSクラスの子達は、学院から支給される通貨で払えるでしょうね。この敷地内でだけ使える専用の通貨が配られてるから」


「なんと。学校通うだけで給料まで出てるのか」


「Nクラスには雀の涙くらいしか出ないわよ。せいぜい毎日パンを1つ買えるくらいかしらね。Sクラスになると、それだけでも普通の人の給料の3ヶ月分くらいかしら」


 そんな所にも格差があるのか。ユージンは驚いたが、悪い印象は持たなかった。それは能力に見合った待遇というやつだろう。


 浩介たち美味いもん食えてるかなと、遠くなってしまった友人を思う。


「心配しなくても、今日はあたしの行きつけの店を紹介するわ。そもそも高い店だとNクラスは入店拒否されることも多いしね」


「Nクラスどんだけ嫌われてんだよ」


「仕方ないわよ。何年か前、Nクラスの子が片っ端から食い逃げして回ってね。何でも100件近くあるお店を制覇しようとしたらしいわ」


 とんでもないエピソードに、ムッツリと黙っていたクエロも顔を上げる。


「ボクもそれ、聞いたことある。あとひとつって所で捕まったんだよね」


「なんちゅうアホな挑戦だ。しかしよくバレずに99軒いけたな」


 ユージンはひときわ高級感の漂う店を、なんの気なしに見つめた。ああいうセキュリティのしっかりしてそうな店で捕まったのだろうか。


「なあキャシーちゃん、やっぱり学院には金持ちが多いんだな。あんな高そうな店にも人が押し寄せてる」


「おかしいわね。あそこは学院美食ガイドでも三つ星の超高級店のはずなんだけど」


 どちらにせよユージンには縁のない店である。人集りを無視して通り過ぎようとした時だった。



「ユージンくん!ごめんなさい、ちょっと通して下さい」



 人の群れの中心から聞き慣れた声が上がった。人垣が割れて現れたのは冬子だった。浩介に紅、梓の姿もある。


「ユージンくんユージンくんユージンくん、久しぶりだね!」


ユージン君は3人もいないので、往来で人の名前を連呼しないで欲しい。何事かと、人だかりの視線が集まる。


「おいおい、朝に会ってるだろう。それにしても、これだけ分厚い人の壁に遮られててよく気が付いたな」


「だってずっと探してたし……じゃ無かった。こ、声が聞こえたから」


 学生の昼食時ほど喧しい場面もそうそうない。ゴニョゴニョと言う冬子の言葉が聞き取りにくくて、ユージンはその耳の良さが羨ましくなった。


「まあ確かに、慣れないことだらけで半日でも濃すぎたからな。本当に久しぶりな気がするよ」


「由々しき事態」


「ゆ、ユージンさんも今からご飯ですか」


 浩介の言葉にユージンは頷いた。まだ午前の授業を消化しただけなのにクタクタである。


「こっちも色々大変だったよ。そっちは大丈夫だったか?」


 ユージンは自分のいない間の異世界人の様子が気になって、友人たちに尋ねた。


 異世界というだけでも大変なのに、エリートに囲まれて、レベルの高い授業を受けるのはさぞ大変だったに違いない。きっと苦労しただろう。


 振り返れば、文句ばかり言っている自分をユージンは恥じた。


「うーん、すごい疲れたわね、自己紹介から質問の嵐だったし。その後も休み時間の度に人が集まっちゃって。異世界人が珍しいのは分かるんだけど……」


「だよな。授業は分かりやすくて面白いんだけど、先生たちにまで頭下げて丁寧に対応されると居心地悪いし」


「着替えまで手伝おうとしてくる。肩がこる」


「き、教室が綺麗過ぎて消しゴム使うのも気を使っちゃいますよね。お掃除は清掃業者さんがしてくれるんですが」



 天国じゃねーか。



「ユージンくんの方はどうだったの?」


「……ナイフ突きつけられて掃除してた」



 あれ、おかしいな。視界がぼやけるよ?



 ユージンは空を見上げて、溜まった涙を必死に飲み干した。


 するとそれまでのやり取りで、目前の4人が異世界人の転入生だと察したのだろう。キャシーが愉快そうに前に出てくる。


「人集りの原因は、噂のユージンちゃんのお友達だったのね」


 キャシーを目にした4人は絶句している。まあ気持ちは分からなくもない。二メートル級の性別不明な生物だからね。でもとってもいい人です。


「紹介するよ、同じクラスで仲良くなったキャシーちゃん」


「よろしくね、異世界人さんたち。ユージンちゃんの事はあたしに任せて、とっても気に入っちゃったから」


 ユージンがキャシーを紹介すると、浩介が目を泳がせて小声で問いかけてくる。


「ユージン、本当に大丈夫か?」


 こらこら浩介、その反応はキャシーちゃんに失礼だぞ?


  そう思ったのだが、キャシーの方はニコニコと笑顔を崩さない。どうもこういう反応には慣れているようだ。すると今度は冬子が握手を求めて右手を差し出す。


「よろしくお願いしますキャシーさん。でもユージンくんに変なことしないで下さいね。彼のお尻を狙う輩はこれ以上いりませんから」


「浩介と松田で満席」


「だ、だ、ダメですぅ」


 たいへん不名誉な誤解である。誰も狙ってないからね。ないよねキャシーちゃん。


「あたしは同意がなければ変なことなんてしないわ。ちょっかいはかけるけど。ちなみにそっちの浩介くんなんかも割とタイプよ?」


「おいっ、浩介が怯えてるからやめれ」


おかしな方向に話が飛びかけたので、キャシーの悪ノリを遮って、もうひとりの友人を紹介する。


「でだな、こっちも友達になったクエロだ」


 なんとか和やかな空気を取り戻そうとクエロを紹介する。美少女同士なら場も和むだろうという、馬鹿なセクハラ村長のような発想だ。


「別に友達じゃない」


「……あなただったのね」


「王都に来た初日に感じた嫌な予感」


「わわっ、美人さんです」


 (……俺の友達同士が全然打ち解けないんですけど)


 冬子と紅はよく分かんないことを言っているし、クエロは傷付く否定の言葉をハッキリと言う。


 すると、ただでさえややこしい空気をさらにかき乱す存在がやって来た。


「あっ、農民!俺はお前に会ったら絶対に言おうと思っていたことがあるんだ」


 

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