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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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11.トラブル嫌いの編入生

 教室内には張り詰めた緊張感が流れている。


「おいこらテメェ。ギフトも無い奴が誰に口聞いてんだ」 


「痛い目みないと分からないみたいだな」


「おまえ今日からまともに学校通えると思うなよ」


(おかしいな。こんなはずじゃなかったんだけど)


 どうしてこうなった。普通の転入生は、どこから来たのかとか、付き合ってる人はいますかとか聞かれて、盛り上がるはずである。


(盛り上がってるの、殺意だけなんですけど)


 ユージンはつい口をついてしまった悪態を棚に上げて、それでもトラブルを避ける手段を模索していた。


 もう手遅れなんて言葉はこの世にないのである。「俺たちに不可能は無い!」って言ったら、よく分からないけどどっかの主人公が助けに来てくれないかな。


「えーと、ガルベスさんや。今のは軽い冗談だ。農民ジョーク。軽く水に流して、そのままあんたも海の彼方へ流れ着いて沈んでてくれ」


「最終的に殺そうとしてんじゃねえか!」


 ガルベスさんはツッコミも中々いける口である。


  



 学院に入学することが決まった日から、ユージンはふたつの目標を立てていた。


 ひとつは、一刻も早くクロノ村に戻って愛しのリンゴ畑を育てること。


 これは当然だ。だいたいギフトもないのにギフテッド専門の学院で何を学べと言うのだろうか。褒美だか異世界人の案内役だか知らないが、ユージンには農民の生活が合っている。


 ふたつ目、トラブルや奇人変人に近づかないこと。


 16年間培ってきた平穏と日常から、近頃大きく逸脱している気がする。異世界の友人は良き人々だが、ユージンの人生における特殊な人リストはすでに満員御礼である。これ以上地雷は増やしたくない。


 だからユージンは、学院でも目立たない様に過ごすつもりである。つもりだった。


(でもなんかムカついたんだもん、てへ)


 ユージンだって、誰かを傷付ける事はある。


 家族への甘えから心ない言葉を発してしまったり、遊んでいる最中に不注意で友達に怪我をさせてしまったり。勿論その逆だってある。望まなくても人生に痛みはつきものだ。


 誰かが傷つくと分かっていても、行動を起こさなければいけない時だってあるだろう。勝者がひとりしかいない勝負事では、涙を飲む敗者がいると分かっていても手は抜けない。


 意図して他人を不幸にする場合だってある。食うに困って他人の物を盗んだり、障害になる人を叩いたり。いけないことだとは思うし、納得はいかない。それでも理解は出来る。


(でもこれは違うんだよな。まっっったく分からん。気持ち悪い)


