13.初めての授業
転入初日から、同級生にナイフを突きつけられているユージンである。
(なんか思ってた学院生活と違うんですけど。もっと青春っぽいラブコメとかないの?)
そんなことを考えていたとしても仕方がない。
けれど学院への武器の持ち込みは禁止されていない。それは戦闘学の授業もあるためだ。
ギフテッドの中には騎士や冒険者を目指す者も多く、戦闘学を受講する生徒は珍しくない。なので武器の類はトラブルを避けるために、登校してきた時に所定の位置に預ける決まりになっている。だからユージンの手元に愛刀はない。
それでも完全に武器の持ち込みを防げるわけではなかった。ギフトの中には武器をなにもない空間から取り出したり、別の形状から変形させたりするものもある。
ガルベスはどうやってナイフを教室に持ち込んだのだろうか。
「それは校則違反ってなもんじゃないですか」
「安心しろ、このクラスじゃ大抵のことは見過ごされるんだ」
どこに安心材料があるんだろうか。Nクラスはフリーダム過ぎる。
「学生らしくテストの点とかで競争しませんかね」
「Nクラスの落ちこぼれに負ける気はしないが、そんなんじゃ気がおさまらねえ」
ガルベスはそう言うと、もう一本ナイフを取り出した。
「なあガルベス。学生さんはどう考えているのか知らないが、そんなオモチャ出した時点で喧嘩じゃなくて殺し合いだぞ」
刃物を向ければ怯むと思っていたのだろう。ガルベスの顔に動揺が走る。その一方で、思いのほか冷静な自分にユージンは驚いていた。
向けられたナイフに恐怖は感じている。けれど穴熊との戦いのせいで感覚がおかしくなっているのか、不思議と目を逸らさずに凶器を見れた。
じりりと、両者が脚に力を込める。
「勝手に盛り上がらないで。そこはボクの席だよ」
そんな諍いを止めたのは第三の当事者だった。
帽子の少女がユージンとガルベスの間に割り込んだのだ。2人の間を通ると、ゴミ山から机を少し引っ張り出して座る。そして苛立った瞳をユージンに向けた。
「ボクの事なにも知らないのに余計な首を突っ込まないで」
また怒られてしまった。どうもユージンは彼女のお気に召さないらしい。帽子の少女は続いてガルベスを睨みつける。
「ガルベス、田舎者をからかっても仕方ないでしょ。それにいくらNクラスでも、教室内でギフトを使用した戦闘行為は御法度」
それだけ言うと、少女はこれ以上関わる気はないと言わんばかりに、帽子をさらに深くかぶり直した。その言葉を聞いて、ガルベスは一瞬考えた後にナイフを収めた。
「チッ、だそうだ農民。さっさとどきな。お前の処刑は戦闘学の時にでもしてやるから覚悟しとけ」
ほっ、よかったよかった。それがユージンの正直な感想である。感謝の言葉をかけようにも、帽子の少女はツンとソッポを向いてしまった。
☆
小競り合いのあと、ユージンは帽子の少女の隣に座った。いまさら机を移動し直すのも面倒だ。
露骨に不快そうな視線を向けてくるが、声は出さない。徹底的に無視する気のようである。
ユージンは嫌がる相手に無闇に話しかける趣味はないので、黙って先生を待つ。初めての授業だ。ギフテッドがどんな勉強をしているのか、案外ワクワクしているらしい。
が、待てど暮らせど先生は来ない。すでに始業を告げる鐘の音が響いたから10分以上経っている。どうなっているんだろう。
他の生徒は慣れているのか、帽子の少女は教科書を広げて自習しているし、ガルベスたちはど真ん中の席で下品な笑い声を上げている。なんの時間だ、これ。
それから30分程たっただろうか。ほとんど1時間目の終わりに差し掛かった頃である。教室のドアがほんの少しだけ開くと、その隙間から一枚のメモが差し込まれた。
ノリッジ先生は急病のため自習
メモには書き殴られた文字でそれだけが書かれている。
「え?なにコレ」
普通は始まる前に伝わる情報だろうし、その伝え方にも問題があり過ぎる。しかし舞い落ちた紙切れに注目しているのは、どうやらユージンだけらしい。
さざなみすら立たない教室をキョロキョロと見回していると、ひとりの生徒と目が合った。
「あらあら、ノリッジちゃんってばまた仮病ね」
ひとりで目を白黒させていたユージンの様子が、よほど可笑しかったのだろう。ひとりの男子生徒がクスクスと笑いながら声を掛けてきた。男子生徒。たぶん男子生徒だ。
ユージンが迷ったのは、話し方に特徴があったのと指定の制服を着ていなかったせいだ。
黒い皮のパンツスタイルは、その足の長さと細さを余計に際立たせている。背は180センチ以上あるのではないか。
秀麗な顔には化粧が施されていて、サイドを刈り上げたパンクな髪はピンク色である。左右の耳に揺れるウサギと月のピアスだけがファンシーで可愛らしい。
