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異世界転移 された方はたまったもんじゃありません  作者: あいば村
王立学院編 (入学)
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9、王立アプレンデール学院の優雅な学生生活 異世界人の場合

 今日もきっちりと結えられた三つ編みを揺らして、服部梓は校舎の廊下を進む。

 

 白い通路や壁はおろか、窓枠にさえちりひとつ落ちていない。聞けば「吸引」のギフトを持った清掃員が毎日掃除をしているらしい。梓のいた世界なら、どんなに良い学校でもこうはいかないだろう。


 窓の下からは中庭で談笑する生徒たちの楽しそうなが聞こえてくる。登校の時に見た空を飛んでいた少女と、ソリに乗っていた生徒だ。もしかしたらチャイムと同時に窓から教室に駆け込むのかもしれない。


 学園は今日も平常運転である。 

  

「本当に異世界に来たんですね」


 目の前の不思議な光景に、梓はため息を漏らした。


 異世界人が配属されたクラスは、最も優秀な生徒が集まるSクラス。通称「サクシード」。成功を約束された集団である。


 クラスの人数は30人ほど。一学年に1000人以上の学生がいる事を考えれば、選りすぐられた存在であることが分かる。


 サクシードの生徒は卒業後、その大半が高い地位に就く。騎士団でもエリートコースの近衛兵団に、政治の中心。学院に残って、この国の頭脳の最高峰が集まる研究所に籍を置く者もいるだろう。


 彼らの殆どは由緒ある貴族や裕福な商人など、地位や金がある親を持つ。


 ここまで上り詰めるためには、生まれ持った素質だけでは不十分なのかもしれない。才能を開花させるためには、財力に支えられた環境やコネクションも必要という証拠だろう。


 けれど梓はそういう人種が好きではない。どうしても自分の家族を思い出すのである。


「それでは皆様お入り下さい。私がご紹介しますので、それぞれご挨拶をお願いいたします」


案内役の教師に促されて教室に足を踏み入れる。


 生徒に対するものとは思えぬほど丁寧な口調だ。先生といえども人の子。いずれ自分よりも上の地位になると約束されている生徒たちを無下には扱えないのだろう。


(地位とか下らないです。私もユージンさんと同じクラスがよかったな)


 梓は定型分のように貼り付けられた笑顔を見てそう思った。


「こちらは今日からこのクラスの配属となった方々です。文化の異なる場所から来られたので、何かあれば教えてあげてください」


 先生の言葉に教室内が騒ついた。異世界人の噂は学院にも届いているのだろう。人見知りの激しい梓は自分たちに集まる視線だけで怯えていた。


(人前で挨拶なんて嫌だな)


 始まった自己紹介の時間。だんだんと迫ってくる自分の番に、心臓がバクバクとする。


「俺は松田翔平。このクラスには優秀な人ばかり集まっていると聞いてる。 みんなと仲良くなるのが楽しみだよ。ギフトは勇者の心(ブレイブ・ハート)。宜しくな!」


 松田くんの自己紹介に、教室が再び騒がしくなった。おおむね良好な反応だ。「彼が噂の勇者か」、なんて声も聞こえてくる。盗賊を倒したことになっている松田くんは、やっぱり有名らしい。期待と憧れの目が壇上に注がれる。


 川口くんや香椎さんも、そつなくこなしていく。中には自分のギフトを使って一発芸を披露する強者までいた。


(ううー、あんまりハードルを上げないで下さい)


 とうとう梓の番が回ってきた。緊張を抑えるため、めいいっぱい息を吸い込んで止める。


「ひゃっ、服部 梓ですぅ!宜しくお願いしましゅ!」


 教室に在校生の失笑が漏れた。このクラスに在籍しているだけで、彼らは学院中で注目されてきたのだ。加えて貴族や大商人の子弟は、社交界などで人前に立つことに慣れている。だから余計に梓の醜態が可笑しかったのだろう。


(噛んだ。もう最悪です)


 梓の憂鬱はさらに募る。


 落ち込む梓の肩を軽く叩く者がいた。次に自己紹介を控えていた宮沢さんだ。その後ろで香椎さんと川口くんも慰めの言葉をかけてくれる。


「気にしないでいいわよ服部さん」


「誰でもあるさ」


 うなだれる梓の前を宮沢さんが颯爽と横切る。挨拶をする声には微塵の揺れもなかった。


「宮沢紅」


 それだけ言って宮沢さんは、さっさと帰ってきた。本日最速の自己紹介に、失笑の空気が払拭される。


「みっ、短!でも可愛いな」

「いや、俺はあの冬子って子の方が」


 そんな男子生徒の話し声が聞こえてくる。


(もしかして私の失敗を忘れさせるために、わざとやってくれたのかな?)