 他人を貶めていないと、自分に価値があると思えないのだろうか。ユージンは少女に悪意をぶつける理由をある程度予想しながらも、聞かずにはいられなかった。


「おまえさ、なんでこんな事すんの。アホなの?」


 ガルベスは無知な農民を嘲笑うかのように、帽子の少女を指さす。


「知らねえだろうから教えてやる。こいつは獣人なんだよ」


 帽子の下に生えた耳を見ているユージンは、自分の予想が的中したことで嫌な気持ちになった。


 獣人。一口にそう言っても種族は様々である。鼻がよく、忠義に厚い犬の獣人。何よりも自由を愛する猫の獣人。水中で呼吸の出来る魚人もいる。


 彼女の種族はなんだろうか。美しい白い毛並みを思い出して、ユージンは束の間そんなことを考えた。


「いや、全然理由になってねえよ。おまえはこの子に身内を襲われたとか、大金を騙し取られたとかされたのか」


「俺は獣にやられるほど間抜けじゃねえよ」


 ガルベスの差別的な言葉に、ユージンは思いきり顔を顰める。


 国際的な常識では、獣人は人種のひとつとされている。ユージンははむしろ、獣の持つ力を行使できる獣人は、純粋な人族より優れていると思っているくらいだ。


 けれど獣人を異獣にカテゴライズして差別する人々が、王国には少なからず存在する。ガルベスもそのひとりなのだろう。


 王国で獣人が嫌われる理由は、隣国との長い戦争の歴史だ。隣国の名はフィエルテランド。それは獣王を頂点に戴く獣人たちの国である。


 今でこそ友好条約が結ばれたが、ユージンの親のそのまた親の代。じいちゃんの世代までは両国の戦争の当事者だ。


 戦争はその時代を知らない若い世代にまで爪痕を残す。


「王国の人間なら、野蛮な獣人を攻撃するのに理由がいるか?」


 言葉を失うユージンに、逆にガルベスが不思議そうに聞いてきた。


「俺は獣人の国に行ったことがない。自分で訪れてもいない獣人族の国を頭から野蛮だと決めつける人の考えも理解できない」


 たぶんガルベスだってないだろう。それなのに獣人族というだけで否定するのはアホだとすら思う。


 もちろん戦争を知る世代が伝える経験は大切で、自分たちの国の歴史は学ぶべきだ。大切な人を失った人がお互いにいて、その痛みを忘れるべきではない。





 ユージンのじいちゃんも、獣人族との戦争に参加したひとりだ。


 もう80年くらい昔の話である。何度も小競り合いが勃発していた両国は、一触即発の緊張状態にあった。


 兵士として徴収されたじいちゃんの部隊は、国境での戦いでこっぴどく負けて散り散りに逃げた。


 運悪く、追い立てられたじいちゃんと数名の仲間は獣人側の国土に入ってしまったらしい。辺りは鬱蒼としたジャングルだったとか。


 じいちゃんは死を覚悟したそうだ。引き返そうにも土地勘などなく、無我夢中で逃げ回ったので仲間の部隊の位置もわからない。


 当てもなく森の中を彷徨っていると、1人の少女とバッタリ鉢合わせになった。フワフワと巻かれた髪に、頭から生えている小さな角。自分はこの獣人に殺されるのだ。本気でそう思ったという。


 だけど後から思い返せば相手はまだ子供で、しかも戦闘力に乏しい羊の獣人だった。むしろその子の方が、敵国の兵士に見つかって殺されると怯えていたのだろう。


 少女はじいちゃんを見るなり泣き出したという。


 なんだか申し訳なくなって、じいちゃんは優しく少女に語りかけた。


「お嬢ちゃん、ここは前線が近くて危ないぞ。こんな所で何をしていたんだ」


 少女は息をつぎながら答えた。


「せ、戦争で食べ物が足りないって。ちょーしゅーされちゃったから。お腹を空かせた弟達が泣き出して……森に食べれるものを探しにっ」


 戦争では多くのものが失われる。勝者も敗者も等しく傷を負うのだ。そしていちばん傷つつくのはいつだって、強制的に殺し合いに駆り出される農民や、力を持たない幼い子供たちなのだ。


 獣人も同じなんだな。


 じいちゃんはその時、ようやくそんな当たり前のことに気が付いたという。じいちゃんは腰に下げていた残り少ない兵糧を少女に差し出した。


「美味くはないがこれを持って帰りな。俺にはもう必要ないから」


 自分は間もなく、残党狩りに見つかって殺される。それなら獣人も人も関係ない。腹を空かせた子供の腹に入る方が、よほど有意義だと考えたそうだ。


 一緒にいた仲間たちも、次々と腰から袋を外した。


「まあそれもそうだな。だいたい俺らは獣人に恨みもない農民だ」


「最後に見るのが、女の子の泣き顔じゃ嫌だもんなあ」


 それでも怯える少女は凍りついたように動かなかった。仕方なく食料を地面に置いて、じいちゃんたちはその場を立ち去った。


 それから暫くして、とうとうじいちゃんたちは捕まってしまった。

 

 相手は立派な鬣を持つ獅子の獣人。他の者よりも大きな体格で、威厳のある出で立ちだったという。


「ありゃ名のある将軍に違いない。いやあ、カッコイイのなんのって。今から自分を殺す相手に見惚れちまったわ」


当時を思い返す時にはいつも、じいちゃんはそんな風に笑って言っていた。


 覚悟を決めて、じいちゃんはその獅子に言ったという。


「出来れば一思いにバッサリいってくれ。あと、どっちの勝ちでもいいからさっさと戦争を終わらせろ」


 低く響く声で獅子は吠える。


「どっちが勝ってもいいだと、それでも兵士か貴様ら」


 普段なら平伏して黙り込んだかもしれないが、ヤケになったじいちゃんは平然と答えてやったそうだ。


「あんたらお偉いさんはどうか知らんが、俺たち民は領土が多少小さくなろうが、増えようがなーんにも嬉しかないんだ。それなら子供達に腹一杯食わしてやる方がよっぽど嬉しいもんさ」


