8、今日は楽しい登校日
頭上を女子生徒が通り過ぎていくのを、ユージンは呆然と見送った。女子生徒の靴の裏からはジェット機のように炎が吹き出し、空中を文字通り駆け抜けていく。
その熱を頬に感じたと思った瞬間、今度は足元を冷気が包み込んだ。
「どいたどいた、遅刻しちゃうよ!」
慌てて道の端に寄ると、今度はソリに乗った男子生徒が通学路を凍らせながら疾走していく。その隣を、競うように下半身を馬に変化させた少年が並走する。アプレンデール学院の登校風景は、どこもかしこも魔法のような光景だらけだ。
「私もやってみようかな」
隣で冬子がうずうずしながら呟くが、ユージンにはそんな余裕はない。当たり前のようにギフトが飛び交う光景はすべてが規格外で、足を止めてしまう。
「お気を付け下さいユージン様、毎年行方不明になる新入生が出ますから」
一行を先導していたルカの言葉に、ユージンはこれから通う学院を見渡した。
デカい。王立アプレンデール学院はとにかくデカい。どのくらいデカいかというと、在校生だって足を踏み入れることなく卒業していく施設がごまんとあるくらいにはデカい。
「迷子じゃなくて、発見されないのか」
いっそバックレてやろうか。そんな考えが浮かんだユージンの袖を、ルカは無表情のままつまんだ。
「ユージン様は必ず私が見つけ出します」
「美女に言われてんのに嬉しくない」
勝手に心を読まないで欲しい。ユージンは、再び綺麗に整備された通学路を歩き始めた。
ユージンと異世界人の一行は、初登校の日を迎えている。
制服に袖を通したのは生まれて初めてである。慣れない正装に悪戦苦闘しながらたどり着いた学院は、すでに登校だけでユージンの気力を削っていた。
(こんな場所で俺に何をしろと。異世界人の世話係はルカさんがいれば十分だろ)
「私はあくまで身の回りの世話係です。精神的なサポートや校内での対処は同じ学生でないと目が届きません」
「だから勝手に心を読まないでくださいよ」
残念ながらお役目からは逃れられないらしい。諦めきれないユージンは、未練たらしく後ろを振り返りながら歩く。故郷のリンゴ畑の匂いが懐かしい。
そんな調子で歩いていたから、急に立ち止まったルカの背中にぶつかってしまった。
「わ、すいません」
「熱烈なハグをありがとうございます。ここから別れましょう」
ルカは大きな校舎を指差して言った。
「異世界人の皆様はこちらの校舎にお進み下さい、すぐに案内が参ります」
そうだった。ユージンと彼らではクラスが違うのである。
「それじゃあねユージンくん」
「また昼休みに」
「お互い頑張ろうぜ」
挨拶を残しながら進む冬子たちの顔に、不安の色はない。学校というのは彼らにとってホームグラウンドなのだろう。
ユージンは冬子たちの消えていった学舎をもう一度見た。真新しい校舎は綺麗に手入れが行き届いて、行き交う学生の顔には青春を謳歌している輝きがある。
そんな様子はユージンにさえ、明るい学園生活を想像させてくれた。ユージンは軽く手を上げて彼らを見送ると、ルカの方を振り返る。
「それで、俺の校舎はどこですか?」
「ユージン様はこの道を突き当たるまでお進み下さい。見ればすぐにお分かりになるかと」
ルカの感情の浮かばぬ言葉に、ユージンは強烈な不安を覚えた。おかけで明るい学園生活の兆しはすでに掻き消えている。
この学院には校舎だけで数十棟は存在している。おまけに似たような構造と外観が立ち並んでいるのだ。
「見れば分かるってどういうことですか」
「最後までご案内したいのですが、私は手続きが残っておりますので事務局へ。ユージン様、」
そこで言葉を切ると、ルカはメイドのお手本のような洗練された動作で主人を送り出す礼をした。
「ご武運を」
そんな言葉がついてなければ、それは見惚れてしまうほど完璧な所作だった。
☆
ユージンは学院の道をひたすら進んで行く。額には大粒の汗が浮かんでいた。
ありえない遠さだ。すぐに分かると言われたが、どれだけ進もうとそれらしい校舎は見えてこない。
すでに舗装された道は途絶え、周囲には鬱蒼とした木々が立ち並んでいる。それまで綺麗に剪定された並木だっただけに、薄暗い通学路は不安定な未来を示しているようだ。
「やっぱり問題児だから隔離されているのかな」
不安は独り言となってこぼれる。ユージンはあえて足を早めた。どうせ逃げられないなら、嫌なことは早めに済ませたい。断頭台に頭を乗せている時間は短ければ短い程いい。
「ポジれ俺。きっとこの先には薔薇色の学園生活が待っている」
薔薇色どころか周囲は魔の森みたいになっているが、無理矢理自分を奮い立たせる。
(隣の席の子と消しゴム貸しっこして、体育の着替えの時とかドキドキハプニングが待ってるんだ)
乏しい知識で出来るだけテンプレな明るい学生生活を呼び起こす。この際ラッキースケベの力も正義だ。
「だいたいエリートの集まる学校の問題児なんてしれてるさ。きっと校舎だって少し遠くにあるだけで、住めば都に違いない」
むしろ教師の目が届かなくてのびのびやれるくらいのもんである。
「今こそ散々見てきたマツダのポジティブ妖精を召喚する時だ」
大嫌いな勇者の力さえ借りて、ようやく気分を持ち直す。
「おいでやす青春の学舎!」
そんなユージンを出迎えたのは、それはそれは立派な廃墟だった。
学生さんも社会人さんも遊びに行く人も、張り切っていきましょう。
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