 そう思って見てみると、宮沢さんは無言で親指を立てていた。確かに教室の注目は失敗した梓よりも、個性的な態度を示した宮沢さんの方に集まっている。


「ご、ごめんなさい、ありがとう」


「問題ない」


 梓は感謝したのだが、香椎さんと川口くんは苦笑いしている。


「謝らなくていいわよ服部さん。この子のコレは素だから」


「だな、たぶん服部さんより前でも同じこと言ってるぞ」



 ふたりの言葉に宮沢さんは少し不服そうだ。


(この3人は好き。普通に話しかけてくれるから)


 盗賊の人質という体験は最悪だった。でもそのお陰もあって、元の世界では考えられない程この三人と親しくなれたのだ。友人の居なかった梓にとって、それは人生で3本の指に入る幸運だと考えていい。


(そ、そうですよね。塾の時と違って今は話しかけてくれる人がいます)


 1番嫌いな行事はこれで終わりだ。後はまたいつも通り、教室の隅で目立たぬように過ごせばいい。


 梓はようやく教室を見る余裕が生まれた。それまでは自己紹介のプレッシャーで、居並ぶ生徒の目が気になってそれどころではなかったのだ。


 教室の中はとにかく広い。大学のように百人規模で人が集まるならばまだしも、それは異常にゆとりのある空間だった。おまけに並んでいる机も椅子も学生用とは思えないくらいの高級感が漂っている。





 室内を明るく照らす照明は、クラフトと呼ばれるギフトの力の込められた最高級品らしい。蝋燭やランタンなどの火を使うよりもずっと明るく教室を照らし出している。


 おまけに広い教室には、個人用の収納スペースに加え、梓たちの世界で言う冷蔵庫のような物まで置いてある。もちろん空調は完璧にコントロールされていて、ちゃんとエアコンの効いた快適な空間になっている。それどころか空気洗浄機まで付属していると言うのだから驚きだ。


 破格の待遇の理由はもちろん、ここがSクラスだからである。


 一通りの挨拶が終わると、今度は在校生からの質問タイムが始まった。


「松田様は許嫁などあるのでしょうか」


「異世界ってどんな所なの」


「冬さん、紅さん俺の横に座りなよ」


「岬さん、鍛えてますね、踏んで下さい!」


「はあはあ、ドジっ子三つ編みメガネさんとか最高」


 口々に上がる質問は止まることを知らず、教室は混乱の渦に飲み込まれる。もはや誰が誰に質問しているかもわからないような状態だ。


 エリート予備軍といえども彼らも10代の学生。転校生が来れば盛り上がるものである。梓はそっと友人たちの影に隠れて、嵐が通り過ぎるのを待っていた。


 狂騒を沈めたのはひとりの男子生徒だった。その少年が軽く片手を上げただけでピタリと静まる。


 男にしては長い青色の髪。スッキリと通った鼻筋は彫像のような美貌をたたえている。背も高い。日本ならすぐにモデルにスカウトされているだろう。


「皆さん、あまり一度に聞いても異世界から来たお客様に失礼でしょう?我々はこの学院の代表なのですから、節度を持ちましょう」


 静まり返った教室によく通る声が響いた。


 教室の生徒は全員が両家の子である。身につけている装飾品も相当高価な物だ。


 けれどそんなものに頼らなくても、彼はSクラスで最も高貴なオーラを放っていた。明らかに品が違う。所作のひとつひとつに優雅さが伴い、掲げられた右手はまるでオーケストラの指揮者のようだ。


 嘘のように従順さで、生徒たちは教室の指揮者の言葉を待つ。その沈黙は聴衆の拍手の音で破られた。


「さすがクロフォード様です。全員の挨拶も済んだところで、授業を始めましょうか」


(教師でさえ様をつけるなんて、どれだけ偉い人なんだろう)


 梓は整った長髪の少年、クロフォードを盗み見た。やっぱり苦手なタイプである。


「先生。事前に聞いていた転入生には、ひとり足りませんが」


 クロフォードは先生に言った。それは教えを乞うたと言うよりは、王が家臣に物を尋ねている様に近いと梓には思えた。


「ああ、彼はNクラスに配属されました」


 吐き捨てるようにいう先生の言葉に、教室の空気が凍りつく。


「Nクラスですか。入学初日からあそこに配属された生徒は何年ぶりでしょう。果たしてまだ生きているのか」


 クロフォードは心の底から愉快そうな笑みを浮かべたまま、軽やかな動きで彼専用の特別にあつらえた椅子に腰かける。


 事情が分からぬ梓は、呑気にここには居ない相手に思いをはせていた。


(ユージンさん、今頃どうしてるかなあ)


その人物の直面している地獄のような状況も知らずに。

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