「そうか、貴様もか」


 一言呟いた獅子の獣人は鋭い爪を振り上げた。


 だけどその獅子の獣人はじいちゃんたちを殺さなかった。

振り下ろされた爪が引き裂いたのは、じいちゃんたちを縛っていた縄だけだった。


「な、なんで」


 訳もわからず問う爺さんに、獅子の獣人は歯をむき出しにした。それはそれは恐ろしい顔だったという。


「ガハハ、力を持たぬ羊がな。俺の所に来て言うわけだ。国土を守る我が勇猛な兵士には感謝していると。だが弟達の笑顔を守ったのは、屁っぴり腰の農民兵だったとな」


 どうも、今にも食い殺さんとする恐ろしい顔は笑顔だったらしい。


 その後じいちゃんたちは国境まで連れていかれて、そこで解放された。両国で停戦の条約が結ばれたのはその直後だったそうだ。





 じいちゃんは言っていた。


 獣人も人族と同じだと。


 同じように腹を減らして泣く弱い存在だと。


 傷付いた仲間を庇う誇り高い種族だと。



 だからユージンはガルベスに問う。


「戦争を知らない、矛を交えた経験のない俺たちだからこそ。新鮮な気持ちでどんな相手なのか、自分の気持ちに正直に受け入れてみるべきだと思うんだ」


「俺の曽祖父は獣人との戦争で勲章をいくつも貰ってるんだぜ」


 ガルベスが自慢げに言う。


「なら尚更だ。先の世代がお互いに残した傷跡を、俺たち若い世代が直していけたら素敵じゃないか」


「違うね、獣人は獣人。人間は人間さ」


 話は平行線を辿る。こういう溝は話し合で埋まるものではないのだろう。


 ガルベスにはいつか、獣人の国に行ってもらいたい。そこで人々や文化に触れあい、それでも嫌いなら差別ではなく好みの問題だ。ユージンは食わず嫌いが嫌いなのである。


「獣人に嫌がらせをしたら、どっかから金でももらえんのか?」


 ユージンはなかば説得を諦めて、ないとわかりつつも尋ねてみる。


「それならもっと気合を入れて虐めてやるさ」


「それとも派手に振られたな!」

 

「そ、そんなわかにーだろ!!」


「噛み噛みだぞ、まさか図星か」


 理由も得もない悪意になんの意味がある。ユージンは幼児の言い合いでさえ嫌な繊細な心の持ち主なのだ。


 胸糞悪いものを見せないで欲しい。だからユージンはガルベスにハッキリと告げた。自分の立てた目標を破る可能性があったとしても。


「俺はトラブルは嫌いなんだ。それが自分に関係のない所で繰り広げられるトラブルでもね」


「……言ったよな、俺にギフトは使わせるなって」


 ガルベスは再びナイフを抜いた。向けられた刃が鈍い光を放つ。

 

 そのまま物も言わずナイフが突き出される。なんの躊躇いもない動作だ。ユージンは凶刃を身体を半歩ずらして躱した。


 ガルベスの顔に驚きが走った。ギフトもない農民に避けられるとは思っていなかったのだろうが、伊達に盗賊やら勇者やらに殺されかけていない。それはそれで悲しいけど。


「みっともない真似するもんじゃないよ。気に入らないならそれはそれ」


 驚きはすぐに怒りに変わり、ガルベスが伸ばし切った腕を横に振るう。かがんだユージンの頭上で、再びナイフが空を切った。


「こんだけ広い教室なんだから、視界に入らない場所にあんたが移動しなさいな」


 ギャラリーの誰かが吹いた口笛の音が、ユージンの耳に小さく響いた。

 

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