「えーっと、きみは」
ユージンはとりあえず、個性を爆発させている生徒とコンタクトを取ってみることにした。その生徒の声が、先程からユージンに好意的な言葉を発していたものだと気が付いたからだ。
「あたしはキャサリン・クック。よろしくね可愛い農民さん」
ウインクやめれ。ビジュアルと言動のギャップに脳が誤作動を起こす。
「えーっと。クックくん、さん?なんで先生来ないの」
ユージンは少し迷いながら尋ねた。
「やーね、キャシーでいいわよ。あたしに声を掛けられて逃げないんなんて、見所があるわねあなた」
正直、ちょっとぐらいは身構えている。都会のオシャレの先端はユージンには難しい。
「そりゃどうも。じゃあキャシーちゃん、これいつものことなの?」
「ノリッジちゃんは新任の先生なんだけど、ちょっと繊細なところがあってね。初めてこのクラスに来た時から3回連続爆破されちゃって、それからいっつもああなのよ」
「爆破って……」
繊細じゃなくても近寄らんわ。殺さないようにと言った教師の言葉が蘇る。あれは誇張じゃなくてマジか。
(異世界人のみんな、学院は怖い所です。そちらは御無事でしょうか)
ユージンは遠い目をして、どこかで授業を受けているであろう友人を思った。
「あたしがたーっぷりベットで看病してあげるって言ったのに」
理由そっちじゃねえの。とは控えめな性格のユージンには言えなかった。
「まあしばらく先生が来ないならいいか」
ユージンは席を立って足元の紙屑を拾った。どうせ自習をしようにも、教科書が揃っていない。
ユージンは黙々とゴミ山の片付けを始めた。そんな様子をガルベスは気に入らなそうに見ているが無視する。
わざわざノートをちぎって投げてくるが、それでも無視して構わず片付け続ける。分別し、袋に詰め、大きな物は整理して余った空間に寄せる。
「アナタどうしてそこまでするのかしら。あの子に惚れちゃった?」
そんなユージンの様子を面白そうに眺めていたキャシーが言った。
「あのなキャシーちゃん、汚れてたら片付ける。普通の感覚だろうが」
ユージンの言葉にキャシーは一瞬キョトンとしたあと、変な物を見たとでもいうように可笑しそうに笑った。
「ふふっ、ここで普通の事をするのは普通じゃないのよ。アタシ貴方のこと気に入っちゃったかも」
「じゃあキャシーちゃんも手伝ってよ」
「それは嫌よ。アタシ汚いもの触れないもの」
ハッキリ言うなあ、俺キャシーちゃん結構好きかも。勿論友達としてね。そんな下らない会話を繰り広げていた時だった。
ガシャリ、とユージンの側で音が鳴った。
音に目を向けると、無言のまま帽子の少女が立ち上がり、ユージンから距離を取りながら片付けに参加しだしたのだ。
ユージンが微笑みかけると、すぐに顔を逸らしてしまう。
ガルベスたちは飽きたのか紙屑を飛ばすのをやめている。それともノートがもったいないことにようやく気がつけたのだろうか。ただ帽子の少女が片付けに参加した時だけは、憚ることなく舌打ちをした。
それでもユージンは、ガルベスのことをもっと気にせずに済んだ。アホに構うより、目の前の小さな一善の方がよっぽど有意義なのである。
途中から、発掘される様々なモノが気になったようで近づいてきた草人に見守られながら、ユージンと帽子の少女は黙々とゴミの山を減らしていくのだった。
☆
「終わったー!!」
たっぷり授業2コマ分をかけて、ようやく掃除が終わる。お陰でこの一角は教室でも1番綺麗な場所だ。
無駄に鍛えられたユージンの家事スキルを発揮して、ピカピカにしてやったのである。
ちなみに2時間目の先生は、急遽学校の裏山に出張が決まったとかで最後まで来なかった。どんだけ嫌われてんだよこのクラス。
掃除が終わるとオズオズと帽子の少女が話しかけてきた。
「ボクは独りで平気だって言ったよね」
ぎこちないが、その声には初めて怒りが混じっていないように聞こえた。
「言ってたな。でも俺は綺麗好きなんだよ。って事でよろしく。えーっと、」
「な、名乗るつもりは無いよ。話しかけないで」
「自分から声かけてきてそりゃないんじゃない?」
ユージンは一周回っておかしくなってきた。
そこに、途中からヨタヨタと近寄ってきてユージンたちの周りをうろついていた草人が口を挟んだ。
「白い色はクエロ。純真無垢の白色は草人が苦手なのです」
「おお、ありがとな。じゃあよろしくクエロ」
「ち、ちょっと待って……っもう!」
ツンツンしてる割に、やけに可愛らしく怒る彼女がおかしくて、つい吹き出してしまう。余計に怒らせて、またまた無言になってしまったクエロだが、ユージンはようやく学院生活にもかすかな期待を覚えた。
昼休みを告げる鐘の音が、ユージンの初めての授業の幕引きを告げるのだった。




